自衛官の若年定年退職者給付金と財産分与

 

 財産分与の対象となり得るものとして退職金がありますが、退職金に似たものとして財産分与の対象となるかどうかが問題になることがあるものとして、自衛官の退職後に支給される「若年定年退職者給付金」というものがあります。

 

 あまり一般的なお話ではありませんが、この点については参考になる文献等が乏しいため、自衛官の方と配偶者の方との間でこの点が問題となった場合の一助になるよう、今回は若年定年退職者給付金と財産分与をテーマに取り上げてみたいと思います。

 

若年定年退職者給付金とは?

 

 若年定年退職者給付金とは、自衛官が通常の公務員や私企業に勤める方に比べて大幅に若年で定年を迎えることから、早期退官による収入減少がもたらす隊員の生活不安を解消し、優秀な自衛官を確保するという政策的な目的に基づき給付されるものです(法的根拠は防衛省の職員の給与等に関する法律第27条の2ないし16)。

 

なにが問題か?

 

 このように若年定年退職者給付金は、いわゆる通常の退職金とは異なる趣旨・目的のもと政策的に支給されるものであるため財産分与の対象になるのか、というのが問題の所在です。

 

若年定年退職者給付金が財産分与の対象となるかどうかについて確定的な見解はない

 

 この問題を考える上では、そもそも退職金がなぜ財産分与の対象になるかという点から考える必要があると思いますが、退職金が財産分与の対象となるのは、これが過去の労働の対価の後払いとしての性質を有し、そのような過去の労働部分について、他方配偶者には財産形成上の貢献が認められるからとされています。

 

 そうすると、若年定年退職者給付金が財産分与の対象となるかどうかは、この給付金が過去の労働の対価としての性質を有するかどうかという観点から検討していくことが有効なアプローチであると思われますが、この給付金には以下のような特徴があります。

 

・若年定年退職者給付金は、若年定年制から生じる他の労働者との収入の格差という不利益を補い、優秀な隊員を確保するという政策目的で給付されるものであること

 

・退職後の収入水準によっては、返納や支給調整があること

 

 上記のとおり、自衛官は若年定年制によって他の労働者との間で将来の収入格差が生じる可能性があるため、そのような経済的格差の発生を政策的に補うものであることや、若年定年退職者給付金が過去の対価としての性質を有しているならば退職後の収入水準と連動させる必要はなく過去の勤務実績に応じて支給すれば足りることからすると、個人的には当該給付金が過去の労働の対価としての性質を有するというのは違和感を覚えます。

 

 したがって、退職金が財産分与の対象となる根拠を過去の労働の対価であるという退職金の性質論に求め、若年定年退職者給付金がこれと同視できるかどうかという点を判断要素とするならば、財産分与の対象にはならないという結論につながっていくと考えます。

 

 他方で、若年定年退職者給付金は自衛官の地位にあったことに基づき支給されるものであり、過去の労働に対して配偶者が貢献した結果、定年時に給付金を得られる地位を得るに至ったと評価したうえで、そのような自衛官たる地位の維持に対する貢献があれば十分であると考えるならば、当該給付金が財産分与の対象になるとの解釈も成り立ち得るように思われます。

 

 もっとも、地位や資格については、その取得に配偶者が貢献した場合でもそれ自体を財産分与の対象とすることはできないという見解もあり(東京地裁平成19年3月28日判決・・・医師免許、認定医の資格及び博士号の各取得について寄与があり、これらの資格、地位を無形の財産と評価して分与対象とすべきとの主張について、分与対象財産はないとして排斥したもの)、自衛官という地位の維持について貢献があることを根拠に給付金が財産分与の対象となるとの結論にも疑問は残ります。

 

 私自身は実際に接したことはありませんが、この論点については肯定・否定両方の裁判例があるようであり、そうすると、財産分与を求める側、求められた側のどちらであっても若年定年退職者給付金の取り扱いについては簡単に結論が出ない可能性があることを踏まえた上で協議等を進める必要があると思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

財産分与をやり直すことはできるか?

