養子縁組していない再婚相手の収入の一部を権利者の収入に加算し、養育費の減額を認めたケース

 

 離婚後、子どもを引き取った側(権利者)が再婚したものの再婚相手と養子縁組はさせなかった場合、再婚相手は子どもに対する扶養義務を負っていないため、義務者は養育費の支払義務を免れないことが一般的です。

 

 しかし、再婚相手が裕福で実際上も子どもを養育しているにもかかわらず、形式として養子縁組をしていないというだけで義務者の負担を軽減できないとすることは事案によっては義務者に酷な場合もあります。

 

 そこで、このような場合、再婚相手の収入を権利者本人の収入とみなして養育費の減額を認める余地はないのが問題になることがありますが、今回はこのような考え方を採用した裁判例を紹介します。

 

 

宇都宮家裁令和4年5月13日審判

【事案の概要】

権利者が離婚後、医師と再婚して子どもをもうけたが、前婚時の子ども(連れ子)とは養子縁組しないまま4人で生活している状況で、権利者から養育費の減額請求がなされた。

 

【裁判所の判断の概要】

①本件において、権利者が再婚して連れ子が再婚相手の養子に準ずる状態にあることは養育費の合意時に前提とされておらず、これによって合意の内容が実情に適合せず相当性を欠くに至ったといえるから、再婚相手と子が養子縁組に準ずる状態であることは養育費の変更を認めるべき事情の変更にあたる。

 

②再婚相手の基礎収入のうち、仮に連れ子に対して扶養義務を負うとした場合のその子への生活費を計算し、これを権利者の収入に加算して養育費を算定。

 

 養育費の減額が認められるには合意当時予測できなかった事情の変更があり、当初の合意の内容が実情に適合せず相当性を欠くに到ったことが必要とされていますが、上記裁判例では権利者が裕福な者と再婚して自身の子どもが事実上の養子として養育される状況にあるという事態は事情の変更にあたると認めています。

 

 その上で、本件では再婚相手の基礎収入のうち、事実上の養子に振り分けられるべき生活費の部分を権利者自身の収入に合算(上乗せ)することにより養育費の減額を認める、という判断を下しています。

 

 このケースは再婚相手が経済的に余裕があると思われる医師であったことや、減額を求められた権利者側が再婚相手の確定申告書等の収入資料を開示しなかったという特殊な事情があり(裁判所は再婚相手の職業や権利者の態度等から再婚相手の事業収入を算定表上の上限額である1567万円はあるはずと事実認定。)、再婚したが養子縁組していないというケースすべてに妥当するかは何とも言えないところですが、同種事案があった場合には参考になるものと思われるため紹介した次第です。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

 

婚姻費用の計算において、暗号資産の売却等で得た額と取得額との差額は収入にあたらないと判断されたケース

 

 婚姻費用についてはお互いの収入や子どもの人数・年齢などをもとに算定する標準算定方式が浸透していますが、一口に収入といってもどこまでのものを収入に含めるかは必ずしも明確でないこともあり、実際に取り決めをする際にはお互いの収入額がいくらかを巡って争いになることがあります。

 

 婚姻費用の計算に含めるべきかどうかという点について比較的問題になりやすいのは、結婚前から保有していたり相続した不動産からの賃料収入や株式配当金などですが、今回は義務者が保有していた暗号資産の売却等をしていたことが問題となった裁判例を紹介します。

 

福岡高裁令和5年2月6日決定

 

 このケースは、婚姻費用の支払義務者が暗号資産を売却したり他の暗号資産に変換したところ、売却等によって得た額と取得原価との差額は婚姻費用の計算において収入とみるべきであると権利者が主張したものです。

 

 しかし、この権利者の主張に対し、裁判所は以下のような理由を述べて本件では売却等と取得原価との差額は収入としては扱わないと判断しました。

 

 

①義務者が暗号資産の売却又は他の暗号資産への変換により継続的に収益を得ていたとは認められないこと

 

②売却等は実質的夫婦共有財産の保有形態を他の暗号資産や現金に変更するものにすぎないこと

 

 

 本裁判例の論理からすると、暗号資産の処分によって継続的に収入を得ていたと評価できるときはそれを婚姻費用の計算において収入と扱える余地がありそうです(①)。

 

 他方、夫婦共有財産である暗号資産を単に現金化したり他の暗号資産に変換したにすぎない場合はダメという点(②)ですが、このケースでは暗号資産以外にも義務者が加入している従業員持株会からの配当金の取り扱いが問題となり、裁判所はそれがさらなる自社株購入の原資とされていて生活費の原資にはなっていなかったことから収入にあたらないと判断しているため、実際に婚姻生活の原資として使用されていたことを必要とする趣旨ではないかと思われます。

 

 特定の高裁での事例判断であるため他の裁判所でも同じ結論になるとは限りませんが、婚姻生活の原資として実際に使用されていた場合に限って収入としてみるという考え方は類似のケースでもみられるところであり(特有財産からの配当金や不動産所得に関する大阪高裁平成30年7月12日決定、賃料収入に関する東京高裁昭和57年7月26日決定)、同種事例では参考になりそうですのでご紹介した次第です。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

K弁護士の事件ファイル⑤ ~無理な願掛けはやめよう~

 

