養育費を請求しない旨の合意の有効性と合意後の事情変更

 

 法律相談のうち一定数ある類型として、離婚したときに養育費を請求しないという約束をしてしまったが、今から改めて請求はできないのか、というものがあります。

 

 離婚協議(公正証書含む)や離婚調停において養育費の請求をしないという合意をすること自体は、多くはないもののそれなりにあるという印象ですが、今回はこのような合意が有効かどうかについてお話ししたいと思います。

 

養育費を請求しないとの合意の有効性

 

 過去のいくつかの裁判例では、このような合意も未成年者らの福祉を害するなどの特段の事情がない限り法的には有効であるものの、例外的に合意時には想定できなかったような事情の変更があった場合には、改めて養育費を請求できると判断されています。

 

大阪家裁平成元年9月21日審判

『申立人と相手方は,前記離婚に際し、未成年者らの監護費用は申立人において負担する旨合意したものと認めることができ、こうした合意も未成年者らの福祉を害する等特段の事情がない限り、法的に有効であるというべきである。
 しかしながら、民法880条は、「扶養をすべき者若しくは扶養を受けるベき者の順序又は扶養の程度若しくは方法について協議又は金審判があつた後事情に変更を生じたときは、家庭裁判所はその協議又は審判の変更又は取消をすることができる。」と規定しており、同規定の趣旨からすれば、前記合意後に事情の変更を生じたときは、申立人は相手方にその内容の変更を求め、協議が調わないときはその変更を家庭裁判所に請求することができるといわなければならない。』

 

【事情の変更の有無】

①相手方は離婚当時無職で収入もなく、その後も安定した稼働状況とはいえず収入も安定したものではなかったが、途中から会社に勤務して経済的にも一応安定した生活状況となったこと

 

②他方、申立人の基礎収人は申立人と未成年者らの最低生活費をも下回るほどの少額であったこと

 

→遅くとも裁判所への申立て後には相手方は経済的に安定した状態となり、反面、申立人には同人と未成年者らの最低生活費をも下回る基礎収入しかないことから事情の変更が生じたとして,申立人が相手方に対して合意内容の変更を求めることができると判断した。

 

大阪高裁昭和56年2月16日決定

『民法八八〇条は、「扶養をすべき者若しくは扶養を受けるべき者の順序又は扶養の程度若しくは方法について協議又は審判があつた後事情に変更を生じたときは、家庭裁判所は、その協議又は審判の変更又は取消をすることができる。」と規定しており、右規定の趣旨からすれば、抗告人と相手方が離婚する際相手方の方で子供三人全部を引取りその費用で養育する旨約したとしても、その後事情に変更を生じたときは、相手方は抗告人に右約定の変更を求め、協議が調わないときは右約定の変更を家庭裁判所に請求することができるものというべきである」。

 

【事情の変更の有無】

①離婚後、子どもらの成長に伴いその教育費が増加したこと

 

②相手方は子どもらとともに実家に同居しているが、相手方の両親も次第に老齢となり体力が衰え、相手方の父は職場を退職することになってており、それ以後はわずかばかりの農業収入が主な収入となること

 

③離婚後、予期に反して相手方の叔父から祖父の遺産につき分割の要求があり、相手方の父は孫の養育費にあてるためにとっておいた有価証券の大部分を遺産分割として叔父に譲渡したこと

 

④子どもらはいずれも大学進学を希望しており更に教育費の増加が予想されるのに、長女が満18歳となつたため、同人に関する児童手当の支給を打ち切られることになったこと

 

→上記各事実から、当事者間の事情に変更を生じたものと認め、養育費を支払わない旨の合意の変更を求めうるに至ったと判断した。

 

福岡家庭裁判所小倉支部昭和55年6月3日審判

『ところで、両親が離婚する際いずれか一方が養育費を負担することを定めて親権者を指定した場合、その合意に反して子を養育する親が他方の親に対してその養育費を請求することは原則として失当というべきで、現に養育する親が経済上の扶養能力を喪失して子の監護養育に支障をきたし、子の福祉にとつて十分でないような特別の事情が生ずるなど上記合意を維持することが相当でない特別の事情が生じた場合は子を養育する親から他方の親に対し養育費を請求しうるものと解すべきである。』

 

【特別の事情の有無】

 理由付けは不明確であるものの、請求者側に収入があり子どもと一応の生活をしていることや、相手方が再婚して子どもが生まれ、不動産などの資産もないという事実関係を前提に、「未だ相手方をして養育料を負担せしめるを相当とする特別の事情が生じたものと解することはできない。」と判断した。

 

 

子どもの扶養料請求の形で請求することの可否

 

 以上の通り、夫婦間での養育費を請求しないとの合意は一応有効であるとしても、このような合意はあくまで父母間でのものにすぎません。

 

 そこで、子ども自身が有している扶養料請求権を親が子の法定代理人として行使することで、実質的に養育費を請求するのと同じような結果にできるのではないか、という点が問題になることがあります。

 

 古い裁判例においては、扶養の権利は処分することはできないという理由のみで請求を認めるものもありますが(東京高裁昭和38年10月7日決定)、子の扶養需要が増大したり、親の一方又は双方の資力に変動を生じるなど、合意成立のときに前提となった諸般の事情に変更が生じた場合でなければそのような請求はできないと判断するものもあり(札幌高裁昭和51年5月31日決定)、裁判所の判断は分かれています。

 

 札幌高裁の決定を前提とすると、養育費として請求する場合であれ、子どもの扶養料請求権として請求する場合であれ、要するに合意当時から事情の変更があった場合でなければ請求は難しい、と整理することができるように思います。

 

 いずれが正当かは悩ましいところですが、この問題は、法的安定性と未成年者の保護の双方に目配りする必要があると思われるため、個人的には無制限に認める見解よりも、事情変更の有無を基準とする見解の方が説得力を感じるところです。

 

 

 以上、いくつかの裁判例をもとに御説明しましたが、一旦成立した合意を後から変更するのは簡単なことではありませんので、何らかの理由によって改めて養育費を請求したいと考える場合には弁護士への相談をご検討下さい。

 

  弁護士 平本丈之亮