交通事故における自動車の「著しい過失」と「重過失」の意味は?~交通事故⑧~

 

 交通事故の案件を扱う際に避けて通れない問題として、どちらの落ち度がより大きいのか、すなわち「過失割合」の問題があります。

 

 過失割合についてはある程度定型化が進んでおり、「民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準[全訂5版]」(別冊判例タイムズ38号)という書籍によって、公道上での交通事故に関しては、よほど特殊な事故態様でない限り基本的な過失割合は調べやすい状況にあります。

 

 もっとも、道路状況や事故状況などから基本的な過失割合がわかったからといって、それをそのまま適用するかどうかはまた別の問題であり、実際にはそこからさらに、運転者の事情に応じて過失割合を修正するかどうかを検討していくことになります。

 

 今回は、このような過失割合を修正する事情として比較的問題となることの多い自動車の「著しい過失」「重過失」について説明したいと思います。

 

 なお、「著しい過失」・「重過失」については、今回の解説の対象である自動車のほか、軽車両である自動車が事故当事者になった場合にも問題となりますが、自転車の「著しい過失」・「重過失」については下記のコラムをご覧ください。

 

 

設例

  今回は、信号機のない交差点で起きた直進する四輪車同士の出会い頭の事故で、一方の道路が明らかに広い場合(別冊判タ38号・218ページの事例)をもとに説明したいと思います。

 

 なお、事案を簡明にするため、事故発生時の条件は以下のとおりとします。

 

・A、Bともに減速せずに交差点に進入した

・事故が起きた交差点は見通しがきかなかった

・AとBが交差点に進入したタイミングはほぼ同じ 

・A、Bともに大型車ではない

 

【典型的な事故状況】

 

基本の過失割合 

 A:B=30:70

 

「著しい過失」がある場合

 【Aに著しい過失がある場合】 

 A:B=40:60(Aに+10%)

 

 【Bに著しい過失がある場合】 

 A:B=20:80(Bに+10%)

 

「重過失」がある場合

 【Aに重過失がある場合】 

 A:B=50:50(Aに+20%)

 

 【Bに重過失がある場合】  

 A:B=10:90(Bに+20%) 

 

「著しい過失」・「重過失」とは?

 このように、運転者に「著しい過失」や「重過失」があった場合には基本の過失割合が10%ないし20%が修正されることになりますが、ここでいう「著しい過失」や「重過失」とは、具体的にどのようなものをいうのでしょうか?

 

 この点について、先ほどご紹介した別冊判タ38号では、「著しい過失」と「重過失」とは以下のようなものを指すとしています。

 

【著しい過失=事故態様ごとに通常想定されている程度を越えるような過失】

①脇見運転などの著しい前方不注視

②著しいハンドル・ブレーキ操作の不適切

③携帯電話などを通話のために使用したり画像を注視しながらの運転

④おおむね時速15㎞以上30㎞未満の速度違反(高速道路を除く)

⑤酒気帯び運転(※) など

※血液1ミリリットルあたり0.3ミリグラム以上又は呼気1リットルにつき0.15ミリグラム以上が罰則対象ですが、罰則の対象にならない程度の酒気帯びも対象となります。

 

【重過失=故意に比肩する重大な過失】

①酒酔い運転(酒気を帯びた上、アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態での運転)

②居眠り運転

③無免許運転

④おおむね時速30㎞以上の速度違反(高速道路を除く)

⑤過労、病気、薬物の影響その他の理由により正常な運転ができないおそれがある状態で運転 など

 

 以上のとおり、自分や相手の運転の仕方によっては過失割合が修正される可能性があります。

 

 もっとも、実際のケースにおいて相手の運転が「著しい過失」や「重過失」に当たる可能性があったとしても、速度違反や飲酒運転などわかりやすい事情ではない場合、事情を相手の保険会社に適切に伝えて過失割合の修正を求めることは簡単なことではありませんし、逆に相手方から重過失などの指摘があった場合にも、それに対してきちんと反論して交渉を進めていくのもなかなか難しい場合があります。

 

 そのため、過失割合について「著しい過失」や「重過失」が問題となっている、あるいは今後問題となる可能性がある場合や自主交渉で行き詰まったような場合には、弁護士への相談や依頼をご検討いただければと思います。

 

弁護士 平本 丈之亮

 

 

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成人年齢の引き下げと養育費への影響

 

 先日、成人年齢を18歳に引き下げる法律が成立し、2022年4月から施行されることが決まりました。

 この改正により、それまでは未成年者として保護されていた18歳、19歳の若年者について消費者被害の増加を懸念する声などが上げられていますが、今回は、成人年齢の引き下げによって養育費の支払時期に何らかの影響があるのか、という点についてお話したいと思います。

 

改正法の成立前に既に養育費の合意をしていた場合

 養育費の支払期限は基本的に当事者の自由な合意で決めることができますが、成人すなわち20歳までとする例が比較的多かったと思われます。

 その場合の具体的な決め方については、「20歳まで」という表現のほか、「成人するまで」「成年に達するまで」という表現の場合もあります。

 合意の際、「20歳まで」という明確な表現をしていた場合は問題は起きませんが、たとえ「成人するまで」という表現をしていたとしても、この先、法律で成人年齢が18歳に引き下げられたからといって、連動して養育費が18歳で打ち切られるということはありません。

 当事者が合意した時点では【成人年齢=20歳】であった以上、当事者は養育費の支払いを20歳までとする前提だったことが明らかだからです。

 もっとも、非親権者(義務者)から18歳で打ち切りたいという申し入れがあり、親権者(権利者)がこれに応じた場合、そのように変更する合意そのものは有効ですから、親権者側は不用意に変更に合意してしまわないよう注意が必要です。

 

