不貞行為に基づく慰謝料と自己破産

 

 不貞行為に基づく慰謝料請求をしたところ、稀に不貞相手が自己破産をしてしまうことがあります。

 

 不貞行為をされた側としては、自己破産によって責任を免れることには納得がいかないのが通常と思いますが、このような慰謝料は自己破産によって免責の対象となるのでしょうか?

 

慰謝料は自己破産による免責の対象となるのか?

 

 自己破産による免責の対象は、裁判所における破産手続開始決定前の原因に基づいて発生した債権(破産債権)ですが、自己破産の申立前に行われた不貞行為に基づく慰謝料請求権は破産債権にあたるため、基本的には自己破産の免責の対象となります。

 

免責されない「悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権」の意味

 

 もっとも、破産法では、自己破産によっても責任が免除されない「非免責債権」が規定されていますので、不貞行為に基づく慰謝料の請求権が非免責債権に該当すれば、たとえ自己破産をしても責任は免れないことになります。

 

 破産法上の非免責債権のうち、慰謝料が該当するかどうかが問題となるのは、破産法253条1項2号に定める「悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権」ですが、ここでいう「悪意」とは、法律の世界での一般的な「悪意」、つまりは何かを知っていること(=故意)ではなく、他人を害する積極的な意欲、すなわち「害意」をいうものと解されています。

 

 このような解釈を前提にすると、不貞行為者に「悪意」があったといえるためには、単に不貞行為の相手が既婚者であることを知っているだけでは足りず、家庭の平和を侵害するべく婚姻関係に不当に干渉するような意図が必要であることになります(下記裁判例参照)。

 

東京地裁令和2年11月26日判決

「破産法253条1項2号は、「破産者が悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権」を非免責債権とする旨を規定しているところ、同号にいう「悪意」は、単なる故意ではなく、他人を害する積極的な意欲、すなわち「害意」をいうものと解するのが相当である。ここで、不貞行為が不法行為となるのは、婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法的保護に値する利益を侵害する行為ということができるからであることに鑑みると、夫婦の一方と共に不貞行為を行った者が、当該夫婦の他方が有する婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法的保護に値する利益を侵害するとの認識を有するだけでは、故意が認められるにとどまる。このような者に害意を認めるためには、当該婚姻関係に対し社会生活上の実質的基礎を失わせるべく不当に干渉する意図があったことを要するものというべきである。」

 

慰謝料は免責の対象となる可能性がある

 

 このように、慰謝料請求権が非免責債権に該当するかどうかは不貞関係当時の不貞相手の主観によりますが、不貞行為に及んだ者がことさらに結婚関係を破壊する意図を持っていたことを立証することは容易ではないため、実際上、慰謝料請求権が非免責債権に該当すると判断されるケースはあまり多くはないように思われます(上記判決でも、そのような害意があったとまでは認められないとして、不貞行為者側からの破産免責の抗弁が認められています)。

 

慰謝料を請求する際の注意点

 

 以上ご説明したとおり、たとえ慰謝料請求権があるといっても、相手に自己破産されてしまえば免責されてしまうことがあります。

 

 慰謝料を請求する場合、許せないという気持ちから高額な請求をしたり強硬な態度を取りがちですが、相場からかけ離れた金額に固執したり、あるいは相手の支払能力に疑問があるのに高額な金額の一括払いしか応じないなどの対応に終始した場合、必要以上に相手を追い詰めて自己破産されてしまうリスクが生じます。

 

 したがって、慰謝料を請求する場合には、相手に対する情報(収入・社会的地位・財産状況など)をもとに自己破産されてしまう可能性がどの程度あるのかを見極めることが重要であるほか、慰謝料額は妥当な金額にとどめたり、相手の経済状況如何では分割払いも検討するなどの柔軟な対応を検討する必要があります。

 

弁護士 平本丈之亮

裁判で不倫関係をやめるよう請求することはできる?

 

 不貞に関するご相談を受けていると、慰謝料の請求をしたいという内容のほか、不倫相手に対して配偶者との不倫関係をやめるよう裁判で請求できないかというご質問を受けることがあります。

 

 では、そのような不倫関係の中止を裁判で求めることはできるのでしょうか?

 

・理論的には不可能ではないが、現実的にはなかなか困難

 

 このような差止請求については、実際にその可能性について言及した裁判例(大阪地裁平成11年3月11日判決)がありますが、不貞相手に対して配偶者との同棲や面会を差し止めるよう求めたこのケースにおいて、裁判所は、面会することはそれ自体違法とはいえないとして否定し、同棲についても下記の通り厳しい条件をつけた上で差止請求を否定しています。

 

大阪地裁平成11年3月11日判決

「差止めは、相手方の行動の事前かつ直接の示止という強力な効果をもたらすものであるから、これが認められるについては、事後の金銭賠償によっては原告の保護として十分でなく事前の直接抑制が必要といえるだけの特別な事情のあることが必要である。
 そこで、本件におけるそのような事情の有無についてみると、原告と○○は婚姻関係こそ継続しているものの、平成一〇年五月ころから○○は家を出て原告と別居しており、原告に居所を連絡してもいない。これに加えて、先に認定した経緯をも考慮すると、両者間の婚姻関係が平常のものに復するためには、相当の困難を伴う状態というほかない。そして、原告もまた○○との離婚をやむなしと考えてはいるものの、○○が被告と同棲したりすることはこれまでの経緯から見て許せないということから○○との離婚に応じていないのである。
 そうすると、今後被告と○○が同棲することによって、原告と○○との平和な婚姻生活が害されるといった直接的かつ具体的な損害か生じるということにはならない。同棲によって侵害されるのはもっぱら原告の精神的な平和というほかない。このような精神的損害については、同棲が不法行為の要件を備える場合には損害賠償によっててん補されるべきものであり、これを超えて差止請求まで認められるべき事情があるとまでは言えない。

 

 この判決の枠組みにしたがった場合、配偶者と不貞相手が同棲することによって、他方配偶者が精神的な平和以外に何らかの直接的かつ具体的な損害を受けるときは差止が認められ得るとは一応言えそうですが、具体的にどのようなケースが考えられるかというとなかなか難しく、実際に認めてもらうにはかなり高いハードルがあるように思われます(ちなみに、今回紹介した裁判例以外に、不貞行為の差し止めについて判断した裁判例は見つけられませんでした)。

