財産分与の支払いを確保するために不動産への抵当権設定を命じられた事例

 

 離婚に伴う財産分与の具体的方法については、当事者間で合意する場合は基本的にどのような方法でも自由ですが、裁判所によって財産分与を命令してもらうときは一定の金額の支払いか、不動産等の名義そのものを変更する内容となるのが一般的です。

 そして、このうち金銭の支払いについて相手の支払能力や支払意思に問題があったり、何らかの理由によって現時点ではなく将来の一定時点での支払いとせざるを得ないことが想定される場合には(将来の退職金など)、相手の支払いを確保するために相手名義の不動産に担保(抵当権)をつけたいというニーズがあります。

 そこで今回は、財産分与の内容として、金銭の支払いとともに相手名義の不動産への抵当権の設定を命じた裁判例を一つご紹介します。

 

東京地裁平成11年9月3日判決

 このケースでは、財産分与として一定額の清算金の支払いを命じるとともに、その清算金の履行の確保のため、併せて支払義務者名義の不動産に対する抵当権の設定を命じました。

 

「そして、原告が平成〇〇年〇月〇〇日に成立した家事調停に基づく婚姻費用の支払を一部怠っていること(第〇回口頭弁論調書参照)等を考慮し、右清算金の支払を担保するため、人事訴訟法一五条二項により、原告の取得する本件マンションに抵当権を設定し、その旨の登記手続を命じることとする。」

※この判決のいう人事訴訟法15条2項は旧法であり、現在は改正後の同法32条2項がこれに相当します。

 

 この判決が金銭の支払いに加えて抵当権の設定まで命じたのは、相手が過去に裁判所で取り決めた婚姻費用の支払いを一部怠っていたということが主な理由でしたが、そのような場合でなくても、財産分与の方法として、たとえば退職金をそれが実際に支給された将来の時点で分与することを命じたり、扶養的財産分与として、一定期間、定期的に金銭を支払うことを命じるようなときは、相手が支払いをしない場合に備えて担保権を設定する必要がある場合もあります。

 金銭給付に加えて相手の不動産に抵当権を設定するかどうかは、相手の財産状況や履行意思、金銭給付の内容(将来における給付や定期金給付など)といった事情を考慮して裁判所がその必要性を認めるかどうかにかかわると思われますが、そもそもこのような担保権設定は命じるべきではないとして反対する見解もあるようですので、求めれば必ず認められるというものではありません。

 もっとも、相手の支払意思などに具体的な問題があったり必要性が高いようなときは、その必要性を積極的に示して抵当権の設定を求めるのも一つの方法と思われます。

 

弁護士 平本丈之亮

2021年3月11日 | カテゴリー : 離婚, 財産分与 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

婚姻費用の増額請求に対して相手が一部支払いをしていた場合、過去の差額分の請求が認められるのか問題となった事例

 

 婚姻費用について取り決めをした場合でも、その当時に想定していなかった事情の変更があった場合には、後日、増額の請求が可能なことがあります。 

 増額請求の手順については、まずは協議によって行うことが考えられますが、当事者間で折り合いがつかなかったり初めから話し合いができない事情があるときは、調停や審判といった裁判所の手続を経ることになります。

 そして、どの時点から増額の効果が生じるのかという点については、実務的には請求の意思が明確になった時点(調停申立時や内容証明郵便等で請求したとき)からと判断されることが多いように思われ、相手がまったく増額に応じなかったというシンプルなケースであれば、請求の意思が明確になった時点に遡って増額分(差額分)の支払いをまとめて認めてもらえる可能性があります。

 

 では、権利者が婚姻費用の増額を請求したところ、相手方がまったく応じないのではなく一部のみを支払って場合、過去の不足分については増額請求時に遡って支払いを命じてもらえるのでしょうか?