 

 離婚の際に財産分与の合意をしたが、いろいろな事情によってやり直したいというご相談を受けることがあります。

 では、このようなやり直しは可能なのか、というのが今回のテーマです。

 

当事者で合意してやり直すことは可能

 まず、当事者双方が合意によって財産分与をやり直すことは特段禁止されていませんので、この場合は可能です。

 ただし、すでに財産の移転がなされた後に改めて財産の移動があった場合、財産分与としての資産移動ではなく元夫婦の間における単なる贈与であると判断され、課税される可能性があり得ます(遺産分割協議のやり直しでも同じ問題があります。)ので、そのようなやり直しをする場合には事前に税理士に相談しておくのが無難です。

 

相手が約束を守らない場合に合意を解除できるか?

 それでは、いったん取り決めた財産分与の内容を相手が守らなかった場合、その財産分与の合意について債務不履行を理由に解除し、やり直すことはできるでしょうか?

 通常、財産分与の約束を守らない場合には訴訟や強制執行により解決を図ることになりますが、たとえば、早期にまとまった財産を受領することを優先し、本来もらえるはずだった内容よりも大幅に減額した内容で財産分与の合意をしたような場合には、合意自体をなかったことにしたいというニーズがあるため問題となります。

 この点については、調べた範囲ではこれを認める見解もあるものの、下級審ですが以下のように否定した裁判例がありましたので紹介します。

 

福島地裁昭和49年2月22日判決

「財産分与契約は、身分法上の法律行為であり、夫婦財産関係の清算と離婚後の扶養を目的とし、法律によって認められた財産分与請求権の内容を確定するものである。(中略)民法第五四一条による契約解除の制度は、終局的に自己の給付義務を免れることによって取引の自由を回復しようと図るものであるといえるが、このような要請は、財産分与には存しないものと考えられる。なぜならば、財産分与契約の解除を許すとしても、民法第七六八条によって認められた財産分与の義務そのものが消滅するものではなく、財産分与をやり直すことになるだけだからである。そして、複雑な財産分与のやり直しは望ましいことではなく、前記制度の趣旨に鑑み、財産分与の効力の安定を図ることが強く要請されるといわなければならない。このように考えると、財産分与契約につき民法第五四一条による解除は許されないものと解するのが相当である(なお、財産分与の意思表示に錯誤または詐欺・強迫等の瑕疵が存する場合は、別に検討を要するものと考える。)。」

 

合意に錯誤がある場合

 そのほか、財産分与の合意に重要な錯誤があり、その錯誤がなければそのような合意はしなかったといえる場合には、その合意は無効(2020年4月1日以降のものについては取消)の主張が可能であるため、財産分与のやり直しができる場合があります。

 

最高裁平成元年9月14日判決

「上告人において、右財産分与に伴う課税の点を重視していたのみならず、他に特段の事情かない限り、自己に課税されないことを当然の前提とし、かつ、その旨を黙示的には表示していたものといわざるをえない。そして、前示のとおり、本件財産分与契約の目的物は上告人らが居住していた本件建物を含む本件不動産の全部であり、これに伴う課税も極めて高額にのぼるから、上告人とすれば、前示の錯誤かなければ本件財産分与契約の意思表示をしなかったものと認める余地が十分にあるというべきである。」

 

※差戻審の東京高等裁判所平成3年3月14日判決では財産分与の錯誤無効が認められました。

 

 上記判決のほか、財産分与の対象財産である株式の価値について錯誤があったとして、裁判上の和解のうち解決金と清算条項を定めた部分を無効としたものもあります(東京地裁18年10月16日判決)。

 

本人の自由意思に基づかない場合

 たとえば、暴力や脅迫などによって相手を支配し、相手の自由意思を奪ったうえで財産分与の合意を結ばせたようなケースの場合は当然ながらそのような合意に効力はありません。

 このようなケースでは、過大な支払義務を課せられるパターンのほか、著しく低額ないしまったく分与をしない内容の合意をさせられるパターンがありますが、前者については以下のような裁判例があります。

 

仙台地裁平成21年2月26日判決

「(中略)本件財産分与合意書及び本件慰謝料等支払約束書は,いずれも,原告が,被告の不貞行為を責める態度に終始し,被告に対する暴力を繰り返し,被告を自己のコントロール下に置いた上で,被告をして原告の指図どおりの内容で本件財産分与合意書及び本件慰謝料等支払約束書を作成させたものであって,被告の自由意思に基づいて作成された文書ではないと認めるのが相当である。したがって,本件財産分与合意書及び本件慰謝料等支払約束書に表示された被告の意思表示は,意思表示としての効力を有さず,いずれも無効というべきである。」