受験等大きな挑戦をする際に行われる「願掛け」のうち、最もポピュラーなのはお百度参りであろうか。

 

K弁護士も、一高の合格ラインまで2割程得点が足りないと宣告され、中3の11月頃から毎朝盛岡八幡宮まで往復4キロの「お百度走り」をしたことがあった。他にも、目標を達成するまで一番好きな食べ物を絶つという「願掛け」もある。

 

K弁護士は、平成11年4月に結婚し、新婚旅行では行く先々でオーストラリア人にも驚かれるほどビールを飲み、毎日10時間近くの睡眠をとり続け、コアラを抱っこするなどした結果、体重が自己最高の93キロまで増加した。K弁護士は、一番の好物であったスキヤキを絶つことを決意し、妻との間で家訓第10条「体重が89キロになるまではスキヤキを食べるべからず」を定めた(法学部志望3年生の皆さん、ここまでは知っていますよね)。

 

ところが、K弁護士は「太った状態でランニングをすると膝を痛める」との理由でランニングを選択肢から外し、「腹が減っては戦ができぬ」との理由で食事制限も選択肢から外したため、全く打つ手のない状態が続いた。更に、「飲んだ後はラーメンで締める」という日本の伝統文化を重んじるあまり、体重は増加の一途をたどり、ピーク時には98キロを記録するまでになっていた。

 

そんな時に、新聞の折り込みチラシで「寝るだけで痩せる」という「ダイエット枕」(1万3千円位)を見つけ、藁にもすがる思いで購入したこともあった(ちなみに、購入してしばらくすると「ダイエットサンダル」「ダイエットクリーム」「ダイエットサウナスーツ」等次々に魅力的なダイレクトメールが届くことになった。K弁護士、大学生の時から全く成長していない?)。

 

家訓制定から10年が経過し、この間に生まれた2人の娘たちは「スキヤキを知らない子供たち」状態であった。娘たちがあまりに不憫だとの思いから一念発起したK弁護士は、「低炭水化物ダイエット」(朝晩は基本的に炭水化物を抜く)を開始し、更には膝に負担の少ない「エアロバイク」による運動を少しずつ取り入れ、草野球に真剣に取り組むなどした結果、徐々に目標体重に近づいて行った。

 

そして、家訓制定から間もなく13年となる平成24年4月10日の朝、K弁護士の乗った体重計は88・8キロを示し、ついに目標体重をクリアすることに成功した。その日の晩ご飯に食べたスキヤキの美味しさは、K弁護士にとって一生忘れられないものとなった。今では2人の娘達もスキヤキが大好物になっている。

 

巻頭言の趣旨を外れて迷走状態ですが、そろそろまとめに入ります。

 

「願掛け」は、高い目標を定め、それに向けて地道に努力する人にこそふさわしいものであり、努力もせず、むやみに「願掛け」をしても意味がないことは、K弁護士の例からもお分かりいただけると思います。賢明な一高生の皆さんは、K弁護士を反面教師として、「願掛け」をする場合には、目標達成に向けて地道な努力を怠らないようにしてください。

 

前号からお読みになっている皆さんは、「K弁護士は人として大丈夫なのか」と思われているかもしれませんが、悪夢の13年間を経て地道な努力を惜しまない人間に生まれ変わったK弁護士は、週3回のランニングを半年以上続けた結果、51歳(当時)にして盛岡シティマラソン(フル)を完走し(一高応援団の応援を受けてのスタートは最高でした。応援団の皆さん、ありがとうございます)、体重は80キロまで減りましたので、現在はスキヤキ食べ放題の状態です。

 

注:母校岩手県立盛岡第一高等学校PTA会報第112号(2020年3月)に巻頭言として寄稿したものです。

2024年1月5日 | カテゴリー : コラム, 雑記 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

K弁護士の事件ファイル④ ~新聞勧誘員との闘い~

 

昭和63年4月、若き日のK弁護士は、1年間の浪人生活を経て無事大学に合格し、最初の1年を下宿で暮らした後、東京郊外のアパートで1人暮らしを始めた。

 

女性から「あなたって、いい人ね」と言われて終わることが多いK弁護士であるが、20歳当時はなおさら人を疑うことを知らない、正にいわて純情男子であった。今回は番外編としてK弁護士が大学時代に経験した訪問販売のお話である。

 

1人暮らしを始めて数日後、K弁護士の部屋にA新聞の勧誘員が「新聞いかがですか」と言って訪ねて来た。世の中の出来事を日々把握したいと考えていたK弁護士は、二つ返事で購読を承諾した。

 

数日後、K弁護士の部屋にY新聞の勧誘員が訪ねて来た(大学の授業があるはずなのに、なぜ毎日のように部屋にいるのかは気にしないこと)。「新聞いかがですか」と言われても、冷静な判断力が売り物のK弁護士は、数日前にA新聞を申し込んだばかりで、限られた仕送りの中で複数の新聞を購読することは困難であるとの判断を下し、この申し出を断ることにした。

 

しかしながら、交渉力に定評のあるK弁護士よりも相手の方が一枚上手で(実はK弁護士は押しに弱く、ハッキリ断ることができない性格であった)、最終的に「翌月からY新聞を購読する」との和解案を受け入れることとなった。

 

