前回のコラム(「財産分与の対象かどうかの基準は?~離婚⑤・財産分与~」)で、財産分与の対象になるかどうかは、夫婦が築き上げた財産といえるかどうかで決まる、という一般的なお話をしました。
これを踏まえ、今回からは具体的な財産(預金や不動産など)ごとに、財産分与の対象となる場合とならない場合について説明していきたいと思います。
第1回目は、預貯金です。
まず、もっとも多いのは、夫婦のどちらか、あるいはそれぞれの名義でまとまった預貯金があるケースです。
いつの時点の残高が対象か?
共有財産か特有財産かが不明な場合、その財産は共有財産と推定されますので、夫婦の一方名義の預貯金については、特有財産であることが明確でない限り財産分与の対象となります。
そして、前回のコラムでも述べたとおり、財産分与の基準時は原則として別居時ですから、財産分与をするときは別居時の預貯金残高を対象とすることが多いと思われます(なお、別居後も夫婦の協力関係が継続していたような特殊なケースや離婚まで同居を継続するケースでは、夫婦間の経済的協力関係が終了したと思われる時点の残高を対象にすることがあります)。
別居直前に預金の持ち出しがあった場合は?
これもよく見られるケースですが、別居直前に夫婦の一方が無断で他方の預貯金を持ち出していた場合、これを持ち戻し、別居時の残高に加算して分与額を計算することになります。
その上で、持ち出した額が本来分与されるべき金額に満たないのであれば、基本的には不足分の支払いを受ける形で清算することになります。
これに対して、持ち出した額が本来分与されるべき金額を超えていたような場合だと、その超過分を返還しなければならなくなる場合がありますので注意が必要です(東京高裁平成7年4月27日判決では、妻が財産分与の申立をしたところ、判決で妻が持ち出した財産は相当な分与額を超えているという認定がなされ、夫側は財産分与を申し立てていなかったにもかかわらず、妻から夫に超過分を支払うように命じられており、いわばやぶ蛇な結果となっています)。
結婚前の貯蓄の取り扱い
夫婦の一方が結婚前に貯蓄していた場合に、別居時の残高から結婚時点での残高を差し引くべきだ、という主張がなされる場合があります。
この点は、まず、結婚前からの貯蓄を結婚生活と分離して保管していたようなケース(定期預金など)であれば、特有財産として財産分与の対象から除かれます。
これに対して、貯蓄用の口座を結婚後にそのまま生活口座として使用したり、貯蓄を生活口座に移し、その後、その口座で頻繁に入出金を繰り返していたようなケースでは、特有財産である貯蓄と共有財産である収入等が混ざり合ってしまい、どこからどこまでが特有財産であるか特定することが困難であるため、別居時の残高全体が財産分与の対象とされる可能性があります(=別居時の残高から結婚時の残高は差し引かない)。
ただ、このような考え方を採る場合でも、実質的な結婚期間が短いときは、別居時の残高の中に特有財産である貯蓄がまだ残っていると評価できる場合もあり得ることから、別居時の残高全体を財産分与の対象としつつ、夫婦の寄与度に差をつけて貯蓄部分をある程度考慮するという考え方もあります(たとえば、夫名義の預貯金について、通常であれば分与割合を夫:妻=50:50とすべきところを、婚姻期間が短く、預貯金の中に夫の結婚前の貯蓄が多分に残っていることを考慮し、70:30にするなどが考えられます)。
また、結婚前から別居時までのお金の流れを通帳や取引履歴をもとに丁寧にたどっていくことによって、預金の一部を特有財産であると認めてもらえるケースもあります。
親からの相続や贈与によるものが含まれているときは?
ほかに良く問題となるのは、預貯金の中に相続によって取得したものや、贈与によって取得したものが含まれている場合があります。
原資が相続や贈与によるものであることが証拠上明らかであれば、その部分は特有財産として財産分与の対象にはなりません。
ただ、この点も、贈与などの入金先が生活口座であり、別居までに入出金が頻繁に繰り返されて相当期間が経過しているような場合だと、結婚前の貯蓄と同じように特有財産部分と共有財産部分を区別できず、別居時の残高全体が財産分与の対象とされてしまう可能性があると思われます。
これもよく問題となりますが、子ども自身が小遣いやお年玉などを自分で預貯金口座に貯めていた場合や、親が祖父母から子ども宛に渡された小遣いやお年玉などを子ども名義の口座に入金したような場合には、その部分は子ども自身の財産であるため、財産分与の対象にはなりません。
これに対して、親が自分の収入の中から子ども名義の口座に入金して貯蓄していたような場合だと、原則として財産分与の対象となります。
例外的に、親から子どもに対する贈与といえるようなものだった場合は財産分与の対象にならないこともありますが、この点の判断はなかなか難しく、口座の残高、入金の趣旨・目的、口座の管理状況、子どもの年齢などを総合的に検討して実質的に判断していくことになります。
例えば、普段、子ども自身が通帳を管理してキャッシュカードでお金を下ろして小遣いとして使っており、問題となる口座への入金額や別居時の残高も少額であれば、親の収入が原資であっても、それは子どもが自由に処分して良いという趣旨で贈与したものと言えますので、財産分与の対象にはなりません。
しかし、子どもの年齢が幼く、通帳などは親が管理して子どもは一切タッチしておらず、残高も子どものものというには高額である、というようなケースであれば、形式的には子ども名義であっても実質的には親に帰属する共有財産として財産分与の対象になり得ることになります。
これも、結局は夫婦の共有財産といえるかどうかの問題ですが、口座の開設者が誰であるか、口座の管理をしていたのは誰か、その口座の残高の原資は何か、などの点から実質的に判断することになります。
たとえば、夫の母親名義の預貯金口座があるときに、その口座を開設したのは夫で、通帳や印鑑・カードを持っていたのも夫、入出金も夫が行って母親はタッチしておらず、原資も夫の収入である、という場合であれば、母親名義の預金であっても財産分与の対象となります。
これに対して、母親が開設して自分で通帳等を管理していた口座に夫が送金していたような場合には、共有財産を減らす目的で別居直前に多額の預貯金をまとめて送金したなどの事情がない限りは、基本的には夫から母親に対する贈与にすぎず、財産分与の対象にはならないものと思われます。
いかがだったでしょうか?
ひとくちに預貯金といっても、その内容によって財産分与の対象になるかどうかは様々です。財産分与で預金の取り扱いが問題になるケースでは、どの時点の残高を基準にするのかや特有財産かどうかを巡って争いになることが多く、適正な解決には法的知識が要求されますので、当事者同士での解決が難しい場合には専門家への依頼をご検討いただければと思います。
弁護士 平本丈之亮