失職した義務者に対する婚姻費用や養育費の請求について、義務者の潜在的稼動能力に基づき収入を認定することが許されるのはどのような場合か?

 

 婚姻費用や養育費に関しては、いわゆる標準算定方式に基づき計算されることが一般的であり、その際の計算の基礎となるのが当事者双方の収入です。

 

 そして、婚姻費用や養育費の計算において基礎とされる収入は原則として実収入ですが、請求時点において義務者が失職している場合、権利者側から、義務者には以前の収入や統計資料(賃金センサス)と同程度の稼動能力はあるはずだとして、それをもとに金額を算定すべきと主張されることがあります(このように過去の収入や統計上の収入をもとにして計算する場合における義務者の稼動能力を「潜在的稼動能力」といい、義務者側も権利者側に対してそのような主張をする場合があります)。

 

 もっとも、上記のとおり、婚姻費用や養育費の計算は実収入によるのが原則であり、この原則に対する例外をあまりに広く認めてしまうと、失職した義務者にとって酷な結果となり、かえって当事者間の公平を害してしまう結果となる場合もあります。

 

 そのため、裁判例上、潜在的稼動能力による計算が許されるのは例外と考えられており、具体的には、以下のような事情が必要とされています。

 

東京高裁令和3年4月21決定(婚姻費用)

「婚姻費用を分担すべき義務者の収入は,現に得ている実収入によるのが原則であるところ、失職した義務者の収入について、潜在的稼働能力に基づき収入の認定をすることが許されるのは、就労が制限される客観的、合理的事情がないのに主観的な事情によって本来の稼働能力を発揮しておらず、そのことが婚姻費用の分担における権利者との関係で公平に反すると評価される特段の事情がある場合でなければならないものと解される。」

 

→義務者が過去に複数の勤務先で勤務した経験を有していたことや自主退職から1年が経過していないことなどを考慮して直近の収入の5割の稼動能力を認めた原審に対し、精神錯乱のため警察官の保護を受けたことが自主退職の理由であることや、主治医の意見書において就労は現状では困難であるとされていること、自主退職後に就職活動をして雇用保険の給付を受けたことはなく、精神障害者保健福祉手帳の交付申請をしていることなどから、潜在的稼動能力による収入認定を許すべき特段の事情はないとして婚姻費用の請求を却下。

 

東京高裁平成28年1月19日決定(養育費)

「養育費は、当事者が現に得ている実収入に基づき算定するのが原則であり、義務者が無職であったり、低額の収入しか得ていないときは、就労が制限される客観的、合理的事情がないのに単に労働意欲を欠いているなどの主観的な事情によって本来の稼働能力を発揮しておらず、そのことが養育費の分担における権利者との関係で公平に反すると評価される場合に初めて、義務者が本来の稼働能力(潜在的稼働能力)を発揮したとしたら得られるであろう収入を諸般の事情から推認し、これを養育費算定の基礎とすることが許されるというべきである。」

 

→失職した義務者が就職できていない状態が義務者の主観的な事情によって本来の稼働能力を発揮していないものであり、相手方との養育費分担との関係で公平に反すると評価されるものかどうかや、仮にそのように評価される場合でも、義務者の潜在的稼働能力に基づく収入はいつから・いくらと推認するのが相当であるかは退職理由、退職直前の収入、就職活動の具体的内容とその結果、求人状況、職歴等の諸事情を審理した上でなければ判断できないというべきであり、原審がこれらの点について十分に審理しているとはいえないとして、賃金センサスに基づいて養育費を算定した原審の判断を破棄し、原審に差し戻した。

 

 このように、潜在的稼動能力によって収入を認定し、これをもとに婚姻費用や養育費を算定してもらうことには相応のハードルがあります。

 

 一口に失職といっても、その理由や状況は千差万別であり、失職したからすべてのケースで義務者の収入を0とすべきではありませんし、他方で過去の収入をそのまま基礎とすべきとも言い切れません。

 

 結局のところ、この点は当事者の具体的事情によるとしかいえないところですが、いずれの立場にせよ、自己に有利な判断をしてもらうためには上記の裁判例が示したような事情について丁寧に主張立証していく必要がありますので、ご自分では難しい場合には弁護士への相談や依頼をお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

 

別居中、配偶者が所有する家から締め出されてしまった場合、対抗手段はあるか?

 

 夫婦関係が悪化して夫婦の一方が自宅を出て別居に至ることは良くありますが、この場合、残された配偶者や子どもが、出て行った配偶者が所有する建物にそのまま住み続けるパターンがあります(例 夫が出て行き、妻子が夫名義の家に住む)。

 

 このような場合、自分名義の家に配偶者が住み続けている状況に業を煮やした配偶者が無理やり荷物を搬出したり鍵を変えて相手を締め出すというケースが存在します。

 

 そこで、今回は、このようなケースにおいて、追い出された配偶者には自宅に戻るために何らかの対抗手段をとれるのかについてお話しします。

 

占有訴権

 

 ある物(不動産を含む。)を事実上支配(占有)している者は、法的に一定の保護が与えられているため(占有権)、他者から占有を奪われたり妨害された場合、占有権に基づいて妨害行為の排除等を裁判所に求めることができます(このような権利を占有訴権といいます)。