数日後、S新聞の勧誘員が訪ねて来た…。以後頻繁に同じようなことが繰り返され、K弁護士は毎月のように違う新聞を購読し、そのお陰で結果的に著しく見聞を広げることになった。その他にもボランティア精神あふれるK弁護士は、「難民の救済にご協力ください」と言われて意気に感じ、薄っぺらい時価150円くらいのハンカチを5千円で購入することもあった。

 

K弁護士が『決してドアを開けない』という方法で勧誘を断る技術を会得したのは、最初の勧誘を受けてから半年ほど経過した後のことであった(なお、新聞勧誘への正しい対応を知りたい方は、立川志の輔さんの「はんどたおる」という落語を聞いてみてください)。

 

令和4(2022)年4月1日から、成年年齢が現在の20歳から18歳に引き下げられることが決まっています。民法上、未成年者が親権者の同意を得ずにした契約は取り消すことができるものとされていますが、成年年齢が引き下げられることにより、今後は18歳になると自分自身の判断で契約をしなければならなくなります。

 

成年に達したばかりの若者をターゲットとした悪質業者の勧誘は跡を絶ちません。

 

新聞やハンカチ程度であれば良いのですが、特に必要のない高額なアクセサリー等を次々に購入させられてしまい、総額500万円以上のクレジットを組んでしまったという極端な事例もありました。K弁護士の例でもお分かりのように、悪質業者の手口として、騙し、脅しは勿論のこと、断り切れない性格の人を執拗に勧誘し、その困惑に乗じて契約を結ばせる例は意外と多いのです。

 

K弁護士は、弁護士になった直後からいわゆる消費者問題に取り組み、悪質業者の勧誘を受けて高額な商品を購入させられた人からの依頼を受ける機会が多かったのですが、自分自身も一歩間違えば社会に出る前の段階で数百万円単位の借金を背負っていた可能性もあったのだと思い知らされました。

 

平成24(2012)年に消費者教育の推進に関する法律が施行されましたが、現実には消費者教育の充実に向けた体制整備はまだまだ不十分といわざるを得ません。3年生の中には間もなく1人暮らしを始めることになる方も多いと思われます。アパートの賃貸借、家電製品の購入等高額な支払いを伴う契約を結ぶにあたっての心構えを、是非ご家庭でも再確認していただければと思います。

 

注:母校岩手県立盛岡第一高等学校PTA会報第111号(2019年10月)に巻頭言として寄稿したものです。

 

2024年1月5日 | カテゴリー : コラム, 雑記 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

K弁護士の事件ファイル③ ~最高裁口頭弁論体験記~

 

1 はじめに

平成16年2月10日、K弁護士はついに最高裁の門を叩くことになった。K弁護士にとって、最高裁の口頭弁論は弁護士登録7年目にして初めての体験であった(今回は一応仕事の話である)。

 

K弁護士は、司法修習生採用の健康診断の際に、地元の病院で受けた健康診断の結果に不服があったため、1度だけ最高裁まで行ったことがあったが、健康診断以外で最高裁に行くのは今回が初めてのことであった。

 

最高裁ひと口メモ1

K弁護士が修習前に最高裁に行った時には、日本は三審制が採用されているのだから、今後も最高裁には何度も来ることになるのだろうと漠然と思っていた。

 

しかし、現実には上告事件自体それほど多くなく、また、口頭弁論が開かれるのは高裁の判断を見直す場合だけといわれており、最高裁の口頭弁論は多くの弁護士にとって一生のうちに1度あるかないかの体験である。ちなみに、平成7年当時は司法修習生の採用にあたって最高裁で一斉に健康診断を受けることになっていた。

 

2 家族揃って最高裁へ

最高裁の口頭弁論には大魔神弁護士、J兵衛弁護士、平成15年10月にK弁護士の事務所に加入した期待のホープ古江鴨洋弁護士とK弁護士という選び抜かれた重量級(大魔神弁護士にはやや失礼か?)の精鋭4名で臨むことになった。

 

大魔神弁護士が「最高裁に行くなんてめったにないことだから、ウチの事務所は事務員も連れて繰り出すぞ」と言い出したため、負けず嫌いで定評のあるK弁護士は「それならウチは事務員だけでなく妻子も連れて繰り出すぞ」と言い始め、更には、東京に住んでいるK弁護士の妹も話を聞きつけて最高裁に行ってみたいと言い出したため、K弁護士は妻、子、妹、甥、古江鴨洋弁護士、事務員2名の合計7名で乗り込むことになった。

 

また、大魔神弁護士は「せっかく最高裁の口頭弁論が開かれるのだから、単に理由書の通り陳述しますというだけではなく、本格的な弁論をしよう」ということを言い出し、最高裁に問い合わせをした上で、持ち前のでかい声を生かした抜群の交渉力で弁論の時間20分を確保した。

 

この時からK弁護士の苦闘の日々が始まった。実は高裁判決が出てから既に3年近くが経過しており、「済んだことは忘れよう」をモットーにしているK弁護士は、事件の内容をほとんど忘れてしまっていたのである。

 

3 弁論要旨の作成

それでも、K弁護士は薄れかけた記憶を呼び起こしながら、古江弁護士にかなりの部分を下請けに出すなどして必死に努力した結果、締め切りギリギリで何とか弁論要旨の担当部分を書き上げることができた。なお、一生に一度あるかないかの貴重な機会だからという大魔神弁護士の配慮で、K弁護士が実際に最高裁の法廷で弁論を行う大役を仰せつかったのである。