改正法の施行後に合意する場合

 このケースでは、【成人=18歳】ということを前提に合意するわけですから、「成人するまで」「成年に達するまで」という定め方をした場合、養育費の支払いは18歳までで終わりという判断にならざるを得ないと思います。

 そのため、20歳まで支払ってもらいたいということであれば、合意する際、明確に「20歳まで」などの表現にしておく必要があります。

 

 【相手方から、18歳までとするべきだと言われたら?】 

 養育費というのは、子どもが未成熟子(=自己の資産又は労力で生活できる能力のない者)である限り負担するべきものです。

 法律上、18歳が成人として扱われるようになったからといって、世の中の全ての18歳が突然、経済的に自立するわけはなく、その子どもが未成熟子かどうかは、結局のところ、その子どもを取り巻く家庭環境や本人の能力、健康状態、将来の志望などによって変わってくるところですから、成人年齢が18歳になったからといって当然に養育費の支払いが18歳で終わりになることはありません。

 したがって、「成人年齢が18歳になったのだから養育費も当然に18歳になるはずだ。」と言われても、そのようなことはないと反論することは可能です。

 

 この点については、参議院の附帯決議において、「成年年齢と養育費負担終期は連動せず未成熟である限り養育費分担義務があることを確認する」と明確に決議されており、法務省のHPでも、「成年年齢の引下げに伴う養育費の取決めへの影響について」という記事の中で、「成年年齢が引き下げられたからといって,養育費の支払期間が当然に「18歳に達するまで」ということになるわけではありません。」と述べられています。

 

今から改正法の施行までの間に合意する場合

 このようなケースで「成人するまで」「成年に達するまで」という定め方をすると、20歳を前提としているのか、それとも18歳を前提としているのか不明確ですから、後々トラブルになる可能性があります。

 調停や審判など裁判所で、あるいは弁護士が関与して養育費が決まる場合には、当然、そこに目配りをしますから、「20歳まで」のように明確な書き方をして、18歳までか20歳までかというところで問題が起きることは考えにくいと思います。

 これに対して、当事者間の協議で決める場合には、今後も「成人するまで」のような曖昧な決め方をしてしまうことがあり得ますので、そのような決め方はせず明確な表現にすることをお勧めします。

 

※2019年12月23日追記

 同日、裁判所が婚姻費用・養育費の新算定表を公表しましたが、その概要の中で、成人年齢を引き下げる法律の成立又は施行前に養育費の終期を「成年」と定めた場合、基本的には20歳と解するのが相当である、とされました。

 また、改正法の成立・施行という事情は、養育費の支払義務の終期を20歳から18歳に変更する事情にあたらず、子どもが18歳になったこともただちに婚姻費用の減額事由に該当するとはいえない、とされています。

 

 

弁護士 平本丈之亮

 

賃貸借契約の更新と保証人の責任

 

 法律相談を受けていると、一定数、賃貸マンションやアパートなどの保証人の方から相談を受けることがあります。

 相談内容で多いのはやはり借主が滞納した場合の責任に関するものですが、その中で、何年も前に保証人になったが、当初の契約期間が過ぎて賃貸借契約が更新されており、更新のときには保証人としてサインしたことがないので責任がないのではないか、というものがあります。

 では、このような場合、保証人は契約の更新後も責任を負うのでしょうか?

 

<原則として更新後も責任を負う>

 このようなケースについては最高裁の判決があり、保証人は、更新のときに改めてサインをしなくても、特段の事情がない限り、更新後も責任を負う、とされています(最高裁平成9年11月13日判決)。

 一時使用目的の場合を除き、建物の賃貸借契約は長年継続されることが予定されており、保証人としても契約の更新があることを予想した上でサインしていることが通常であること、保証人が負担する責任も一度に多額になることは少なく、予想できないような過大な負担になる可能性が低いということが理由です。

 

<例外①・更新後は責任を負わない前提だった場合>

 もっとも、このルールにも例外があり、そのうちの一つが、当事者間(大家・保証人間)で契約の更新後は保証人は責任を負わないことを前提としていた場合です(最高裁判決でいう「特段の事情」がある場合)。

 典型的には、大家さんと保証人との間で、あらかじめ更新後は責任を負わないと合意する場合ですが、通常、最初の契約時に大家さんがそのような条件を受け入れることはほぼないと思いますから、このような理由で保証人が更新後の責任を免れるケースは多くないように思われます。 

 大家さんと保証人との間で上記のような合意をしたケース以外で「特段の事情」が認められ、保証人の責任が否定された裁判例としては、東京地裁平成10年12月28日判決というものがあります。

 この判決で特段の事情が認められたのは以下のような理由によりますが、個人的には②と③の事情が決め手だったのではないかと思っています(更新後は責任を負わないという合意があったとまでは言えないまでも、それに近い状態だった)。

 

①問題が起きる前は、契約更新の都度、大家さんが保証人との間で保証に関する契約書を交わしていたこと

②更新前に保証人から大家さん宛に保証人を辞退したいと通知したのに対し、大家さん側がリアクションを取らないまま契約が法定更新されたこと

③契約が合意更新ではなく法定更新となったのは、借主が多額の滞納をしたからだが、大家さんは、そのような更新の経緯や更新後に生じた滞納についてただちに保証人に連絡せず、改めて保証人との間で契約書も交わさなかったこと

④更新の時点で滞納額が多額に及んでいたにもかかわらず、大家さんが契約を解除せずに法定更新されたこと

 

<例外②・保証人に滞納を伝えないまま更新を繰り返した場合>

 また、先ほどの最高裁判決は、家賃の滞納がかさんでおきながらその事実を保証人に伝えず、漫然と契約更新を繰り返した場合にまで全額の支払いを請求するのは信義則に反することから、更新後の部分について保証人に対する責任追及が否定される場合があるとしています

 