 今回は、この点について判断した裁判例をひとつご紹介します。

 

東京高裁令和2年10月2日決定

 上記裁判例では、以下のような事情から、そのケースでは過去の差額分の請求を婚姻費用としては認めず、過去の分は財産分与の場面で考慮すべき問題であると判断しました。

 

「相手方は、・・・婚姻費用分担金の増額を請求していた・・・確かに請求の事実は認められるものの、抗告人はこれに対して請求全額ではないものの一部を支払い、これに対して相手方が不足分の請求を直ちにしていることを認めるに足りる資料がないことを考慮すれば、不足分の清算の要否は手続の迅速性が要請される婚姻費用分担審判や扶養料の審判においてではなく離婚に伴う財産分与の判断に委ねるのが相当と解される・・・」

 

 上記裁判例では、増額請求に対する相手方の一部支払いについて明確に不服を申し立てていなかったという権利者側のスタンス等から、そのような場合には、過去の差額分(不足分)は婚姻費用として遡って請求を認めるのではなく、財産分与の場面における清算の要否の問題として考慮するのが妥当という判断を下しています。

 もっとも、この点については様々な考えがあり得るところであり、最初に増額請求をしている事実がある以上、たとえ差額分(不足分)について権利者が明確に請求していなかったとしても、そのような差額分(不足分)は財産分与の問題ではなく婚姻費用として遡って請求を認めるべき、という考え方も十分に成り立ち得るところです。

 いずれの見解が妥当かは判断が難しいところですが、増額請求に対して一部支払いがなされているときに不服を述べないと、見方によっては権利者側が不足分の発生について容認していたと見る余地もありますので、少なくともこのような裁判例があることを踏まえると、増額請求に対して相手が一部しか増額分を払わないときには、後日不利益を受けることのないように不足分について明確に請求しておくのが無難と思われます。

 

 弁護士 平本丈之亮 

 

 

離婚後に相手の財産隠しが判明した場合、どうするか?

 

 離婚事件の中でシビアに争われることの多いものとして財産分与がありますが、その中で問題になることがあるのが相手方の財産隠しです。

 

 もしも離婚当時、相手方が夫婦共有財産に該当する財産を隠しており、そのことが後で発覚した場合、隠されていた方としてはどのような対処が可能か、というのが今回のテーマです。

 

・財産分与の取り決めがなかった場合

 

 【離婚から2年以内】 

 

 まず、離婚時に財産分与の取り決めが何もなかった場合、離婚から2年以内であれば、新たに判明した財産を含めて財産分与の請求をすることが可能です。

 

 もっとも、どのような財産であっても財産分与の請求ができるというわけではなく、あくまで夫婦が共同で築き上げたと評価できるもの(夫婦共有財産)に限られますから、隠していた財産がいわゆる特有財産であった場合には財産分与として請求することはできません。

 

 【2年が経過してしまった場合】 

 

 この場合は財産分与の請求期間が経過してしまったため、改めて財産分与を請求するという方法は難しいところです。

 

 ただし、相手方が財産を隠していた場合には、本来財産分与として認められた可能性のある金額について、損害賠償を請求できる可能性があります(これを認めた裁判例として、浦和地裁川越支部平成元年9月13日判決があります)。

 

・財産分与の取り決めをしていた場合

 

 以上に対して、財産分与の合意をしたが、その中に本来入るべき財産が入っていなかったという場合には、その財産が重要なものであり、その財産の存在を事前に知っていれば当初の合意はしなかったといえる事情があるときは、財産分与に関する合意が錯誤によって無効(2020年4月1日以降は取消)となる可能性があります(→「財産分与をやり直すことはできるか?」

 

・事前の情報収集が重要

 

 以上の通り、相手が財産隠しをしたとしても、後日そのことがわかった場合には救済されるケースもあります。

 

 もっとも、このようなケースは幸運にも隠し財産の存在が判明したからこそ可能だったものであり、そもそも見つからなければ請求することはできないという限界がありますので、実際に離婚するにあたっては、事前にどれだけ相手方の財産に関する情報を得られるかの方がより重要となります。

 

 弁護士 平本丈之亮

 

過去の婚姻費用を遡って請求することはできるのか?