 

 通常、建物所有者の配偶者はその不動産について独立の占有をもたない(所有者である配偶者の占有補助者にすぎない)と考えられているため、今回のような夫婦間の締め出しのケースにおいて、締め出された側が訴えを起こすことができるかは一応問題となりますが、以下のように既に夫婦が別居状態である場合、居住する側の配偶者に独立の占有権を認め、妨害行為に対する排除等を命じた裁判例があります。

 

東京地裁令和元年9月13日判決

【事案の概要】

 被告は、被告名義の自宅を出て他の場所で寝泊まりするようになったが、配偶者である原告とその子どもは引き続きその建物で生活していた。ところが、被告は、原告が海外旅行で不在にしていた際、子どもが留守番をしていた建物を訪れて玄関の鍵を取り換え、建物内にあった原告の家財道具や衣類などを外部に搬出して原告と子どもが建物内に立ち入ることができないようにしたため、原告が妨害の停止や損害賠償などを求めた。

 

【裁判所の指摘した事情(要旨)】

①原告は、本件建物を購入した後、被告から追い出されるまでの間、本件建物に居住していた。

 

②原告と被告の子どもも、高校から大学にかけて留学していた期間以外は本件建物に居住していた。

 

③被告は、自分の衣類や身の回りのものを持ち出して本件建物を出て、本件建物にはたまに立ち寄ることがあった程度であった。

 

④被告は,原告が海外旅行中に本件建物を訪れ、留守番をしていた子どもを外出させた上で、同行させた業者に原告と子どもの衣類や荷物等を事前に準備していたウィークリーマンションや貸倉庫に搬出させ、本件建物の玄関の鍵を取り換えた。

 

→裁判所は、上記のような事情から、原告が自ら独立して本件建物を管理・支配(=占有)していたことは明らかであり、被告は実力をもって原告の占有を排除したものといえるため、被告は原告の占有権を違法に侵害したものと判断し、被告に対し、原告や原告が許諾する者が本件建物を使用することに対する妨害行為の禁止、被告が玄関入口に設置した施錠設備の撤去、妨害行為によって生じた損害の賠償(引越費用・賃料・家電購入費・慰謝料)、施錠設備が撤去されるまで1ヶ月あたり約25万円の賠償、をそれぞれ認めた。

 

自発的に出て行った場合は占有権を放棄したとされる可能性がある

 

 以上のように、別居中の配偶者が他方配偶者を一方的に自分名義の家から締め出した場合には、締め出された側は訴えによって妨害の排除や損害賠償を求めることができる可能性があります。

 

 もっとも、このような訴えが可能なのは、上記裁判例のように意思に反して締め出されたことが明らかなケースであり、何らかの事情によって自発的に出て行ったり、あるいは締め出された後、これを追認するような行動をとってしまうと、その時点で占有権を放棄したと判断される危険があります(下記裁判例参照)。

 

 そのため、少なくとも離婚するまではそこに住み続けたいと望む場合には、たとえ別居中の配偶者に自宅から出て行くように言われたとしてもその要求には応じず、妨害行為がひどい場合はこちらから裁判で妨害停止を求めることも選択肢に入ります。

 

東京地裁令和4年1月19日判決

【事案の概要】

 離婚の協議の過程で原告が自宅を出て行き、その後、自宅の鍵を交換した被告に対し、原告が自宅の引き渡しや損害賠償の請求を求めたもの。

 

【裁判所が指摘した事情(要旨)】

①原告が子どもと一緒に建物を訪れて被告に離婚届を書かせ、その後、身の回りの荷物のみではあるものの荷物を持って子どもとともに本件建物を去り,ホテルに宿泊した。

 

②原告は、被告に離婚の意思を明確に示すLINEを送信し、他方で、LINEの内容や言動が本心とは異なっていて実際には離婚をする気はなく、自宅に戻って被告と婚姻生活を今後も続けたいと考えていることなどは告げていなかった。

 

③原告は、本件建物の鍵が交換されて中に入れなくなった後も、本件建物での被告との共同生活を再開したいということを明確に申し入れることはなかった。

 

④原告が被告とのやりとりにおいて、離婚の意思はもっており離婚届も記入するが、提出時期は自ら決めるといった発言を繰り返していた。

 

⑤原告は、被告代理人と話すようになってから、生活に窮しており本件建物に戻りたい、離婚したくないという発言をしているが、他方で離婚の話は真意ではなかったといった発言がされたとは認められない。

 

→原告は①の時点で確定的に本件建物の占有を放棄したものというべきであると判断し、請求棄却。

 

※原告は、建物内に原告の荷物があるため、これが占有継続の根拠であるとも主張したようですが、裁判所は「離婚紛争となっていることからすると、本件建物に原告が置いている荷物については、原告が本件建物の占有権を有していないとしても、これを被告において勝手に処分等してはならないことは当然であるが、これら荷物があるからといって占有が継続しているとみることはできない」と指摘して排斥しています。

 

 離婚協議の過程では、夫婦関係の悪化によって様々な問題が生じ、一方配偶者が不当な対応をすることもまま見られます。

 

 このような場合、当事者は一層、感情的になり、その後の離婚協議が難航したり、新たな紛争が発生してしまう可能性があり、今回ご紹介したようなケースはまさにそうした一例といえます。

 

 離婚については方法を一つ間違えると紛争が大きく拡大する可能性がありますので、何らかの具体的なアクションをとる前には、弁護士に相談しアドバイスを受けることをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2022年5月26日 | カテゴリー : 離婚, 離婚一般 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

清算条項を含む離婚協議書の作成後、相手方が財産分与を求めてきた場合、財産分与の義務がないことを裁判で確認してもらうことはできるのか?