 

 

・差止請求ができなくても、不倫関係の解消を求めることには意味がある

 

 もっとも、仮に差止請求が認められなくても、不貞相手に不倫関係を解消するよう求めたにもかかわらず相手がこれを無視して関係を継続したときは、そのような態度は慰謝料の増額事由として考慮してもらえる可能性がありますので、関係解消を求めることには意味があると思います。

 

 また、裁判で差止ができなくても、示談交渉や裁判所での和解協議の中で双方が納得して合意できれば、配偶者との接触禁止条項を設けることを通じて不貞関係をやめてもらえることもありますので、慰謝料の請求と併せてそのような条項を希望するときは専門家へ御相談いただければと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

2021年6月21日 | カテゴリー : 慰謝料, 男女問題 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

婚約によって退職した場合、失った収入(逸失利益)を婚約破棄の損害として賠償請求できるか?

 

 婚約の不当破棄の際に請求するものとしてもっともポピュラーなのは慰謝料ですが、それ以外にも、仕事を辞めたことによる減収分も請求したいというご相談を受けることがあります。

 このような請求も過去の裁判例では認められることがありますので、今回はこの点に関する裁判例をいくつかご紹介します。

 

肯定例

東京地裁令和2年2月17日判決

 原告は、婚約後に子どもを出産しており、妊娠によるつわりや体調不良のために仕事に支障が生じ、その後、働けなくなったことから、その間に失った収入の賠償を求めました。

 これに対して裁判所は、働けていたもののつわりで体調が悪かった期間については従前の月額収入の半額を損害として認め、その後、働けなくなってから訴訟提起までの数か月分を損害として認めました。

東京地裁平成19年1月19日判決

 原告は、結婚して被告の住居地へ行くために退職し、その後、一定期間被告と同居したことから、被告との結婚のための準備が進展しなければ就労を継続していたはずであるとして、退職から婚約破棄までの期間の収入を賠償すべきであると主張し、裁判所もこれを認めました。

 

否定例

東京地裁平成15年7月17日判決

「…今日の社会は、両性の平等の理念のもと男女共同参画社会の実現を目指す段階に入っており(原告自身が陳述書の中で自己の職業意識について陳述しているとおりである。)、ことに原告と被告の世代においては、既に、「結婚退職」は社会通念上当然のことではなくなっていて、結婚を機に退職するか否かは、もっぱら当該本人の自由な意思決定に委ねられている。その際、将来の配偶者となる相手方との間で、将来の自分たちの婚姻生活のあり方の決定という意味で協議が行われるべきことは当然であり、その中で、事実上、一方が他方の意向を尊重した結果として一方の退職という選択がなされるということも十分考えられるけれども、最終的には、それは、自己の生き方を自己の意思により選択した結果に他ならない。

…退職による減収は、婚姻が成就しなかったことによって損害が生じたわけではなく(予定どおり婚姻が成就していれば減収にならなかったという関係にはない。)、客観的には、あくまでも原告が就労しなかったことに起因する減収に他ならない。
 以上により、退職による減収分の賠償を被告に命じることは相当でない。」

 

実際に認められるかどうかはケースバイケース

 以上のとおり、最近の裁判例でも、婚約に起因して退職した場合に、失われた利益を婚約破棄の損害として請求できるとしたケースがありますが、今回ご紹介した2つの肯定例は、妊娠や転居など婚約に起因して減収や退職を余儀なくされたケースに関するものであることに注意が必要です。

 

 退職した理由が本人の自発的な意思によると思われる場合、つまり、婚約相手が退職を特段求めておらず、客観的にみても本人が仕事を辞めなければならない状態ではなかったようなときは、退職の必要性はなかったとして否定されることがあり得ますし、否定例のようにそもそも逸失利益を婚約破棄の損害として認めない見解も存在するところです。

 

 また、仮に認められるとしても、当然ながら将来にわたって無制限に認められるわけではなく、再就職が現実的に可能となる期間までに限られると思われますので、実際上はあまり高額な金額にならないことも想定されます。

 

 このように、逸失利益が認められるかどうかは微妙な判断が必要になり、具体的な事情によっても変わり得るところですので、慰謝料のほかにもこの点を請求したいという場合には弁護士への相談をお勧めします。

 

 弁護士 平本丈之亮

 

 

 

2021年5月3日 | カテゴリー : 男女問題 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

不貞行為を理由に社会的制裁を受けたことは、慰謝料の減額事由として考慮されるのか?

 

 不貞慰謝料については、不貞行為の期間や回数、婚姻期間の長さ、子どもの有無等の諸般の事情を総合的に考慮して決められるものですが、慰謝料を請求された不貞行為者側からは、慰謝料額を減額すべき事由として様々な事情が主張されることがあります。

  代表的な主張は、不貞行為時に既に夫婦関係が冷め切っていたというものですが、そのほかにも、不貞行為が職場に発覚するなどの社会的制裁を受けたことをもって慰謝料が減額されるべきであるという主張がなされることもあります。

 今回は、このような不貞行為者からの主張について判断した裁判例をいくつかご紹介したいと思います。

 

東京地裁令和2年9月25日判決

 このケースは、被告が不貞行為の発覚がきっかけとなって勤務先を退職せざるを得なくなるなどの社会的制裁を受けたとして、その点を慰謝料の減額事由として主張しましたが、裁判所は以下のように述べてその主張を排斥しました。

 

「被告が社会的な制裁を受けているとしても、不法行為制度における慰謝料の支払は制裁ではなく、また、訴外○○の方が交際に積極的であったとしても、それは訴外○○の責任が被告に比べてより重いということに過ぎないから、これらの事情を踏まえても慰謝料額についての上記認定は左右されない。」

東京地裁令和元年12月23日判決

 このケースでは、原告が被告の職場に申告を行った結果、被告が職場での信用を失墜し、今後何らかの処分を受ける可能性もあり、すでに社会的制裁に服したとして慰謝料の減額を求めましたが、この判決も以下のように述べてそのような主張を排斥しました。

