定年退職による収入減少は養育費の減額事由となるか?

 

 養育費は、将来にわたって長期間支払いを継続していくものですが、養育費の取り決めをした時点で予測し得ないような事情変更が生じたときは、いったん取り決めた養育費の減額や増額が認められることがあります。

 

 このような事情変更の例としては、たとえば再婚による子どもの出生や子の養子縁組、収入の大幅な減少などがありますが、それでは、養育費の支払期間中に義務者が定年退職し収入が減少したことは、このような事情変更にあたり養育費の減額事由になるのでしょうか?

 

 この点については、定年退職自体は予測できることである以上、そのような事情は養育費を減額すべき事情変更にあたらないとの考え方もあり得ますが、以下の通り、定年退職そのものについて予測可能であったとしても、事情の変更にあたり得ることを肯定した裁判例が存在します。

 

広島高裁令和元年11月27日決定

「未成年者が満20歳に達する日の属する月の前に抗告人が定年退職を迎えることは、本件和解離婚当時、抗告人において予測することが可能であったといえる。しかし、予測された定年退職の時期は、本件和解離婚当時から10年以上先のことであり、定年退職の時期自体、勤務先の定めによって変動し得る上、定年退職後の稼働状況ないし収入状況について、本件和解離婚当時に的確に予測可能であったとは認められないのであって、本件和解条項が、定年退職による抗告人の収入変動の有無及び程度にかかわらず、事情の変更を容認しない趣旨であったとは認められない。したがって、本件和解離婚当時、抗告人において定年退職の時期を予測することが可能であったことは、定年退職による抗告人の収入減少が事情の変更に当たることを否定するものではない。」

 

 上記裁判例は、定年退職の時期が10年以上も先のことであったことや、定年退職の時期自体が勤務先の定めによって変動しうること、養育費の取り決めをした時点で将来の収入状況などを的確に予測可能であったとはいえないとして、定年退職による収入減少が事情変更にあたらないとはいえないと判断しています。

 

 確かに、定年退職自体については予測可能であっても、そこから一歩進んで、定年退職後に自分がどの程度の収入を得られる見込みがあるのかまで具体的に予測して養育費の取り決めをすることは困難な場合もあり、このような抽象的な予測可能性があるからといって、いかなる場合でも変更が認められないというのは、義務者にとって酷な結果となるケースもあると思われます。

 

 そもそも養育費の変更に事情の変更が必要とされるのは、取り決めをした当時に予測できた事情を根拠に安易に金額変更を認めると法的安定性を害するためですが、他方、予測できる事情であれば一切事後的な変更が認められないとすれば当事者の実情に合わず、法的安定性の名のもとにかえって当事者の公平を害する場合もあり得ますので、定年退職までの時期や、定年退職後の収入減少の程度によっては減額が認められるべきと考えられます。

 

 いずれにせよ、上記裁判例のような枠組に従うのであれば、抽象的に定年退職が予測し得たかどうかという点だけでは減額の可否は決まらず、取り決め時から定年退職までの期間の長さや、定年退職後の具体的な収入変動の状況がどの程度のものだったかが重要な要素になると思われますので、減額を求める側、求められた側の双方とも、このような事情について重点的に主張していくことが大事になるかと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

建設アスベスト給付金の制度について(特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法律)

 

 令和3年5月17日、アスベストの健康被害について最高裁判所が国の規制権限不行使の違法性を認める判決を下したことを受け、昨年成立した「特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法律」が、令和4年1月19日に施行されました。

 

 この法律は、アスベストの吹き付け作業などに従事して病気になった労働者、一人親方、中小事業主(家族従事者含む)やその遺族に対して、被害の程度に応じて給付金を支給するというものですが、今回は、この建設アスベスト給付金が具体的にどのような方に支給されるのかという点や、給付金の額、請求の手続などについて大まかな内容を説明したいと思います。

 

対象者

 

 建設アスベスト給付金の対象となるのは、以下の条件を満たす方です。

 

 ご覧のとおり、建設会社に雇われている労働者である必要はないため、いわゆる「一人親方」でも対象となりますし、アスベストの健康被害によって既に被災者が亡くなった場合には、遺族(受給できる順位は法律で決まっています。)が受給することができます。

 

支給対象者

1 日本国内において、以下の期間、以下の建設業務(※1)に従事したこと

 

【昭和47年10月1日~昭和50年9月30日】

 石綿の吹付け作業に従事

 

【昭和50年10月1日~平成16年9月30日】

 屋内作業場(※2)で行われた作業に従事

 

2 1の作業に従事したことにより石綿関連疾病(※3)にかかったこと

 

3 下記の者であること

①労働者(労働基準法第9条に規定する労働者)

 

②中小事業主

 対象となる時期と主たる事業の種類によって異なりますが、一定数以下の労働者を使用していた事業主が対象となります(詳細は割愛します)。

 

③一人親方

 会社などに雇用されずに自営業として個人で建設作業に従事していた方ですが、このような方で労災の対象にならないケースでも給付金の支給対象となります。

 

④家族従事者等

・中小事業主が行う事業に従事する家族従事者・代表者以外の役員

・一人親方が行う事業に従事する家族従事者等

 

⑤①~④の遺族

 遺族については、以下の通り対象者が決まっており、複数の順位の遺族がいるときは、上の方が優先されます・

ⅰ 配偶者(内縁を含む)

ⅱ 子

ⅲ 父母

ⅳ 孫

ⅴ 祖父母

ⅵ 兄弟姉妹

<※1 建設業務>

①土木、建築その他工作物の建設、改造、保存、修理、変更、破壊、解体

②①の準備作業

③①②の作業に付随する作業(現場監督含む。)

 

<※2 屋内作業場>

 屋根があり、側面の面積の半分以上が外壁などに囲まれ、外気が入りにくいことにより石綿の粉塵が滞留する恐れのある作業場

 

<※3 石綿関連疾病>

①中皮腫

②肺がん

③著しい呼吸器障害を伴うびまん性胸膜肥厚

④石綿肺(じん肺管理区分2~4のものやこれに相当するもの)