 

 別居や離婚を考えたときに検討するものの一つとして婚姻費用がありますが、諸事情からすぐに請求できなかったり支払いがなされないまま時間がたってしまったというケースがあり、そのような場合にいつの分から請求できるのか、あるいは過去に支払われなかった分を遡ってどこまで請求できるのかというご質問を受けることがあります。

 

 そこで今回は、この点についてお話ししたいと思います。

 

婚姻費用について具体的な取り決めがあった場合

 

 この場合には既に婚姻費用の支払いを求める権利が具体的に発生している以上、単なる未払いの問題として過去の分を遡って請求することが可能です。

 

 ただし、あまりに古いものについては時効によって請求できなくなることもあります。

 

 

婚姻費用について具体的な取り決めがなかった場合

 

 以上に対して、相手と婚姻費用について取り決めがなかった場合には、いつまで遡ってもらえるのか(始期)の問題が生じます。

 

 この点は裁判所の裁量的判断に属するため明確に決まるものではありませんが、実務上は請求の意思が明確になった時点から認められることが多いと思います。

 

【婚姻費用の調停を申し立てた場合】

 

 この場合、裁判所では、調停申立時点で請求の意思が明確になったとして、その時点まで遡って請求を認める傾向にあります。

 

  しかし、最終的にどの時点まで遡るかは裁判所の判断次第ですから、個別の事情(相手方の収入や資産、申立がなされるまでに時間を要した場合にはその理由など)によっては、申立以前に遡って支払いを命じられる可能性もあります。

 

 たとえば、婚姻費用そのもののケースではありませんが、医学部に進学した子どもが医師の父親に扶養料の請求をしたというケースで、父親が再婚後に子どもとの交流を拒否するようになり、手紙で面会の申入れをしたことに対しても、今後一切連絡してこないようにと応答したなどといった事情を指摘し、扶養料の請求の始期を裁判所への申立や協議の申し入れのときではなく、医学部への進学の月まで遡らせたという裁判例があります(大阪高裁平成29年12月15日決定)。

 

【内容証明郵便などで請求していた場合】

 

 調停の申立以前に請求していた場合にはそこまで遡って請求できるケースもあり、実際にも内容証明郵便で支払いの意思を示したところまで遡って請求できるとした裁判例もあります(東京家裁平成27年8月13日決定)。

 

 そのほか、個別の事情如何では請求時より前に遡る可能性があることは先ほど述べたとおりです。

 

 

離婚成立まで具体的な請求をしていなかった場合

 

 上記2パターンのほか、そもそも離婚が成立するまで婚姻費用について請求しないままだったというケースもありますが、このようなときに、離婚が成立してから過去の婚姻費用を遡って請求することは容易ではないと思われます(養育費は当然ながら請求可能ですが、請求時以降に限定される可能性があるのは婚姻費用と同じです)。

 

 これと異なり、裁判所への申立後に離婚が成立したという逆のパターンについては、最高裁令和2年1月23日決定において離婚成立までの分の婚姻費用の請求も可能と判断されましたので、とりあえずは離婚成立前に請求しておけば、請求から離婚までの分は救済される可能性があります。

 

 この最高裁決定は婚姻費用の請求を裁判所に申し立てた後に離婚が成立したケースに関するものであり、請求しないまま離婚が成立した場合について判断したものではありません。

 

 そのため、離婚まで請求していなかった場合にまで遡って請求できるかどうかは解釈問題となりますが、離婚が成立しているのであれば、どこかのタイミングで婚姻費用を請求できたことが多いと思いますので、離婚成立まで請求しなかった場合にまで、後になってから過去分の請求を遡って認めるのは個人的には難しいのではないかなと考えています。

 

財産分与の場面で清算することもある

 

 なお、上記のように離婚成立までに過去の未払分の婚姻費用を請求していなかった場合でも、離婚成立の際に財産分与について解決が未了だったのであれば、後の財産分与の請求において過去の婚姻費用分を加算するよう求めることができることもあり、その場合、過去のお互いの収入を参考に本来支払われるべきであった婚姻費用相当額を計算し、その全部ないし一部を本来の財産分与額に上乗せするという形で処理します。

 

 ただし、どこまで上乗せすることが許されるのかについて明確な定めがあるわけではなく、この点も最終的には個別の事情を踏まえた裁判所の裁量判断になりますし、離婚の際に今後は互いに請求しないという清算条項を付していた場合にはこのような形で追加請求することもできなくなります。

 

 このように、過去の未払婚姻費用が当然に加算されるとまではいえませんし、財産分与の場面では過去の婚姻費用はあくまで財産分与額を決める際の一つの考慮要素にすぎないことから、そもそも分与すべき財産が存在しないと請求できません。

 

 そのため、未払いの婚姻費用がある場合、基本的には婚姻費用それ自体を早期に直接請求する形を取っておく方が無難です。

 