 

原告本人の意見陳述書をJ兵衛弁護士が読み上げることになっていたため、K弁護士の持ち時間はわずか10分間であった。

 

弁論要旨を全部読み上げていたのでは、大幅に持ち時間をオーバーすることが予想されたため、K弁護士は最高裁に提出した弁論要旨をあらかじめ適当に削っておいたが、当日新幹線の中で何度か読み上げてリハーサルしてみたところ、どうしても3分位オーバーしてしまうことが判明した。

 

この段階で残された時間はごくわずかであり、冷静な判断力が売り物のK弁護士も、さすがに動揺の色を隠せなかった。

 

最高裁ひと口メモ2

原告本人であるI大学のI教授も最高裁に乗り込んだが、法廷の当事者席には代理人しか座れないという慣例があるとのことで、傍聴席に座るように指示されていた。全く意味不明の慣例である。本人訴訟の時は当事者席が無人のまま口頭弁論が開かれるということだろうか?

 

最高裁ひと口メモ3

わざわざ盛岡から新幹線で出てきたにもかかわらず、子供は傍聴禁止ということでK弁護士の妻、子、妹、甥は控え室でお留守番となってしまった。

 

4 一世一代の晴れ舞台

いよいよ口頭弁論が始まり、まずはJ兵衛弁護士が意見陳述を行った。

 

J兵衛弁護士が意見陳述を行う10分の間に、K弁護士は目分量で3分短縮することに集中した。ちなみに、K弁護士は自分の結婚披露宴の際に、新郎挨拶を披露宴の最中に考えたという過去を持っており、追い込まれた時にだけ力を発揮すると言われているK弁護士の集中力は、かつてないほど研ぎ澄まされていた。

 

 いよいよK弁護士の順番が回ってきた。「出たとこ勝負」をモットーとしているK弁護士は、その場で必死に修正したとは思えないような落ち着きぶりで、何事もなかったかのように持ち時間の範囲内で弁論を行った。

 

傍聴席からは、「ブラボー」「アンコール」の声が響き、いつまでも拍手が鳴りやまなかった。

 

最高裁ひと口メモ4

口頭弁論が終わり、法廷を出たところで記念撮影をしようとしたところ、係の人から写真撮影禁止と言われたので、やむを得ず建物を出たところで記念撮影を行った。既に控え室で写真を撮っていたことは黙っていた。

   

5 事件の顛末

 最高裁の判決は、当方の敗訴部分を一部取り消して高裁に差し戻すという内容であった。

 

K弁護士はてっきり自分の必死の弁論が最高裁の裁判官の心を動かしたと信じて疑わなかった。しかし、最高裁はこの口頭弁論の数ヶ月前に同種訴訟につき全く同様の判断を出しており、K弁護士かがどんなに素晴らしい弁論を行ったとしても、結論は初めから決まっていたのであった。

 

注:岩手弁護士会会報第9号(平成16年3月)に寄稿したものを加筆・修正しました。

2024年1月5日 | カテゴリー : コラム, 雑記 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

K弁護士の事件ファイル② ~K弁護士の過ち~

 

1 はじめに

その事件は平成11年6月某日の深夜に起こった。

 

K弁護士は弁護士になって3年目を迎え、20件以上の被害弁償をする場合には直接持って行かずに現金書留で送るという具合に被害弁償の仕方も覚え(K弁護士の事件ファイル①参照)、更にその後も数々の難事件を解決し続け、あと100年もすれば一流弁護士の仲間入りができるほどにまで成長を遂げていた。

 

そんな向かうところ敵なしのK弁護士が犯罪者としての嫌疑をかけられることになるとは、誰も予想することができなかった(今回は番外編としてK弁護士自身が起こした事件の話である)。

 

2 事件のきっかけ

その日は裁判所と弁護士会の有志により新民事訴訟法の運用についての勉強会が行われた。白熱した議論は勉強会の席だけでは収まらずに懇親会の席でも続けられ、結局1次会だけでは飽き足らず、ボスのI弁護士、宿命のライバルS弁護士と共に2次会へ行くことになり、今度はスナックのお姉さんと熱い議論を闘わせた。

 

2次会は午前0時過ぎにお開きとなり、K弁護士は「新民事訴訟法バンザイ」「準備書面の提出期限を守るぞ」等と叫びながら家路についたのであった。

 

3 K弁護士の家庭の事情

ところで、当時K弁護士は1ヶ月前に結婚式を終えたばかりの新婚ホヤホヤであった。

 

新婚旅行先のオーストラリアでは、行く先々でオーストラリア人にも驚かれるほどビールを飲み、毎日10時間近くの睡眠をとり続け、コアラを抱っこするなどした結果、旅行から帰る頃には体重が自己最高の93キロにまで増えていた。

 

新婚旅行から戻ったK弁護士は、妻との間で「川上家家訓百箇条」を制定することにした。

 

第10条「体重が89キロになるまではスキヤキを食べるべからず」

第25条「午後10時行こうに飲食物を摂取するべからず」

第26条「特に飲み会の後にはラーメンを食べるべからず」

 

