別居中に生活用品の引き渡しを求めることは可能か?

 

 離婚する場合、同居しながら離婚について協議できる場合だけではなく、別居した上で条件面について協議や調停などを行うことが一般的に行われます。

 

 この場合、事前に良く話し合いをした上で別居できれば別居後の生活に支障が生じることはありませんが、実際には様々な事情から着の身着のままで別居に踏み切らざるを得ないこともあり、そうすると衣類や生活用品が足りず、当面の生活に支障を生じることもあります。

 

 別居時に自宅においてきた生活用品の中には、夫婦の協力により取得したといえるもの(=夫婦共有財産)と、結婚前に購入したり贈与で取得した物あるいは婚姻期間中に所得したものではあるが衣類や安価な装飾品など社会通念上夫婦の一方が所有するべきと考えられる専用財産(=特有財産)がありますが、別居中にこのような生活用品がどうしても必要になった場合、一方の配偶者は他方の配偶者に対して生活用品の引き渡しを求めることができるでしょうか?

 

特有財産の場合

 

 相手が占有している生活用品が特有財産である場合、特有財産は財産分与の対象にはなりません。

 

 そのため問題となる生活用品が特有財産であることを証明できるのであれば、所有権に基づいて相手に対して引き渡しの請求ができる可能性があります。

 

 

夫婦共有財産の場合

 

 これに対して夫婦共有財産については、本来、その帰属は離婚時の財産分与の問題の中で取り扱われるべきものです。

 

 そして、夫婦共有財産については、今回のようなケースとは異なりますが、夫婦の一方が別居時に持ち出した共有財産について財産分与とは別に裁判で直接返還を求めることができるかどうかが争われたケースにおいて、当事者間で協議がされるなど具体的な権利内容が形成されない限り相手方に主張することのできる具体的な権利を有しているものではないとして返還請求を否定した裁判例が存在するため(東京地裁平成27年12月25日判決など)、このような裁判例の存在を前提とすると生活用品が夫婦共有財産にあたる場合には引き渡しは認められないようにも思えます。

 

 もっとも、このような裁判例とは別のものとして、別居中の夫婦であっても夫婦である以上は原則として互いに協力扶助の義務を負うことから(民法752条)、別居中の夫婦の一方が他方に対して生活上必要な衣類や日用品等の物件の引渡を求めたときは、求められた側は自己の生活に必要でない限りこれに応じる義務を負うとした裁判例も存在しています(大阪高裁平成元年11月30日決定)。

 

 この裁判例は、問題となる物件が特有財産か夫婦共有財産かという観点ではなく、それが相手にとって生活上必要なものであり、他方で自分にとっては必要でないときは民法752条により引渡義務が認められると判断していますので、対象物件が夫婦共有財産にあたる場合でもこのような条件を満たすときには引き渡しが認められる可能性があるということになります(ちなみに決定によると自己所有物件が含まれているときでも民法752条を根拠に引き渡しを認めることができるように読めるため、特有財産については所有権に基づく引渡請求のほか、民法752条に基づく引渡請求も認められる可能性があるように思われます(私見))。

 

大阪高裁平成元年11月30日決定

「別居中の夫婦であっても、また既に離婚訴訟が裁判所に係属していても、夫婦である限り原則として右規定(注)にいう協力扶助の義務を免れることはできず、その一方は他の一方に対し事情に応じた協力扶助を求めることができるものと解するのが相当であるから、その一態様として、別居中の夫婦の一方が他の一方に対し生活上必要な衣類や日用品等の物件の引渡を求めた場合には、他の一方は自己の生活に必要でない限り、これに応じる義務を負うものといわなくてはならない。また、別居中の夫婦の一方が他の一方に対して引渡を求める物件の中に自己の所有物件が含まれている場合、これについては民事訴訟法上の仮処分によってその引渡を求めることができるとしても、そのために右仮処分とは趣旨・目的を異にする家事審判法による審判前の保全処分が許されないものとする理由はない。」
 
注 民法752条

 

 以上述べたとおり、生活用品が特有財産であれ夫婦共有財産であれ引き渡しが認められる可能性はあると思われますが、生活用品の引き渡しについて、これを離婚の協議や調停などとは別の手続で求めるのが果たしてベストな選択といえるかどうかについては良く考えるべきです。

 

 そもそも離婚問題は双方が高葛藤の状態にあることが多く話し合いによる解決が元々難しいケースがあるところ、協議すべき本体部分とは別に動産の引き渡しについて裁判等で求めると離婚本体について話し合いベースでの解決が不可能になり、裁判にまで発展してしまうこともあり得るためです。

 

 このように、協議や調停などの話し合いの中で任意の引き渡しを求めるにとどめておくべきか、それとも裁判などを起こすべきかについては、①離婚本体について話し合いによる解決をどの程度希望しているか、②解決までに要する期間としてどの程度までであれば許容できるか、③問題となっている生活用品の重要性や価値、④別途裁判などを起こす場合にかかる金銭的コストの程度、などをもとにして慎重に検討する必要がありますので、この点が問題となったときは弁護士への相談を推奨します。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

 

2022年9月2日 | カテゴリー : 離婚, 離婚一般 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所