弁護士 平本 丈之亮

 

財産分与と不利益変更についての話

 

 財産分与は離婚の協議・調停・裁判のそれぞれの段階で問題となるものですが、今回は、協議や調停の段階で相手から提案されていた条件や、訴訟手続における第一審裁判所の判断が、その後の手続で拘束力があるのか、つまり、当初の提案内容や一審裁判所の判断内容が最低保証としての意味を持つのかどうかについてお話したいと思います。

 

協議→調停

 協議段階で相手から提案されていた財産分与の条件は、あくまで交渉段階における提案にすぎませんので、協議がまとまらず調停に移行したときに、協議時点よりも不利な条件を提案されることはあります。

 協議段階で提案した条件をあとで撤回することについては、協議では早期解決や円満解決を目指すという目的があり、そのような目的のために協議限りの提案として譲歩案を提示することは不合理ではないため、このような条件変更に問題はありません。 

 

調停→訴訟第一審

 調停後の訴訟の場面でも、調停段階で提案されていた条件よりも不利な条件に変化することはあり、これもあまり問題視されません(ただし、あまりに不合理な条件変更があった場合には裁判所の心証が悪化するなど、手続を進めるうえで不利益が生じることはあり得ると思います)。

 もちろん、裁判所は当事者が前に提案していた条件に拘束されませんので、裁判所は独自の立場から妥当な財産分与を定めることになります。

 

第一審→上訴審

 ここで問題となるのは、財産分与を命じた第一審判決について、相手側は不服はないものの、こちら側だけが不服があり不服申立をした場合に、第一審の裁判所の判断よりも不利な内容に変更される可能性はないのかどうかです。

 通常の民事訴訟では、こちらが不服を申し立て相手は不服を申し立てなかった場合、単にこちらの上訴の妥当性だけが判断されるため、たとえこちら側の主張が排斥されても一審の判断より不利になることはありません(これを不利益変更禁止の原則といいます)。

 しかし、財産分与についてはこの原則の適用がないとされており(最高裁平成2年7月20日判決)、こちら側だけが不服を申し立てた場合でも、裁判所が財産分与について原審よりも不利な内容に変更してしまうことがあり得ます。

 たとえば、離婚訴訟の第一審でこちらが200万円の財産分与を求めていたところ、判決では100万円の財産分与が認められ、その判決に対してこちらだけが不服があるとして控訴した場合、ケースによっては控訴審で100万円を切る財産分与の判断が下る可能性があります。

 相手が不服を申し立てたのであれば仕方ない面がありますが、そうでない場合にこちらからアクションを取った場合には結果的に藪蛇になってしまう危険性があることに注意が必要です。

 

 このように、財産分与について協議、調停、訴訟のそれぞれの段階で相手が示した条件や裁判所が下した判断は、後の手続で最低保証としての意味を持ちません。

 今の条件を受け入れるべきなのか、それともその次の段階に進むべきなのかについては難しい判断が求められることがありますので、迷われた場合には弁護士へのご相談をお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2020年12月2日 | カテゴリー : 離婚, 財産分与 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

家庭内別居と財産分与の基準時

 

 財産分与で問題になるものとして、どの時点を基準に財産分与を決めるのかということがあります。

 

 この点については原則として別居時に存在した財産が基準となりますが、ご相談を受けていると、実際に別居した時期よりも相当前から家庭内別居の状態だったので、家庭内別居が始まった時点を基準にするべきではないかというご質問を受けることがあります。

 

 このような話は、別居時点を基準とするよりも家庭内別居を開始した時点を基準とした方が分与すべき額が少なくなるケースで生じるものであり、自分名義での財産を多く保有している側(多くの場合は夫)から呈される疑問ですが、このような主張がどこまで通るのかが今回のテーマです。

 

財産分与の基準時が原則として別居時とされる理由

 財産分与はそれまで夫婦が築き上げた財産を清算する制度であるため、財産形成に対する夫婦の経済的協力関係が終了した時点を基準に清算するのが公平です。

 

 そして、夫婦が別居に至った場合、通常、その時点で夫婦間の経済的協力関係が終了するため、財産分与の基準時は原則として別居時とされています。

 

 このように財産分与の基準時を別居時とする根拠は、通常は別居の時点で夫婦間の協力関係が終了するところに求められます。

 

家庭内別居の場合は?