⑤良性石綿胸水

 

給付金の額

 

 給付金の額は、以下の表のとおりとなっています。

 

 ただし、一定の場合(※4)には減額されることとされており、また、国や建材メーカーなどから損害賠償を受けている場合には、国から受け取った分は全額、建材メーカー等から受け取った分は一定限度で給付金から差し引かれます。

 

 なお、給付金を受給後、症状が悪化したような場合には、請求期限(後述)を過ぎていなければ、当初の給付金額との差額を追加請求することができます。

 

1 石綿肺管理2(※5) 550万円
2 石綿肺管理2+じん肺法所定の合併症(※6)あり 700万円
3 石綿肺管理3 800万円
4 石綿肺管理3+じん肺法所定の合併症あり 950万円
5 中皮腫・肺がん・著しい呼吸器障害を伴うびまん性胸膜肥厚・石綿肺管理4、良性石綿胸水 1150万円
6 上記1、3により死亡 1200万円
7 上記2、4、5で死亡 1300万円

<※4 減額される場合>

①短期ばく露による減額(10%)

・従事期間10年未満で肺がん・石綿肺になった場合

・従事期間3年未満で著しい呼吸器障害を伴うびまん性胸膜肥厚になった場合

・従事期間1年未満で中皮腫、良性石綿胸水になった場合

 

②喫煙習慣により肺がんになった場合の減額(10%)

 

なお、①と②の両方にあてはまる場合は給付金の19%が減額となります。 

 

<※5 石綿肺管理区分(=じん肺管理区分)>

 じん肺健康診断の結果によってじん肺を区分したもので、区分1は所見がなく、2以降は所見が見られ、2~4に進むにつれてじん肺が進行していることを示しています。

 

<※6 じん肺法所定の合併症>

・肺結核

・結核性胸膜炎

・続発性気管支炎

・続発性機関誌拡張症

・続発性気胸

 

請求の期限

 

 この法律に基づく給付金の請求期限は以下の通りとなっています。

 

請求の期限

①②のいずれか遅い方から起算して20年

①石綿関連疾病にかかった旨の医師の診断日

②じん肺管理区分2~4の決定日

 

・被災者が石綿関連疾病によって亡くなった日から20年

 

請求の方法と「労災支給決定等情報提供サービス」について

 

 請求の方法は、厚生労働省労働基準局労災管理課建設アスベスト給付金担当宛に、郵送で請求書や必要書類を送付するとされており、郵送以外の受付はありません。

 

<必要書類は?簡易な請求方法はあるか?>

 請求書や住民票、就業歴等申告書、医師の診断(意見)書、診断の根拠となる資料(医療記録や画像など)、遺族の場合には戸籍謄本や死亡届の記載事項証明書などの添付書類が必要となります。

 

 請求書や添付書類の様式は厚生労働省のHPに掲載されており、それ以外にも都道府県労働局や労働基準監督署の窓口でも入手できるため、通常はこれを適宜利用・参照しながら請求することになります。

 

  なお、労働者に該当して労災認定(特別加入制度による給付を含む)を受けている場合や、遺族が石綿救済法の特別遺族給付金を受けている場合には、厚生労働者の「労災支給決定等情報提供サービス」を利用して、労災認定等に用いられた情報の中で建設アスベスト給付金の請求に必要な情報をわかりやすく加工した通知書の提供を受けることができます。

 

 この通知書に記載された情報を利用することによって、請求書の記載がしやすくなったり、就業歴等申告書、労災保険給付や特別遺族給付金の支給決定通知書、じん肺管理区分決定の通知書といった添付書類を省略して請求できるようになるため、利用できる方はこれを利用すると請求しやすくなります(医師の診断書や診断根拠の資料についても、労災支給決定等情報提供サービスによって提供を受けた情報と同じ内容をもとに給付金を請求する場合には省略することが可能です)。

 

 

 今回の法律では、労働者はもちろん、労働者以外の一人親方や中小事業主、家族従事者、遺族も支給の対象となっており、請求できる方の範囲は広くなっています。

 

 既に労災認定を受けている等の場合は上記のとおり簡易な請求方法が可能であるためこれを積極的に利用するのが良いと思いますが、そのような方法がとれない一人親方等やその遺族については添付資料の準備などでつまずく可能性もありますので、最寄りの相談窓口や弁護士などに相談しながら、請求漏れがないようにしていただきたいと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

交通事故での受傷後、症状固定の前に、被害者が事故とは無関係の原因で死亡したとき、後遺障害に関する損害を請求できるのか?~交通事故㉙~

 

 交通事故で不幸にも受傷し、後遺障害が残った場合、後遺障害慰謝料や後遺障害逸失利益の請求をすることになります。

 

 通常、後遺障害事案では、一定期間の治療後、これ以上は治療しても効果があがらないという段階(症状固定)になってから損害額の計算をして示談交渉や裁判手続を行うことになります。

 

 もっとも、稀なケースとして、事故後、被害者が治療を継続している最中に、肺炎などの別の病気や自死によって死亡してしまうことがあり、このような場合、相手方の保険会社から、後遺障害が確定していなかった以上、後遺障害慰謝料や後遺障害逸失利益は支払えない、という対応をされることがあります。

 

 今回は、このようなケースにおいて、本来であれば後遺障害が残っていたはずであるとして後遺障害に起因する慰謝料や逸失利益の請求はできるのか、という点についてお話しします。

 

後遺障害が残ることがはっきりしているようなケースのときは請求できる可能性がある

 この点については否定例と肯定例の裁判例がありますが、死亡しなかったとしても後遺障害が残存した蓋然性が認められる場合には、残存したであろう後遺障害に基づく損害賠償請求ができる可能性があります。

 

肯定例

 

大阪地裁平成19年2月16日判決(自死の事例)

「前記のとおり、本件事故とAの死亡との間に相当因果関係は認められないが、仮にAが自殺をしなかったとすれば、後記のとおり、Aには後遺障害が残存した蓋然性が高かったと認められる。
 そのような場合は、残存する蓋然性が高いと認められる後遺障害を負ったものとして損害賠償請求権が成立するというべきである。」

