婚姻費用の増額請求に対して相手が一部支払いをしていた場合、過去の差額分の請求が認められるのか問題となった事例

 

 婚姻費用について取り決めをした場合でも、その当時に想定していなかった事情の変更があった場合には、後日、増額の請求が可能なことがあります。 

 増額請求の手順については、まずは協議によって行うことが考えられますが、当事者間で折り合いがつかなかったり初めから話し合いができない事情があるときは、調停や審判といった裁判所の手続を経ることになります。

 そして、どの時点から増額の効果が生じるのかという点については、実務的には請求の意思が明確になった時点(調停申立時や内容証明郵便等で請求したとき)からと判断されることが多いように思われ、相手がまったく増額に応じなかったというシンプルなケースであれば、請求の意思が明確になった時点に遡って増額分(差額分)の支払いをまとめて認めてもらえる可能性があります。

 

 では、権利者が婚姻費用の増額を請求したところ、相手方がまったく応じないのではなく一部のみを支払って場合、過去の不足分については増額請求時に遡って支払いを命じてもらえるのでしょうか?

 今回は、この点について判断した裁判例をひとつご紹介します。

 

東京高裁令和2年10月2日決定

 上記裁判例では、以下のような事情から、そのケースでは過去の差額分の請求を婚姻費用としては認めず、過去の分は財産分与の場面で考慮すべき問題であると判断しました。

 

「相手方は、・・・婚姻費用分担金の増額を請求していた・・・確かに請求の事実は認められるものの、抗告人はこれに対して請求全額ではないものの一部を支払い、これに対して相手方が不足分の請求を直ちにしていることを認めるに足りる資料がないことを考慮すれば、不足分の清算の要否は手続の迅速性が要請される婚姻費用分担審判や扶養料の審判においてではなく離婚に伴う財産分与の判断に委ねるのが相当と解される・・・」

 

 上記裁判例では、増額請求に対する相手方の一部支払いについて明確に不服を申し立てていなかったという権利者側のスタンス等から、そのような場合には、過去の差額分(不足分)は婚姻費用として遡って請求を認めるのではなく、財産分与の場面における清算の要否の問題として考慮するのが妥当という判断を下しています。

 もっとも、この点については様々な考えがあり得るところであり、最初に増額請求をしている事実がある以上、たとえ差額分(不足分)について権利者が明確に請求していなかったとしても、そのような差額分(不足分)は財産分与の問題ではなく婚姻費用として遡って請求を認めるべき、という考え方も十分に成り立ち得るところです。

 いずれの見解が妥当かは判断が難しいところですが、増額請求に対して一部支払いがなされているときに不服を述べないと、見方によっては権利者側が不足分の発生について容認していたと見る余地もありますので、少なくともこのような裁判例があることを踏まえると、増額請求に対して相手が一部しか増額分を払わないときには、後日不利益を受けることのないように不足分について明確に請求しておくのが無難と思われます。

 

 弁護士 平本丈之亮