 

合意の効力がないことが確定した時点で離婚から2年が経過している場合

 財産分与は離婚から2年以内に請求をする必要があり、これは途中でその期間を止めることができないもの(除斥期間)と考えられています。

 そうすると、財産分与の合意が裁判所で争われ、合意の効力が確定的に否定された時点ですでに2年が経過しているというケースもあり、その場合に改めて財産分与の請求ができるのか、ということが問題となります。

 この点について、先ほど紹介した最高裁判決の差戻審である東京高等裁判所平成3年3月14日判決では、民法161条を類推適用して、除斥期間が経過後も一定期間は財産分与の請求が可能であるとしています。

 

東京高等裁判所平成3年3月14日判決

「本件財産分与契約の錯誤無効が認められた場合には、当事者間で改めて財産分与について協議を行うことになるが、右協議が調わないとき又は協議をすることができないときに家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求することができるかどうかについては、右請求の除斥期間を離婚の時から二年と定める民法七六八条二項ただし書の規定との関係で疑問がないではない。しかし、右規定の趣旨と、本件事案の下において被控訴人に右協議に代わる処分の請求をあらかじめ行わせることは期待できないことを考えると、時効の停止に関する民法一六一条の規定を類推適用する余地があり、本件財産分与契約の錯誤無効が確定した後に行う右協議に代わる処分の請求が前記除斥期間の定めによって妨げられるものとは解されない。」

 

 なお、民法161条は改正によって猶予される期間が2週間から3か月に変更されており、この東京高裁の見解に従った場合、改正民法施行(2020年4月1日)後に合意したものについては、効力否定から3か月間は時効の完成が猶予されると思われます。

 他方、改正民法が施行される前に合意し、施行後に合意が否定された場合にどちらの期間が適用されるのかは判然としませんので、そのようなレアケースの場合には念のため2週間以内に裁判所に対して財産分与の請求を行っておくのが無難だと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

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別居時に持ち出した夫婦共有財産と財産分与

 

 離婚を考えて当事者の一方が別居に踏み切った場合、別居時に相手方配偶者の財産を無断で持ち出したり預金を引き出したりしてトラブルになる事例があります。

 

 そのような行動は、自分や子どもの当面の生活費の確保のためにやむを得ず行われることもありますが、持ち出し行為があった場合、相手の感情を害するほか、持ち出し行為自体が違法であるとして相手から訴訟を起こされることもあります。

 

 そこで、今回は、このような持ち出し行為が法的にどのように扱われるのかについて解説したいと思います。

 

持出額について直接返還等を請求することは難しい

 夫婦が共同で築き上げた共有財産の清算は、本来、財産分与の手続きで解決することが予定されているため、無断で財産を持ち出したことを理由に返還や損害賠償を請求しても、その請求は原則として認められないと考えられています。

 

 では、例外的に持ち出した財産について直接返還等が認められる場合があるのかというと、裁判例の中には、持ち出した財産が財産分与として認められる可能性のある対象や範囲を著しく逸脱した場合、また、他方を困惑させるなど不当な目的で持ち出した場合には、例外的に持ち出し行為が違法になるとするものもあります(東京地裁平成4年8月26日判決)。

 

 他方で、近時の裁判例としてこれを否定するものもあり(東京地裁平成25年4月23日判決)、持ち出し行為が例外的にでも違法となる余地があるのかどうかについては裁判所でも見解が分かれているところです。

 

東京地裁平成25年4月23日判決

「原告は,夫婦共有財産にあたる預金についても,原告と被告間の婚姻関係が破綻し,被告が払い戻した預金が将来財産分与として考えられる対象範囲を著しく逸脱しており,被告が原告を困惑させるなど不当な目的で払戻しを行ったという特段の事情がある場合には,不法行為に基づく損害賠償請求をすることができると主張する。

 