等という厳しい条項が定められた。

 

K弁護士はスキヤキが大好きで、特に盛岡市本町通にある「牛や」(注:現在は閉店)というお店の「前沢牛の牛鍋(スキヤキのこと)」が大のお気に入りであったが、減量に成功するまではこれもお預けとなってしまった。この時からK弁護士の苦闘の日々が始まったのである。

 

ちなみに、その後何度も体重の増減を繰り返しているが、結局現時点でもスキヤキを食べるには至っておらず、お歳暮でもらったスキヤキ用の牛肉は冷凍庫に眠ったままである(注:この原稿は平成12年6月時点で書かれたものであり、その後13年間にわたる紆余曲折を経て、平成24年4月10日に晴れてスキヤキ解禁となっている)。

 

4 K弁護士の葛藤

話は事件当日に戻るが、飲み会の後にラーメンで締めくくるのは日本の伝統文化ともいうべきものであり、帰宅途中にある「山頭火」の「しおらーめん」がお気に入りだったK弁護士は、家訓第26条さえなければこの日も迷わず立ち寄るところであったが、家訓を定めてわずか1ヶ月でこれを破ってしまう訳にもいかなかったので、気を紛らわすためコンビニでウーロン茶を買うことにした。

 

コンビニでしばらく立ち読みをした後、ウーロン茶を買おうとして店内を歩いていると、お弁当売り場に「コロッケ丼」が一つだけ寂しげに残されているのが目に止まった。

 

家訓の趣旨からすると、せいぜい「ざるそば」とか「サラダ」程度であれば許されるとしても、高カロリーの「コロッケ丼」が違反の度合いの最も大きな部類に属する飲食物であるということは誰の目にも明らかであった。

しかし、K弁護士は一度決めたら後には引かない頑固な面を持ち合わせており、「あ、あれ食べよ」と一旦思ってしまった以上、もはや決して後には引けなかったのである。

 

5 K弁護士の犯罪

コンビニを出たK弁護士に、次なる難題が待ち構えていた。それは、自宅に帰ってから「コロッケ丼」を食べるとすれば、妻に現場を見られてしまう可能性が高く、また、妻が先に寝ていたとしても、弁当のカラを自宅のゴミ箱に捨てなければならず、家訓第25条に違反した事実が妻にバレてしまうということであった。

 

しかし、冷静な判断力が売り物のK弁護士は、帰宅途中にあるS小学校の軒下(?)で弁当を食べ、隣のマンションのゴミ捨て場に弁当のカラを捨てれば良いとの結論に達した。正当な理由もなく小学校の敷地内に入ることは刑法第130条前段の建造物侵入罪に該当することになると思われたが、K弁護士は家訓違反の証拠を隠滅するために更なる罪を重ねることを決意したのである。

 

結局、K弁護士は、誰に見られるということもなくS小学校の軒下で「コロッケ丼」を食べ終わり、予定通り弁当のカラを隣のマンションのゴミ捨て場に捨て、何事もなかったかのように帰宅した。

 

K弁護士は、自らの犯罪がこのまま迷宮入りすることを信じて疑わなかった。

 

6 事件の顛末

しかしながら、K弁護士の犯罪はあまりにもあっけなく発覚することとなった。

 

事件の翌日、K弁護士の事務所にS小学校の先生から電話が入った。K弁護士の事務所は妻が事務員をしていたので、当然妻がこの電話を受けたのであった。電話の内容は生徒が校庭で名刺入れを拾ったので、取りに来て下さいというものであった。

 

K弁護士は、事件当時酒を飲んでいたこともあり、非常に暑かったので上着を脱いで手に持っていたのであるが、上着のポケットに入れていた名刺入れが小学校の校庭に落ちてしまったということのようであった。

 

伝言を聞いたK弁護士は、一瞬血の気が引いてしまったが、小学校の校庭で名刺入れを落とすという事態を合理的に説明できるような弁解は思いつかなかったので、やむを得ず妻に家訓を破った事実を告白したのである。

 

翌日、K弁護士は菓子折り持参でS小学校に名刺入れを取りに行った。先生はあえて何も聞かなかったが、「一体おまえはそこで何をしていたんだ」という冷たい視線を浴びたことは言うまでもない。

 

注:岩手弁護士会会報第5号(平成12年6月)に寄稿したものを加筆・修正しました。

K弁護士の事件ファイル① ~国選弁護人はつらいよ~

 

1 ある国選事件の受任

 平成9年10月のある日、K弁護士のもとに国選事件受任の打診があった。場所は県北のK簡易裁判所、自動販売機荒らしの窃盗事件である。「来るものは拒まず(特に女性に関して)」を座右の銘としているK弁護士は、迷わずこの事件を受任することとした。

 

 

2 弁護方針の決定

平成9年10月30日、K弁護士が検察庁に赴いて刑事記録を検討したところ、どうやら被告人は起訴事実を全面的に認めているようであった。

 

余罪も含めると被害金額は約80万円で、そのお金はほとんど手つかずのまま残っているとのことだったので、これを被害者に弁償することが弁護活動の重要なポイントになると思われた。

 

警察で被害者還付の手続をとることができないものかと思ったが、どのお金がどこから盗まれたか特定できないので、被害者還付の手続はできないとのことであった。

 

