養育費の計算において役員報酬は給与収入と同視して扱われますが、一口に会社役員といっても立場は様々であり、ある程度規模の大きい会社の取締役の一人に過ぎない場合もあれば、小規模な会社の唯一の株主(=一人株主)兼代表者といったケースもあります。
小規模な会社の代表者のようなケースでは、その年の業績によって役員報酬が大きく変動していたり、養育費を少なくするためあえて役員報酬を減額したことが疑われるケースもあるため、そのようなときは複数年の役員報酬の平均値を参考にしたり統計(賃金センサス)を利用して収入を認定するという方法をとることがありますが、それに似たような問題として、経営者がいわゆる一人株主であり会社経営によって生じた利益を会社に貯めている場合に(内部留保)、その利益を養育費の計算において株主である本人の収入として扱うことができるかが争われることがあります。
要するにこれは、個人である一人株主兼役員と、本来は別の権利義務主体である会社(法人)とを一体視することができるのかという問題ですが、今回はこの点について判断した近時の裁判例(東京高裁令和4年5月24日決定)を紹介します。
東京高裁令和4年5月24日決定
上記裁判例は、「一人会社であっても、法人格が形骸化し又は濫用されている場合でない限り、人格の異なる会社の内部留保を株主が自由に使用できるわけではないから、直ちに株主個人の収入と同視することはできない。」と判断しており、基本的には会社に内部留保された利益を株主の収入と同視することはできないとしつつも、法人格が形骸化又は濫用されている場合には例外的に会社の内部留保を株主本人の収入と同視することができるとしています。
もっとも、このケースの結論としては、裁判所は、①会社には複数の取締役と40名以上の従業員がいること(=形骸化を否定する方向の事情)、②近い時期の決算期において資産と負債を比較した場合にマイナスとなっており、会社の中核事業について新型コロナウイルス感染症の感染拡大により経営が悪化した同業者もあることから内部留保を最大化させて早期の債務圧縮を目指すことは会社存続のための一つの合理的な経営判断といえる(=濫用を否定する方向の事情)と指摘し、本件では法人格を否認して内部留保を個人の収入と同視すべき事情はないと判断しています。
上記裁判例は、いわゆる「法人格否認の法理」と呼ばれる理論を養育費の算定の場面において適用したものであり、この裁判例の判断枠組みを前提とすると、法人格が形骸化していたり(法人格はあるが、経営実態は個人事業であるケース)、一人株主が法人格を濫用している場合(会社経営を支配できる立場にあることを背景に、会社への内部留保が違法または不正な目的のために行われたケース)でなければ、会社の内部留保を株主本人の収入と扱うことはできないということになります。
法人格が形骸化しているかどうか、あるいは法人格が濫用されているかどうかは結局のところ具体的な事実関係次第というほかはありませんが、たとえば、法人とは名ばかりで実際には業務・資産・会計が混同しており、株主総会や取締役会など会社の事業運営上の手続も無視しているようなケースであったり、会社の経営状況が好調で多額の内部留保をしておく必要がないのに、離婚問題が持ち上がってから突然多額の内部留保を積み上げはじめ、その代わり(他の役員がいる場合には他の役員の報酬はそのままにしながら自分だけ)役員報酬を減らしているようなケースであれば、会社が内部留保した直近の利益を個人の収入とみなして養育費の算定をしてもらえる可能性があると思われます。
会社の内部留保を収入と同視できる場合、その額によっては養育費が大きく変わる可能性もありますので、当事者のいずれかが一人会社の株主である場合にはそのような例外的な事情がないか注意する必要があると思います。
弁護士 平本丈之亮