同棲にあたり交際相手が退職するつもりであることを知りながら収入の見通し等につき虚偽説明をしたことが不法行為にあたるとされたケース

 

 男女交際が発展して共同生活(同棲)を始めるとき、当事者の一方に十分な収入がある場合には他の一方が仕事を辞めるということがあります。

 

 この場合、交際相手の一方が誠実な方であれば問題はありませんが、残念ながら不誠実な者がいることも事実であり、ひどいケースでは仕事や収入に関する当初の説明が誇張のレベルを超えて全くの虚偽であったということもあります。

 

 では、相手が仕事や収入について嘘の説明をし、それを信じて仕事を辞めて同棲するに至った者は、虚偽説明をした交際相手に対して何かしらの請求ができるのでしょうか?

 

不法行為として損害賠償請求ができる場合がある

 

 このような場合、本人としては交際相手の仕事や収入に関する説明が事実であると信じて退職を決断したわけですから、その説明が全くの虚偽だった場合、相手の虚偽説明によって収入の喪失や精神的苦痛といった損害を受けることになります。

 

 そのため、同棲を開始するにあたり、本人が仕事をやめる意向であることを知りながら、交際相手が自分の仕事の状況や収入の見通しについて全くの虚偽説明をした場合、損害賠償の請求ができるとした裁判例があります(東京地裁令和元年10月23日判決)。

 

東京地裁令和元年10月23日判決

【事案の概要】

婚活サイトで知り合い交際を始めた男女について、男性(被告)が女性(原告)に対して人並みの貯金と十分養っていける給与はもらっているので仕事を辞めて体一つでいてほしい、生活費については支払うから退職して無給になっても問題ないなどと述べ、これを信じた女性が将来の結婚を見据えて同居を開始して職場も退職したところ、実際には被告は病気休職中で就業のめども立っていないかった(そのほか、そもそも被告は原告に独身であると述べていたが、交際開始時点では既婚者であり、その後の同棲中に離婚が成立していたこと判明した)。

 

【裁判所の判断】

「婚姻を前提とする交際を行うに当たって,既婚者であることはそれだけで法的な婚姻障害に該当する重要な事情である以上,これについて虚偽の説明をした上で,交際を開始することは,不法行為を構成するものというべきである。また,共同生活を開始するにあたり,相手が仕事を辞める意向であることを知りながら,自らの仕事の状況や今後の収入の見通しについて,誇張の程度を超え,全くの虚偽の説明を行うことは,相手の将来にわたる継続的な収入の方策を絶つことになり,その将来に重大な影響を与えることに鑑みると,不法行為に該当するものといえる。」

 

→被告が前妻との離婚が成立していないにもかかわらず独身であると説明して交際を開始するとともに、病気休職中で就業のめどが立っていないにもかかわらず人並みの貯金と十分に養っていける給与はもらっていると説明し原告に離職を促したことは不法行為を構成するとして、慰謝料80万円の支払いを命じた(なお、原告は慰謝料以外にも同居中の生活費の請求も行ったが、この点は内縁関係の解消に伴う扶養に類する問題であって直ちに被告の不法行為と相当因果関係のある財産的損害とはいえないとし、慰謝料額の範囲でのみ考慮するとして直接の請求は否定)。

 

 上記裁判例では、①婚姻を前提とした交際を開始するにあたって既婚者であることを隠したこと、②共同生活を開始するにあたり相手が仕事を辞める意向であることを知りながら仕事の状況や今後の収入の見通しについて全くの虚偽の説明を行うこと、のいずれもが不法行為にあたると判断していますが、①については婚姻を前提とした交際を開始するにあたり、とする一方で、②については単に共同生活を開始するにあたり、としており、②のような行いが不法行為に該当するためにはその同棲が結婚を前提としたものである必要はないと考えているようにも読めるところです。

 

 どちらの解釈が正当かは何とも言えませんが、結婚を前提としていたかどうかにかかわらず、一旦退職してしまえばキャリアや収入など本人の将来に影響が生じることは避けられないと思われますから、個人的にはそのような条件は不要であり、結婚を前提としていたかどうかは慰謝料額を決める歳の考慮要素の一つに位置づけるのが妥当ではないかと思います(私見)。

 

 いずにせよ、このようなトラブルは相手の不誠実さに起因したものであるため虚偽が発覚した後も誠実な対応がなされないことが当然に想定されますので、この種のトラブルが発生したときは一度弁護士に相談して対応を検討することをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

 

2022年9月6日 | カテゴリー : 男女問題 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所