その後、いよいよK警察署で被告人と接見することになった。事情を聞くと、被告人ははるばる北海道からやって来たということで、近くに知り合いは全くおらず、身内とも全く連絡をとっていない状況であった。K弁護士以外に被害弁償をする人は見当たらない。「やるっきゃない」を座右の銘としているK弁護士は、とにかく起訴されている分だけでも被害弁償しようと決意した。

 

刑事記録によると、被害者は青森県のH市から県北のT町まで広範囲に分布しており、住所が特定されているものは約30件、そのうち起訴されているのは4件だけであった。K弁護士は11月21日を「被害弁償記念日」と定め、起訴されている4件を優先的に弁償し、余罪分については被害金額の大きいところを中心に時間の許す限り弁償に赴くとの方針を立てた。

 

 

3 被害弁償行脚の始まり

そして、いよいよ待ちに待った11月21日が到来した。前夜は午前2時頃まで盛岡の繁華街である「大通り」近辺で残業をしていたため睡眠不足ではあったが、「飲んだ翌日こそきちんと仕事しろ」を座右の銘としているK弁護士は、午前6時には飛び起きてK市に向かい車を走らせた。

 

まず、もう一度被告人の勾留されている警察署に赴き、警察署で保管されている現金約80万円を預かった。自動販売機荒らしの窃盗事件だけあって、この現金は全て硬貨であり、500円玉が大量に含まれていた関係でズッシリと重かった。K弁護士は、あまりの量に思わず24時間テレビに募金しようかとも思ったが、思い直してまずは青森県のH市に向かった。

 

起訴されている4件については、比較的スムーズに被害弁償をすることができたため、楽勝ムードが漂い始め、K弁護士はすかさず帰りにどこでご飯を食べるかの検討に移った。

 

しかし、余罪分については現場の見取り図などが全くなく、住所を頼りに探すしかないような状況であり(当時はカーナビなどなかった)、あっという間に時間が過ぎていった。それまでは余裕の表情であったK弁護士にも、次第に焦りの色が浮かび始めた。

 

4 「酒屋を探せ」作戦

しかし、数々の修羅場をくぐり抜けて来たK弁護士は、この程度のことで動じるはずもなく、冷静に作戦を練り直すこととした。

 

被害者の特徴をまとめると、基本的には酒屋さんが中心であった。そこでK弁護士は、地番を頼りに地図を見るよりも、「酒」という看板を頼りに探していった方が早いのではないかと考えた。

 

また、犯罪者の心理としては、表通りよりは一本裏に入った通りの方がやりやすいのではないか等と考えているうちに、自分が盗むとしたらどの自販機を狙うかという観点から店を探すこととした。

 

この作戦はズバリ的中し、徐々に店が見つかるペースが上がり始めた。K弁護士は、自分には自動販売機荒しの才能があるのかもしれないと1人悦に入ると同時に、パトカーとすれ違ったり、交番の前を通り過ぎる際に反射的に身を隠そうとする妙な癖がついてしまった。

 

5 事件の顛末

その日は約8件ほど弁償したところでタイムリミットとなってしまった。「ネバーギブアップ」を座右の銘とするK弁護士も、真っ暗で街灯もほとんどない田舎道でこれ以上動き回るのは危険だと判断せざるを得なかった。

 

K弁護士は、3日後にもう一度被害弁償行脚をすることにし、前回の反省を生かしつつ1日15件を目標として必死に被害弁償を行ったが、その日も7~8件弁償したところでタイムリミットとなってしまった。あと何回弁償に行かなければならないのか…。K弁護士は暗澹たる気持ちで家路についた。

 

K弁護士が「現金書留で送る」という方法に気づいたのは、2回目の被害弁償行脚が終わってしばらく経った後であった。

 

注:岩手弁護士会会報第3号(平成10年6月)に寄稿したものを加筆・修正しました。

2024年1月5日 | カテゴリー : コラム, 雑記 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

不貞相手が配偶者と接触するごとに違約金を支払うとの合意について、婚姻関係破綻後の接触に関する違約金の請求は権利濫用と判断したケース

 

接触禁止条項・違約金条項とは

 

 不貞行為が発覚した場合、不貞行為者との間で、今後は配偶者と連絡を取り合ったり接触しないことを約束し(接触禁止条項)、この約束に違反した場合に違約金を支払うと合意することがあります(違約金条項)。

 

 このような接触禁止条項と違約金条項は再度の不貞行為を防ぐ目的で設けるものであり、合意の時点では夫婦関係を再構築することを予定している場合が多いように思われます。

 

 しかし、不幸にして夫婦関係の再構築ができずに破綻し、その間、不貞相手が配偶者と連絡を取り合っていたような場合、この違約金条項に基づいてどこまで請求できるのかが問題となることがあり、この点について請求の一部が権利濫用になると判断した近時の裁判例がありますので(東京地裁令和4年9月22日判決)、今回はこれをご紹介したいと思います。

 

 

東京地裁令和4年9月22日判決

登場人物

 

X:原告・Aの配偶者

Y:被告・Aと交際

A:Xの配偶者

 

問題となった条項

 

<接触禁止条項>

 Yは、Xに対し、今後Aとの交際をやめ、正当な権利を行使する場合及び業務上の必要がある場合を除き、Aと連絡・接触しないことを約束する。

 

