K弁護士の事件ファイル② ~国選弁護人はつらいよ~

 

1 ある国選事件の受任

  平成×年のある日、K弁護士のもとに国選事件受任の打診があった。場所は岩手県内の某裁判所、自動販売機荒らしの窃盗事件である。「来るものは拒まず」を座右の銘としているK弁護士は、迷わずこの事件を受任することとした。

2 弁護方針の決定

 国選弁護人就任後、K弁護士が検察庁に赴いて刑事記録を検討したところ、どうやら被告人は起訴事実を全面的に認めているようであった。被害金はほとんど手つかずのまま残っているとのことだったので、これを被害者に弁償することが弁護活動の重要なポイントになると思われた。 警察で被害者還付の手続をとることができないものかと思ったが、どのお金がどこから盗まれたか特定できないので、被害者還付の手続はできないとのことであった。

 その後、いよいよ警察署で被告人と接見することになった。事情を聞くと、被告人ははるばる北海道からやって来たということで、近くに知り合いは全くおらず、身内とも全く連絡をとっていない状況であった。K弁護士以外に被害弁償をする人は見当たらない。「やるっきゃない」を座右の銘としているK弁護士は、とにかく起訴されている分だけでも被害弁償しようと決意した。

 刑事記録によると、被害者は広範囲に分布しており、住所が特定されているものは約30件、そのうち起訴されているのは4件だけであった。K弁護士は被害者のもとを集中的に当たる日を決め、その日を「被害弁償記念日」と定め、起訴されている4件を優先的に弁償し、余罪分については被害金額の大きいところを中心に時間の許す限り弁償に赴くとの方針を立てた。

3 被害弁償行脚の始まり

 そして、いよいよ待ちに待った被害弁償記念日が到来した。

 まず、もう一度被告人の勾留されている警察署に赴き、警察署で保管されている現金を預かった。自動販売機荒らしの窃盗事件だけあって、この現金は全て硬貨であり、500円玉が大量に含まれていた関係でズッシリと重かった。K弁護士は、あまりの量に思わず24時間テレビに募金しようかとも思ったが、思い直して被害者のもとに向かった。

 起訴されている4件については、比較的スムーズに被害弁償をすることができたため、楽勝ムードが漂い始め、K弁護士はすかさず帰りにどこでご飯を食べるかの検討に移った。

 しかし、余罪分については現場の見取り図などが全くなく、住所を頼りに探すしかないような状況であり(当時はカーナビなどなかった)、あっという間に時間が過ぎていった。それまでは余裕の表情であったK弁護士にも、次第に焦りの色が浮かび始めた。

4 「酒屋を探せ」作戦

 しかし、数々の修羅場をくぐり抜けて来たK弁護士は、この程度のことで動じるはずもなく、冷静に作戦を練り直すこととした。

 被害者の特徴をまとめると、基本的に酒屋が中心であった。そこでK弁護士は、地番を頼りに地図を見るよりも、「酒」という看板を頼りに探していった方が早いのではないかと考えた。

 また、犯罪者の心理としては、表通りよりは一本裏に入った通りの方がやりやすいのではないか等と考えているうちに、自分が盗むとしたらどの自販機を狙うかという観点から店を探すこととした。

 この作戦はズバリ的中し、徐々に店が見つかるペースが上がり始めたが、反面、パトカーとすれ違ったり、交番の前を通り過ぎる際に反射的に身を隠そうとする妙な癖がついてしまった。

5 事件の顛末

  その日は約8件ほど弁償したところでタイムリミットとなってしまった。「ネバーギブアップ」を座右の銘とするK弁護士も、真っ暗で街灯もほとんどない田舎道でこれ以上動き回るのは危険だと判断せざるを得なかった。

 K弁護士は、3日後にもう一度被害弁償行脚をすることにし、前回の反省を生かしつつ1日15件を目標として必死に被害弁償を行ったが、その日も7~8件弁償したところでタイムリミットとなってしまった。あと何回弁償に行かなければならないのか…。K弁護士は暗澹たる気持ちで家路についた。

 K弁護士が「現金書留で送る」という方法に気づいたのは、2回目の被害弁償行脚が終わってしばらく経った後であった。

 

2018年1月25日 | カテゴリー : コラム, 雑記 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所