昭和63年4月、若き日のK弁護士は、1年間の浪人生活を経て無事大学に合格し、最初の1年を下宿で暮らした後、東京郊外のアパートで1人暮らしを始めた。
女性から「あなたって、いい人ね」と言われて終わることが多いK弁護士であるが、20歳当時はなおさら人を疑うことを知らない、正にいわて純情男子であった。今回は番外編としてK弁護士が大学時代に経験した訪問販売のお話である。
1人暮らしを始めて数日後、K弁護士の部屋にA新聞の勧誘員が「新聞いかがですか」と言って訪ねて来た。世の中の出来事を日々把握したいと考えていたK弁護士は、二つ返事で購読を承諾した。
数日後、K弁護士の部屋にY新聞の勧誘員が訪ねて来た(大学の授業があるはずなのに、なぜ毎日のように部屋にいるのかは気にしないこと)。「新聞いかがですか」と言われても、冷静な判断力が売り物のK弁護士は、数日前にA新聞を申し込んだばかりで、限られた仕送りの中で複数の新聞を購読することは困難であるとの判断を下し、この申し出を断ることにした。
しかしながら、交渉力に定評のあるK弁護士よりも相手の方が一枚上手で(実はK弁護士は押しに弱く、ハッキリ断ることができない性格であった)、最終的に「翌月からY新聞を購読する」との和解案を受け入れることとなった。
数日後、S新聞の勧誘員が訪ねて来た…。以後頻繁に同じようなことが繰り返され、K弁護士は毎月のように違う新聞を購読し、そのお陰で結果的に著しく見聞を広げることになった。その他にもボランティア精神あふれるK弁護士は、「難民の救済にご協力ください」と言われて意気に感じ、薄っぺらい時価150円くらいのハンカチを5千円で購入することもあった。
K弁護士が『決してドアを開けない』という方法で勧誘を断る技術を会得したのは、最初の勧誘を受けてから半年ほど経過した後のことであった(なお、新聞勧誘への正しい対応を知りたい方は、立川志の輔さんの「はんどたおる」という落語を聞いてみてください)。
令和4(2022)年4月1日から、成年年齢が現在の20歳から18歳に引き下げられることが決まっています。民法上、未成年者が親権者の同意を得ずにした契約は取り消すことができるものとされていますが、成年年齢が引き下げられることにより、今後は18歳になると自分自身の判断で契約をしなければならなくなります。
成年に達したばかりの若者をターゲットとした悪質業者の勧誘は跡を絶ちません。
新聞やハンカチ程度であれば良いのですが、特に必要のない高額なアクセサリー等を次々に購入させられてしまい、総額500万円以上のクレジットを組んでしまったという極端な事例もありました。K弁護士の例でもお分かりのように、悪質業者の手口として、騙し、脅しは勿論のこと、断り切れない性格の人を執拗に勧誘し、その困惑に乗じて契約を結ばせる例は意外と多いのです。
K弁護士は、弁護士になった直後からいわゆる消費者問題に取り組み、悪質業者の勧誘を受けて高額な商品を購入させられた人からの依頼を受ける機会が多かったのですが、自分自身も一歩間違えば社会に出る前の段階で数百万円単位の借金を背負っていた可能性もあったのだと思い知らされました。
平成24(2012)年に消費者教育の推進に関する法律が施行されましたが、現実には消費者教育の充実に向けた体制整備はまだまだ不十分といわざるを得ません。3年生の中には間もなく1人暮らしを始めることになる方も多いと思われます。アパートの賃貸借、家電製品の購入等高額な支払いを伴う契約を結ぶにあたっての心構えを、是非ご家庭でも再確認していただければと思います。
注:母校岩手県立盛岡第一高等学校PTA会報第111号(2019年10月)に巻頭言として寄稿したものです。