 

→被害者の治療経過をもとに、被害者には13級相当の下肢短縮障害と12級相当の右股関節機能障害の併合11級の後遺障害が残存した蓋然性があるとした上で、被害者が症状固定前に死亡したことから障害が改善した可能性もあるとして、11級本来の労働能力喪失率20%から3%を減じた17%の労働能力喪失率を認め、これを前提に後遺障害逸失利益と後遺障害慰謝料を肯定した。

 

さいたま地裁平成30年10月11日判決(肺炎による死亡の事例)

「亡○は、本件事故により、脳挫傷等の重度の傷害を負い、遷延性意識障害の状態に陥り、ベッド上で寝たきりの生活となったことが認められる。被告は、亡○の症状は改善傾向にあったと主張し、確かに、△病院に転院した平成○年○月○日頃には、亡○は開眼し、声掛けに反応を示すこともあったが(乙3)、上記各証拠によれば、同時点でも意識は混濁で、体は一切動かせず、会話もできない状態のままであったこと、全身の骨折について外科的整復は行わず保存的加療となったまま、療養目的で入院していたこと、栄養補給は経鼻栄養補給で、自力排泄もできず、医師からは回復の見込みはないと告げられていたことが認められるのであって、亡○の本件事故後の状態は、後遺障害別等級表1級1号「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの」に相当し、その状態で死亡に至ったものと認められる。
 とすると、亡○について、上記等級に対応する後遺障害慰謝料を認めるのが相当である。」

 

→後遺障害慰謝料を肯定(事故当時70歳を超える高齢者で生活保護受給者であったためか、逸失利益の請求はなし)。

 

東京高裁平成31年4月11日判決(上記さいたま地裁判決の控訴審)

「亡○は、本件事故により脳挫傷等の重度の傷害を負い、遷延性意識障害の状態に陥り、ベッド上で寝たきりの生活となり、平成○年○月○日頃には、開眼し、声掛けに反応を示すこともあったが、その時点でも意識は混濁で、体は一切動かせず、会話もできない状態のままであり、全身の骨折についても保存的加療となったまま、療養目的で入院し、栄養補給は経鼻栄養補給で、自力排泄もできず、後遺障害別等級表1級1号「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの」に相当し、遅くとも死亡までには症状固定したと認めるのが相当であることは、前記1説示のとおりである。亡○の後遺障害診断書(甲4)の症状固定日が空欄であることは、上記認定の妨げにはならない。」

 

否定例

 

横浜地裁平成27年7月15日判決(交通事故後の別の医療事故による死亡事例)

「ところで、被害者が症状固定前に後発の事故により死亡した場合、先行事故による後遺障害の症状固定を前提とする損害の発生を認めることができるかであるが、先行事故による障害の治療中はそれによる後遺障害の有無、程度は不明であるし(殊に他覚的所見を伴わない「神経症状」については、死亡しなければ治療の継続により先行事故に基づく後遺障害が残存しなくなる可能性も否定できない。)、死亡時を症状固定時期とみなすことも著しい擬制を前提とすることになり相当とはいえない。」

「そうすると、・・・本件事故による上記障害の症状固定を前提とする逸失利益及び後遺障害慰謝料の請求はできないというほかない。」

 

→被害者は頸椎捻挫及び腰椎捻挫により両下肢の神経症状が残り歩行さえ困難となったとして、被害者の死亡時に症状が固定し、後遺障害等級9級10号に該当する後遺障害が残存したと主張したが、上記理由により後遺障害の主張は排斥。

 

 以上のとおり、治療中に事故とは無関係の理由によって被害者がお亡くなりになった場合に、そのまま治療を継続していれば残存していたであろう後遺障害に基づく損害の請求については、肯定例と否定例が存在します。

 

 もっとも、否定例をみても、先行事故による怪我の治療中は後遺障害の有無、程度が不明であることや、怪我の内容が他覚的所見を伴わない「神経症状」であったことが大きな理由になったものと思われるため、肯定例のように治療中の段階で既に後遺障害が残存する蓋然性が高く、その程度についてもある程度見通しがつくケースであれば、残存する蓋然性のある後遺障害等級を前提に後遺障害慰謝料や逸失利益の請求が認められる可能性があると思われます(要するに後遺障害が残ったであろうことを立証できるかどうかの問題)。

 

 確かに、頸椎捻挫のように、レントゲンやMRIでは所見が認められづらい傷害だと、将来、本当に後遺障害が残存するかどうか不明な場合が多いと思われますが、肯定例のように元々の怪我の程度が重かったり、治療経過からある程度残存しそうな後遺障害が予想できる段階にまで至っていれば、症状固定前になくなった場合でも後遺障害に起因する損害を請求できる可能性はあると思いますので、そのようなケースについては弁護士へご相談いただくことをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

離婚前に渡した財産は、離婚の際にどのように扱われるのか?

 

 夫婦間においては、婚姻中、配偶者の一方が他方に財産を渡すことがありますが、離婚のご相談をお受けしていると、離婚の条件を協議する際に、結婚中の財産の移転をどのように処理するかを巡りトラブルになることがあります。

 

 そこで今回は、離婚の前に渡した財産が離婚の際にどのように扱われるのかについてお話しします。

 

財産分与として渡したものは、離婚の際に清算される

 

 離婚前に渡した財産が夫婦の財産関係の清算である財産分与の趣旨であることが明らかな場合、前渡しした財産は最終的な財産分与の場面で清算されます。

 

 具体的には、夫婦の共有財産を全て合算して必要な限度で負債を控除し、それに取得割合を乗じて、そこから離婚前に前渡しを受けた分を控除するというやり方です(このような計算方法をとっている裁判例として、東京家裁平成30年3月15日判決)。

 

財産分与の前渡しをするときは、その趣旨を明確にしておくべき

 このように、離婚前に渡した財産が財産分与の前渡しであることが明確であれば、上記のように最終的な分与額の計算において考慮されることがあります。

 