 そうすると、逆に言えば、たとえ同居していても既に財産形成に対する経済的協力関係が終了したといえる場合であれば、その時点を基準時とすることも不可能ではないことになります。

 

 もっとも、曲がりなりにも同居を継続している場合に、家庭内別居であるとして夫婦間の経済的な協力関係が完全に終了していたと証明することは困難であるため、実際には家庭内別居との主張によって基準時を別居以前に遡らせることは難しいところです。

 

 たとえば東京地裁平成17年6月24日判決は、「財産分与は、夫婦が協力して形成した財産を対象とするものであるから、本件においては、協力関係の終了したと考えるべき別居時点(平成15年○月○日)を一応の基準時として、財産分与の対象とすべきと考える。」「被告は、平成13年秋以降、原告において被告の食事を一切作らなくなった経緯を考慮し、同年○月の住宅ローンボーナス支払いの前の時点を基準時とすべき旨主張するが、平成15年○月○日までは同居しており、同居中は財産形成の協力関係は一応継続していたというべきであって、その間の財産の増減は、一切の事情として分与にあたり考慮すれば足りるというべきである。」と判断し、別居時点を基準時とする判断を下しています。

 

 以上のように、家庭内別居を理由に財産分与の基準時を別居以前に遡らせるのはなかなか難しいところですので、この点について争う場合には単に家庭内別居であったという抽象的な話ではなく、夫婦間の経済的協力関係がなくなっていたことを裏付ける事実を丹念に拾い上げて主張・立証していくことが必要となります。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2020年10月28日 | カテゴリー : 離婚, 財産分与 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

夫婦間の金銭貸借と夫婦共有財産の関係について

 

 夫婦が離婚する場合には、残っている財産や負債だけではなく、過去の様々なお金のやり取りも含めて清算することがありますが、その中で問題となることがあるものが夫婦間でのお金の貸し借りです。

 そこで今回は、夫婦間のお金の貸し借りがあった場合に、離婚の際に、これがどのように扱われるのかについてお話します。

 

多くは財産分与その他の離婚条件の交渉時に同時に協議される

 このような貸し借りについては、他の財産の清算と同時に解決することが楽であるため、財産分与などの問題を扱うのと同時に話し合い、その中で清算されることが多いかと思います。

 

離婚協議等で解決できない場合

 しかしながら、借入の事実や現在の貸金残高などに認識の食い違いがあるなどの理由により、離婚時にまとめて解決できなかった場合、納得できなければ最終的には民事訴訟によって解決が図られることになります。

 

貸金の原資が夫婦共有財産だった場合は?

 ところで、このような訴訟の中では、そもそも金銭の授受があったかどうかや返済の約束があったのかどうか、返済の有無等が争点になると思われますが、そのほかの問題として、たとえば貸金の原資となったお金が夫婦共有財産だった場合、果たして貸金が成立するといえるのか、ということも問題となります。

 貸金の原資が夫婦共有財産だった場合、実質的には夫婦共有財産を相手に渡しただけとも思えるため、仮に貸金の形式を整えていたとしても金銭消費貸借は成立しないのではないか、というのがここでの問題意識ですが、この点については、以下のような裁判例が存在します。

 

東京地裁平成30年4月16日判決

「被告は、原告から交付を受けた金員は、夫婦の共有財産であると主張するところ、原告と被告は夫婦であり、証拠(原告本人,被告本人)によれば、被告は、収入を(全部か一部かはともかく)原告に渡し、原告は、被告から受領した金員と原告自身の収入から生活費を支出していたことが認められる。そうすると、被告が、原告から○○○円を借りたことを認める確認書で署名しているとはいえ、その原資が夫婦の婚姻後に形成された共有財産である場合には、被告は、当該共有財産を費消したにすぎないことになるから、原告の被告に対する貸金には当たらないことになる。
 したがって、上記金銭の授受が、原告の被告に対する貸金であるといえるためには、原資が原告の特有財産であることが必要である。」

 