 

「被告はすでに社会的制裁に服したなどと主張するが、これは、被告が自ら招いた事態ともいえるのであり、慰謝料の減額事由として斟酌することは相当でない。」

東京地裁平成30年1月29日判決

 このケースは、不貞行為の発覚によって不貞行為者自身が自分の配偶者と離婚するに至った点を慰謝料の算定要素として掲げています。

 

 「被告は、上記の結果としてBとの離婚に至っていることが認められ、これにより被告も相応の社会的制裁を受けたものと認められる。」

東京地裁平成28年9月7日判決

 このケースでは、被告は不貞行為が勤務先に発覚して退職を余儀なくされた、精神的ショックにより病気に罹患し再就職もできず生活保護を受給せざるを得なくなるなど既に社会的制裁を受け、過酷な生活状況にあると主張しましたが、理由は不明確なものの、この判決ではそのような主張は慰謝料の金額を左右する事情ではないと判断しています。

 

「被告において、既に社会的制裁を受けており、過酷な生活状況にあるなどとして、るる主張するところは、いずれも直ちに慰謝料の額を左右するものということはできない。」

東京地裁平成4年12月10日判決

 このケースでは、被告が不貞相手との関係解消に当たって勤務先を退職したこと等を慰謝料の算定要素として考慮しています。

 

「被告自身も・・・○○との関係解消に当たって、勤務先を退職し、意図していた・・・転職も断念して・・・の実家に帰ったことで、相応の社会的制裁を受けていること(これに対して、○○は、従来の職場に引き続き勤務しているものであって、少なくとも社会生活上の変化はない。)等の各事情が指摘できるところである。」

 

 以上、当職が見つけることのできた範囲で裁判例をいくつかご紹介しましたが、社会的制裁を受けたことを減額事由として考慮するかどうかは裁判所でも判断が分かれているようです。

 慰謝料の計算にあたってどのような事情を考慮するかは個々の裁判官の判断によると思われますが、上記の通り、必ず減額事由として考慮してもらえるといった類の話ではないように思われ、個人的には慰謝料の性質から考慮事情にならないと判断した令和2年判決の判断に説得力を感じます。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2021年3月17日 | カテゴリー : 男女問題 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

不貞の調査費用について、損害賠償請求はできるのか?

 

 不貞行為に基づく損害賠償請求をしたいというご相談を受けた場合、慰謝料以外に調査会社に対して支払った調査費用を請求できないか、というご要望を受けることがあります。

 そこで今回は、この点について判断した近時の裁判例をいくつかご紹介します。

 

肯定例

 【東京地裁平成30年1月10日判決】 

 調査自体の必要性は否定できないものの、ほかに有力な証拠も存在しており必要不可欠なものとまではいいがたいこと、調査報告書が立証のために必要であったとはいいがたいことなどから調査費用の一部のみを損害として認めた事例

 

 【東京地裁平成29年4月25日判決】 

 交際の相手方を特定できておらず配偶者が不貞行為を否定していた等の事情から、交際状況と相手方を把握して損害賠償請求権を行使するために必要なものであったとして、調査に要した費用の一部を不貞行為と相当因果関係のある損害であると認めた事例。

 

 【東京地裁平成28年10月27日判決】 

 調査会社による調査の必要性自体は否定できないが調査結果は立証方法の一つにすぎないこと、原告は複数回の調査を調査会社に依頼しており調査の全てにつきその必要性があったか否かは明らかでないこと、調査内容は被告の行動を調査して書面により報告するというものでありそこまで専門性の高い調査とはいえないことなどから調査費用の一部のみを損害と認めた事例

 

 【東京地裁平成28年2月16日判決】 

 原告が不貞行為を問いただした際、配偶者が不貞関係を認めず調査を行わざるを得なかったことを理由として原告主張の調査費用相当額を損害として認めた事例

 

否定例

 【東京地裁令和2年10月7日判決】 

 不貞行為の存否は専門家の専門的調査、判断を要するようなものではないこと、相手方が性的関係を持ったことを否定しなかったことなどの事情から、調査費用が不貞行為と相当因果関係のある損害であるとは認められないとした事例(ただし、多額の調査費用をかけて不貞行為の有無を調査したことは慰謝料額を算定するにあたっての一事情として考慮すべきとされた。)

 

 【東京地裁令和2年7月14日判決】 

 調査会社の調査結果の一部には不貞行為をうかがわせる事実がを含まれているが、不貞行為を推認させる事実を立証する証拠とはいえないとして,不法行為との相当因果関係を否定した事例

 

 【東京地裁令和元年12月18日判決】 

 調査が不貞関係把握のために有効だとしても、調査費用が一般に不貞行為から生ずる損害とまでは言い難いとし、このような出費をしたことが慰謝料算定の一事由として考慮することがあり得るとしても、調査費用それ自体は不法行為と相当因果関係がある損害と評価することはできないとした事例

 

 【東京地裁平成30年2月1日判決】 

 いかなる証拠収集方法を選択するかは専ら請求者の判断によるものであり、不貞行為との間に相当因果関係は認められないとした事例

 

 【東京地裁平成29年12月19日判決】 

 調査費用が不貞関係の把握のために有効であることは確かであるとしても、一般に不貞行為という不法行為から生ずる費用とまでは言い難く相当因果関係があるとは認め難いとした事例

 

 【札幌高裁平成28年11月17日判決】 

 配偶者が自ら不貞行為を認めていたなどの事情にかんがみると調査を利用しなければ不貞行為の相手方を知ることが不可能であったとまではいえないことや、調査の内容等も判然としないことから、調査費用を損害として認めなかった事例

 

 以上のように、調査費用が損害に含まれるかについては裁判例の中でも判断が分かれているようですが、否定例の中でも、そもそも損害に含まれるものではないという考え方のほか、その事件では立証に不可欠とまではいえないから否定する、という風に事案次第では認める余地があるとする考え方で分かれています。

 他方、肯定例においても、その調査が立証上、どの程度必要性があったのかという個別の事情に即して損害の範囲を判断しており、支出した調査費用がそのまま全額認められる例は多くないように思われました。