【最高裁平成9年11月13日判決】

 「建物の賃貸借は、一時使用のための賃貸借等の場合を除き、期間の定めの有無にかかわらず、本来相当の長期間にわたる存続が予定された継続的な契約関係であり、期間の定めのある建物の賃貸借においても、賃貸人は、自ら建物を使用する必要があるなどの正当事由を具備しなければ、更新を拒絶することができず、賃借人が望む限り、更新により賃貸借関係を継続するのが通常であって、賃借人のために保証人となろうとする者にとっても、右のような賃貸借関係の継続は当然予測できるところであり、また、保証における主たる債務が定期的かつ金額の確定した賃料債務を中心とするものであって、保証人の予期しないような保証責任が一挙に発生することはないのが一般であることなどからすれば、賃貸借の期間が満了した後における保証責任について格別の定めがされていない場合であっても、反対の趣旨をうかがわせるような特段の事情のない限り、更新後の賃貸借から生ずる債務についても保証の責めを負う趣旨で保証契約をしたものと解するのが、当事者の通常の合理的意思に合致するというべきである。もとより、賃借人が継続的に賃料の支払を怠っているにもかかわらず、賃貸人が、保証人にその旨を連絡するようなこともなく、いたずらに契約を更新させているなどの場合に保証債務の履行を請求することが信義則に反するとして否定されることがあり得ることはいうまでもない。
 以上によれば、期間の定めのある建物の賃貸借において、賃借人のために保証人が賃貸人との間で保証契約を締結した場合には、反対の趣旨をうかがわせるような特段の事情のない限り、保証人が更新後の賃貸借から生ずる賃借人の債務についても保証の責めを負う趣旨で合意がされたものと解するのが相当であり、保証人は、賃貸人において保証債務の履行を請求することが信義則に反すると認められる場合を除き、更新後の賃貸借から生ずる賃借人の債務についても保証の責めを免れないというべきである。」


 

弁護士 平本丈之亮

 

親権者の再婚と養育費の関係~養子縁組しない場合~

 

 前回のコラムで、離婚後に再婚した場合と養育費の関係について、親権者が再婚し、かつ、子どもと再婚相手が養子縁組をした場合についてお話ししました。

 

 再婚した場合には、大きくわけて以下の4パターンがありますが、今回はこのうち②のパターンで、子どもを引き取らなかった側(非親権者)の養育費支払義務への影響について取り上げます。

 

再婚のパターン

①親権者(=権利者)が再婚し、子どもと再婚相手が養子縁組した場合(←前回のコラム

 

②親権者(=権利者)が再婚し、子どもは再婚相手と養子縁組しない場合

 

③非親権者(=義務者)が再婚し、再婚相手の連れ子と養子縁組した場合

 

④非親権者(=義務者)が再婚し、再婚相手の連れ子と養子縁組しない場合

 

再婚+養子縁組なし→非親権者は減免されないのが原則

 子どもを引き取った親権者(権利者)が再婚したが、子どもと再婚相手が養子縁組していない場合、再婚相手はその子どもに対する扶養義務はありません。

 

 そのため、養子縁組した場合と異なり、義務者の養育費支払義務が減免されることはないのが原則です。

 

再婚相手が裕福で子どもを事実上扶養→減免もありうる

 もっとも、形式的には養子縁組をしていなくても、事実上、再婚相手が自分の収入で連れ子を扶養しているというのは一般的な話ですし、特に再婚相手が裕福で、その収入だけで十分に子どもを養育できるような場合にまで義務者に当初取り決めたままの養育費の支払義務を負わせ続けるのは酷と思われる場合もあります。

 

 そのため、このような場合、権利者が再婚相手から受け取っている生活費相当額や再婚相手の収入の一部を親権者の収入に加算して、その額と義務者の収入とを基にして計算した結果、当初定めた養育費が減額されることもあるという考え方があります。

 

 例えば、離婚時に15歳未満の子どもが1人いて、親権者の妻は無収入、非親権者の夫は450万円の収入があった場合、簡易算定表によれば養育費は概ね6万円になりますが、その後、親権者が再婚し、再婚相手から生活費として月に25万円をもらって15歳未満の子どもを養育している場合、上記の考え方を採用すると親権者の収入は300万円となり、非親権者の収入が変わらず450万円だったとすれば、簡易算定表によると養育費は概ね4万円になります。

 

 再婚相手の収入を権利者の収入として考慮するという考え方については、再婚相手が経済的に余裕があると思われる医師であり、事実上、連れ子を養子に準じるような形で扶養しているケースにおいて、再婚相手の基礎収入の一部を権利者の収入に合算することを認めた裁判例があります(宇都宮家裁令和4年5月13日審判)。

 

実家の両親からの援助は?→収入にあたらない

 ちなみに、これと似たようなケースで、実家の両親からの援助を権利者の収入とみなすべきかどうかという論点がありますが、これは否定されることが一般的です。

 

 この点は、権利者が再婚した場合、再婚相手は配偶者(=権利者)に対して生活保持義務(=自分と同じ程度の生活をさせる義務)を負うのと異なり、両親は親権者に対してそれよりも下の生活扶助義務(=自分に余裕がある場合に援助する義務)を負うにとどまるにすぎないため、と説明することが可能です。

 

弁護士 平本丈之亮

 

親権者の再婚と養育費の関係~養子縁組した場合~

 

 これまでのコラムでは、養育費の決め方について問題となるいくつかのケースについてご説明しました。

 

 しかし、一旦養育費の取り決めをしても、離婚後の生活状況の変化によっては、当初定めた養育費の金額を変更するべきではないかが問題となるケースもあります。

 

 そこで今回は、離婚後に生活状況に変化が生じた場合のうち、再婚と養育費の関係についてご説明したいと思います。

 

 なお、再婚するケースには、

 