※令和3年3月5日追記

東京地裁令和2年7月9日判決

「離婚に伴う財産分与は、法律上の夫婦の離婚時における財産関係の清算及び離婚後の扶養等のために、法令に基づき分与者に属する財産を相手方へ給付するものである。これに対し、本件貸付け1に係る金員の返還の法的根拠は契約であって、不当利得返還請求等のように法令に基づき当事者間の利得損失の清算を行うものではないから、本件貸付け1の原資が原告及び被告の実質的共有財産と認められる余地があると仮定しても、原告が被告に対して契約に基づきその返還を求めることは、その法的根拠を財産分与とは異にしており、本件離婚に伴う財産分与として金員の支払を求めるものとはいえない。本件貸付け1に係る貸金債権に基づく請求を認容しても、上記の事情が本件離婚に伴う財産分与において考慮されるから,当事者間の衡平を害することにならない。」

 

 平成30年の裁判例では、結局、借りたことを書面で確認した金額の一部については夫婦共有財産が原資であったとして、それを除いた部分に限って貸金が成立するという判断が下されています。

 この裁判例を前提にすると、夫婦間で貸し借りの形でお金のやりとりがあったとしても、その原資が夫婦共有財産であると判断された場合には貸金の返還が認められないことになりますので、夫婦間での貸し借りについては、単に借用書を作成するだけではなく、その原資が夫婦共有財産とは無関係のものであることについても明らかにする必要があることになります。

 他方、令和2年の裁判例では、契約によって成立する貸し借りの問題と財産分与は一応別の問題であり、その資金の出所が夫婦共有財産であるという事情は財産分与の中で検討すれば足りるというスタンスを取っていますので、原資が夫婦共有財産であるという事情は貸金請求の場面では反論として意味がないことになります。

 

貸金の成立が否定された場合、渡したお金の取り扱いはどうなる?

 このように、この点に関する裁判所の判断は分かれているようですが、もしも原資が夫婦共有財産であるため貸金は成立しないと判断された場合に渡したお金がどう扱われるかについては、渡したお金がそのまま、あるいは別の形で残っているのであれば、財産分与の対象財産となります。

 これに対して、渡したお金がもはや残っていない場合には、これを残っていると仮定して分与対象財産に含めることは難しいと思われますが、たとえばその使い道が浪費など問題のあるものだった場合には、その程度によっては寄与割合において考慮される余地はあると思います(たとえば東京高裁平成7年4月27日判決では、ゴルフ等の遊興に多額の支出をし,夫婦財産の形成及び増加にさほどの貢献をしていないことを一つの理由として、夫婦の分与割合に修正を施しています)。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2020年9月15日 | カテゴリー : 離婚, 離婚一般 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

夫に認知した子どもがいることは、婚姻費用や養育費の計算に影響するのか?

 

 夫の不貞行為によって子どもが生まれ、認知するケースがありますが、では、このようなケースで(元)妻が婚姻費用や養育費を請求した場合、夫側に認知した子どもがいることは婚姻費用や夫婦間の子どもの養育費の計算において影響するのでしょうか?

 

認知した子がいると婚姻費用や養育費に影響する

 

 認知した子どもを夫婦間の子どもと同じように扱った場合、その分扶養すべき者が増えるため婚姻費用や夫婦間の子どもに対する養育費は減ることになります。

 

 なお、このようなケースのうち、認知した子が不貞行為によって生まれたような場合、夫婦間の子どもを養育する妻の側から、夫がこのような主張をすることは信義則に反し許されない、すなわち、(元)妻からの婚姻費用や養育費の計算にするにあたっては認知した子どもはいないものとして計算すべきである、という考え方もあります(岐阜家裁中津川出張所平成27年10月16日審判 ※ただし抗告審である後記名古屋高裁決定により取り消し)。

 

 しかしながら、出生の経緯がどうあれ、同じ父親の子どもである以上、夫婦間の子どもかそうでないかによって扶養義務の程度に差を設けることは相当ではないと考えられます。

 

 近時の裁判例でもこのような考え方が採用されており(名古屋高裁平成28年2月19日決定、東京高裁令和元年11月12日決定など)、不倫相手の子どもがいても、その子どもがいるものとして婚姻費用や養育費を計算することが主流の考え方ではないかと思われます(もっとも、夫が認知しただけで実際に扶養義務を果たしていない場合も同じように考えるべきかは不明です)。

 

東京高裁令和元年11月12日決定

「その子の生活費を扶養義務を負う親が負担するのは当然であり、当該子がいることを考慮して婚姻費用分担額を定めることが信義則に違反するとはいえず、」

 

具体的な計算方法は?