 すべての裁判例を網羅できているわけではありませんが、以上のような裁判例が存在することからすると、調査費用については裁判で認められないか、認められたとしても支出した費用の一部に制限される可能性がありますので、調査会社に調査を依頼することを検討するときは、どこまで依頼するか(=どこまで費用をかけるか)について、しっかりと考える必要があると思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2021年1月28日 | カテゴリー : 慰謝料, 男女問題 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

最近の裁判例に見る婚約破棄の慰謝料

 

 男女間のトラブルの中で比較的多いものとして、婚約を破棄された、あるいは婚約中に相手方に不誠実な行為があり婚約を解消せざるを得なくなったというものがあります。

 

 相手方の婚約破棄に正当な理由がない場合や婚約中の不誠実な行為によってこちらから婚約を破棄せざるを得なくなった場合、慰謝料を請求できることがありますが、今回は実際の裁判の中でどの程度の金額が認められる可能性があるのかなどについて、近時の裁判例をご紹介したいと思います。

 

東京地裁平成28年3月25日判決

 【慰謝料】 

 200万円

 【判決で指摘された事項】 

①婚約破棄に至った経緯(※)

 

②婚約破棄によって原告が体調を崩し、職場において注意散漫になっていると指摘されるなど原告に深い精神的苦痛を与えていること

 

※どのような事実を算定の上で重視したかは判決文からは判然としないものの、結婚式と披露宴を開催し、一旦同居を開始したこと、その後の話し合いの中で、被告は結婚式の前から原告と添い遂げる気持ちがなくなっていたことや、それにもかかわらず結婚式・披露宴の中止や延期は考えていなかった、という事情が認定されている。

東京地裁平成28年10月20日判決

 【慰謝料】 

 30万円

 

 【判決が指摘された事情】 

①原告が被告の婚約破棄後、自殺を図ったこと

 

②婚約破棄当時、原告と被告が婚姻生活と同等の相互扶助、協力関係に入っていたとまで評価しうる事情はないこと

 

③原告と被告は、被告の婚姻中の不貞行為から発展して婚約に至ったものであり、原告の婚姻成就に対する期待権は、被告とその元配偶者の婚姻秩序を侵害しつつ発生したものと言わざるを得ないこと

 

④原告が自殺未遂に及んだり失職したことは認められるが、社会通念上、婚約を破棄された者が自殺に及ぶことや失職を余儀なくされることが通常であると評することはできないこと(自殺や失職について受けた精神的損害については、加害者側がそのような事態が発生することについて予見していたか予見できたことの主張立証が必要であること)

東京地裁平成28年11月1日判決

 【慰謝料】 

 50万円

 

 【判決で指摘された事情】 

①被告は、原告と婚約をしていたにもかかわらず、他の男性と男女間の愛情を前提とした交際をし、それ以外にも少なくとも3件のデートクラブに登録して不特定多数の男性との交際を求めていたこと

 

②原告と被告の関係は、婚約期間はわずか1か月程度、交際期間もわずか3か月程度という非常に短いものであったこと

 

③原告及び被告は、両親や友人に対して婚約した旨を報告していたものの結納をしておらず、結婚式場の予約もしていなかったこと

 

④原告は、被告が他の男性と交際しまたはデートクラブに登録するなどしていることが判明するや、被告との関係を修復しようと試みることなく直ちに本件婚約解消を申し入れており、原告被告間の婚約関係がそれほど強固なものであったとまでは認められないこと

 

※被告は原告との間で婚約が成立しており,ほかの男性との間で男女間の愛情を前提とした交際をしてはならない義務を負っていたとして、その義務に違反したとして慰謝料の支払いが命じられたケース。

東京地裁平成28年11月14日判決

 【慰謝料】 

 150万円

 

 【判決で指摘された事情】 

①原告が被告の子を出産して婚約したこと

 

②原告は、婚約後に仕事で多忙になったため、一度、被告から婚約解消の申出を受けたが、その後、再び婚約し、さらに再度婚約を破棄されているところ、2度目の婚約破棄の時点では原告被告間の関係は必ずしも強固なものとはいえない状態となっていたこと

 

③被告は、原告が多忙になり会う機会が減ったことに寂しさ等を覚えて他の女性と交際し、原告との婚約を一旦破棄したが、その後撤回した。すると、今度は交際していた他の女性から職場で問題にすることや慰謝料を請求することなどを告げられたため、退職を余儀なくされることを恐れて自己保身のため再び婚約を破棄したこと

 

④被告は、調停を起こされるまでの間、原告と被告との間の子どもの認知を拒んだこと

東京地裁平成29年12月4日判決

 【慰謝料】 

 200万円

 

 【判決で指摘された事情】 

①原告と被告との同居期間が約3年という長期にわたっており、その間、両者は親密な男女関係を継続していたこと

 

②同居期間中、原告は2回にわたり妊娠し、人工妊娠中絶を行っていたこと

 

③被告の婚約破棄を正当化しうる事情はみあたらず、原告には非難に値するような言動等があったとも認められないこと

東京地裁平成30年2月27日判決

 【慰謝料】 

 100万円

 

 【判決で指摘された事情】 

①原告が、被告の生活費や被告の配偶者への婚姻費用の支払いなど種々の事務を行い、それに伴い相当な出捐をしてきたこと

 

②被告が、原告と婚約関係にあった間、他の者と婚姻関係にあったこと

東京地裁令和2年2月17日判決

 【慰謝料】 

 100万円

 

 【判決で指摘された事情】 

①原告が被告との交際期間中に堕胎できない身となり、婚約破棄後に子を産んだこと

 

②被告が原告と出産した子に対して何らの協力もしていないこと

 

③原告は同居の母親の援助を得ながら子を養育しているが就労に制限があり母親ともども生活が逼迫していること

 

 以上、いくつかの裁判例をご紹介しましたが、これらの裁判例を見ると、交際や婚約の期間、結婚の実現に向けた対外的行動の有無(結婚式や披露宴、結納など)、同居の有無や期間、妊娠出産や中絶の有無、婚約解消に至る際の悪質性の程度、婚約解消後の対応、交際開始の経緯(不貞から発展した関係かどうか)などを考慮して精神的苦痛の度合いを判断していることが分かります。