 

 離婚について協議がまとまった場合、夫婦における権利義務関係を確定するために離婚協議書を作成することがあり、この場合、紛争が蒸し返されないよう、当事者間ではこの協議書に定めたもののほか、互いに債権債務がないといった条項(清算条項)を記載するのが一般的です。

 

 このような清算条項は紛争の蒸し返しを目的とするものですから、清算条項を入れた離婚協議書の作成後に追加請求がなされることは通常ありませんが、相手方が何らかの理由によって離婚協議書の内容を争い、後日、財産分与などの請求を行うというケースは存在します。

 

 相手方が離婚協議書の効力を争う理由は様々ですが、この場合、任意の請求を拒否されれば、通常は相手方が財産分与を求めて調停・審判を申し立てるため、被請求側は相手方が申し立てた手続の中で財産分与請求権が既に存在しないことを主張していくことになります。

 

 ところが、相手方がこのような正規のルートにより請求するのではなく、事実上、直接の請求行為を繰り返すというケースもあり、このような場合には被請求側は対応に苦慮することになります。

 

 このようなケースにおいて、事実上の請求を受けている側としては、財産分与の義務が既に存在しないことを裁判で公的に確定してほしいというニーズが生じますが、他方、財産分与は一般の民事事件とは異なり、家庭裁判所において取り扱われる事件(家事審判事項)であることから、このような義務が存在しないことを裁判で確認してもらうことはできない(不適法)のではないかが問題となります。

 

東京地裁令和3年11月30日判決

 

 この点についてはあまり議論されていないところですが、東京地裁令和3年11月30日判決は、家事審判事項に該当する夫婦間の同居義務等も法律上の実体的権利義務であり、これを終局的に確定するには公開の法廷における対審及び判決によるべきとした最高裁昭和40年6月30日決定を援用し,「財産分与義務自体の不存在の確定を求めて民事訴訟を提起することは妨げられない」と判断しています。

 

 先ほど述べたとおり、離婚協議書の効力を争って財産分与を請求したい場合、任意請求が功を奏しなければ調停や審判の申立をするのが筋ですが、中にはそのような正式手続を踏まずに当事者間の交渉で強引に解決しようとするケースもあり、被請求側としてはきちんと決着をつけたいニーズもあると思われます。

 

 したがって。万が一このようなトラブルに巻き込まれた場合は、財産分与義務の不存在確認の裁判を起こすということも選択肢に入ってくると思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

定年退職による収入減少は養育費の減額事由となるか?

 

 養育費は、将来にわたって長期間支払いを継続していくものですが、養育費の取り決めをした時点で予測し得ないような事情変更が生じたときは、いったん取り決めた養育費の減額や増額が認められることがあります。

 

 このような事情変更の例としては、たとえば再婚による子どもの出生や子の養子縁組、収入の大幅な減少などがありますが、それでは、養育費の支払期間中に義務者が定年退職し収入が減少したことは、このような事情変更にあたり養育費の減額事由になるのでしょうか?

 

 この点については、定年退職自体は予測できることである以上、そのような事情は養育費を減額すべき事情変更にあたらないとの考え方もあり得ますが、以下の通り、定年退職そのものについて予測可能であったとしても、事情の変更にあたり得ることを肯定した裁判例が存在します。

 

広島高裁令和元年11月27日決定

「未成年者が満20歳に達する日の属する月の前に抗告人が定年退職を迎えることは、本件和解離婚当時、抗告人において予測することが可能であったといえる。しかし、予測された定年退職の時期は、本件和解離婚当時から10年以上先のことであり、定年退職の時期自体、勤務先の定めによって変動し得る上、定年退職後の稼働状況ないし収入状況について、本件和解離婚当時に的確に予測可能であったとは認められないのであって、本件和解条項が、定年退職による抗告人の収入変動の有無及び程度にかかわらず、事情の変更を容認しない趣旨であったとは認められない。したがって、本件和解離婚当時、抗告人において定年退職の時期を予測することが可能であったことは、定年退職による抗告人の収入減少が事情の変更に当たることを否定するものではない。」

 

 上記裁判例は、定年退職の時期が10年以上も先のことであったことや、定年退職の時期自体が勤務先の定めによって変動しうること、養育費の取り決めをした時点で将来の収入状況などを的確に予測可能であったとはいえないとして、定年退職による収入減少が事情変更にあたらないとはいえないと判断しています。

 

