離婚協議等において財産分与が問題となるとき、財産分与をする側の配偶者から、夫婦関係がうまくいっていた期間に生活費を多く払い過ぎていたとして、過去に払いすぎた分を財産分与から差し引くべきだと主張するケースがあります。
婚姻費用は夫婦双方の資産、収入その他一切の事情を考慮して分担するものとされていますが(民法760条)、実務上採用されている標準算定方式に基づき作成された「簡易算定表」に基づいて計算するとおおよその標準額が算出できるため、一見するとこのような差額清算にも合理性があるようにも思えます。
しかし、夫婦関係が円満な間、夫婦はお互いに妥当な婚姻費用がいくらなのか、あるいは払いすぎの部分を後で清算しようなどということは意識していないことが一般的であり、生活費の負担方法や額について夫婦が了解した上で共同生活を営んでいたにもかかわらず、婚姻関係が壊れてからこのような過去の分の差額清算を認めることは相手方にとって酷な場合もあります。
そこで今回は、果たしてこのような主張は認められるのかについてお話しします。
夫婦円満な間における生活費は原則として贈与
この点については、このような円満期間中における婚姻費用は配偶者の一方から他方に対する贈与の趣旨であると考えて超過分の清算は不要とする見解があり、過去の裁判例においても原則として贈与とみるべきと判断したものがあります(高松高裁平成9年3月27日判決)。
「離婚訴訟において裁判所が財産分与を命ずるに当たっては、夫婦の一方が婚姻継続中に過当に負担した婚姻費用の清算のための給付をも含めて財産分与の額及び方法を定めることができると解するのが相当である(最高裁昭和五三年(オ)第七〇六号、同年一一月一四日第三小法廷判決・民集三二巻八号一五二九頁参照)。しかしながら、夫婦関係が円満に推移している間に夫婦の一方が過当に負担する婚姻費用は、その清算を要する旨の夫婦間の明示又は黙示の合意等の特段の事情のない限り、その過分な費用負担はいわば贈与の趣旨でなされ、その清算を要しないものと認めるのが相当である。」
過去の婚姻費用を財産分与においてどのように考慮するべきかに関しては、別居以降の未払い分を考慮(加算)することは認められています。
他方で、別居中にいわゆる標準算定方式で計算した金額を超える額を負担していたケースでは、原則として差額清算(控除)を否定した高裁レベルでの裁判例があり(大阪高裁平成21年9月4日決定)、円満期間中の超過負担部分についても上記のとおり原則として考慮(控除)されないとの高裁裁判例があることからすると、別居の前後を問わず、婚姻費用の超過払い分を財産分与で考慮すべきという主張が採用される可能性は高いとはいえないように思われます。
弁護士 平本丈之亮