不貞行為による慰謝料の合意の効力が問題となった3つの事例

 

 不貞行為によって慰謝料の請求をし、示談や和解が成立したにもかかわらず、あとになって公序良俗に反し無効である、強迫があったから取り消すなどと争われる例があります。

 不貞行為があるとどうしても感情的になるため、請求行為に行きすぎがあったり高額になったりするのが原因ですが、今回は、この点が問題となった最近の裁判例を3つほどご紹介したいと思います。

 

東京地裁平成29年3月15日判決

 【合意の当事者】 

夫と妻の不貞相手の男性

 

 【合意の内容】 

和解金600万円

 

 【本件和解契約が強迫によって取り消し得るか】 

①夫と調査会社らの男性4名が妻と不貞相手のいるマンションに深夜0時30分頃に押し掛けたこと

 

②夫は、妻からあらかじめ渡された合鍵を使用してマンションに立ち入ったものであるが、マンションの契約者は妻であり、そのマンションに全くの第三者を伴って立ち入ることは妻の意思に反するものであり違法性を帯びるものであること

 

③同行した調査会社の社長が不貞相手に携帯電話機を見せるように述べてこれを受け取り、これをすぐに返還せずに手の届かないベッドの脇に置いたこと

 

④③のような行為は、不貞相手に対して、夫らが自分の連絡手段を奪おうとしていると感じさせる可能性が十分にある行為であり、不貞相手が恐怖感を抱きやすい状態にあったことを裏付ける事情であること

 

⑤調査会社の社長が不貞相手に対して、勤務先のコンプライアンス委員会に知らせて解雇させることもできるが、和解契約に応じればさらなる攻撃はしない旨告げ、和解契約書の作成を引き延ばそうとした不貞相手に対して、夫や調査会社の社長が現場での作成を求めたこと

 

⑥①~⑤のような立ち入りの態様やその後のやり取りの内容からすると、手段の点で正当な権利行使としての相当性を欠くものと言わざるを得ない。

 

⑦600万円という金額も、不貞行為の期間が約半年にとどまっていることに照らすと、妻と不貞相手が週に4、5回程度会っており、離婚はしていないものの婚姻関係が回復する見込みがないことを考慮してもやや高額にすぎること

 

⑧以上を踏まえると、本件和解契約は、不貞相手が解雇などの不利益を被る可能性があるという恐怖感を感じて応じたものであり、強迫によって取り消し得るものである。

 

東京地裁平成28年1月29日判決

 【合意の当事者】 

夫と妻の不貞相手の男性

 

 【合意の内容】 

慰謝料300万円

 

 【本件和解契約が公序良俗に反して無効か】 

①被告が提訴前の代理人弁護士を介した交渉において不貞関係を争っておらず、むしろ和解後の残金の支払いに応じる姿勢をみせていたこと

 

②被告は和解契約書に記載されていた「不倫交際」という文言の「不倫」について、肉体関係を伴わない交際まで含むと理解していたと述べるが、日常用語として不倫と不貞はほぼ同義であり、その他の事情も考慮すると不自然と言わざるを得ないこと

 

③慰謝料300万円という金額が暴利行為といえるほど高額であるとは、現在の訴訟における不貞慰謝料の認容額の相場に照らしてみても認めがたいこと

 

④よって、本件和解公序良俗に反するとは言えない。

 

 【本件和解契約が強迫によって取り消し得るか】 

①和解契約書を作成したのはファミリーレストランであり、周囲には客や店員がいたはずであるから、客観的に大声を上げるなどのような粗暴な言動には及びにくい状況であったこと

 

②和解契約書作成の時点で、被告は不貞行為を争っておらず、強迫がなければ金銭の支払いに応じなかったといえるか疑問であること

 

③代理人弁護士との交渉時において、夫の強迫行為を説明した形跡がないこと

 

④以上からすると、強迫によって和解契約がなされたと認定することはできない。

 

東京地裁平成28年1月13日判決

 【合意の当事者】  

妻と夫の不貞相手の女性

 

 【合意の内容】 

慰謝料500万円

 