 確かに、定年退職自体については予測可能であっても、そこから一歩進んで、定年退職後に自分がどの程度の収入を得られる見込みがあるのかまで具体的に予測して養育費の取り決めをすることは困難な場合もあり、このような抽象的な予測可能性があるからといって、いかなる場合でも変更が認められないというのは、義務者にとって酷な結果となるケースもあると思われます。

 

 そもそも養育費の変更に事情の変更が必要とされるのは、取り決めをした当時に予測できた事情を根拠に安易に金額変更を認めると法的安定性を害するためですが、他方、予測できる事情であれば一切事後的な変更が認められないとすれば当事者の実情に合わず、法的安定性の名のもとにかえって当事者の公平を害する場合もあり得ますので、定年退職までの時期や、定年退職後の収入減少の程度によっては減額が認められるべきと考えられます。

 

 いずれにせよ、上記裁判例のような枠組に従うのであれば、抽象的に定年退職が予測し得たかどうかという点だけでは減額の可否は決まらず、取り決め時から定年退職までの期間の長さや、定年退職後の具体的な収入変動の状況がどの程度のものだったかが重要な要素になると思われますので、減額を求める側、求められた側の双方とも、このような事情について重点的に主張していくことが大事になるかと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

過去の未払婚姻費用を計算する場合、改訂前と改訂後、どちらの算定表を使用するのか?

 

 婚姻費用と養育費については、令和元年12月23日に算定表が改訂され、それ以降は改訂後の算定表によって婚姻費用や養育費が計算されています。

 

 ところで、改訂前の算定表と改訂後の算定表を比べると、改訂後の算定表を使用した方が金額が高くなる傾向がありますが、過去の未払婚姻費用を計算する際にその計算期間が算定表の改訂時期を跨いでいた場合、改定前の期間の婚姻費用はどちらの算定表を使用することになるのでしょうか?

 

 今回は、この点について判断した裁判例をひとつ紹介したいと思います。

 

宇都宮家裁令和2年11月30日審判

「改定標準算定方式及び改定算定表は、前記のとおり、税制等の法改正や生活保護基準の改定等を踏まえて、現状の社会実態を反映させたものであるところ、公租公課に関する税率及び保険料率については、平成30年7月時点のもの、職業費に関する統計資料としては、標準算定方式及び算定表の提案当時の資料に相当する資料のうち平成25年から平成29年までの平均値を用いたもの、特別経費に関する統計資料についても、職業費と同様に平成25年から平成29年までの平均値を用いたもの、ならびに生活費指数の算出のための生活保護基準及び学校教育費に関する統計資料については、基本的には平成25年度から平成29年度までのもの(ただし、学校教育費のうち子が15歳以上の区分については、平成26年度から平成29年度までのもの)をそれぞれ用いるなどして算出した結果を取りまとめたものである(前記司法研究報告書参照)。
 以上によれば、改定標準算定方式及び改定算定表は、本件において未払の婚姻費用を算定するに際しても、当時の社会実態を踏まえて、これを反映させた考え方であるといえ、十分な合理性を有するものと認められる。
 したがって、本件婚姻費用分担額を算定するに当たっては、未払分を含めて、改定標準算定方式及び改定算定表を用いるのが相当である。」

 上記裁判例では、改訂算定表のもとになった統計資料中、公租公課に関する税率や保険料率が平成30年7月時点のものを使用していることや、職業費・特別経費・生活保護基準・学校教育費に関しては基本的に平成25~29年度までのもの(学校教育費のうち子が15歳以上の部分は平成26~29年度までのもの)を利用していることなどから、算定表改訂前の期間にかかる未払婚姻費用(令和元年8月~11月分)についても、そのまま改訂後の算定表を使用するという判断をしています。

 

 この裁判例とは異なり、算定表の改訂前後で適用すべき算定表を変えるという考え方もあり得るところですが、そもそも婚姻費用は請求の意思を明確にした時点以降について認めるというのが裁判所の傾向であることからすると、いずれの見解をとるにせよ、今後、純粋な婚姻費用の計算においてこの点が問題となることはなくなっていくように思われます。

 

 なお、過去の婚姻費用は、財産分与の場面でも問題となることがあり、過去に婚姻費用の未払いがある場合、未払分を考慮して財産分与額が決められる場合があります。

 

 財産分与においてどこまでの期間の未払分を清算の対象とするか、あるいは未払分のうちどの程度の割合を清算の対象にするかは裁判所の裁量ですが、このように財産分与を決める際の材料として過去の未払婚姻費用が考慮される場合があることからすれば、事案によっては財産分与額を決定する際、どちらの算定表を参照して過去の婚姻費用を計算すべきかを巡り争いになる可能性もありますので、財産分与で過去の婚姻費用が問題となったときはこの点を意識しておくのも良いかもしれません。

 

弁護士 平本丈之亮

 

夫婦の一方が自己名義の不動産を賃して賃料を得ていた場合、財産分与ではどう扱われる?