 

 どの程度の慰謝料が妥当かは、結局のところ上記のような諸事情を考慮した上で判断せざるを得ませんが、婚約破棄を巡っては感情面での対立が激化しがちであり、金額の交渉を含め冷静な話し合いが困難なことがありますので、必要に応じ、専門家へのご相談をご検討いただければと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

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2020年8月1日 | カテゴリー : 男女問題 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

不貞にまで至らない男女間の交際等が不法行為になると判断されたケース

 

 男女間トラブルで典型的なものはいわゆる不倫問題ですが、相談をお受けしていると、「不倫」というキーワードは出てくるものの、実際には性交渉にまでは至っておらず不適切な交際にとどまっていたり、あるいは疑わしいが性交渉があったことの立証までは困難というケースがあります。

 もっとも、性交渉にまで至っていない場合であっても、ケースによっては不法行為として損害賠償を命じられる場合もあるため、今回は、この点に関する裁判例をご紹介します。

 

東京地裁平成28年9月16日判決

 この事案では、原告が、自分の配偶者と親密な関係にあった者(A)に対して慰謝料の請求をしましたが、裁判所は性交渉をもった疑いは払拭できないものの、そのような事実が存在したとまで認めるに足りる証拠はないとしました。

 しかし、これに続き、性交渉までは認められないとしても、Aと原告の配偶者が以下のような関係にあったことは社会通念上許容される限度を逸脱していたとして慰謝料の支払いを命じました。

 

裁判所が指摘した事実関係

・Aと配偶者は、携帯電話で頻繁に連絡を取り合い、2人で食事に出かけたりカラオケ店に入店したりしていたほか、休日に自動車で外出したりしていた。

・Aと配偶者は、腕を組んだり、手をつないだりして歩くこともあった。

・Aと配偶者の交際関係は1年半近くにわたって継続していた。

・2人は抱き合ったりキスをしたりしていたほか、Aが服の上から配偶者の身体を触ったこともあった。

 

東京地裁平成29年9月26日判決

 このケースにおいて、原告は、性交渉の存在を理由に慰謝料の請求をしたのではなく、「配偶者を有する通常人を基準として、同人とその配偶者との婚姻関係を破綻に至らせる蓋然性のある異性との交流、接触」も不貞行為に含まれると主張し、配偶者(B)とLINEでやりとりをした複数の者に対して慰謝料を請求しました。

 これに対して裁判所は、このような原告の主張について以下のように述べ、一部の被告に対する慰謝料の請求を認めました。

 

「原告は、不法行為法上の違法を基礎付ける不貞行為は、性交渉及び同類似行為に限られず,配偶者を有する通常人を基準として,同人とその配偶者との婚姻関係を破綻に至らせる蓋然性のある異性との交流,接触も含まれる旨主張するが、不貞行為とは、通常、性交渉又はこれに類似する行為を指し,原告主張の異性との交流,接触が不貞行為に該当するということはできず,採用できない。原告の主張は、不貞行為に該当しないとしても、上記婚姻関係を破綻に至らせる蓋然性のある異性との交流、接触も不法行為に該当すると主張する趣旨を含むものと思料されるところ、判断基準として抽象的に過ぎ、そのまま採用することはできないが、不貞行為が不法行為に該当するのは婚姻関係の維持という権利又は法的保護に値する利益を侵害するからであることからすると、原告主張の具体的事実について、その行為の態様、内容、経緯等に照らし、不貞行為に準ずるものとして、それ自体、社会的に許容される範囲を逸脱し、上記権利又は利益を侵害するか否かという観点から、不法行為の成否を判断するのが相当である。」

 

慰謝料請求が認められた被告について裁判所が指摘した事実関係

・被告がBとの間で、被告とBが、従前、性的関係を有していたことを前提として、LINEに性的行為の内容を露骨に記載して性交渉を求めるやりとりをしたこと
・従前、性的関係を有していたことを前提として、性的行為の内容を露骨に記載して性交渉を求めることは、不貞行為には該当しないもののこれに準ずるものとして社会的に許容される範囲を逸脱するものといえ、婚姻関係の維持という権利又は法的保護に値する利益を侵害するものであるというべきであるから、原告に対する不法行為を構成すると認められる。

 

 なお、被告は,上記のようなやり取りは冗談であり,その内容をBに確認すれば分かるのであるから婚姻関係を破綻に至らせる蓋然性があるとはいえず不法行為に該当しない旨も主張しましたが、裁判所は、このようなやり取りを目にした原告が被告との関係をBに問い質し,真意の確認を求めること自体,Bとの信頼関係に影響し夫婦関係を悪化させるものであることは容易に推察することができるから,Bに確認をすることにより冗談であるとの回答が得られたとしても不法行為の成否を左右するものとはいえないとして被告の主張を退けています。

 

 以上のように、たとえ性交渉がなかったとしても、その関係が社会通念上許容される範囲を逸脱する場合には、配偶者に対する慰謝料の支払義務が発生することがあります。

 どの程度の交際関係があれば社会通念上許容される程度を逸脱するのかについて明確な基準はなく、2番目に紹介した裁判例が指摘するように行為の態様や内容、経緯等を総合的に判断するほかはありませんが、少なくとも今回ご紹介したような行為については実際に慰謝料の支払いを命じられる可能性がありますので、性交渉がなければ慰謝料が発生しないわけではないという点については注意が必要です。

 

 弁護士 平本丈之亮

2020年7月10日 | カテゴリー : 慰謝料, 男女問題 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

不貞行為の慰謝料の示談が無効になったり取り消されることはあるのか?