 【本件和解契約が強迫によって取り消し得るか】 

①話し合いが行われたのは一般人も出入りするオープンカフェであり、被告の自由意思の形成に問題が生じるような状況であったとはいえないこと

 

②原告やその弟が交渉の際に述べた下記のような言葉は、不貞行為に対する慰謝料の支払交渉において社会的にみて許容される限度を超えるものとまではいえないこと

「僕らもやはり出るとこにでていかなきゃいけないし」

「ご実家のほうに伺わせていただきます。」

「お嬢さんも私立の学校に行ってらっしゃいますよね。」

「やっぱり出るとこ出ますよ。」

 

③被告も、500万円という金額の提案に対して、お金がないから支払えないと一貫して主張しており、その後、分割払いの話になったところ、自ら「うん、いいですよ。(月額)9万で。」と述べて、最終的に和解書に署名指印していること

 

④以上からすると、被告が原告に畏怖して和解に応じたとは認められず、本件和解を強迫によって取り消すことはできない。

 

 【本件和解契約が公序良俗に反して無効か】 

①不貞行為によって婚姻関係が破綻したことや、それまで夫婦の婚姻関係に特段の問題があったとは認められなかったこと、不貞行為の態様・期間等の一切の事情、夫が原告と復縁する意思はないと述べていることに照らせば、500万円という金額が不相当に高額ということはできないこと

 

②本件和解における支払いは分割払いとなっていたが、分割払いは一括では払えない場合に利用するのが一般であり、債務者に対する負担感は一括払いと大きく異なること

 

③以上のような事情のほか、本件の一切の事情に照らしても、本件和解が公序良俗に反するとは認められない。

 

権利行使には社会的に相当なやり方が求められる

 たとえ正当な権利があり、これを実現するために必要があっても、その手段が社会的相当性を逸脱する場合には権利行使が否定されることになりますので、一番最初のケースが無効になることは事案の内容から見て妥当と考えます。

 このケースでは強迫による合意の取り消しによって請求が棄却されていますが、事案の内容からすれば、仮に強迫が認められなかったとしても合意は公序良俗に反し無効と判断された可能性があると思われます。

 このケースは、いわゆる調査会社の社長や社員が不倫現場に臨場して現場を押さえるという手法が問題となったものですが、このようなやり方にはリスクがあることが判決で示された点に特徴があります。

 

結論に影響したと思われる事情

 1番目のケースと2番目・3番目のケースでは、最終的な合意の効力に関して結論が分かれましたが、結論に影響を与えたと思われる事情は概ね以下のようなものと思われます。

 

 【①和解交渉が行われた場所】 

 2番目と3番目のケースは、いずれも第三者が周囲にいるオープンスペースでの交渉であり、このような場所での交渉であったことから、不貞相手の自由意思に対する抑圧の程度が高くなかったということが重視されています。

 1番目のケースはこれと対照的であり、深夜に男性4名が合い鍵を用いてマンションに押し掛けるという手段は恐怖心を与えるに十分なシチュエーションであったことが結論に影響しています。

 

 【②金額】 

 2番目と3番目のケースでは、和解が有効であることの根拠として、いずれも不相当に高額ではないことが挙げられています(500万円という金額は高額と思いますが、本来、慰謝料は一括場合が原則であるため、分割払いでの合意がなされたという事情から債務者の負担が過酷とまではいえないとの評価につながったのではないかと考えられます)。

 1番目のケースについては金額そのものが600万円と非常に高額であり、この種のケースを取り扱う弁護士の感覚からすると相場の2~3倍程度にも達するものであるため、原告に不利に働いたものと思われます。

 

余談(最高裁平成31年2月19日判決の影響)

 なお、今回ご紹介した各裁判例は、不貞相手は原則として離婚慰謝料の支払義務を負わないとした最高裁平成31年2月19日判決の前に出たものです。

 今回の裁判例はいずれも和解金額を判断材料としていますが、上記最高裁判決を前提にすると、そもそも不貞相手に対して請求しうる金額はこれまでよりも低くなると思われるため、不貞相手との間での合意の有効性を判断する際、今後は金額面から厳しく判断される可能性があると思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2020年6月15日 | カテゴリー : 男女問題 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所