1 はじめに
その事件は平成11年6月某日の深夜に起こった。
K弁護士は弁護士になって3年目を迎え、20件以上の被害弁償をする場合には直接持って行かずに現金書留で送るという具合に被害弁償の仕方も覚え(K弁護士の事件ファイル①参照)、更にその後も数々の難事件を解決し続け、あと100年もすれば一流弁護士の仲間入りができるほどにまで成長を遂げていた。
そんな向かうところ敵なしのK弁護士が犯罪者としての嫌疑をかけられることになるとは、誰も予想することができなかった(今回は番外編としてK弁護士自身が起こした事件の話である)。
2 事件のきっかけ
その日は裁判所と弁護士会の有志により新民事訴訟法の運用についての勉強会が行われた。白熱した議論は勉強会の席だけでは収まらずに懇親会の席でも続けられ、結局1次会だけでは飽き足らず、ボスのI弁護士、宿命のライバルS弁護士と共に2次会へ行くことになり、今度はスナックのお姉さんと熱い議論を闘わせた。
2次会は午前0時過ぎにお開きとなり、K弁護士は「新民事訴訟法バンザイ」「準備書面の提出期限を守るぞ」等と叫びながら家路についたのであった。
3 K弁護士の家庭の事情
ところで、当時K弁護士は1ヶ月前に結婚式を終えたばかりの新婚ホヤホヤであった。
新婚旅行先のオーストラリアでは、行く先々でオーストラリア人にも驚かれるほどビールを飲み、毎日10時間近くの睡眠をとり続け、コアラを抱っこするなどした結果、旅行から帰る頃には体重が自己最高の93キロにまで増えていた。
新婚旅行から戻ったK弁護士は、妻との間で「川上家家訓百箇条」を制定することにした。
第10条「体重が89キロになるまではスキヤキを食べるべからず」
第25条「午後10時行こうに飲食物を摂取するべからず」
第26条「特に飲み会の後にはラーメンを食べるべからず」
等という厳しい条項が定められた。
K弁護士はスキヤキが大好きで、特に盛岡市本町通にある「牛や」(注:現在は閉店)というお店の「前沢牛の牛鍋(スキヤキのこと)」が大のお気に入りであったが、減量に成功するまではこれもお預けとなってしまった。この時からK弁護士の苦闘の日々が始まったのである。
ちなみに、その後何度も体重の増減を繰り返しているが、結局現時点でもスキヤキを食べるには至っておらず、お歳暮でもらったスキヤキ用の牛肉は冷凍庫に眠ったままである(注:この原稿は平成12年6月時点で書かれたものであり、その後13年間にわたる紆余曲折を経て、平成24年4月10日に晴れてスキヤキ解禁となっている)。
4 K弁護士の葛藤
話は事件当日に戻るが、飲み会の後にラーメンで締めくくるのは日本の伝統文化ともいうべきものであり、帰宅途中にある「山頭火」の「しおらーめん」がお気に入りだったK弁護士は、家訓第26条さえなければこの日も迷わず立ち寄るところであったが、家訓を定めてわずか1ヶ月でこれを破ってしまう訳にもいかなかったので、気を紛らわすためコンビニでウーロン茶を買うことにした。
コンビニでしばらく立ち読みをした後、ウーロン茶を買おうとして店内を歩いていると、お弁当売り場に「コロッケ丼」が一つだけ寂しげに残されているのが目に止まった。
家訓の趣旨からすると、せいぜい「ざるそば」とか「サラダ」程度であれば許されるとしても、高カロリーの「コロッケ丼」が違反の度合いの最も大きな部類に属する飲食物であるということは誰の目にも明らかであった。
しかし、K弁護士は一度決めたら後には引かない頑固な面を持ち合わせており、「あ、あれ食べよ」と一旦思ってしまった以上、もはや決して後には引けなかったのである。
5 K弁護士の犯罪
コンビニを出たK弁護士に、次なる難題が待ち構えていた。それは、自宅に帰ってから「コロッケ丼」を食べるとすれば、妻に現場を見られてしまう可能性が高く、また、妻が先に寝ていたとしても、弁当のカラを自宅のゴミ箱に捨てなければならず、家訓第25条に違反した事実が妻にバレてしまうということであった。
しかし、冷静な判断力が売り物のK弁護士は、帰宅途中にあるS小学校の軒下(?)で弁当を食べ、隣のマンションのゴミ捨て場に弁当のカラを捨てれば良いとの結論に達した。正当な理由もなく小学校の敷地内に入ることは刑法第130条前段の建造物侵入罪に該当することになると思われたが、K弁護士は家訓違反の証拠を隠滅するために更なる罪を重ねることを決意したのである。
結局、K弁護士は、誰に見られるということもなくS小学校の軒下で「コロッケ丼」を食べ終わり、予定通り弁当のカラを隣のマンションのゴミ捨て場に捨て、何事もなかったかのように帰宅した。
K弁護士は、自らの犯罪がこのまま迷宮入りすることを信じて疑わなかった。
6 事件の顛末
しかしながら、K弁護士の犯罪はあまりにもあっけなく発覚することとなった。
事件の翌日、K弁護士の事務所にS小学校の先生から電話が入った。K弁護士の事務所は妻が事務員をしていたので、当然妻がこの電話を受けたのであった。電話の内容は生徒が校庭で名刺入れを拾ったので、取りに来て下さいというものであった。
K弁護士は、事件当時酒を飲んでいたこともあり、非常に暑かったので上着を脱いで手に持っていたのであるが、上着のポケットに入れていた名刺入れが小学校の校庭に落ちてしまったということのようであった。
伝言を聞いたK弁護士は、一瞬血の気が引いてしまったが、小学校の校庭で名刺入れを落とすという事態を合理的に説明できるような弁解は思いつかなかったので、やむを得ず妻に家訓を破った事実を告白したのである。
翌日、K弁護士は菓子折り持参でS小学校に名刺入れを取りに行った。先生はあえて何も聞かなかったが、「一体おまえはそこで何をしていたんだ」という冷たい視線を浴びたことは言うまでもない。
注:岩手弁護士会会報第5号(平成12年6月)に寄稿したものを加筆・修正しました。