婚姻費用・養育費について公正証書や調停などで取り決めをしても、残念ながら途中で支払いが滞ってしまう例がありますが、今回は、不払いに対する対応手段として新設された制度についてお話しします。
養育費などの未払いがあった場合、公正証書や調停調書などの債務名義があれば強制執行によって財産を差し押さえるというのがセオリーですが、養育費などの未払いをする人には財産もないことが多く、これまでは預金口座を差し押さえても空振りになる例が少なくありませんでした。
そのため、婚姻費用や養育費の不払いがあった場合には給料に対する強制執行をするのが有効な手段でしたが、別居や離婚から時間が経過してしまうと相手がどこで働いているのかわからなくなる場合もあり、そのようなケースでは給料の差押えをすることもできないという問題がありました。
婚姻費用や養育費については女性が権利者になる例が多く、収入が乏しい場合は婚姻費用や養育費が生活維持にとって非常に重要となりますが、このように保護すべき要請が強い権利であるにもかかわらず強制執行に実効性が伴わない状態が続いていました。
そこで、今回、民事執行法が改正され、2020年4月1日から婚姻費用や養育費などの権利を有する人が公正証書や調停調書、審判書、判決などの債務名義を有する場合、裁判所に対する申し立てによって市町村や日本年金機構、公務員の共済組合等から相手の勤務先情報の開示を受けることができるようになりました。
裁判所が情報提供命令を発したことや給与情報が開示されたことは、不払いをしている債務者にも通知されます(民事執行法第206条2項、同205条3項、同208条2項)。
この手続が実施されたことは強制執行の準備をしていることの表れですが、預金などの流動資産と違って勤務先は軽々に変えることができない場合が多いため、情報開示後に実際に差押手続にまで至らずとも、開示手続が開始された時点で差押えを恐れ、自発的に支払いをする債務者もいると思われます。
また、このような制度があるということがきちんと知識として広まれば、給与所得を得ている債務者は差押えを嫌い、不払いが発生する事例も減っていくことが一定程度期待できます。
このように、婚姻費用や養育費の不払いについては勤務先情報の開示という新たな対抗手段が設けられましたので、給与所得者に限られるという限界はあるものの、これまで回収を断念していた方が強制執行によって回収できるようになる可能性が出てきましたし、これから養育費等の取り決めをする人についてもこの制度は有効な手段となり得ます。
もっとも、勤務先情報は債務者に与える影響も大きく、そのために婚姻費用や養育費などの一定の権利に限って認められるものです。
公正証書や調停調書などで「婚姻費用」、「養育費」などと明確に定めれば良いのですが、実務的には「解決金」や「和解金」なとという玉虫色の名目で取り決めをする例もあり、このような定め方をすると開示制度の利用ができない可能性もありますので、これから取り決めをする場合にはきちんと名目を明らかにしておく必要があります(なお、判決や審判であれば裁判所が決めるためそのような問題はありません)。
婚姻費用や養育費等の権利者がこの手続きを利用するには、概ね以下のような条件が必要となっていますが、これらの条件を自分だけでみたすのは難しい場合もあるかと思いますので、必要に応じて弁護士への相談を推奨します。
①執行力のある債務名義を有していること
②債務者に対して債務名義の正本又は謄本が送達されていること
③3年以内に財産開示手続が行われたこと
④以下のⅰかⅱのいずれかをみたすこと
ⅰ 6か月以内に行われた強制執行(又は担保権の実行)による配当で全額の弁済を受けられなかったこと
ⅱ 債権者が通常行うべき調査をし、その結果判明した財産に強制執行等をしても全額の弁済が得られないことの疎明があったこと
③の財産開示手続とは、今回の改正で新設された第三者からの情報取得制度ができる前から存在した制度で債務者自身に財産状況を報告させる制度ですが、従来は罰則が軽かったこともありあまり活用されていませんでした。
今回の改正によって、財産開示手続に対して正当な理由なく出頭を拒否したりや回答拒否をした場合には刑罰を科せられることになりましたので、第三者から勤務先情報を得る前に、まずは債務者自身に財産情報を開示させることが必要とされました。
④は、いわゆる執行不奏効要件といわれるものですが、ⅱに記載のあるとおり実際に強制執行をすることまでは必要ではありません。たとえば、財産開示手続に債務者が出頭しなかったり、あるいは開示された内容にめぼしい資産がなかった場合には、そのような財産開示手続の結果もⅱの条件をみたすかどうかの判断材料になると思われます。
婚姻費用や養育費は、本来、配偶者や子どものセーフティネットとして位置づけられるべきものと思いますが、現状は残念ながらそのような機能を果たしているとは言い難く、経済的に苦しい思いをしている方が多くいらっしゃいます。今回の改正法の活用によって、婚姻費用や養育費の不払いで困る方が少しでも減ることを期待しています。
弁護士 平本丈之亮