婚姻費用を請求する典型的なケースは元々同居していた夫婦が別居した場合ですが、入籍はしたものの同居する前に関係が悪化し、そもそも一度も同居したことがないというケースでも婚姻費用を請求できるのでしょうか。
一度も同居したことがないまま関係が悪化したケースは早期に離婚が成立し婚姻費用が問題になることは少ないようにも思われますが、中には当事者の一方が離婚を拒み別居状態が長期化する場合も想定されますので、そのような場合には婚姻費用の支払いを巡って紛争となることもあり得るところです。
この点については、婚姻費用の請求者が相手方との同居を拒否したというケースにおいて、以下のように婚姻費用の請求が可能と判断した高裁の裁判例と否定した裁判例(原審)がありますので、今回はそれらを紹介したいと思います。
裁判所は、以下のような理由を述べ、たとえ同居することがないまま婚姻関係が破綻していると評価される事実状態に到ったとしても、夫婦間の扶助義務はなくならない(=婚姻費用の請求はできる)と判断しています。
①当事者双方が互いに連絡を密に取りながら披露宴や同居生活に向けた準備を進め勤務先の関係者にも結婚する旨を報告して祝福を受けるなどしつつ、週末婚あるいは新婚旅行と称して毎週末ごとに必ず生活を共にしており、婚姻関係の実態がおよそ存在しなかったということはできず婚姻関係を形成する意思がなかったということもできないこと。
②婚姻費用分担義務は婚姻という法律関係から生じるものであり、夫婦の同居や協力関係の存在という事実状態から生じるものではないこと。
もっとも、この裁判例でも、婚姻関係の破綻について専ら又は主として責任がある配偶者が婚姻費用の分担を求めることは信義則違反となり、その責任の程度に応じて婚姻費用の請求が認められなかったり減額される場合はある、として一定の例外を認めています。・・・※
※結論としては本件の請求者にそのような事情があることを認めるに足る的確な資料はないとして、調停を申し立てた月からの支払いを命じています。
一方、上記高裁決定の原審では、以下のような点を述べて逆の結論を導いていました。
【要旨】
①請求者である申立人の同居拒否の理由が相手方の支配欲や夫婦観・人生観が基本的に相容れないことにあって、2人が十分な交流を踏まえていればそもそも入籍しなかったものと推認でき、婚姻は余りに尚早であり夫婦共同生活を想定すること自体が現実的ではない。
→通常の夫婦同居生活開始後の事案のような生活保持義務を認めるべき事情はない。
②申立人は高い学歴と資格を有し働く意欲も高いため潜在的な稼働能力が同年代の平均的な労働者に比べて劣るとは考えにくく、婚姻前と同様に自己の生活費を稼ぐことは可能。
→具体的な扶養の必要性は認められない。
→却下
以上のように本件では原審と高裁で判断が分かれていますが、実務上、婚姻関係が破綻した別居の夫婦の間でも婚姻費用の支払義務が認められる傾向にあることも踏まえると、たとえ一度も同居したことがなかったとしても支払いを命じられる可能性は無視できませんので、実際のケースでは破綻原因が請求者の側にあるという証明がどこまで可能かも検討した上で慎重に対応する必要があると思われます。
弁護士 平本丈之亮