 

 離婚事件を扱っていると、夫婦どちらかの単独名義の不動産を賃貸して賃料収入を得ているケースに遭遇することがあります。

 

 この場合、財産分与について、不動産そのものの処理だけではなく、そこから発生した賃料の取り扱いを巡って対立することもあることから、今回はこの点をテーマにお話ししたいと思います。

 

 

・不動産が夫婦共有財産だった場合

 

 まず、問題の不動産が夫婦の実質的共有財産のケースですが、これについては、賃料が何らかの形で残っている場合と、既に残っていない場合とに分けてお話しします。

 

賃料が残っている場合

 賃料が預金や現金の形で残っている場合、賃料は夫婦共有財産から発生したものですから、残存している賃料は財産分与の対象となります。

 

 なお、どこまでの期間の賃料が清算対象になるかは何とも言えないところですが、財産分与の基準時を離婚時とすることについて当事者間に争いがなく、裁判所の記録上からもその時点で夫婦間の経済的協力関係が終了したと判断されたケースにおいて、離婚後に生じた賃料は対象にはならないとする裁判例(東京家裁平成28年3月30日審判)があることから、財産分与の基準時(原則として別居時)が終期となるように思われます(私見)。

 

賃料が残っていない場合

 これに対して、基準時に賃料が財産として残っていない場合、財産分与は基準時に存在する財産を分けるものですから、基本的には財産分与の対象にはならないと思われます(なお、賃料を浪費してしまった場合には、他の財産を分与する際の分与割合に影響する可能性はあります)。

 

過去に受領した賃料を、財産分与とは別に不当利得として請求できるか?

 以上のように、既に賃料が残っていない場合、夫婦共有財産から生じた過去の賃料を財産分与の対象として清算を求めるのは難しいように思われます。

 

 しかしながら、対象となる不動産が夫婦共有財産であるにもかかわらず、時期を問わずに過去の賃料すべてを名義人に独占させることには疑問もあり、財産分与の基準時(多くは別居時)に夫婦共有財産である不動産の持分がいわば顕在化したと解釈して、少なくとも別居から離婚までの間の賃料については、その持分割合の限度で返還されるべきではないか、という考え方もあり得ます。

 

 もっとも、財産分与は協議や審判などによってはじめて具体的な範囲や内容が確定するというのが裁判所の基本的な考え方であり(最高裁昭和55年7月11日判決)、それまでの間、配偶者の一方は夫婦共有財産について他方配偶者に対する具体的な権利を有さないと考えれば、結婚中に受領し、かつ、既に残っていない過去の賃料の一部を財産分与とは別に支払うよう請求することは難しいことになります。

 

 この点については、別居から離婚までの間に名義人が受け取っていた賃料の一部を不当利得として請求したケースにおいて、上記の最高裁判決の判断をもとに請求を否定した裁判例が存在しますが(東京地裁令和3年2月17日判決)、財産分与の具体的内容が協議や審判等によって形成されるという前提に立つ以上、個人的にもこのような請求は難しいのではないかと考えます。

 

 

・不動産が特有財産だった場合

 

 たとえば、配偶者の一方が親から受け継いだ不動産(特有財産)を賃貸に出していたような場合、その不動産は夫婦が築きあげたものではない以上、そこから発生する賃料は財産分与の対象にならないようにも思えます。

 

 しかし、特有財産である不動産からの収入であっても、その不動産の維持や賃料の発生に対して他方配偶者の貢献があったと認められれば、特有財産からの収入も財産分与の対象になり得ます。

 

 もっとも、どの程度の貢献があれば財産分与の対象になるのかや、対象になるとしてもどの程度の分与割合とするかは、その不動産の維持等に対する他方配偶者の関わり方によって異なるところであるため、明確な基準はなくケースバイケースの判断となると思われます。

 

弁護士 平本丈之亮

 

衣類や装身具は財産分与の対象となるのか?

 

 離婚協議の中で財産分与が問題になる場合、通常は不動産や預金、有価証券などの処理を巡って話し合いがなされることが多いところですが,まれに、婚姻中に夫婦それぞれが購入した衣類や装身具(指輪など)が財産分与の対象になるかを巡って議論になることがあります。

 

 では、このような物が果たして財産分与の対象になるのか、というのが今回のテーマです。

 

夫婦それぞれの専用品は基本的に財産分与の対象にはならない

 

 以下の裁判例でも触れられているとおり、衣類や装身具など、社会通念上、夫婦それぞれの専用品とみるべき物は、基本的には財産分与の対象にはならないと考えられています。

 

名古屋家裁平成10年6月26日審判

「本件記録によれば、本件内縁期間中に申立人が相手方から買い与えられた宝石類は、ネックレス一点、指輪三点であり、その購入価格は、指輪一点が約八〇万円、他の指輪一点が約三〇万円であったことが認められ、なお、その余の価額は不明である。
 これらの宝石類は、社会通念に従えば申立人の専用品と見られるから、申立人の特有財産であるというべきであり、したがって、本件財産分与の対象とはならない。」

 

東京地裁平成16年2月17日判決

「前記美術品は夫婦共同財産であり、現在被告が管理している。この点について、被告は、被告の特有財産によって被告の好みにより購入したもので、被告の特有財産であると主張する。しかし、衣類や装身具等とは異なり、社会通念上これを被告の専用品とみることはできないうえ、相続財産を原資として取得されたと認めるに足りる証拠はないから(相続した預貯金あるいは現金等によって購入されたと認めるに足りる証拠はないから)、被告の特有財産ということはできない。」