 しかしながら,原告主張の前記事情が存在する場合であっても,原告が夫婦共有財産について具体的な権利を有する状態に至らないことには変わりがなく,原告主張の前記事情は,離婚に伴う財産分与の範囲を決定する際に考慮すべき事情に過ぎないというべきであるから,原告の主張は採用することはできない。」

 

相手の口座から婚姻費用として定期的にお金を引き出していた場合

 ところで、別居後の婚姻費用についてはいわゆる算定表が広く用いられていますが、共有財産に該当する相手の預金口座から婚姻費用名目で定期的にお金をおろして使用していたところ、引出額が算定表に基づいて計算した額を超えていたという場合に、その差額分は不当利得として返還すべきである、という主張がなされることがあります。

 

 このような引き出しに関する裁判例としては、差額分の不当利得返還請求を否定したものがあります(東京地裁平成27年12月25日判決)。

 

 ただし、この裁判例は、あくまで夫婦共有財産に該当する預金からの出金については不当利得に該当しないと判断したものですから、仮に、出金元の預金が明らかに一方の特有財産(相続など)だったような場合だと、また違った結論になる可能性がある点に注意が必要です。

 

 また、不当利得として直接返還請求できないということと財産分与の問題は全く別の問題ですので、財産分与の場面において差額分が考慮され、その分、最終的な分与額が減少する可能性はあり得ると思います。

 

東京地裁平成27年12月25日判決

「夫婦共有財産について,当事者間で協議がされるなど,具体的な権利内容が形成されない限り,相手方に主張することのできる具体的な権利を有しているものではないと解すべきであるから,被告が,平成22年11月8日から平成23年6月末までの間に,いわゆる算定表にしたがって計算した額の婚姻費用の原告負担分を超える額を本件預金口座から払い戻していたとしても,その行為によって,原告に具体的な損失が生じたということはできない。」

 

持出額を使っていた場合の財産分与の考え方

 それでは、別居時に持ち出した金額をその後に使用し、財産分与の協議等をしている時点では額が目減りしていた場合、財産分与の場面ではどのように扱われるのでしょうか。 

 

 原則:別居した時点の金額をもとに財産分与を決める 

 清算的財産分与の基準時は原則として別居時であるため、別居後に一方が夫婦共有財産を使用したとしても、基本的には別居時の金額を基準に財産分与額を決定します(=別居後に目減りした金額は持ち戻して計算する)。

 

 例外:適正な範囲で婚姻費用に使用した場合 

 もっとも、別居から財産分与までの間の使途が婚姻費用(生活費)であって、その額も適正な範囲であった場合、例外的に、財産分与の対象額からその使用分が差し引かれることがあります(=使用金額については清算を要しない)。

 

 なぜなら、離婚が成立するまで夫婦は婚姻費用を負担する義務がありますので、婚姻費用を請求できる側が何らかの理由により相手から支払いを受けられない場合、夫婦共有財産から婚姻費用として適正額を支出したとしても、本来、その分は夫婦共有財産から負担すべきものであった以上、財産分与の場面において清算を要しないとしても不当ではないからです。

 

 たとえば、別居時の夫名義の全財産が1000万円で、その全額が夫婦共有財産だった場合において、自己名義の資産のない妻の持ち出し額が600万円、妻が財産分与までにそこから200万円を婚姻費用として適正に使ったという場合には、財産分与の対象となるのは夫が保有している400万円と、妻の持ち出し額600万円から適正支出額200万円を差し引いた400万円の合計800万円となります。

 

 そして、夫婦間における財産形成に対する寄与割合が平等(50:50)だとすれば、財産分与額はそれぞれ400万円(=800万円÷2)となるため、夫婦間ではそれ以上財産分与として互いに金銭をやりとりする必要はないことになります。

 

 以上のとおり、別居時の持ち出し行為についてはそれ自体が違法と判断される可能性は高くはないものの、持ち出しがなされるとその後の協議等が複雑になりますし、感情面も相まって難航するおそれがあるため慎重な判断が必要となります。

 

 別居をする際には短期間に様々な決断を迫られることがありますが、初動を間違えると後の離婚手続に大きく影響しかねませんので、別居するかどうか迷っている場合にはできるだけ事前に専門家へ相談することをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

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離婚後の生活保障を求めることはできるか?(扶養的財産分与)

 