①親権者(=権利者)が再婚し、子どもと再婚相手が養子縁組した場合

 

②親権者(=権利者)が再婚し、子どもは再婚相手と養子縁組しない場合

 

③非親権者(=義務者)が再婚し、再婚相手の連れ子と養子縁組した場合

 

④非親権者(=義務者)が再婚し、再婚相手の連れ子と養子縁組しない場合

 

の4パターンがありますが、本コラムでは①のパターンについて説明し、その他のパターンについては別のコラムでお話する予定です。

 

権利者の再婚+養子縁組→減免の可能性

 子どもを引き取った親権者(権利者)が再婚し、自分の子どもと再婚相手が養子縁組をした場合、新たに養親となった者は、その子どもの実親である非親権者に優先して子どもを養育する義務を負うと考えられています。

 

 したがって、子どもが自分の再婚相手と養子縁組をし、養親世帯に十分な経済力がある場合、離婚の際に取り決めた養育費の免除が認められる可能性があります。

 

東京高裁令和2年3月4日決定

「両親の離婚後、親権者である一方の親が再婚したことに伴い、その親権に服する子が親権者の再婚相手と養子縁組をした場合、当該子の扶養義務は、第1次的には親権者及び養親となった再婚相手が負うべきものであり、親権者及び養親がその資力の点で十分に扶養義務を履行できないときに限り、第2次的に実親が負担すべきことになると解される。」

 

 もっとも、子どもと再婚相手が養子縁組をしたからといって、非親権者の扶養義務そのものがなくなるわけではありませんので(二次的な義務に格下げになるだけです。)、養親世帯に十分な経済的能力がない場合、実親である非親権者に養育費の支払義務が一部残る可能性があります。

 

 具体的にどのような場合に非親権者の養育費支払義務が残るかは様々な考え方があるようですが、最近の裁判例をみると、生活保護法の保護基準をもとに計算した子どもの最低生活費を一応の目安としつつ、そのほかの諸般の事情も加味して実親の負担の有無や範囲を判断しているものがあります(福岡高裁平成29年9月20日決定)。

 

福岡高裁平成29年9月20日決定

「両親の離婚後、親権者である一方の親が再婚したことに伴い、その親権に服する子が親権者の再婚相手と養子縁組をした場合、当該子の扶養義務は第一次的には親権者及び養親となったその再婚相手が負うべきものであるから、かかる事情は、非親権者が親権者に対して支払うべき子の養育費を見直すべき事情に当たり、親権者及びその再婚相手(以下「養親ら」という。)の資力が十分でなく、養親らだけでは子について十分に扶養義務を履行することができないときは、第二次的に非親権者は親権者に対して、その不足分を補う養育費を支払う義務を負うものと解すべきである。そして、何をもって十分に扶養義務を履行することができないとするかは、生活保護法による保護の基準が一つの目安となるが、それだけでなく、子の需要、非親権者の意思等諸般の事情を総合的に勘案すべきである。」

 

 この福岡高裁の決定では、子どもと再婚相手が養子縁組をした場合に非親権者の養育費支払義務が残るかどうか、残るとしてどれくらいの額になるかについて、概ね以下のような枠組みで判断しています。

 

①生活保護基準を基に養親世帯の最低生活費(のうち、生活扶助費)を計算する

 

②養親世帯の基礎収入(※1)を計算する

   

③①と②を比較

→①>②=養親世帯だけでは十分に養育できない状態

→非親権者は月に【A+B】÷12の額を負担するべき

 

【A:①-②の額(=不足額)のうち、子どもの養育に必要な金額】(※2)

 ∵不足額には対象の子ども以外の者の生活費が含まれているため除く必要

 

【B:子どもの教育費】

 

 なお、この決定では、非親権者は、生活保護制度では支給対象になっていない学校外活動費を含む統計上の教育費(文部科学省「子どもの学習費調査」)も負担すべきと判断しています。

 

 もっとも、この点は、非親権者の学歴・収入・職業(医師)や子どもとの関わり合い方(実親が定期的に面会交流をしていること)からすると、非親権者は、子どもに人並みの学校外活動ができる程度の生活を送ってほしいと願っているはずである、ということを根拠にしており、その事案独自の事情が影響しています。

 

 したがって、教育費を加算する部分については、非親権者の学歴・収入・職業や子どもとの関わり合い方といった事情次第では結論が変わってくる可能性があります。 

 

 福岡高裁の決定も一つの考え方にすぎませんので他の裁判所でも同じ枠組みで判断されるとは限りませんが、今回ご説明したとおり、養親世帯が最低生活費を下回るような収入しか得ていないようなケースでは非親権者の養育費支払義務が残る可能性がありますので、注意が必要です。

 

弁護士 平本丈之亮

 


※1 世帯総収入×基礎収入割合(給与所得者では収入に応じて38~54%・・・令和元年12月23日に公表された新算定表で基礎収入割合が左記のとおり変更となりました)

※2 福岡高裁は以下の式で計算していますが、詳細は割愛します。

 

  (①-②)×(生活扶助費の第一類費(注)のうち、対象となる子の金額)

       ÷(養親世帯全体の第一類費の合計額) 

 

注:「第1類費」

  飲食物費や被服費など個人単位に消費する生活費の基準。年齢別に設定されている。

 

 

財産分与の対象になるもの、ならないもの(保険)

 

 前回のコラム(→「財産分与の対象になるもの、ならないもの・預貯金~離婚⑥・財産分与その2~」)では、預貯金が財産分与の対象になるかどうかについてご説明しました。

 

 今回は、保険契約についてのお話です。

 

掛け捨て保険→対象にならない

 

 まず、解約してもお金が返ってこない掛け捨て保険については、そもそも資産性がないため基本的には財産分与の対象にはなりません。

 