 

 このように、衣類や装身具は、通常それぞれの専用品、すなわち特有財産として扱われるため基本的には財産分与の対象にはなりません。

 

 ただし、裁判例によれば、専用品として扱われるかどうかの基準は結局のところ「社会通念」という曖昧なものであるため、たとえば装身具ひとつみても、それ自体が非常に高額であったり、購入目的が着用という装身具本来の目的ではなく資産形成であったようなケースであれば、例外的に財産分与の対象となる可能性は残ります

 

 多くの場合、この点は話し合いによって解決されていると思われますが、専用品かどうかを巡って離婚協議等が難航する可能性もありますので、装身具などの処理を巡って本格的に問題が生じたときは、一度弁護士へのご相談をご検討いただければと思います。

 

 弁護士 平本丈之亮

離婚前に渡した財産は、離婚の際にどのように扱われるのか?

 

 夫婦間においては、婚姻中、配偶者の一方が他方に財産を渡すことがありますが、離婚のご相談をお受けしていると、離婚の条件を協議する際に、結婚中の財産の移転をどのように処理するかを巡りトラブルになることがあります。

 

 そこで今回は、離婚の前に渡した財産が離婚の際にどのように扱われるのかについてお話しします。

 

財産分与として渡したものは、離婚の際に清算される

 

 離婚前に渡した財産が夫婦の財産関係の清算である財産分与の趣旨であることが明らかな場合、前渡しした財産は最終的な財産分与の場面で清算されます。

 

 具体的には、夫婦の共有財産を全て合算して必要な限度で負債を控除し、それに取得割合を乗じて、そこから離婚前に前渡しを受けた分を控除するというやり方です(このような計算方法をとっている裁判例として、東京家裁平成30年3月15日判決)。

 

財産分与の前渡しをするときは、その趣旨を明確にしておくべき

 このように、離婚前に渡した財産が財産分与の前渡しであることが明確であれば、上記のように最終的な分与額の計算において考慮されることがあります。

 

 もっとも、ある財産を離婚前に前渡しする場合、そのお金の移動の趣旨はいくつかの可能性があり、それが財産分与の趣旨ではないと判断された場合には、このような控除計算はなされないことになります。

 

 たとえば、離婚前の別居段階で婚姻費用の未払いが長期間続いており、その清算として、離婚前にまとめて過去の婚姻費用を支払ったというケースが典型例ですが、このような未払婚姻費用の清算は財産分与とは性質上別個のものであるため、この場合は財産分与の計算上、考慮されません。

 

 実際のケースとしても、さきほど紹介した東京家裁平成30年3月15日判決では、離婚前に前渡しした金銭が財産分与の前渡しであるのか、それとも過去の未払い婚姻費用の清算であったのかが争われていますが、結論的には、前渡しした側が保育料や光熱費等を負担していたことなどの事情から、渡したお金は婚姻費用の清算ではなく財産分与の前渡しであったと認定されています。

 

 以上のように、具体的な離婚協議をする過程において、離婚成立前に一定の財産を相手に動かすことは、その趣旨が曖昧だと後々問題となることがあります。

 

 そのため、前渡しする必要がある場合には、その金銭の移動がいかなる趣旨であるかについてきちんと合意したうえで、書面等で明らかにしておく必要があります。

 

離婚が問題になる前に贈与した財産は?

 

 以上のように、離婚問題が浮上してから財産を移転するというのではなく、離婚が問題になる以前に、配偶者の一方が相手に財産を贈与することもよくみられます。

 

財産分与の前渡しとは評価されない

 このようなケースでは、贈与した側から、その贈与財産も財産分与の計算をする上で考慮してしてほしいという希望が出されることがありますが、そもそも離婚が現実的な課題として意識されていない段階での財産移転であれば、財産分与の前渡しとは評価できませんので、このような理屈で考慮してもらうことは難しいと思われます。

 

夫婦共有財産を贈与した場合、離婚時に清算の対象にしてもらえるか?

 また、贈与の対象となった財産が夫婦共有財産であった場合には、単に共有財産の名義や占有を相手に移転しただけにもみえるため、離婚時にこれを財産分与の対象として扱うべきではないか、具体的には、支払うべき金額からその分を控除したり、逆に相手が取りすぎであるため一部返還してもらいたい、という希望が出ることもあります。

 

 この点については、贈与当時の当事者双方の意思などにかかわるためケースバイケースの判断となりますが、当事者の意思によって確定的に財産の帰属を決めたのであれば、そのような贈与は清算的要素をもち、贈与対象財産はその時点で特有財産になるため財産分与の対象にはならない、と判断されることがあります。

 

 たとえば、大阪高裁平成23年2月14日決定では、不貞行為が疑われる状況下で配偶者の不満を抑える目的のもと不動産の持分を移転したというケースにおいて、そのような持分移転は清算的要素をもち、贈与の時点で不動産は特有財産になったと判断されています。

 

弁護士 平本丈之亮

 

育児休業給付金は、婚姻費用や養育費の計算において考慮されるのか?