 もっとも、ある財産を離婚前に前渡しする場合、そのお金の移動の趣旨はいくつかの可能性があり、それが財産分与の趣旨ではないと判断された場合には、このような控除計算はなされないことになります。

 

 たとえば、離婚前の別居段階で婚姻費用の未払いが長期間続いており、その清算として、離婚前にまとめて過去の婚姻費用を支払ったというケースが典型例ですが、このような未払婚姻費用の清算は財産分与とは性質上別個のものであるため、この場合は財産分与の計算上、考慮されません。

 

 実際のケースとしても、さきほど紹介した東京家裁平成30年3月15日判決では、離婚前に前渡しした金銭が財産分与の前渡しであるのか、それとも過去の未払い婚姻費用の清算であったのかが争われていますが、結論的には、前渡しした側が保育料や光熱費等を負担していたことなどの事情から、渡したお金は婚姻費用の清算ではなく財産分与の前渡しであったと認定されています。

 

 以上のように、具体的な離婚協議をする過程において、離婚成立前に一定の財産を相手に動かすことは、その趣旨が曖昧だと後々問題となることがあります。

 

 そのため、前渡しする必要がある場合には、その金銭の移動がいかなる趣旨であるかについてきちんと合意したうえで、書面等で明らかにしておく必要があります。

 

離婚が問題になる前に贈与した財産は?

 

 以上のように、離婚問題が浮上してから財産を移転するというのではなく、離婚が問題になる以前に、配偶者の一方が相手に財産を贈与することもよくみられます。

 

財産分与の前渡しとは評価されない

 このようなケースでは、贈与した側から、その贈与財産も財産分与の計算をする上で考慮してしてほしいという希望が出されることがありますが、そもそも離婚が現実的な課題として意識されていない段階での財産移転であれば、財産分与の前渡しとは評価できませんので、このような理屈で考慮してもらうことは難しいと思われます。

 

夫婦共有財産を贈与した場合、離婚時に清算の対象にしてもらえるか?

 また、贈与の対象となった財産が夫婦共有財産であった場合には、単に共有財産の名義や占有を相手に移転しただけにもみえるため、離婚時にこれを財産分与の対象として扱うべきではないか、具体的には、支払うべき金額からその分を控除したり、逆に相手が取りすぎであるため一部返還してもらいたい、という希望が出ることもあります。

 

 この点については、贈与当時の当事者双方の意思などにかかわるためケースバイケースの判断となりますが、当事者の意思によって確定的に財産の帰属を決めたのであれば、そのような贈与は清算的要素をもち、贈与対象財産はその時点で特有財産になるため財産分与の対象にはならない、と判断されることがあります。

 

 たとえば、大阪高裁平成23年2月14日決定では、不貞行為が疑われる状況下で配偶者の不満を抑える目的のもと不動産の持分を移転したというケースにおいて、そのような持分移転は清算的要素をもち、贈与の時点で不動産は特有財産になったと判断されています。

 

弁護士 平本丈之亮

 

信号機のない交差点において、自転車と四輪車が交差点内で接触した場合の過失割合(四輪車側に一時停止規制がある場合)~交通事故㉘~

 

 前回のコラムでは、信号機による交通規制のない交差点において、一時停止規制のある側を自転車が通行していたところ、直進してきた四輪車と交差点内で接触した事故の過失割合について説明しました。

 

 これに対して今回は、同じような事故状況のうち、自転車側ではなく、四輪車側に一時停止規制があった場合の過失割合についてお話しします。

 

典型的な事故状況

 

【基本の過失割合】

【自転車:自動車=10:90】

 

過失割合の修正要素

 以下のようなケースでは、このような基本的な過失割合が修正されることがあります。

 

【自動車が一時停止後、交差点に進入した場合】

自転車に対して+10% 

 このケースにおける基本的な過失割合は、自動車に一時停止義務違反があることを前提としたものであるため、自動車が一時停止義務を果たした場合には、その分、自動車側の過失割合が減る(自転車側の過失割合が増える)ことになります。

 

【自転車が右側通行し、自動車の左方から交差点に進入した場合】

自転車に対して+5% 

 自転車は原則として道路の左側部分を通行しなければならないため(道路交通法17条4項)、右側通行はこれに反する上に、右側通行をしながら四輪車の左方から交差点に進入した場合(上記の図でいえば、Aの自転車が上から下に向けて右側走行していたケース)、四輪車側からは自転車の発見が難しく、事故回避が困難となる場合があるため、このような修正がなされます。

 

 このように、この場合の修正は、四輪車からみて見通しの良くない通行方法であることが理由となっているため、見通しがきく交差点のときには修正は行われません。

 

 同様に、自転車横断帯がある場合には、自転車は法17条4項にかかわらず自転車横断帯を通行しなければならないため(道路交通法63条の7第1項)、この場合も修正は行われません。

 

【自転車の「著しい過失」・「重過失」】

著しい過失:自転車に+10%

重過失:自転車に+15%

 自転車側に「著しい過失」、「重過失」がある場合には、上記のとおり修正がなされます。

 

自転車の「著しい過失」・「重過失」の具体例

 

 1 著しい過失 

=事故態様ごとに通常想定されている程度を越えるような過失

 

①酒気帯び運転(※1)

 

②2人乗り

 

③無灯火

 

④並進(※2)

 

⑤傘を差すなどの片手運転 

 

⑥脇見運転等の著しい前方不注視

 

⑦携帯電話等で通話しながらの運転や画像を注視しての運転 など

 

※1 血液1ミリリットルあたり0.3ミリグラム以上又は呼気1リットルにつき0.15ミリグラム以上が罰則の対象ですが、罰則の適用のない程度の酒気帯びも対象となります。

※2 複数の自転車が並んで走行すること

 

 2 重過失 

=故意に比肩する重大な過失

 

①酒酔い運転(酒気を帯びた上、アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態での運転)

 

②いわゆる「ピストバイク」など制動装置の不良 など

 

 なお、高速走行している自転車(原動付自転車の制限速度である時速30㎞程度)については、もはや自転車ではなく単車として扱われ、別の基準が適用されることとされています。