 

 以上のように、義務者に認知した子がいる場合、婚姻費用や夫婦間の子どもの養育費の計算に影響を与えますが、このようなケースはいわゆる簡易算定表が想定している事態ではないため、単純に算定表を当てはめることはできずに手計算が必要となります。

 

 この計算は複雑であり、また、婚姻費用と養育費では計算方法が異なりますので、この点は別のコラムでご説明します。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

婚姻費用の計算において、特有財産からの収入(果実)は考慮されるのか?

 

 婚姻費用については、双方の収入によって金額を算定する標準算定方式が浸透しています。

 

 そのため、婚姻費用を計算する場合には双方の収入をどこまで考慮するかが重要な課題となりますが、この点について、結婚前から保有していたり相続・贈与によって取得した「特有財産」からの収入(不動産収入や株式配当金などの果実)を婚姻費用の計算においてどう扱うべきかが問題となることがあります。

 

 この点は過去にいくつかの裁判例が存在しますが、近時も高裁決定が出ているところですので、今回はそのような裁判例を紹介したうえで、婚姻費用と特有財産の関係についてお話したいと思います。

 

裁判例

 

東京高裁昭和42年5月23日決定

「申立人主張の如き妻の特有財産の収入が原則として分担額決定の資料とすべきではないという理由または慣行はない。」

東京高裁昭和57年7月26日決定

「申立人と相手方は、婚姻から別居に至るまでの間、就中○○○のマンションに住んでいた当時、専ら相手方が勤務先から得る給与所得によつて家庭生活を営み、相手方の相続財産またはこれを貸与して得た賃料収入は、直接生計の資とはされていなかつたものである。従つて、相手方と別居した申立人としては、従前と同等の生活を保持することが出来れば足りると解するのが相当であるから、その婚姻費用の分担額を決定するに際し考慮すべき収入は、主として相手方の給与所得であるということになる。
 以上の通りであるから、相手方が相続によりかなりの特有財産(その貸与による賃料収入を含む)を有していることも、また、相手方が右相続により相当多額の公租公課を負担していることも、いずれも、本件において相手方が申立人に対して負担すべき婚姻費用の額を定めるについて特段の影響を及ぼすものではないというべきである。」

大阪高裁平成30年7月12日決定

「相手方は、相手方の配当金や不動産所得に関し、「抗告人との婚姻前から得ていた特有財産から生じた法定果実であり、共有財産ではない」から、婚姻費用分担額を定めるに当たって基礎とすべき相手方の収入を役員報酬に限るべきである旨主張する。
 しかし、相手方の特有財産からの収入であっても、これが双方の婚姻中の生活費の原資となっているのであれば、婚姻費用分担額の算定に当たって基礎とすべき収入とみるべきである。」

東京家裁令和元年9月6日決定

「そもそも婚姻費用分担義務は、いわゆる生活保持義務として自己と同程度の生活を保持させるものであることを前提に、当事者双方の収入に基づき婚姻費用を算定しており、仮に株式の一部が申立人の特有財産であったとしても、本件において、特有財産からの収入をその他の継続的に発生する収入と別異に取り扱う理由は見当たらない。」

 

※上記判断部分は抗告審の東京高裁令和元年12月19日決定でも是認されています。

 

 以上のように過去の裁判例では、婚姻費用の計算において、特有財産からの収入(果実)を特段の制限なく収入として算入するもの(東京高裁昭和42年5月23日決定、東京家裁令和元年9月6日決定)と、婚姻中の生活の原資になっている場合には婚姻費用の計算において収入に算入するもの(東京高裁昭和57年7月26日決定、大阪高裁平成30年7月12日決定)に分かれています。

 

 婚姻費用について定める民法760条は「夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する。」と規定し、婚姻費用の算定について互いの資産を考慮することを明らかにしているほか、「収入」についても特段限定はされておらず、また、婚姻費用分担義務が生活保持義務(=自分の生活を保持するのと同程度の生活を保持させる義務)であることからすると、個人的にはこのような特有財産からの収入も当然に収入に算入されるべきように思われます。

 