 

 不貞行為によって慰謝料の請求をし、示談や和解が成立したにもかかわらず、あとになって公序良俗に反し無効である、強迫があったから取り消すなどと争われる例があります。

 

 不貞行為があると被害者はどうしても感情的になってしまうため、請求行為に行きすぎがあったり高額になったりするのが原因ですが、今回は、この点が問題となった最近の裁判例を3つほどご紹介したいと思います。

 

東京地裁平成29年3月15日判決

 【合意の当事者】 

夫と妻の不貞相手の男性

 

 【合意の内容】 

和解金600万円

 

 【和解契約が強迫により取り消せるか】 

①夫と調査会社らの男性4名が妻と不貞相手のいるマンションに深夜0時30分頃に押し掛けたこと

 

②夫は、妻からあらかじめ渡された合鍵を使用してマンションに立ち入ったものであるが、マンションの契約者は妻であり、そのマンションに全くの第三者を伴って立ち入ることは妻の意思に反するものであり違法性を帯びるものであること

 

③同行した調査会社の社長が不貞相手に携帯電話機を見せるように述べてこれを受け取り、これをすぐに返還せずに手の届かないベッドの脇に置いたこと

 

④③のような行為は、不貞相手に対して、夫らが自分の連絡手段を奪おうとしていると感じさせる可能性が十分にある行為であり、不貞相手が恐怖感を抱きやすい状態にあったことを裏付ける事情であること

 

⑤調査会社の社長が不貞相手に対して、勤務先のコンプライアンス委員会に知らせて解雇させることもできるが、和解契約に応じればさらなる攻撃はしない旨告げ、和解契約書の作成を引き延ばそうとした不貞相手に対して、夫や調査会社の社長が現場での作成を求めたこと

 

⑥①~⑤のような立ち入りの態様やその後のやり取りの内容からすると、手段の点で正当な権利行使としての相当性を欠くものと言わざるを得ない。

 

⑦600万円という金額も、不貞行為の期間が約半年にとどまっていることに照らすと、妻と不貞相手が週に4、5回程度会っており、離婚はしていないものの婚姻関係が回復する見込みがないことを考慮してもやや高額にすぎること

 

⑧以上を踏まえると、本件和解契約は、不貞相手が解雇などの不利益を被る可能性があるという恐怖感を感じて応じたものであり、強迫によって取り消し得るものである。

 

東京地裁平成28年1月29日判決

 【合意の当事者】 

夫と妻の不貞相手の男性

 

 【合意の内容】 

慰謝料300万円

 

 【和解契約が公序良俗に反して無効か】 

①被告が提訴前の代理人弁護士を介した交渉において不貞関係を争っておらず、むしろ和解後の残金の支払いに応じる姿勢をみせていたこと

 

②被告は和解契約書に記載されていた「不倫交際」という文言の「不倫」について、肉体関係を伴わない交際まで含むと理解していたと述べるが、日常用語として不倫と不貞はほぼ同義であり、その他の事情も考慮すると不自然と言わざるを得ないこと

 

③慰謝料300万円という金額が暴利行為といえるほど高額であるとは、現在の訴訟における不貞慰謝料の認容額の相場に照らしてみても認めがたいこと

 

④よって、本件和解公序良俗に反するとは言えない。

 

 【和解契約が強迫により取り消せるか】 

①和解契約書を作成したのはファミリーレストランであり、周囲には客や店員がいたはずであるから、客観的に大声を上げるなどのような粗暴な言動には及びにくい状況であったこと

 

②和解契約書作成の時点で、被告は不貞行為を争っておらず、強迫がなければ金銭の支払いに応じなかったといえるか疑問であること

 

③代理人弁護士との交渉時において、夫の強迫行為を説明した形跡がないこと

 

④以上からすると、強迫によって和解契約がなされたと認定することはできない。

 

東京地裁平成28年1月13日判決

 【合意の当事者】  

妻と夫の不貞相手の女性

 

 【合意の内容】 

慰謝料500万円

 

 【和解契約が強迫により取り消せるか】 

①話し合いが行われたのは一般人も出入りするオープンカフェであり、被告の自由意思の形成に問題が生じるような状況であったとはいえないこと

 

②原告やその弟が交渉の際に述べた下記のような言葉は、不貞行為に対する慰謝料の支払交渉において社会的にみて許容される限度を超えるものとまではいえないこと

「僕らもやはり出るとこにでていかなきゃいけないし」

「ご実家のほうに伺わせていただきます。」

「お嬢さんも私立の学校に行ってらっしゃいますよね。」

「やっぱり出るとこ出ますよ。」

 

③被告も、500万円という金額の提案に対して、お金がないから支払えないと一貫して主張しており、その後、分割払いの話になったところ、自ら「うん、いいですよ。(月額)9万で。」と述べて、最終的に和解書に署名指印していること

 

④以上からすると、被告が原告に畏怖して和解に応じたとは認められず、本件和解を強迫によって取り消すことはできない。

 

 【和解契約が公序良俗に反して無効か】 

①不貞行為によって婚姻関係が破綻したことや、それまで夫婦の婚姻関係に特段の問題があったとは認められなかったこと、不貞行為の態様・期間等の一切の事情、夫が原告と復縁する意思はないと述べていることに照らせば、500万円という金額が不相当に高額ということはできないこと

 

②本件和解における支払いは分割払いとなっていたが、分割払いは一括では払えない場合に利用するのが一般であり、債務者に対する負担感は一括払いと大きく異なること

 

③以上のような事情のほか、本件の一切の事情に照らしても、本件和解が公序良俗に反するとは認められない。

 

権利行使にも社会的に相当なやり方が求められる

 

 慰謝料の請求は正当な権利行使ですが、たとえ正当な権利があり、これを実現するために必要があっても、そのための手段が社会的相当性を逸脱する場合には権利行使が認められないことになりますので、一番最初のケースが取り消されたことは事案の内容から見ても妥当と考えます。

 

 このケースでは強迫による合意の取り消しによって請求が棄却されていますが、事案の内容からすれば、仮に強迫が認められなかったとしても合意は公序良俗に反し無効と判断された可能性もあると思われます。

 

 この事案は、いわゆる調査会社の社長や社員が不倫現場に臨場して現場を押さえるという手法が問題となったものですが、このようなやり方にはリスクがあることが判決で示された点にも特徴があります。

 

結論に影響したと思われる事情

 

 1番目のケースと2番目・3番目のケースでは、最終的な合意の効力に関して結論が分かれましたが、結論に影響を与えたと思われる事情は概ね以下のようなものと思われます。

 

和解交渉が行われた場所

 