 

 

【児童等・高齢者が自転車に乗っていた場合】

自転車に対して-5%

 児童や高齢者は交通弱者であり保護すべき必要性が高いため、自動車側がより注意するべきであると考えられるためです。

 

 なお、「児童等」とは概ね13歳未満の者を言い、6歳未満の幼児も含みます。

 

「高齢者」とは、概ね65歳以上の者を意味します。

 

【自転車が自転車横断帯を通行していた場合】

自転車に対して-5% 

 「自転車横断帯」とは、道路標識等により自転車の横断の用に供するための場所であることが示されている部分をいいますが、ここから若干外れていても、概ね1~2メートル以内の場所を通行していた程度であれば、自転車横断帯を通行していた場合と同視して良いとされています。

 

【自動車の「著しい過失」・「重過失」】

著しい過失:自転車に対して-5

重過失:自転車に対して-10%

 自動車側に「著しい過失」、「重過失」がある場合には、上記のとおり自転車側の過失割合が減算(自動車側に加算)されます。

 

自動車の「著しい過失」・「重過失」の具体例

 

 1 著しい過失 

=事故態様ごとに通常想定されている程度を越えるような過失

 

①脇見運転などの著しい前方不注視

 

②著しいハンドル・ブレーキ操作の不適切

 

③概ね15㎞以上30㎞未満の速度違反

 

④酒気帯び運転(※) など

 

※ 血液1ミリリットルあたり0.3ミリグラム以上又は呼気1リットルにつき0.15ミリグラム以上が罰則の対象ですが、罰則の適用のない程度の酒気帯びも対象となります。

 

 2 重過失 

=故意に比肩する重大な過失

 

①酒酔い運転(酒気を帯びた上、アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態での運転)

 

②居眠り運転

 

③無免許運転

 

④概ね時速30㎞以上の速度違反 など

 

 なお、この基準は、一方に一時停止規制がある限り、幅員が同程度の道路が交わる場合だけではなく、広路と狭路が交わる交差点にも適用があります。

 

弁護士 平本 丈之亮

 

 

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信号機のない交差点において、自転車と四輪車が交差点内で接触した場合の過失割合(自転車側に一時停止規制がある場合)~交通事故㉗~

 

 これまで自転車と四輪車の接触事故に関する過失割合についていくつかのケースをご紹介してきましたが、今回は、自転車と四輪車の接触事故のうち、信号機による交通規制のない交差点において、一時停止規制のある側を自転車が通行していたところ、直進してきた四輪車と交差点内で接触した事故の過失割合について、別冊判例タイムズ38号をもとに説明します。

 

典型的な事故状況

【基本の過失割合】

【自転車:自動車=40:60】

 

過失割合の修正要素

 以下のようなケースでは、このような基本的な過失割合が修正されることがあります。

 

【夜間に起きた事故の場合】

自転車に対して+5% 

 夜間は見通しが悪くなりますが、自転車側からは前照灯をつけた自動車は発見しやすく、他方、四輪車からは自転車の発見が必ずしも容易ではないため、自転車側の過失が加重されます。

 

 なお、「夜間」とは、日没時から日の出までの時間をいいます。

 

【自転車が右側通行し、自動車の左方から交差点に進入した場合】

自転車に対して+5% 

 自転車は原則として道路の左側部分を通行しなければならないため(道路交通法17条4項)、右側通行はこれに反する上に、右側通行をしながら四輪車の左方から交差点に進入した場合、四輪車側からは自転車の発見が難しく、事故回避が困難となる場合があるため、このような修正がなされます。

 

 このように、この場合の修正は、四輪車からみて見通しの良くない通行方法であることが理由となっているため、見通しがきく交差点のときには修正は行われません。

 

 同様に、自転車横断帯がある場合には、自転車は法17条4項にかかわらず自転車横断帯を通行しなければならないため(道路交通法63条の7第1項)、この場合も修正は行われません。

 

【自転車の「著しい過失」・「重過失」】

著しい過失:自転車に+10%

重過失:自転車に+15%

 自転車側に「著しい過失」、「重過失」がある場合には、上記のとおり修正がなされます。

 

自転車の「著しい過失」・「重過失」の具体例

 

 1 著しい過失 

=事故態様ごとに通常想定されている程度を越えるような過失

 

①酒気帯び運転(※1)

 

②2人乗り

 

③無灯火

 

④並進(※2)

 

⑤傘を差すなどの片手運転 

 

⑥脇見運転等の著しい前方不注視

 

⑦携帯電話等で通話しながらの運転や画像を注視しての運転 など

 

※1 血液1ミリリットルあたり0.3ミリグラム以上又は呼気1リットルにつき0.15ミリグラム以上が罰則の対象ですが、罰則の適用のない程度の酒気帯びも対象となります。

※2 複数の自転車が並んで走行すること

 

 2 重過失 

=故意に比肩する重大な過失

 

①酒酔い運転(酒気を帯びた上、アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態での運転)

 

②いわゆる「ピストバイク」など制動装置の不良 など

 

 なお、高速走行している自転車(原動付自転車の制限速度である時速30㎞程度)については、もはや自転車ではなく単車として扱われ、別の基準が適用されることとされています。

 

 

【児童等・高齢者が自転車に乗っていた場合】

自転車に対して-10%

 児童や高齢者は交通弱者であり保護すべき必要性が高いため、自動車側がより注意するべきであると考えられるためです。

 

 なお、「児童等」とは概ね13歳未満の者を言い、6歳未満の幼児も含みます。

 

「高齢者」とは、概ね65歳以上の者を意味します。

 

【自転車が一時停止していた場合】

自転車に対して-10% 

 上記の基本的な過失割合は、自転車側に一時停止義務違反があることを前提としていますので、自転車が一時停止していた場合には過失割合が修正されます。

 

【自転車が自転車横断帯を通行していた場合】

自転車に対して-10% 

 「自転車横断帯」とは、道路標識等により自転車の横断の用に供するための場所であることが示されている部分をいいますが、ここから若干外れていても、概ね1~2メートル以内の場所を通行していた程度であれば、自転車横断帯を通行していた場合と同視して良いとされています。