【Q 別居前に保険金が発生している場合は?】

 A 内容次第では対象となる可能性あり

 

 

 もっとも、掛け捨て保険であっても、別居時点で既に保険金を請求する権利が発生している場合は財産分与の対象になる可能性があります

 

 過去に裁判所で問題となった事案では、以下のように交通事故に関する損害保険金が財産分与の対象かどうかが争われたものがあります。

 

大阪地裁昭和62年11月16日判決

 自賠責保険金に相当する部分

 →○対象

大阪高裁平成17年6月9日決定

①傷害慰謝料・後遺障害慰謝料に対応する部分 

→×対象外

 

②逸失利益(※)に対応する部分

→○対象(症状固定から離婚調停成立日までの部分のみ)

 

※「逸失利益」=後遺障害によって労働能力の全部ないし一部が失われた場合に、事故がなければ将来得られるはずだった収入を補償するもの

 

 自賠責保険では慰謝料も支払いの対象であるため、大阪地裁判決の方が財産分与の対象を広く認めているようですが、個人的には被害者の精神的苦痛に対する慰謝料を夫婦で築き上げた財産と考えることには無理があり、大阪高裁の決定の方に説得力を感じます。

 

 なお、上記裁判例は、交通事故の相手方が加入していた保険から支払われた保険金が財産分与の対象となるかが争われた事案であり、夫婦のどちらかが加入していた保険の保険金について判断したものではありません。

 

 もっとも、最近では自動車保険の特約として人身傷害補償保険に加入しているケースが非常に多く、この保険では逸失利益も一定限度で支払いの対象となります。

 

 そのため、夫婦の一方が別居する前に事故に遭い、自分の自動車保険に付いていたこの保険を利用して保険金の支払いを受けた場合には、上記裁判例に照らして逸失利益の一部が財産分与の対象となる可能性もあるとのではないかと考えます(私見)。

 

解約返戻金のある保険→ケースによる

 

 以上に対して、解約返戻金が発生するタイプの保険契約(生命保険・学資保険など)については、夫婦の寄与があるとみられる限り財産分与の対象となります。

 

 このようなタイプの保険については、通常、別居時に解約した場合に返還される解約返戻金の試算書をとり、その金額を財産分与の対象とします。

 

【Q 結婚前から加入している保険は?】

 A 結婚までの分を差し引いて計算する

 

 

 では、結婚前から保険に加入し、その後、離婚するまで保険を継続していた場合、財産分与の場面ではどのように取り扱われるでしょうか。

 

 結婚前から加入していた保険の場合、夫婦が築き上げた部分(夫婦共有財産)とそうでない部分(特有財産)が混在しています。

 

 そもそも財産分与は夫婦が築き上げた財産を清算することが目的ですので、このようなケースでは結婚前までの部分を取り除くことが必要です。

 

 具体的には、別居時点での解約返戻金から、結婚時点での解約返戻金を差し引く方法がシンプルなやり方ですが、実際には結婚時点での解約返戻金が分からない場合もあります。

 

 そのような場合には、①別居時点の解約返戻金から、結婚までに払い込んだ保険料額を差し引く方法や、②【別居時点の解約返戻金】×【結婚から別居までの期間】÷【保険加入期間】という計算式によって分与対象額を計算する方法などがあり、どのような計算方法を採るかは事案毎に裁判所が判断することになります。

 

【Q 特有財産から保険料を払っていた場合は?】

 A 対象外だが特有財産から払ったとの立証が必要

 

 

 相続や親族からの贈与などで得たお金(=特有財産)を使って保険料を支払った場合、解約返戻金の元になった保険料の原資が共有財産ではない以上、財産分与の対象にはならないと思われます。

 

 ただし、このような保険を財産分与の対象から外すためには、保険料の原資が特有財産であることの立証が必要であるため、お金の流れに関する客観的な証拠が残っているかによって判断が分かれることになります。

 

番外編:契約者や受取人を変更する約束をした場合

 離婚の際、当事者の合意によって保険契約者や受取人を変更することがあります(学資保険など解約するより契約を続けた方が有利なケース)。

 

 では、離婚時にそのような変更の約束をしたにも関わらず、契約の名義人や受取人の変更をせず、元の契約者が解約返戻金を受け取ったり保険金を受領してしまった場合、どうなるでしょうか。

 

 このような場合、離婚協議書などに変更を約束したことが明確に書いてあれば、約束を破ったことを理由に損害賠償請求を行うことが考えられますが、口約束だけで約束した事実を立証できない場合、相手に責任を追及することは困難となる場合があります。

 

 したがって、離婚の際に保険契約の名義や受取人の変更をする予定がある場合は、そのような約束があったことをきちんと証明できるよう、協議書などでその点を明確に記載しておくことが必要です。

 

弁護士 平本丈之亮

 

財産分与の対象になるもの、ならないもの(預貯金)

 

 前回のコラム(「財産分与の対象かどうかの基準は?~離婚・財産分与~」)で、財産分与の対象になるかどうかは、夫婦が築き上げた財産といえるかどうかで決まる、という一般的なお話をしました。

 

 これを踏まえ、今回からは具体的な財産(預金や不動産など)ごとに、財産分与の対象となる場合とならない場合について説明していきたいと思います。

 

 第1回目は、預貯金です。

 

夫婦名義の預貯金

 まず、もっとも多いのは、夫婦のどちらか、あるいはそれぞれの名義でまとまった預貯金があるケースです。

 

いつの時点の残高が対象か?

 

 共有財産か特有財産かが不明な場合、その財産は共有財産と推定されますので、夫婦の一方名義の預貯金については、特有財産であることが明確でない限り財産分与の対象となります。

 

 そして、前回のコラムでも述べたとおり、財産分与の基準時は原則として別居時ですから、財産分与をするときは別居時の預貯金残高を対象とすることが多いと思われます(なお、別居後も夫婦の協力関係が継続していたような特殊なケースや離婚まで同居を継続するケースでは、夫婦間の経済的協力関係が終了したと思われる時点の残高を対象にすることがあります)。

 

別居直前に預金の持ち出しがあった場合は?