<違約金条項>

 Yが上記の約束に違反したときは、違約金として1回あたり30万円をAに対し支払うものとする。

 

→XはYが上記約束に反したとして違約金を請求したところ、Yは以下のように主張して請求を争った。

 

Yの主張(争点)

 

<争点1 公序良俗違反により無効>

 合意書作成当時、XとAの婚姻関係は破綻しており、違約金条項が前提とする保護法益である婚姻関係の平穏がなかったから違約金条項は公序良俗に反し無効である。

 

<争点2 権利濫用>

 仮に合意書作成時点でXとAの婚姻関係が破綻していたとは認められないとしても、その後、遅くともAがXに離婚を申し入れた時点では婚姻関係は破綻しており、違約金条項が前提とする保護法益がなかったから、同時点以降の違約金条項に基づく権利行使は濫用である。

 

※ほかにも違約金の発生する条件である「1回」の意味についても争いがありましたが、ここでは割愛します。

 

裁判所が認定した事実関係の概要

 

①AはYとの不貞がXに発覚した後に一度自宅を出たが、その後、自宅に戻り、合意書作成当時、XとAは同居していた。

 

②今後交際をやめるなどという合意書の文言からは、XとAの婚姻関係が破綻していないことが前提とされていたと考えるのが合理的

 

③合意書作成当時、YもAとの不貞関係を解消し合意事項を遵守する意思はあったと供述しており、XとAの婚姻関係が破綻していないことを前提に本件接触禁止条項を承諾したものと推認できる。

 

④合意書作成の翌日からAとYはLINEでやりとりをするようになった。

 

⑤合意書作成から数か月後、Aは週末に外出するなどするようになり、Xに離婚したいと伝えた上で自宅の上にある事務所で生活するようになったほか、その後に代理人を通じてXに離婚の意向を通知し、別のところに転居するなどした。

 

争点に対する判断

 

<争点1に対する判断>

合意書の作成当時、XとAの婚姻関係が破綻していたとはいえず、違約金条項が前提とする保護法益である婚姻関係の平穏がなかったとはいえない。

 

→違約金条項は有効。

 

<争点2に対する判断>

その後、Aは離婚したいと述べて家を出て再度の別居に至り、それ以後は一貫して別居及び離婚する意向を示しているから、Xが離婚を申し出た時点でXとAの婚姻関係は破綻した。

 

→違約金条項が前提とする保護法益(婚姻関係の平穏)は遅くとも離婚を申し出た時点で失われており、同日以降の違約金条項に基づく権利行使は権利濫用となる。

 

 以上のとおり、上記裁判例では、接触禁止条項に反した場合の違約金条項について、違約金条項そのものは有効ではあるものの、夫婦関係が破綻したあとの接触に対して違約金を請求することは権利の濫用として認められないと判断しています。

 

 接触禁止条項と違約金条項を組み合わせた形で合意する場合、上記裁判例も述べるとおり婚姻関係の平穏を守る目的であるのが通常と思われますので、一度は再構築に向けて努力したものの何らかの理由によって婚姻関係が破綻してしまった場合、この条項によって守るべき法的利益が失われてしまった以上、それ以降は違約金の発生を認める必要はないというのが上記裁判例の結論と思われます。

 

 なお、似たようなものとして、不貞行為そのものを行った場合に違約金を支払うという合意をすることもありますが、そちらのケースについても今回紹介した裁判例と同様の判断を下した裁判例がありますので、不貞行為に関連して違約金条項をもうけて実際に請求するときには、このような判断があることにも注意を払う必要があります。

 

2023年12月21日 | カテゴリー : コラム, 男女問題 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

同居したことがない夫婦の一方からの婚姻費用請求は認められるのか?

 

 婚姻費用を請求する典型的なケースは元々同居していた夫婦が別居した場合ですが、入籍はしたものの同居する前に関係が悪化し、そもそも一度も同居したことがないというケースでも婚姻費用を請求できるのでしょうか。

 

 一度も同居したことがないまま関係が悪化したケースは早期に離婚が成立し婚姻費用が問題になることは少ないようにも思われますが、中には当事者の一方が離婚を拒み別居状態が長期化する場合も想定されますので、そのような場合には婚姻費用の支払いを巡って紛争となることもあり得るところです。

 

 この点については、婚姻費用の請求者が相手方との同居を拒否したというケースにおいて、以下のように婚姻費用の請求が可能と判断した高裁の裁判例と否定した裁判例(原審)がありますので、今回はそれらを紹介したいと思います。

 

東京高裁令和4年10月13日決定

 裁判所は、以下のような理由を述べ、たとえ同居することがないまま婚姻関係が破綻していると評価される事実状態に到ったとしても、夫婦間の扶助義務はなくならない(=婚姻費用の請求はできる)と判断しています。

 

①当事者双方が互いに連絡を密に取りながら披露宴や同居生活に向けた準備を進め勤務先の関係者にも結婚する旨を報告して祝福を受けるなどしつつ、週末婚あるいは新婚旅行と称して毎週末ごとに必ず生活を共にしており、婚姻関係の実態がおよそ存在しなかったということはできず婚姻関係を形成する意思がなかったということもできないこと。

 