 

【自転車が横断歩道を通行していた場合】

自転車に対して-5% 

 自転車横断帯がなく横断歩道しかない場所でも、そのような場所を通行する場合、自転車は横断歩道によって横断した方が安全と考えて通行する実情があり、自動車は歩行者と同様に注意してくれるであろうと期待して通行していることから、自転車横断帯ほどではないにしても、自転車側の過失割合が減算されます。

 

【自動車の「著しい過失」・「重過失」】

著しい過失:自転車に対して-10

重過失:自転車に対して-20%

 自動車側に「著しい過失」、「重過失」がある場合には、上記のとおり自転車側の過失割合が減算(自動車側に加算)されます。

 

自動車の「著しい過失」・「重過失」の具体例

 

 1 著しい過失 

=事故態様ごとに通常想定されている程度を越えるような過失

 

①脇見運転などの著しい前方不注視

 

②著しいハンドル・ブレーキ操作の不適切

 

③概ね15㎞以上30㎞未満の速度違反

 

④酒気帯び運転(※) など

 

※ 血液1ミリリットルあたり0.3ミリグラム以上又は呼気1リットルにつき0.15ミリグラム以上が罰則の対象ですが、罰則の適用のない程度の酒気帯びも対象となります。

 

 2 重過失 

=故意に比肩する重大な過失

 

①酒酔い運転(酒気を帯びた上、アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態での運転)

 

②居眠り運転

 

③無免許運転

 

④概ね時速30㎞以上の速度違反 など

 

 なお、この基準は、一方に一時停止規制がある限り、幅員が同程度の道路が交わる場合だけではなく、広路と狭路が交わる交差点にも適用があります。

 

弁護士 平本 丈之亮

 

 

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個人の自己破産と免責審尋について

 

 個人が自己破産する場合の目的は、裁判所から免責許可決定をもらうことですが、裁判所が免責を許可するかどうかを判断する際に、「免責審尋」(めんせきしんじん)という手続が行われることがあります。

 

 今回は、このような免責審尋の意味や、それがどのような場合に行われるのか、また、免責審尋が行われる場合の注意点などについてお話しします。

 

 

免責審尋とは?

 

 免責審尋とは、自己破産した方の借金の責任を免れさせて良いかどうかを判断するため、担当の裁判官と裁判所で面談する手続です。

 

 免責審尋は、財産調査や売却などの換価手続、お金が集まった場合の債権者への分配手続など自己破産の一連の手続が全て終了した後に行われる最後の手続です。

 

 

どのような場合に行われる?

 

 自己破産の手続には、破産管財人が選任される「管財事件」と、選任されない「同時廃止」の2種類がありますが、管財事件の場合は必ず免責審尋が行われます。

 

 他方、「同時廃止」の場合は、借入の内容にギャンブルなどの問題があったり家計管理に問題があるなど、裁判所が直接ご本人の話を聞きたいという場合に行われます。

 

 他方で、盛岡地裁では、そのような点について何の問題もない場合には免責審尋が行われないこともあります。

 

 

免責審尋は一人でいかなければならない?

 

 自分で自己破産を申し立てた場合には、ご本人だけで裁判所に出頭しなければなりませんが、弁護士を代理人とした場合には弁護士も一緒に出頭します。

 

 

免責審尋の時間はどれくらい?

 

 管財事件の場合は、破産者の免責を認めるべきかどうかに関する調査も破産管財人の職務です。

 

 そのため、管財事件では、免責審尋前には破産管財人から裁判所に免責に関する意見書が提出されるため、改めて裁判所から細かく事情を聞かれることは少なく、その場合数分で終了します(稀にですが、あまりにも借入の理由が酷いようなケースだと、直接裁判官から厳しく追及されることもあります)。

 

 これに対して、同時廃止の場合は破産管財人が調査することがないため、裁判官から一通り事情聴取を受けますが、それでもせいぜい5分ないし10分程度であることが一般的です。

 

 

免責審尋では何を聞かれる?

 

 よく聞かれるのは、①借入が増えた経緯・理由、②支払不能になった理由・経緯、③反省点や現在の生活状況、④自己破産を決意してから気をつけていること、⑤今後、どうやって生活を立て直していくつもりか、といった点ですが、ケースによっては借入の内容(件数やおおよその金額)なども聞かれることがあります。

 

免責審尋を欠席したらどうなる?

 

 免責審尋は平日の日中に行われますが、正当な理由(急病や急な怪我など)なく欠席した場合、免責が不許可になる可能性があります。

 

 たとえば、新型コロナウイルスに感染したり、感染者の濃厚接触者となったような場合であれば正当な理由があるとして欠席が認められると思いますが、この場合には一旦期日を延期し、症状からの回復等を確認した上で、改めて免責審尋を実施することになります。

 

 単に仕事があるという理由で欠席すると免責の判断に不利に働く可能性がありますので、その日だけは休みを取っていただくことになります。

 

 

免責審尋の日は、いつ頃決まるのか?

 

 自己破産を申し立て、裁判所から指示された質問事項への回答や資料の追加提出(補正)が終わると、裁判所は破産手続開始決定を出す準備に入りますので、その際に決まります。

 

 免責審尋は自己破産の申立からおおよそ3ヶ月程度先に指定されることが多いため、急に仕事を休まなければならないということはありません。

 

 ちなみに、管財事件になった場合は破産手続がいつ終わるのか分かりませんので、この場合、免責審尋は破産手続の終結まで行われません。

 

 

免責審尋に出席する際の注意点(服装など)は?