 

 これもよく見られるケースですが、別居直前に夫婦の一方が無断で他方の預貯金を持ち出していた場合、これを持ち戻し、別居時の残高に加算して分与額を計算することになります。

 

 その上で、持ち出した額が本来分与されるべき金額に満たないのであれば、基本的には不足分の支払いを受ける形で清算することになります。

 

 これに対して、持ち出した額が本来分与されるべき金額を超えていたような場合だと、その超過分を返還しなければならなくなる場合がありますので注意が必要です(東京高裁平成7年4月27日判決では、妻が財産分与の申立をしたところ、判決で妻が持ち出した財産は相当な分与額を超えているという認定がなされ、夫側は財産分与を申し立てていなかったにもかかわらず、妻から夫に超過分を支払うように命じられており、いわばやぶ蛇な結果となっています)。

 

結婚前の貯蓄の取り扱い

 

 夫婦の一方が結婚前に貯蓄していた場合に、別居時の残高から結婚時点での残高を差し引くべきだ、という主張がなされる場合があります。

 

 この点は、まず、結婚前からの貯蓄を結婚生活と分離して保管していたようなケース(定期預金など)であれば、特有財産として財産分与の対象から除かれます。

 

 これに対して、貯蓄用の口座を結婚後にそのまま生活口座として使用したり、貯蓄を生活口座に移し、その後、その口座で頻繁に入出金を繰り返していたようなケースでは、特有財産である貯蓄と共有財産である収入等が混ざり合ってしまい、どこからどこまでが特有財産であるか特定することが困難であるため、別居時の残高全体が財産分与の対象とされる可能性があります(=別居時の残高から結婚時の残高は差し引かない)。

 

 ただ、このような考え方を採る場合でも、実質的な結婚期間が短いときは、別居時の残高の中に特有財産である貯蓄がまだ残っていると評価できる場合もあり得ることから、別居時の残高全体を財産分与の対象としつつ、夫婦の寄与度に差をつけて貯蓄部分をある程度考慮するという考え方もあります(たとえば、夫名義の預貯金について、通常であれば分与割合を夫:妻=50:50とすべきところを、婚姻期間が短く、預貯金の中に夫の結婚前の貯蓄が多分に残っていることを考慮し、70:30にするなどが考えられます)。

 

 また、結婚前から別居時までのお金の流れを通帳や取引履歴をもとに丁寧にたどっていくことによって、預金の一部を特有財産であると認めてもらえるケースもあります。

 

 

親からの相続や贈与によるものが含まれているときは?

 

 ほかに良く問題となるのは、預貯金の中に相続によって取得したものや、贈与によって取得したものが含まれている場合があります。

 

 原資が相続や贈与によるものであることが証拠上明らかであれば、その部分は特有財産として財産分与の対象にはなりません。

 

 ただ、この点も、贈与などの入金先が生活口座であり、別居までに入出金が頻繁に繰り返されて相当期間が経過しているような場合だと、結婚前の貯蓄と同じように特有財産部分と共有財産部分を区別できず、別居時の残高全体が財産分与の対象とされてしまう可能性があると思われます。

 

子ども名義の預貯金・・・ケースバイケース

 これもよく問題となりますが、子ども自身が小遣いやお年玉などを自分で預貯金口座に貯めていた場合や、親が祖父母から子ども宛に渡された小遣いやお年玉などを子ども名義の口座に入金したような場合には、その部分は子ども自身の財産であるため、財産分与の対象にはなりません。

 

 これに対して、親が自分の収入の中から子ども名義の口座に入金して貯蓄していたような場合だと、原則として財産分与の対象となります。

 

 例外的に、親から子どもに対する贈与といえるようなものだった場合は財産分与の対象にならないこともありますが、この点の判断はなかなか難しく、口座の残高、入金の趣旨・目的、口座の管理状況、子どもの年齢などを総合的に検討して実質的に判断していくことになります。

 

 例えば、普段、子ども自身が通帳を管理してキャッシュカードでお金を下ろして小遣いとして使っており、問題となる口座への入金額や別居時の残高も少額であれば、親の収入が原資であっても、それは子どもが自由に処分して良いという趣旨で贈与したものと言えますので、財産分与の対象にはなりません。

 

 しかし、子どもの年齢が幼く、通帳などは親が管理して子どもは一切タッチしておらず、残高も子どものものというには高額である、というようなケースであれば、形式的には子ども名義であっても実質的には親に帰属する共有財産として財産分与の対象になり得ることになります。

 

両親など親族名義の預貯金・・・ケースバイケース

 これも、結局は夫婦の共有財産といえるかどうかの問題ですが、口座の開設者が誰であるか、口座の管理をしていたのは誰か、その口座の残高の原資は何か、などの点から実質的に判断することになります。

 

 たとえば、夫の母親名義の預貯金口座があるときに、その口座を開設したのは夫で、通帳や印鑑・カードを持っていたのも夫、入出金も夫が行って母親はタッチしておらず、原資も夫の収入である、という場合であれば、母親名義の預金であっても財産分与の対象となります。

 

 これに対して、母親が開設して自分で通帳等を管理していた口座に夫が送金していたような場合には、共有財産を減らす目的で別居直前に多額の預貯金をまとめて送金したなどの事情がない限りは、基本的には夫から母親に対する贈与にすぎず、財産分与の対象にはならないものと思われます。

 

 いかがだったでしょうか?