②婚姻費用分担義務は婚姻という法律関係から生じるものであり、夫婦の同居や協力関係の存在という事実状態から生じるものではないこと。

 

 もっとも、この裁判例でも、婚姻関係の破綻について専ら又は主として責任がある配偶者が婚姻費用の分担を求めることは信義則違反となり、その責任の程度に応じて婚姻費用の請求が認められなかったり減額される場合はある、として一定の例外を認めています。・・・※

 

※結論としては本件の請求者にそのような事情があることを認めるに足る的確な資料はないとして、調停を申し立てた月からの支払いを命じています。

 

 

横浜家裁令和4年6月17日審判(原審)

 一方、上記高裁決定の原審では、以下のような点を述べて逆の結論を導いていました。

 

【要旨】

①請求者である申立人の同居拒否の理由が相手方の支配欲や夫婦観・人生観が基本的に相容れないことにあって、2人が十分な交流を踏まえていればそもそも入籍しなかったものと推認でき、婚姻は余りに尚早であり夫婦共同生活を想定すること自体が現実的ではない。

→通常の夫婦同居生活開始後の事案のような生活保持義務を認めるべき事情はない。

 

②申立人は高い学歴と資格を有し働く意欲も高いため潜在的な稼働能力が同年代の平均的な労働者に比べて劣るとは考えにくく、婚姻前と同様に自己の生活費を稼ぐことは可能。

→具体的な扶養の必要性は認められない。

 

→却下

 

 以上のように本件では原審と高裁で判断が分かれていますが、実務上、婚姻関係が破綻した別居の夫婦の間でも婚姻費用の支払義務が認められる傾向にあることも踏まえると、たとえ一度も同居したことがなかったとしても支払いを命じられる可能性は無視できませんので、実際のケースでは破綻原因が請求者の側にあるという証明がどこまで可能かも検討した上で慎重に対応する必要があると思われます。

 

弁護士 平本丈之亮

 

完済するまでの間、月に数回デートすることを低金利の条件とした金銭消費貸借契約が公序良俗に反して無効と判断されたケース

 

 お金を貸す際にどのような条件とするかは原則として当事者の自由ですが、その条件があまりにも行き過ぎているときは公序良俗に反して契約が無効と判断されることがあります(民法90条)。

 

 金銭消費貸借契約が公序良俗に反して無効と判断される典型的なケースは超高金利での貸付ですが、今回は金銭の貸付条件と男女関係が結びついたケース(東京簡裁令和4年6月29日判決)を紹介します。

 

事案の概要

 

 このケースは男性(貸主)から女性(借主・既婚)に貸付が行われたものですが、特徴的なのは貸付条件であり、返済が終了するまでの間、月に数回、貸主と性的行為を伴うデートを行うことを条件に貸付利率を年利0.001%とし、この条件が守られなかった場合は金利を上げるといった約束がなされた点です。

 

東京簡裁令和4年6月29日判決

 

 その後、貸主は支払督促を申し立て、これに対して借主側が督促異議を申し立てたため裁判手続に移行しましたが、裁判所は以下のとおり貸主の請求を認めませんでした。

判決の要旨

【貸金契約の目的】

・原告(=貸主)は「月に数回会ってデートをする約束」があるため金利(利息)が低額に抑えられていると説明し、デートが約束どおり履行されない場合は金利(利息)が上がることの了解を契約内容としている。

原告が当初からこの行為を求めることを意図して契約を締結したことは明らかであり、原告の被告に対する説明や実際に原告が求めた行為は性道徳に反するものとして公序良俗に反する。

 

【利息契約の内容】

・借用書によれば利息は年0.001%であり、被告において約束どおりのデートが行われない場合は金利が上がることが定められている。

 

・原告は被告との口論の中で利子を上げ100%にしたい旨をLINEの会話で被告に宣言したと主張し、督促異議後の口頭弁論において貸金元金とこれに対する利息(=元金と同額)を追加する訴えの変更をしており、宣言したとおり100%の利息を請求したことになる。

・原告には「月に数回会ってデートをする」との約束が履行がされなかったときは元本と同額の利息を請求する意思があったと認められるが、本件の利息契約は性道徳に反するものとして公序良俗に反する。

 

・さらに原告は、元金に対する11日分の利息として元金と同額の利息を請求しており、これを年利計算すると年利3318%(出資法5条の4第1項では貸付期間が15日未満のときは15日として計算されるためこれをもとに計算すると年利2433%)となるが、これは利息制限法に大幅に抵触するだけでなく出資法5条1項にも大幅に抵触しており極めて違法性が高い。

 

【結論】

契約書に記載されたデートの約束は金銭消費貸借契約の付随的内容であるが、上記各事実を総合的に考慮すれば、公序良俗に反すると判断した貸金契約の目的及び利息の内容は本件契約においては核心的内容であって本質的要素であるとみられる。

請求棄却

 

 性的行為を条件とした融資契約は俗に「ひととき融資」などと呼ばれていますが、このような取引については出資法や貸金業法に違反する違法行為として刑事処罰されたケースもあります。

 

 今回ご紹介した判決はお金の請求という民事の場面における判断ですが、貸主に利益を与えることの不当性は明らかであり、本判決が民事においても違法性があることを明快に判断したことには大きな意味があると思われます。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2023年4月14日 | カテゴリー : コラム, 消費者 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所