 2番目と3番目のケースは、いずれも第三者が周囲にいるオープンスペースでの交渉であり、このような場所での交渉であったことから、不貞相手の自由意思に対する抑圧の程度が高くなかったということが重視されています。

 

 1番目のケースはこれと対照的であり、深夜に男性4名が合い鍵を用いてマンションに押し掛けるという手段は恐怖心を与えるに十分なシチュエーションであったことが結論に影響しています。

 

金額

 

 2番目と3番目のケースでは、和解が有効であることの根拠として、いずれも不相当に高額ではないことが挙げられています(500万円という金額は高額と思いますが、本来、慰謝料は一括場合が原則であるため、分割払いでの合意がなされたという事情から債務者の負担が過酷とまではいえないとの評価につながったのではないかと考えられます)。

 

 1番目のケースについては金額そのものが600万円と非常に高額であり、この種のケースを取り扱う弁護士の感覚からすると相場の2~3倍程度にも達するものであるため、原告に不利に働いたものと思われます。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2020年6月15日 | カテゴリー : 男女問題 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

独身であると嘘をついて交際した者に対する慰謝料請求と注意点

 

 前回のコラムで、既婚者であることを知らずに交際した場合に、交際相手の配偶者に対して慰謝料の支払義務が発生するのかということについてお話ししましたが、今回は、騙された側が交際相手に慰謝料の支払いを求めることができるのか、という点についてお話しします。

 

不法行為に基づき慰謝料を請求できる場合がある

 既婚者であることを隠して交際を申し込み、性的関係を含む交際を開始した場合、騙されて交際に至った側は、人格権ないし貞操権を侵害されたとして交際相手に慰謝料を請求できるとされています(東京地裁平成27年1月7日判決、東京地裁令和元年12月23日判決等)。

 

既婚者であることを知っていたはずという言い訳

 

 もっとも、この種の事案では、交際相手から、相手は自分が既婚者であることを知っていたはずであるから責任がない、という反論がなされることがあります。

 

 既婚者であることを知って交際関係に至った場合、そのような関係は法的に保護するに値しないため、原則として慰謝料の請求はできないとされているためです。

 

 したがって、このような反論が出ることが想定される場合は、メールやSNSのメッセージ等により、自分は交際相手が未婚であることを前提にしていたことを証明できるよう対策を講じておく必要があります。

 

既婚者であることを知っていた場合、請求のハードルは高い

 

 先ほど述べたとおり、既婚者であることを知った上で交際関係に至った場合、何らかの理由で関係が破綻したとしても原則として交際相手に慰謝料を請求することはできません。

 

 もっとも、交際関係を継続した動機が主として交際相手の詐言を信じたことにあるなど交際相手に大きな責任があり、交際相手の違法性が著しく大きい場合には、例外的に慰謝料の請求ができる場合もあります。

 

  たとえば、交際相手が妻とは関係が悪化しているから別れて君と結婚するなどと述べたが実際には離婚する意思などなかった場合が典型例ですが、このようなケースでも、本人の年齢や社会的地位、交際継続中の互いの行動などを総合的に考慮し、本人側の落ち度も相応にあるという場合には、交際相手の違法性が著しいとまではいえないとして慰謝料が認められないことがありますので、請求のハードルは決して低くはありません。

 

 また、このようなケースでは、そもそも交際相手は不誠実であることが多いため、いざ慰謝料の請求をすると、これまでの発言を翻して自分は結婚の約束などしていないなどと責任逃れをすることがあるため、慰謝料を請求したいのであれば、交際相手に具体的にどのような詐言があったのかを立証する材料を確保しておく必要があります。

 

交際相手の配偶者から慰謝料を請求されるリスクに注意

 既婚者であることを知らなかった、あるいは既婚者であると知っていたが交際相手の詐言があったとして慰謝料の請求をする場合、交際相手の配偶者から逆に慰謝料の請求を受けるリスクがあることには注意が必要です。

 

 まず、既婚者であることを知らなかったという場合には、単に知らなかったことだけではなく、既婚者であることを知り得なかった(=過失がない)ことを証拠に基づいて説得的に説明できなければ、配偶者からの慰謝料請求によって意味のない結果に終わってしまう可能性がありますので、ことを起こす前に、自分には過失もないと言い切れるだけの材料があるかどうかを慎重に吟味しなければなりません。

 

 これに対して、既婚者であることを知っていた場合には、たとえ相手の詐言があったにせよ既婚者であること自体は知っていた以上、客観的にみて婚姻関係が破綻してなかった場合には配偶者に対する慰謝料の支払義務は免れないと思われますので、リスクが大きいにもかかわらず、あえて慰謝料請求をする意味はどこにあるのかをよく考える必要があります。

 

 このように、交際相手が既婚者であることを知らなかった場合、理論的には慰謝料請求は可能ですが、それがきっかけとなって交際相手の配偶者から逆に慰謝料請求されるリスクがあり、実際、そのようなケースを担当したこともあります。

 

 慰謝料の請求をする場合には、そのような事態に至る可能性がどの程度あるのか、慰謝料を請求された場合にそれを退けられる材料があるかを吟味した上でアクションを起こす必要がありますが、その判断は非常に難しいところですので、弁護士への相談と依頼が必要と思われます。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2020年6月2日 | カテゴリー : 男女問題 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

知らずに既婚者と交際した場合と慰謝料の支払義務

 

 当事務所には男女間のトラブルに関するご相談も多く寄せられますが、その中でも比較的多くあるのは、交際相手が既婚者であることを知らずに交際してしまい、交際相手の配偶者から慰謝料の請求をされているというケースです。

 

 では、そのようなケースで、結果的に不貞行為をしてしまった者は慰謝料の支払義務を負うのか、というのが今回のテーマです。

 

「故意」又は「過失」があれば責任を負う

 不貞行為に基づいて慰謝料の支払義務を負うのは、交際相手が既婚者であることを知りながら交際した場合(故意)、既婚者であることは知らなかったが知ることができる状況だったにも関わらず交際した場合(過失)の2つの場合です。

 

 故意については分かりやすいところですが、今回のメインテーマのように交際相手が既婚者であることを隠して交際に至り、紛争になったケースの場合には、多くの場合過失を巡って争いになります。

 

どのような場合に過失が認められるのか?