 

 ひとくちに預貯金といっても、その内容によって財産分与の対象になるかどうかは様々です。財産分与で預金の取り扱いが問題になるケースでは、どの時点の残高を基準にするのかや特有財産かどうかを巡って争いになることが多く、適正な解決には法的知識が要求されますので、当事者同士での解決が難しい場合には専門家への依頼をご検討いただければと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

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財産分与の対象かどうかの基準は?

 

 離婚を検討する場合に問題となることが多い分野として財産分与があります。

 

 財産分与の対象となる財産は、簡単に言ってしまえば、夫婦が共同で築き上げた財産ですが、いざ実際に協議を進めようとしたところ、そもそもどういう財産が対象になるか判断がつかない、あるいは、財産分与の対象にするかどうかで揉めてしまった、として相談に来られる方がいらっしゃいます。

 

 そこで、今回は、財産分与の対象になる財産とはどのようなものか、という点について基本的な考え方を説明したいと思います。

 

 なお、財産分与には、正確には「清算的財産分与」「慰謝料的財産分与」「扶養的財産分与」の3つがありますが、後2者が問題になることは多くないため、ここでは一般的な意味での財産分与である「清算的財産分与」についてのみ取り上げます。

 

財産分与の対象=(実質的)共有財産

 財産分与は、夫婦が婚姻期間中に協力して築き上げた財産(=「共有財産」・「実質的共有財産」)について、夫婦それぞれの貢献度に応じて離婚後に分配するという制度です。

 

 ちなみに、「共有財産」は名実ともに夫婦の共有名義の財産、「実質的共有財産」は夫婦の一方名義だが、夫婦が協力して形成した財産を意味します。

 

 これに対して、財産分与の対象にならない財産のことを一般的に「特有財産」といいます。

 

 以上のような基本的な考え方から、財産分与の対象になる財産かどうかについては、以下のように考えられています。

 

夫婦が協力して築いたものだけが対象となる

 

 財産分与の対象となる財産は夫婦が協力して築き上げた財産ですが、これをより具体的にいうと、以下のとおりになります。

 

①結婚中に、相続や贈与など夫婦の協力とは無関係に得た財産 → ×対象外

 

②夫婦名義の財産だが、第三者の資金が原資であるもの → ×対象外

 

③第三者名義の財産だが、夫婦の収入・資産が原資であるもの → ○対象

 

 ②や③でよく問題となるのは、子どものお年玉や祖父母からの小遣いが夫婦名義の預金に混入しているケースや親から住宅ローンの頭金を出してもらったケース、子どもあるいは親族名義の預金(いわゆる名義預金)がある場合の取り扱いです。

 

対象は原則として結婚~別居までに形成されたもの

 

 財産分与は夫婦の協力関係が前提ですから、夫婦の協力関係が生じる前に取得した財産や、夫婦の協力関係が失われた後に取得した財産は対象外となります。

 

 これをより具体的にいえば、概ね以下のようになります。

 

①別居後に取得した財産 → △原則対象外

 

②結婚前に取得した財産 → △原則対象外

 

 ①に関しては、同居と別居を繰り返していたケースや、いわゆる家庭内別居でいつの時点で夫婦の協力関係が失われたかが判然としないケース、当初は単身赴任で協力関係があったが次第に夫婦関係が冷めていき、最終的に破たんしたケースなどにおいて、いつの時点での財産が財産分与の対象になるかが争いになる場合があります。

 

 結局は個々の事情次第ではありますが、たとえ別居したとしても、その後も引き続き夫婦の協力関係が続いていたといえる場合には、その協力関係が失われた時点までに取得した財産は財産分与の対象になります。

 

 同様に、②のように結婚前に取得した財産であっても、実質的にみて夫婦の協力関係によって形成されたものは、夫婦が協力した限度で財産分与の対象になります。

 

 そのため、たとえば結婚前に夫が住宅を購入していたり生命保険に加入していたが、結婚後は住宅ローンの支払いや掛金の支払いについて妻が協力していたと評価できる場合や、夫が結婚前から勤めていた会社の退職金などについては、妻が貢献したといえる限度で財産分与の対象になり得ます。

 

(実質的)共有財産か特有財産か不明な場合=夫婦共有財産

 以上のとおり、財産分与の対象となるかどうかは夫婦が協力して得た財産と評価できるかどうかにかかっているため、財産分与の協議の場面ではしばしばこの点を巡って争いになります。

 

 別居した時期などはある程度客観的に明確になりますが、財産形成の原資が何であったかを明らかにするのは意外に難しい場合があります。

 

 というのも、夫婦がうまくいっている間は財産取得の原資についていちいち資料を残していないことも多く、離婚に至るまでに長い婚姻期間がある場合はそもそも古すぎて資料自体が残っていないこともあるからです。

 

 このように、調査をしても財産形成の原資が何であったかが不明な場合、民法762条2項ではその財産は夫婦共有財産と推定するとされているため、争いとなっている財産が特有財産であることを立証できない場合、その財産は財産分与の対象になります。

 

適正な財産分与には専門的知識の活用が有効

 財産分与については、財産の種類や名義が誰のものかという形式的なことよりも、実質的にみて夫婦の協力によって築き上げたものといえるかどうかや、どこからどこまでの範囲について夫婦の貢献があったいえるのかという視点で整理していくことが肝要です。

 

 しかし、ご本人が財産分与の対象財産になるかどうかを判断することは簡単ではなく、誤った知識を前提に協議等を行った結果、不必要にこじれてしまうケースもあります。

 

 たとえば、夫婦の協力関係が終了した時点はどこかという視点(基準時)を考慮せず、単純に離婚する時点での財産を半分にしてほしいという主張がなされることがありますが、長期間の別居を経たケースではそのような主張は誤りである可能性が高く、知らずに過大な要求をしてしまい協議や調停が紛糾するケースがあります。

 