 

 特に決まった服装はないため、例えばスーツで出頭するまでの必要はありませんが、最低現、清潔感があり、社会人として失礼にあたらないような服装は心がけていただければと思います。

 

 弁護士に依頼して自己破産の手続を進めているのであれば、弁護士からこの点のアドバイスを受けていただくことも考えられます(当職もたまに質問を受けることがあります)。

 

まとめ

 

 当職が関与したケースでは、これまで免責審尋で失敗して免責不許可になった例はありませんし、そもそも免責不許可となる割合も非常に低いため過度に心配する必要はありませんが、不安に思うことがあるときはここでお話ししたことを参考にしていただければ幸いです。

 

弁護士 平本丈之亮

 

協議か、それとも調停か?~離婚の進め方に迷ったら~

 

 離婚手続には、大きく分けて、①協議離婚、②調停離婚、③裁判離婚があります(そのほかにも審判離婚がありますが、他に比べてマイナーなため割愛します)。

 

 このうち裁判離婚は、協議も調停もダメという場合の最後の手段ですが、実際に裁判まで行く方は離婚全体でみれば少なく、多くの方は協議離婚か、それがダメでも調停離婚までで解決しています。

 

 ところで、具体的にこれから離婚の話し合いに入るという段階において、まずは協議離婚で進めるのが良いのか、それとも最初から離婚調停で進めるのが良いのかはなかなか悩ましい問題です。

 

まずは協議離婚から

 

 もっとも、当職が協議離婚と離婚調停のどちらにするか悩んでいるというご相談を受けた場合、概ね以下のような条件をみたすのであれば、まずは協議離婚での解決を目指し、うまくいかなかったら調停を起こしてはどうですかとお伝えします。

 

 

 ①離婚自体について争いがない

 

 ②親権に争いがない

 

 ③面会交流についても深刻な争いがない

 

 ③DVによる身の危険がない

 

 

 以上のような条件をみたす場合、協議すべき内容は慰謝料や財産分与、養育費などの金銭面の問題や、子どもの面会交流の頻度等にとどまることが多くなりますが、このようなケースであれば調停をせずとも、当事者の話し合いによる早期解決が相応に見込めるためです。

 

 ただし、当事者の協議で離婚するといっても、財産分与などの金銭の支払いを約束したり養育費の定めをするような場合には、相手の不払いへの対策あるいは離婚後の追加請求等のトラブル防止のため、最低でも離婚協議書は作成するようにし、できれば、さらにそれを公正証書にしておくことがお勧めです。

 

 また、「協議によって解決できそう」という見通しはあくまで協議に入る前の想像によるものでしかなく、実際に協議に入った途端、配偶者の態度が急変するということは残念ながらありますので、無駄な時間を極力省くためには、どの時点で打ち切るべきかを常に考えながら協議を進める必要があります。

 

離婚調停が望ましいケース

 

 他方で、以下のような場合には協議では良い結果が得られる可能性が低いことから、最初から離婚調停を起こすことも検討した方が良いと思います。

 

 

 ①相手が離婚を明確に拒否している

 

 ②親権や面会交流について深刻な争いがある

 

 ③DV事案

 

 ④金銭面で支払いを拒否する態度を明確にしている

 

 ⑤離婚の可否・条件について態度がコロコロ変わる

 

 

 上記のようなケースはおよそ当事者間の協議で折り合いがつかず、協議にかけた時間が無駄になる可能性が高いため、訴訟提起も見据えたうえで早期に公の手続で進めることが望ましいと思います(特に③のケースは、単なる時間のロスだけではなく危害防止のため裁判所を関与させる必要が高いケースです)。

 

 また、一方配偶者が協議の段階では強気であっても、いざ調停に移行すると相手の離婚意思が堅いことを悟って諦めたり、調停委員の説得で態度が軟化するケースも一定程度ありますので、その観点からも、上記のようなケースでは早期の離婚調停を検討してよいと思います。

 

どちらも一長一短がある

 

 協議離婚の方が解決スピードや手間の点で離婚調停よりも優れていますが、他方、協議には終わりがないことや、当事者での話し合いであるためについつい感情的になりがちであり、かえって問題がこじれてしまう可能性がある、といった弱点もあります。

 

 この点、離婚調停は、たとえ不成立に終わっても裁判手続に進むことができるようになることや、間に調停委員を挟むことで、直接協議する場合に比べて冷静に話を進めることができることなど、協議離婚にはない独自の強みもあります。

 

 協議離婚で進めるのがいいのか、それとも離婚調停で進めるのがいいのかは、結局のところ夫婦の事情によって異なり、どちらがいいとは一概に決めることはできませんので、どうしても迷うときは専門家のアドバイスを受けることをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

 

養育費の一括請求はできるのか?

 

 離婚の際、あるいは離婚後に養育費の合意をする際、養育費を一括で支払ってほしいという希望が出ることがあります。

 

 今回は、このような養育費の一括請求が可能かどうか、という点についてお話しします。

 

一方の意思だけで養育費の一括請求は難しいが、合意があれば問題なく可能

 

 養育費は一定の時期ごとに発生する定期金としての性質を有しているため、権利者側が一括で支払ってほしいと請求しても、裁判所が判断する審判や判決では、一定期間ごとに支払いをするよう命じられることが一般的です。

 

東京高裁昭和31年6月26日決定

「元来未成熟の子に対する養育費は、その子を監護、教育してゆくのに必要とするものであるから、毎月その月分を支給するのが通常の在り方であつて、これを一回にまとめて支給したからといつてその間における扶養義務者の扶養義務が終局的に打切となるものでもなく、また遠い将来にわたる養育費を現在において予測計算することも甚だしく困難であるから、余程の事情がない限りこれを、一度に支払うことを命ずべきでない。」

 

 なお、【長崎家裁昭和55年1月24日審判】は、①養育費の義務者が外国人であり、時期は未定だが将来母国に帰国する予定であること、②子どもが自分の子であることは認めているが、自分が子どもを引き取らない限りは子どもを自分の戸籍に入籍させるを拒否している、といった事情から、相手方が将来にわたって養育料の定期的給付義務の履行を期待し得る蓋然性は乏しいと指摘し、このような場合には一括払いを認める特段の事情があるとして一括での支払いを命じています。

 

 そのため、これに近いようなケース、例えば義務者が子どもとの親子関係を争い、裁判所で親子関係が認められた後も認めずに養育費の支払いを拒否しているような場合などであれば、養育費の履行を期待しうる蓋然税は乏しいとして例外的に一括払いが命じられる可能性はあるのではないかと考えます。

 

 もっとも、ここでお話ししたことは、あくまで審判や判決など裁判所が支払いを命じる場合ですので、当事者双方が合意すれば養育費を一括で支払ってもらうことは問題なく可能です。

 

養育費の一括払いを合意するときの金額はどうやって決める?