 過失の有無は具体的な事情によって異なるため、これがあれば過失がある、過失はないと明確に決まっているものではありませんが、過失の有無に関係する事情としてはたとえば下記のようなものがあります。

 

 ①交際期間や会う頻度 

 交際期間や会う頻度が長ければ、それだけ得られる情報量が増えるため、既婚者であることを知りやすい状況だったという方向につながりやすい事情と言えます。

 

 ただし、交際相手が巧みに情報を隠すというケースもありますので、これのみで過失があるという結果につながるわけではありません。

 

 ②家族関係・親類との接触 

 たとえば、交際相手に子どもがいる場合だと、子どもがいない場合に比べれば既婚者である可能性が高いため、子どもの存在を知っていることは過失を肯定する方向の事情になり得ます(ただ、これも交際相手の説明次第であるため、これだけで過失ありとまでいえない点は①と同じです)。

 

 また、単なる交際の域を超え、将来の結婚まで約束している悪質なケースがありますが、そのようなレベルの交際であるにも関わらず交際相手が合理的な理由もなく自分の両親への挨拶を頑なに拒むような場合、既婚者であることを窺わせる事情として過失を肯定する方向に働きます。

 

 ③出会いの場や知り合ったきっかけ 

 同じ職場の場合、日常的な接触の中で既婚者であることを推知できる可能性があるため、過失を肯定する方向につながります。

 

 もっとも、同じ職場といっても、会社規模が大きく勤務する部門も異なるようなケースであれば必ずしも家族関係を知り得るとは限りませんので、この点も具体的に見ていく必要があります。

 

 また、いわゆる婚活サイトで知り合った場合だと、出会いの場それ自体が将来の結婚を前提にしたものである以上、交際相手が既婚者であると認識するのは困難であった(=過失がない)という方向につながりやすいと思いますので、知り合ったきっかけも重要です。

 

 ④相手の言動や行動 

 交際相手が交際前、あるいは交際中にどのような言動や行動をしていたかは、故意の有無のみならず過失の認定にも影響します。

 

 当職が過去に経験した事案では、交際相手が積極的に離婚した旨をアピールして独身であることを信じ込ませていたというケースがありましたが、そのような言動や行動があった場合には過失が否定される方向につながりやすいと思われます。

 

 他方、交際相手が婚姻関係について曖昧な態度をとっていたり説明を拒否したような場合には過失を肯定する方向につながりやすいと思います。

 

 【最終的には総合判断】 

 以上、過失の認定に影響しうる事情をいくつか例示しましたが、先ほども述べたとおりどれか一つでも当てはまれば即過失の有無が決まるというものではなく、それぞれの事案に応じて様々な事情を総合し、交際当時あるいは交際開始後に既婚者であると知り得る状況があったかどうかによって過失の有無が判断されることになります。

 

 そのため、慰謝料を請求する側、される側のどちらの立場であっても、上記のようなファクターを一つずつ見ていき、さらに個々の事情についてどこまで立証できるかも含めて丁寧に検討していく必要があります。

 

既婚者でないことを確認しなかったことが過失といえるか?

 この種のトラブルでは、既婚者であることを戸籍等で確認するべき義務があったのにそれを怠ったのが過失であるという形で争われることがあります。

 

 しかし、一般的には相手方の身分関係を確認する義務があるとまでは考えられておらず、具体的事実関係から離れ、身分関係の確認をしなかったことのみで即座に過失があると判断される可能性は非常に低いと思います。

 

 ただし、相手が既婚者であることを窺わせる具体的事情があったのであれば、その時点で身分関係を確認すべき義務が生じ、それを怠ってその後も交際関係を継続したときは過失があったと判断されることがあります。

 

 たとえば、相手がメール等で女性に明日の食事についてリクエストをしていたとか、子どもの行事についてのやりとりをしていた、あるいは指輪を見つけたといった場合であれば、既婚者であることを窺わせる事情があったとして、そのような事情が判明した時点で相手の身分関係を確認すべき義務があったとされる可能性はあります。

 

 そのため、そのような兆候があった場合、自衛手段としては身分関係をきちんと確認するか、それができないのであればただちに交際関係を解消する必要があります。

 

相手に口頭で確認すれば過失なしと言えるのか?

 なお、上記とは別の問題として、単に交際相手に既婚者ではないことを口頭で確認しておけばそれで過失がないと言えるのかという点がありますが、これも交際相手の態度や言動、それまでの交際状況などによって異なり一概には言えません。

 

 要するに、客観的にみて疑いが濃い状況であれば、それを払拭するために調査すべき程度も高くなりますし、疑おうと思えば疑えないこともないといった程度であれば、調査すべき度合いも高くはないと言えます。

 

 もっとも、どこまで調査すればよかったのかというのは、結局のところ後から判断されるものであり交際当時に的確に判断することは非常に難しいため、少なくとも交際相手に口頭で確認するだけでは危険な場合があります。

 

 そのため、いったん疑いが生じたのであれば、共通の知人がいるのであればその人に確認したり、メールやSNSのメッセージの提示を求めるなど交際相手の説明について裏付調査をした方が良いですし、場合によっては、それこそ公的身分証明書の提示まで求めることまで考えておく必要があると思います。

 

 なお、疑いがあるなら調査はした方が良いというお話をすると、交際関係の破綻を恐れて確認を求めることができないというお話も出てきますが、そのような事情は不貞行為の被害者たる配偶者にとっては関係のないことであり、疑わしい事情が判明した以上、交際破綻を恐れて確認できなかったという事情があるとしても、それ自体は過失を否定する事情にはならないものと考えます。

 

 既婚者であることを隠して交際に至った場合、配偶者から慰謝料請求を受ける可能性があり、ひとたびトラブルが発生した場合には感情もあいまって大きな紛争になることがあります。

 

 このようなケースでもっとも悪いのは当然ながら婚姻関係を隠した者であり、別途、離婚や慰謝料請求などが検討されるべきですが、そのことと配偶者との間の慰謝料の問題とは法的には別に対処する必要がありますので、トラブルが生じた場合には弁護士へご相談いただきたいと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2020年5月28日 | カテゴリー : 男女問題 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所