養育費の交渉をするときに、子どもの学費が問題となることがあります。
子どもが小さいときに離婚するケースでは、学費が将来どの程度かかるかを正確に計算することは難しいところですが、子どもがある程度大きくなり、たとえば私立学校や大学に進学するなど、学費の負担が現実的な話になった場合には、学費の費用負担を巡って交渉がシビアになることがあります。
そこで今回は、子どもが私立学校や大学に進学する場合、その学費を養育費として請求できることがあるのか、という点についてお話ししたいと思います。
標準算定方式で考慮されている学費の範囲
養育費の計算において広く使用されている「標準算定方式」では、あらかじめ双方が負担すべき学校教育費が考慮されているため、考慮済みの学費部分について重ねて負担を求めることは困難です。
もっとも、標準算定方式において考慮されている「学費」とは具体的には公立高校までのものであるため、今回のテーマである私立学校や大学の学費については基本的な養育費には含まれないことになります。
私立学校や大学の学費を養育費として請求できる場合は?
このように、標準算定方式では私立学校や大学の学費が養育費の計算において考慮されていないことから、子どもが進学を希望するときにその学費の負担を養育費の一環として請求しうるかが問題となります。
この点については、当然に相手に対して負担させることができるとまではいえませんが、下記①②のような場合であれば負担を求めうると考えられています。
増額がなされるケース
①義務者が私立学校や大学への進学を承諾している場合
※承諾は黙示のものでも良いと考えられています。
②収入・資産の状況や親の学歴・地位などから私立学校や大学への進学が不相当ではない場合
具体的な負担額の計算方法は?
上記のとおり、一定の場合には標準的な養育費のほかに私立学校や大学の学費の負担を求めることができることがありますが、その場合であっても学費の全額を負担するわけではなく、年間の教育費から標準算定方式で既に考慮済みの金額を控除し、それによって算出された残額を父母が按分して負担しあうことになります。
【年間の教育費の内容は?】
私立学校や大学の学費負担を相手に求める場合には、まず年間の教育費をいくらと見るべきかが問題となりますが、文部科学省の行っている子供の学習費調査に関する統計資料の用語解説では、「学校教育費」として授業料、通学費、図書費などの項目を列挙して示していますので、問題となる学費を算出するにあたってはこのような資料をもとに学費を積算していくことが考えられます。
なお、子どもが奨学金を受けて学費を賄っていたり、アルバイトで学費を賄うことができるような状況のときは、義務者に私立学校や大学の学費分の追加負担を求める必要はないと判断されるケースもあります(婚姻費用の計算において学費の加算が問題となったケースとして東京家裁平成27年8月13日審判など)。
この点に関連して、私立高校については高等学校等就学支援金制度の改正により、世帯収入によっては授業料が実質無償化されるためこれが加算額の計算に影響するかどうかが問題となり得ます。
もっとも、婚姻費用に関する過去の裁判例では、公立高校の授業料の不徴収制度は婚姻費用の減額事由にはならないとした事例(最高裁平成23年3月17日決定)や、子ども・子育て支援法の改正による幼稚園、保育所、認定子ども園等の利用料の無償化が婚姻費用の減額事由にはならないとした事例(東京高裁令和元年11月12日決定)があることに鑑みると、私学加算の場面でも同様に考えるのが妥当ではないかと思います(私見)。
【年間の教育費から差し引くべき金額】
次に、養育費に加算すべき額を算出するために、実際に生じる私立学校や大学の学費から標準算定方式で既に考慮済みの金額を差し引くことになります(この計算をしないと、義務者に二重に教育費を負担させてしまう部分が生じるためです)。
標準算定方式では、公立中学校の学校教育費として年間131,302円、公立高等学校の学校教育費としては年間259,342円が考慮されていますので、一つの方法としては、私立学校等の年間教育費からこれらの金額を控除する方法が考えられます(大学の進学費用の加算が問題となったケースで、公立高等学校の学校教育費を控除した例として大阪高裁平成27年4月22日決定参照)。
【義務者が負担すべき割合は?】
以上のような過程を経て、標準算定方式では考慮されていない超過分の学費の額を計算したら、最後に義務者が負担すべき金額を計算することになります。
分かりやすい計算方法としては、これまでの計算で得られた額を互いの基礎収入の割合で按分して義務者の負担額(年額)を計算し、これを12ヶ月で割って養育費の月額に加算するというものが考えられますが、最終的には裁判所が諸般の事情を考慮して負担額を決めることになります。
異なる計算方法もある
以上のような計算方法は、公立中学校の子どもがいる世帯として約730万円、公立高等学校の子どもがいる世帯として約760万円の平均収入があることを前提にした簡易な計算方法であるため、義務者の収入がこの平均値と大きく異なる場合には、計算方法そのものを修正することが必要となる場合があります。
この点は込み入った話になりますので詳細は割愛しますが、このような場合の計算方法として、まず、①私立学校や大学の学費を双方の基礎収入に応じて按分計算して義務者の負担額を計算し、これを12で割って月額に直し、次に、②標準算定方式によって義務者が負担する基本的な養育費を算出して、③②の中に含まれている教育費相当額を生活費指数(14歳以下では62分の11程度、15歳以上では85分の25程度)をもとに計算したあと、④最後に①の金額から③の金額を控除する、というものがあります。
計算例
最後に、参考として計算例をひとつ示してみたいと思います。
計算例
【設例】
義務者(父・給与所得者):年額750万円
権利者(母・給与所得者):年額200万円
子ども(19歳):国立大学1年生
(奨学金はなく、アルバイトも困難とします。)
【学費】
年間授業料 535,800円(標準額)
学用品(年間) 60,000円
年間学費合計 595,800円
(入学金は両親の合意のもと支払済みとします。)
【養育費(標準算定方式)】
概ね8万円
【標準算定方式では考慮されない学費相当額】
595,800円-259,342円=336,458円
【義務者(父)の負担すべき学費】
父の基礎収入:750万円×40%=3,000,000円
母の基礎収入:200万円×43%=860,000円
336,458円
×3,000,000円÷(3,000,000円+860,000円)
=261,495円(年額)(月約2.2万円)
【養育費総額】
8万円+2.2万円=10.2万円
養育費は子どものために支払われるものであり、今回ご紹介したように進学のために一定額を加算して支払わなければならない場合がありますが、基本的な養育費に加えて学費分の加算を求めるとなると計算や交渉が複雑化することがありますので、加算を求めるかどうかや求める加算額については、専門家と相談の上、十分に検討していただければと思います。
弁護士 平本丈之亮