 

 合意によって養育費を一括払いする場合、次の問題は、いくらを支払ってもらうかです。

 

 この点は当事者間で協議するほかありませんが、一応の方法として、合意時点における双方の収入と子どもの人数と年齢をもとに、いわゆる「簡易算定表」に当てはめ、これによって算出された月額に子どもが成長するまでの月数分を乗じるという方法が考えられます。

 

 なお、このような場合、本来であれば将来受け取るべき金額を前もって受け取ることになりますので、単純に【月額×支払月数】で計算するのではなく、将来受け取るべき分について中間利息を控除するなどして金額を減らすことを検討事項にすることもあります(先ほど紹介した長崎家裁の審判ではそのような計算をしています。)。

 

 もっとも、一括払いを検討する場合には、そのような減額計算をするかどうかも含めて当事者が話し合いによって決めるものであり、協議の結果合意に至った以上、中間利息の控除計算等をしないまま金額を決めたからといって、それがただちに不当であり合意が当然に無効になるとは言い切れませんので、支払う側は注意が必要と思われます。

 

 中間利息を控除する計算等をした場合、支払総額で考えると、毎月定期金で受け取った場合に比べて受け取れる金額がその分少なくなりますが、他方で養育費が途中で支払われなくなるリスクを避けられますので、一括払いの合意をするときに減額の有無が問題になったときは、総額を重視するか(→定期金払い)、不払いリスクを重視するか(→一括払い)によってとるべき結論が変わることになります(そのほかにも、贈与税が課されるかどうかの事前検討も必要です)。

 

 いずれにしても、養育費の合意をするときは、そのような支払方法の問題のほか、そもそもの金額の妥当性や支払いの終期なども問題となることがありますので、協議が難航しそうなときや実際に難航したときは専門家へのご相談をお勧めします。

 

 弁護士 平本丈之亮

 

不貞行為に基づく慰謝料と自己破産

 

 不貞行為に基づく慰謝料請求をしたところ、稀に不貞相手が自己破産をしてしまうことがあります。

 

 不貞行為をされた側としては、自己破産によって責任を免れることには納得がいかないのが通常と思いますが、このような慰謝料は自己破産によって免責の対象となるのでしょうか?

 

慰謝料は自己破産による免責の対象となるのか?

 

 自己破産による免責の対象は、裁判所における破産手続開始決定前の原因に基づいて発生した債権(破産債権)ですが、自己破産の申立前に行われた不貞行為に基づく慰謝料請求権は破産債権にあたるため、基本的には自己破産の免責の対象となります。

 

免責されない「悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権」の意味

 

 もっとも、破産法では、自己破産によっても責任が免除されない「非免責債権」が規定されていますので、不貞行為に基づく慰謝料の請求権が非免責債権に該当すれば、たとえ自己破産をしても責任は免れないことになります。

 

 破産法上の非免責債権のうち、慰謝料が該当するかどうかが問題となるのは、破産法253条1項2号に定める「悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権」ですが、ここでいう「悪意」とは、法律の世界での一般的な「悪意」、つまりは何かを知っていること(=故意)ではなく、他人を害する積極的な意欲、すなわち「害意」をいうものと解されています。

 

 このような解釈を前提にすると、不貞行為者に「悪意」があったといえるためには、単に不貞行為の相手が既婚者であることを知っているだけでは足りず、家庭の平和を侵害するべく婚姻関係に不当に干渉するような意図が必要であることになります(下記裁判例参照)。

 

東京地裁令和2年11月26日判決

「破産法253条1項2号は、「破産者が悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権」を非免責債権とする旨を規定しているところ、同号にいう「悪意」は、単なる故意ではなく、他人を害する積極的な意欲、すなわち「害意」をいうものと解するのが相当である。ここで、不貞行為が不法行為となるのは、婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法的保護に値する利益を侵害する行為ということができるからであることに鑑みると、夫婦の一方と共に不貞行為を行った者が、当該夫婦の他方が有する婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法的保護に値する利益を侵害するとの認識を有するだけでは、故意が認められるにとどまる。このような者に害意を認めるためには、当該婚姻関係に対し社会生活上の実質的基礎を失わせるべく不当に干渉する意図があったことを要するものというべきである。」

 

慰謝料は免責の対象となる可能性がある

 

 このように、慰謝料請求権が非免責債権に該当するかどうかは不貞関係当時の不貞相手の主観によりますが、不貞行為に及んだ者がことさらに結婚関係を破壊する意図を持っていたことを立証することは容易ではないため、実際上、慰謝料請求権が非免責債権に該当すると判断されるケースはあまり多くはないように思われます(上記判決でも、そのような害意があったとまでは認められないとして、不貞行為者側からの破産免責の抗弁が認められています)。

 

慰謝料を請求する際の注意点

 

 以上ご説明したとおり、たとえ慰謝料請求権があるといっても、相手に自己破産されてしまえば免責されてしまうことがあります。

 

 慰謝料を請求する場合、許せないという気持ちから高額な請求をしたり強硬な態度を取りがちですが、相場からかけ離れた金額に固執したり、あるいは相手の支払能力に疑問があるのに高額な金額の一括払いしか応じないなどの対応に終始した場合、必要以上に相手を追い詰めて自己破産されてしまうリスクが生じます。

 

 したがって、慰謝料を請求する場合には、相手に対する情報(収入・社会的地位・財産状況など)をもとに自己破産されてしまう可能性がどの程度あるのかを見極めることが重要であるほか、慰謝料額は妥当な金額にとどめたり、相手の経済状況如何では分割払いも検討するなどの柔軟な対応を検討する必要があります。

 

弁護士 平本丈之亮