前回のコラムで、既婚者であることを知らずに交際した場合に、交際相手の配偶者に対して慰謝料の支払義務が発生するのかということについてお話ししましたが、今回は、騙された側が交際相手に慰謝料の支払いを求めることができるのか、という点についてお話しします。
既婚者であることを隠して交際を申し込み、性的関係を含む交際を開始した場合、騙されて交際に至った側は、人格権ないし貞操権を侵害されたとして交際相手に慰謝料を請求できるとされています(東京地裁平成27年1月7日判決、東京地裁令和元年12月23日判決等)。
1既婚者であることを知っていたはずという言い訳
もっとも、この種の事案では、交際相手から、相手は自分が既婚者であることを知っていたはずであるから責任がない、という反論がなされることがあります。
既婚者であることを知って交際関係に至った場合、そのような関係は法的に保護するに値しないため、原則として慰謝料の請求はできないとされているためです。
したがって、このような反論が出ることが想定される場合は、メールやSNSのメッセージ等により、自分は交際相手が未婚であることを前提にしていたことを証明できるよう対策を講じておく必要があります。
2既婚者であることを知っていた場合、請求のハードルは高い
先ほど述べたとおり、既婚者であることを知った上で交際関係に至った場合、何らかの理由で関係が破綻したとしても原則として交際相手に慰謝料を請求することはできません。
もっとも、交際関係を継続した動機が主として交際相手の詐言を信じたことにあるなど交際相手に大きな責任があり、交際相手の違法性が著しく大きい場合には、例外的に慰謝料の請求ができる場合もあります。
たとえば、交際相手が妻とは関係が悪化しているから別れて君と結婚するなどと述べたが実際には離婚する意思などなかった場合が典型例ですが、このようなケースでも、本人の年齢や社会的地位、交際継続中の互いの行動などを総合的に考慮し、本人側の落ち度も相応にあるという場合には、交際相手の違法性が著しいとまではいえないとして慰謝料が認められないことがありますので、請求のハードルは決して低くはありません。
また、このようなケースでは、そもそも交際相手は不誠実であることが多いため、いざ慰謝料の請求をすると、これまでの発言を翻して自分は結婚の約束などしていないなどと責任逃れをすることがあるため、慰謝料を請求したいのであれば、交際相手に具体的にどのような詐言があったのかを立証する材料を確保しておく必要があります。
既婚者であることを知らなかった、あるいは既婚者であると知っていたが交際相手の詐言があったとして慰謝料の請求をする場合、交際相手の配偶者から逆に慰謝料の請求を受けるリスクがあることには注意が必要です。
まず、既婚者であることを知らなかったという場合には、単に知らなかったことだけではなく、既婚者であることを知り得なかった(=過失がない)ことを証拠に基づいて説得的に説明できなければ、配偶者からの慰謝料請求によって意味のない結果に終わってしまう可能性がありますので、ことを起こす前に、自分には過失もないと言い切れるだけの材料があるかどうかを慎重に吟味しなければなりません。
これに対して、既婚者であることを知っていた場合には、たとえ相手の詐言があったにせよ既婚者であること自体は知っていた以上、客観的にみて婚姻関係が破綻してなかった場合には配偶者に対する慰謝料の支払義務は免れないと思われますので、リスクが大きいにもかかわらず、あえて慰謝料請求をする意味はどこにあるのかをよく考える必要があります。
このように、交際相手が既婚者であることを知らなかった場合、理論的には慰謝料請求は可能ですが、それがきっかけとなって交際相手の配偶者から逆に慰謝料請求されるリスクがあり、実際、そのようなケースを担当したこともあります。
慰謝料の請求をする場合には、そのような事態に至る可能性がどの程度あるのか、慰謝料を請求された場合にそれを退けられる材料があるかを吟味した上でアクションを起こす必要がありますが、その判断は非常に難しいところですので、弁護士への相談と依頼が必要と思われます。
弁護士 平本丈之亮