 

 雇用保険に加入している労働者が育児休業を取得した場合、一定期間、雇用保険から育児休業給付金が支給されることがあります。

 

 では、このような育児休業給付金の支給が予定されている間に婚姻費用の請求があった場合、婚姻費用や養育費の計算において育児休業給付金は収入として扱われるのでしょうか?

 

大分家裁中津支部令和2年12月28日審判

 この点に関しては、別居中の妻が夫に対して自分と子どもの分の婚姻費用の請求をしたが、夫には不貞相手との間に認知した子どもがいたというケースで、認知した子の母である不貞相手の育児休業給付金を収入として扱い、これをもとに妻と子の婚姻費用を算定した裁判例があります(大分家裁中津支部令和2年12月28日審判)。

 

 このケースは、権利者や義務者自身が育児休業給付金を受給していた場合ではなく、婚姻費用の計算において考慮する必要のある認知した子の生活費を計算する際に、その母親である不貞相手の育児休業給付金を収入として計算したというイレギュラーなケースです。

 

 もっとも、この裁判例は、育児休業給付金が婚姻費用の計算にあたって収入として扱うべきことを当然の前提としたものですので、たとえば妻が育児休業中に夫に婚姻費用を請求したようなスタンダードなケースでも、この裁判例と同様の立場に立てば育児休業給付金が収入として扱われるものと思われます(なお、この裁判例では、育児休業給付金が収入として考慮される理由について特段理由は述べていませんが、育児休業給付金が雇用保険給付の一つとして休業中の所得を補填とすることからすると、個人的にも収入として扱うことが妥当ではないかと考えます)。

 

職業費に注意を要する

 ただし、婚姻費用や養育費の計算において育児休業給付金を収入として扱う場合には、育児休業期間中は職業費がかからない点を計算に反映させる必要があることに注意が必要です。

 

 いわゆる標準算定方式では、総収入に応じた一定のパーセンテージを乗じて「基礎収入」を算出し、それをもとに婚姻費用や養育費を計算しますが(このパーセンテージを「基礎収入割合」といいます。)、通常のケースで用いられる基礎収入割合は、働いている人に一定の職業費がかかることを前提としています。

 

 これに対し、育児休業給付金を受給している期間はこのような職業費が生じないため、このようなケースでは、基礎収入を計算するにあたり職業費がかからないことを前提に計算を修正する必要があります。

 

 この点について、上記裁判例では、統計上の資料から実収入に占める職業費の平均値が概ね15%であることに着目し、通常の計算の場合に利用される基礎収入割合に15%を加算して基礎収入を計算するという計算方法を採用していますので、同様のケースではこの方法を参考にすることが考えられるところです。

 

 たとえば、年額120万円の給与収入を得ている場合、通常の基礎収入割合は46%であるため基礎収入は120万円×46%=556,000円ですが、この120万円が育児休業給付金の場合、上記裁判例のような考え方だと46%に15%を加算し、基礎収入は120万円×61%=732,000円となり、これをもとに婚姻費用や養育費を算出します。

 

 

 婚姻費用や養育費の計算において育児休業給付金が問題になる例はそこまで多くはないと思いますが、最大で子どもが2歳になるまで受給できるものであるため、元々の収入が高いケースだと、これを収入に加えるかどうかによって計算が大きく変わってくることもあり得ます。

 

 今回ご紹介したように、育児休業給付金を受給していたりその予定がある場合には婚姻費用や養育費について特殊な計算が必要になる可能性がありますので、この点が問題となる場合には弁護士への相談をご検討いただければと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

私立学校や大学の学費は養育費に加算してもらえるのか?

 

 養育費の交渉をするときに、子どもの学費が問題となることがあります。

 

 子どもが小さいときに離婚するケースでは、学費が将来どの程度かかるかを正確に計算することは難しいところですが、子どもがある程度大きくなり、たとえば私立学校や大学に進学するなど、学費の負担が現実的な話になった場合には、学費の費用負担を巡って交渉がシビアになることがあります。

 

 そこで今回は、子どもが私立学校や大学に進学する場合、その学費を養育費として請求できることがあるのか、という点についてお話ししたいと思います。

 

 

標準算定方式で考慮されている学費の範囲

 

 養育費の計算において広く使用されている「標準算定方式」では、あらかじめ双方が負担すべき学校教育費が考慮されているため、考慮済みの学費部分について重ねて負担を求めることは困難です。

 

 もっとも、標準算定方式において考慮されている「学費」とは具体的には公立高校までのものであるため、今回のテーマである私立学校や大学の学費については基本的な養育費には含まれないことになります。

 

 

私立学校や大学の学費を養育費として請求できる場合は?

 

 このように、標準算定方式では私立学校や大学の学費が養育費の計算において考慮されていないことから、子どもが進学を希望するときにその学費の負担を養育費の一環として請求しうるかが問題となります。

 

 この点については、当然に相手に対して負担させることができるとまではいえませんが、下記①②のような場合であれば負担を求めうると考えられています。

 

増額がなされるケース

①義務者が私立学校や大学への進学を承諾している場合

※承諾は黙示のものでも良いと考えられています。

 

②収入・資産の状況や親の学歴・地位などから私立学校や大学への進学が不相当ではない場合

 

 

具体的な負担額の計算方法は?