 また、一度離婚の申出があったものの、そのまましばらく同居を継続して生活状況にも何ら変化がなかったにもかかわらず、過去に離婚を申し出た時点での財産を分与すべきであるという主張がなされることもあります。

 

 しかし、財産分与の基準時はあくまで夫婦の経済的協力関係が終了した時点がどこかという観点から決めるものであり、夫婦関係の破綻とは必ずしも一致しないため、不相当に過小な提案となっているが故に協議が紛糾する場合もあります。

 

 このように、財産分与については専門的な知識が要求されることがあり、正しい知識をもとに交渉することで無益な紛争に至らず解決できるケースもありますので、財産分与を巡って協議が難航していたりその可能性があるような場合には、一度弁護士への相談をご検討いただきたいと思います。

 

 弁護士 平本丈之亮

 

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婚姻費用・養育費の計算で「収入」に入れないもの

 

 これまで何度か婚姻費用・養育費の計算方法について説明をしてきましたが、(計算方法を修正すべきではないかとの議論はあるものの、)現在の実務では、婚姻費用・養育費は「簡易算定表」によってある程度機械的に金額が定まります。

 しかし、簡易算定表に当てはめるには、権利者・義務者双方の収入がいくらであるかを確定する必要があり、いざ実際に簡易算定表を用いて計算しようとしてみると、児童(扶養)手当を収入に含めるべきかどうかなど色々と迷うところが生じて、必ずしも簡単に金額を計算できないケースがあります。

 そこで、今回は、婚姻費用・養育費を計算するにあたって「収入」として扱うべきかどうかが問題となるものについてご紹介したいと思います。

 

収入=原則として実収入

 簡易算定表に当てはめる際に参照するのは、原則として当事者双方の実収入(給与所得者であれば、源泉徴収票の「支払金額」)です。

 なお、当事者が無職であったり自営業などの場合で例外的に実収入以外の金額を用いる場合がありますが、これはまた別の機会にお話したいと思います。

 

児童手当・児童扶養手当

 児童手当は、児童の福祉に資することを目的として政策的に支給される公的扶助であるため、収入には加算されません。

 

実家からの援助

 これもしばしば問題となりますが、実家からの援助は好意に基づく贈与にすぎないことなどから、収入には加算しない扱いです(福島家裁会津若松支部平成19年11月9日審判、和歌山家裁平成27年1月23日審判)。

 

高等学校等就学支援金

 この制度は、経済的負担の軽減を通じて教育の実質的な機会均等に寄与することを目的とした一種の公的扶助であることから、児童手当・児童扶養手当と同様に収入には加算されないものと思われます(現行制度よりも前の制度の事案ですが、公立高校の授業料が無償化されたことが婚姻費用の計算において考慮すべきものではないとした審判例として、福岡高裁那覇支部平成22年9月29日決定があります)。

 

 

 以上の通り、今回ご説明したものについては、基本的には婚姻費用・養育費の計算にあたって収入としてカウントする必要はないと考えられますので、交渉の際には気をつけていただきたいと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

 

(元)妻が実家で暮らしている場合、婚姻費用や養育費の計算はどうなるか?

 

 前回のコラム(→「妻(夫)の住居費用を夫(妻)が負担している場合の婚姻費用・養育費の計算方法~離婚②~」)でもご紹介したとおり、婚姻費用・養育費については簡易算定表が普及しているものの、実際にはこれをそのまま適用して良いかどうか迷う場面があります。

 

 今回は、婚姻費用や養育費を計算する上で問題となることが多いケースとして、(元)妻が実家に住んでいる場合についてお話したいと思います。

 

実家に住んでいることは減額理由となるか?

 

 別居あるいは離婚後に(元)妻や子が妻側の実家に身を寄せて生活するというのは、実際にご相談を受けていて非常に多いパターンです。

 

 そして、このような状態で(元)妻が(元)夫側に婚姻費用や養育費を請求したところ、「実家に暮らしていて住居費がかからないのだから、その分、金額を減らすべきだ。」と主張されるということもよくあります。

 

 似たようなケースとして、夫が妻子の住む借家の家賃を負担したり、夫名義の住宅に住んでいる妻子のために住宅ローンを負担している場合がありますが、この場合に夫側が負担している部分を考慮しないと夫は自分の住居費と妻側の住居費を二重に負担することになり酷であるため、このような事情は減額の理由として考慮するという扱いが一般的です(→上記コラム参照)。

 

 これに対して、(元)妻や子が妻の実家に暮らしている場合は(元)夫が二重に住居費を負担しているわけではありません。

 

 また、これを理由に減額を認めてしまうと、妻あるいは子に対して第一次的な扶養義務(生活保持義務)を負っている夫がそれよりも順位の下がる扶養義務(生活扶助義務)を負うに過ぎない妻側の実家に自分の義務を押しつける結果になり、かえって不公平とも考えられます。

 

 また、親族から援助を受けていた場合に、そのような事情は養育費の金額を定めるに当たって考慮しないとした審判例もあり(①福島家裁会津若松支部平成19年11月9日審判、②和歌山家裁平成27年1月23日審判)、実家に無償で住まわせることも一種の援助といえることからすると、今回のようなケースも同様に考えるのが妥当と思われます。

 

 そのため、(元)妻側が実家暮らしであることは婚姻費用や養育費の減額事由としては考慮されないのではないかと思われます。

 

働けるのに働いていないと減額の可能性がある

 

 ただし、(元)妻が実家からの援助を受けながら生活している場合に本当なら働くことができる状態であるにもかかわらず働いていないという事情があるときは、実家から援助を受けているからという理由ではなく、働ける能力があること(=潜在的稼働能力)を理由として婚姻費用や養育費が減額される可能性があるとも言われていますから、(元)妻が働けるのに働かず、実家から生活費の援助をしてもらっているような場合は注意が必要です。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

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