 婚姻中の生活の原資にあてられていた場合には特有財産からの収入も婚姻費用の計算において考慮(算入)するとした裁判例が何故そのような限定を施すのかはいまいち判然としませんが、財産分与の場面では特有財産が対象外であることとの整合性を図る趣旨なのかなと想像しています。

 

 いずれにしても、特有財産からの収入が生活の原資にあてられていたかどうかがポイントになるという裁判例がある以上、このような収入が婚姻費用の計算において問題となる場合には、権利者側であれ義務者側であれ、この収入が実際上どのように使われていたのかについて積極的に主張立証していく必要があると思われます。

 

弁護士 平本丈之亮

 

無職の妻からの婚姻費用の請求について潜在的稼働能力の有無が問題となった2つの事例

 

 婚姻費用や養育費を計算する場合、基本的には当事者の実際の収入をもとに計算します。

 

 もっとも、様々な事情によって無職の状態にある場合でも、実際には収入を得られるだけの能力があるはず(潜在的稼働能力)として、一定の収入があるとみなして金額を算定する場合があります。

 

 今回は、このような潜在的稼働能力による婚姻費用の算定が問題となった事例を2つご紹介します。

 

過去の勤務実績や退職理由から潜在的稼働能力をもとに婚姻費用を算定したケース(大阪高裁平成30年10月11日決定)

 このケースでは、婚姻費用を請求した無職の妻について以下の事情があるとして、妻の収入を退職の前年に得られていた収入をもとに計算しました。

 

①妻は教員免許を有していること

 

②妻は数年前に手術を受け、就労に制約を受ける旨の診断を受けているが、手術後に2つの高校の英語科の非常勤講師として勤務し、約250万円の収入を得ていたこと

 

③妻の退職理由は転居であり、手術後の就労制限を理由とするものとは認められないこと

 

 この裁判例では、妻の勤務実績と、退職理由が手術後の就労制限ではなく転居であるという点に着目して、退職する前年の収入をもとに婚姻費用を計算しています。

子どもが幼少で幼稚園や保育園にも通っていないという事情から潜在的稼働能力を否定したケース(東京高裁平成30年4月20日決定)

 原審は、妻に以下の事情があることを指摘して妻の潜在的稼働能力を肯定し、賃金センサスの女子短時間労働者の年収額程度の稼働能力を前提に婚姻費用の金額を定めました。

 

①妻が歯科衛生士の資格を持ち歯科医院で10年以上の勤務経験があること

 

②長男及び長女は幼少であるものの長男は幼稚園に通園していること

 

③妻は平日や休日に在宅していることの多い母親の補助を受けられる状況にあること

 

 これに対して、高裁は、長男は満5歳であるものの長女は3歳に達したばかりであり,幼稚園にも保育園にも入園しておらずその予定もないという事情を重視して、妻の潜在的稼働能力を否定し妻の収入を0として計算しました。

 ただし、高裁決定においても、この判断は「長女が幼少であり,原審申立人(※注 妻)が稼働できない状態にあることを前提とするものであるから、将来,長女が幼稚園等に通園を始めるなどして,原審申立人が稼働することができるようになった場合には、その時点において、婚姻費用の減額を必要とする事情が生じたものとして、婚姻費用の額が見直されるべきものであることを付言する。」と述べ、将来的には潜在的稼働能力による金額変更の可能性を認めています。

 

 以上のとおり、当事者に無職者がいる場合の潜在的稼働能力は、無職者の家族関係や過去の勤務実績、保有する資格や退職理由などの諸事情から判断されることになります(子どもが幼少の場合は潜在的稼働能力が否定されやすい傾向にあるとはいえますが、両親等の同居家族の存在やサポート体制によっては必ずしもそう言い切れないところです)。

 

 潜在的稼働能力が肯定された場合の収入認定についてもまちまちであり、今回ご紹介したように直近の収入を基礎とするケースもあれば、統計上の平均的な収入を基礎とするケースもあります。

 

 今回は権利者が妻である場合を例にお話ししましたが、潜在的稼働能力が問題となるのは義務者の場合も同じであり、義務者となるのも夫とは限りません(夫が子どもを引き取るケース)。

 

 このように、別居中にいずれかが無職になってしまった場合には妥当な婚姻費用を計算することが難しくなることがありますので、そのような事情があるときは一度弁護士への相談をご検討ください。

 

弁護士 平本丈之亮