 

 上記のとおり、一定の場合には標準的な養育費のほかに私立学校や大学の学費の負担を求めることができることがありますが、その場合であっても学費の全額を負担するわけではなく、年間の教育費から標準算定方式で既に考慮済みの金額を控除し、それによって算出された残額を父母が按分して負担しあうことになります。

 

【年間の教育費の内容は?】

 

 私立学校や大学の学費負担を相手に求める場合には、まず年間の教育費をいくらと見るべきかが問題となりますが、文部科学省の行っている子供の学習費調査に関する統計資料の用語解説では、「学校教育費」として授業料、通学費、図書費などの項目を列挙して示していますので、問題となる学費を算出するにあたってはこのような資料をもとに学費を積算していくことが考えられます。

 

 なお、子どもが奨学金を受けて学費を賄っていたり、アルバイトで学費を賄うことができるような状況のときは、義務者に私立学校や大学の学費分の追加負担を求める必要はないと判断されるケースもあります(婚姻費用の計算において学費の加算が問題となったケースとして東京家裁平成27年8月13日審判など)。

 

 この点に関連して、私立高校については高等学校等就学支援金制度の改正により、世帯収入によっては授業料が実質無償化されるためこれが加算額の計算に影響するかどうかが問題となり得ます。

 

 もっとも、婚姻費用に関する過去の裁判例では、公立高校の授業料の不徴収制度は婚姻費用の減額事由にはならないとした事例(最高裁平成23年3月17日決定)や、子ども・子育て支援法の改正による幼稚園、保育所、認定子ども園等の利用料の無償化が婚姻費用の減額事由にはならないとした事例(東京高裁令和元年11月12日決定)があることに鑑みると、私学加算の場面でも同様に考えるのが妥当ではないかと思います(私見)。

 

【年間の教育費から差し引くべき金額】

 

 次に、養育費に加算すべき額を算出するために、実際に生じる私立学校や大学の学費から標準算定方式で既に考慮済みの金額を差し引くことになります(この計算をしないと、義務者に二重に教育費を負担させてしまう部分が生じるためです)。

 

 標準算定方式では、公立中学校の学校教育費として年間131,379円、公立高等学校の学校教育費としては年間259,342円が考慮されていますので、一つの方法としては、私立学校等の年間教育費からこれらの金額を控除する方法が考えられます(大学の進学費用の加算が問題となったケースで、公立高等学校の学校教育費を控除した例として大阪高裁平成27年4月22日決定参照)。

 

【義務者が負担すべき割合は?】

 

 以上のような過程を経て、標準算定方式では考慮されていない超過分の学費の額を計算したら、最後に義務者が負担すべき金額を計算することになります。

 

 分かりやすい計算方法としては、これまでの計算で得られた額を互いの基礎収入の割合で按分して義務者の負担額(年額)を計算し、これを12ヶ月で割って養育費の月額に加算するというものが考えられますが、最終的には裁判所が諸般の事情を考慮して負担額を決めることになります。

 

 

異なる計算方法もある

 

 以上のような計算方法は、公立中学校の子どもがいる世帯として約730万円、公立高等学校の子どもがいる世帯として約760万円の平均収入があることを前提にした簡易な計算方法であるため、義務者の収入がこの平均値と大きく異なる場合には、計算方法そのものを修正することが必要となる場合があります。

 

 この点は込み入った話になりますので詳細は割愛しますが、このような場合の計算方法として、まず、①私立学校や大学の学費を双方の基礎収入に応じて按分計算して義務者の負担額を計算し、これを12で割って月額に直し、次に、②標準算定方式によって義務者が負担する基本的な養育費を算出して、③②の中に含まれている教育費相当額を生活費指数(14歳以下では62分の11程度、15歳以上では85分の25程度)をもとに計算したあと、④最後に①の金額から③の金額を控除する、というものがあります。

 

 

計算例

 

 最後に、参考として計算例をひとつ示してみたいと思います。

 

計算例

【設例】

義務者(父・給与所得者):年額750万円

権利者(母・給与所得者):年額200万円

子ども(19歳):国立大学1年生

(奨学金はなく、アルバイトも困難とします。)

 

【学費】

年間授業料   535,800円(標準額)

学用品(年間)     60,000円

年間学費合計  595,800円 

(入学金は両親の合意のもと支払済みとします。)

 

【養育費(標準算定方式)】

概ね8万円

 

【標準算定方式では考慮されない学費相当額】

595,800円-259,342円=336,458円

 

【義務者(父)の負担すべき学費】

父の基礎収入:750万円×40%=3,000,000円

母の基礎収入:200万円×43%=860,000円

 

  336,458円

×3,000,000円÷(3,000,000円+860,000円)         

=261,495円(年額)(月約2.2万円)

 

【養育費総額】

 8万円+2.2万円=10.2万円

 

 養育費は子どものために支払われるものであり、今回ご紹介したように進学のために一定額を加算して支払わなければならない場合がありますが、基本的な養育費に加えて学費分の加算を求めるとなると計算や交渉が複雑化することがありますので、加算を求めるかどうかや求める加算額については、専門家と相談の上、十分に検討していただければと思います。

 

弁護士 平本丈之亮