 離婚のご相談をお受けしていると、離婚後に元配偶者から生活費をもらえるのか、というお話を受けることがあります。

 

 特に幼いお子さんをお持ちの専業主婦の方や高齢の方など、離婚後に働くことが容易ではない方からそのようなお話をよくいただきますが、では、このような請求は認められるのか、というのが今回のテーマです。

 

原則は自立

 夫婦は離婚することにより互いの扶養義務が消滅するため、離婚後も婚姻中と同じような生活費の負担を求めることはできないのが原則です(子どもの養育費は別問題です)。

 

例外:扶養的財産分与

 もっとも、先ほど述べたように、幼い子どもの面倒を見る必要があり仕事に就くことが容易ではない、高齢のため働けず年金も少ない、というように、離婚によって当事者の一方の生活が成り立たなくなる場合にこのような原則を貫くのは不公平なことがあります。

 

 たとえば、夫婦共有財産として清算対象となる財産はないが、元配偶者が相続によって多額の資産(=特有財産)を持っていたり収入が高いような場合、離婚によって他方配偶者が生活困窮に陥ることはバランスを欠く場合があります。

 

 そこで、離婚に伴い自立できないような経済状況に陥ることになる配偶者に対して、一定の範囲で将来の扶養のための財産分与を認めるという考え方があり、これを「扶養的財産分与」と呼んでいます。

 

 そもそも財産分与には、夫婦共同で築き上げた財産を清算する清算的財産分与、精神的苦痛に対する慰謝料的な性質をもつ慰謝料的財産分与がありますが、扶養的財産分与はこれらとは別のものと考えられています。

 

どのような場合に認められるか

 先ほど述べたように、離婚後は元夫婦間ではお互いの扶養義務はないため、原則として扶養的財産分与は認められず、相手方に十分な扶養能力(資力)があり、かつ、請求する側が自立して生活することができない事情がある場合(扶養の必要性)に限って認められると解されています(名古屋高裁平成18年5月31日決定参照)。

 

 もっとも、どのような場合であれば扶養的財産分与が認められるのかという具体的な基準はなく、実務上は、以下のような各要素を総合的に考慮して相手方の資力や扶養の必要性を判断し、最終的に分与を認めるのが公平に叶うかどうか、認めるとしてその額や分与の方法はどうするか、ということを決めているのが実情です。

 

 【扶養的財産分与の考慮要素の例】 

 以下、扶養的財産分与が認められる方向に働く事情の一例を紹介します(認めない方向に働く事情は基本的にその反対となります)。

 

 1 請求者の財産状況 

  めぼしい財産がない

 

  離婚の際、十分な清算的財産分与や慰謝料などをもらえる見込みがない

 

 2 請求者の収入の有無 

  収入がない又は収入が低い

 

 3 請求者が無職の場合、就労可能性 

  就労経験がない又は乏しい

 

  高齢である

 

  就職に役立つ資格をもっていない

 

  持病やケガの後遺症などで働くことが難しい

 

  幼い子どもがいるため、働くことが難しい

 

 4 請求者の住居を確保する必要性 

  子どもが小さく環境を変えることが困難

 

  高齢であり長年その家に住んでいたため環境を変えることが困難

 

 5 請求者の家族関係 

  財産分与を請求した時点で再婚(内縁含む)していない

 

 6 双方の有責性の有無・程度 

  不倫や暴力など相手方の問題による離婚である

 

 7 相手方の財産状況 

  多額の固有財産(相続など)がある

 

 8 相手方の収入 

  安定した収入がある

 

 9 相手方の家族関係 

  高齢の親や障がいのある家族を扶養する必要がない

 

どのような内容・方法で認められるのか

 扶養的財産分与の方法についても、先ほど述べたような色々な事情から裁判所が裁量で判断することになりますが、わかりやすいやり方として、毎月一定額の生活費の支払いという形を取ることがあります。

 

 具体的な金額について絶対的な基準はありませんが一つの目安として離婚前の婚姻費用額が指標とされることがあるようです。

 

 支払いの期間についても、結局のところは元配偶者が自立して生活できるようになるまでの期間であり、この点は夫婦の事情によって千差万別のため基準はありませんが、離婚する以上無制限に認められるわけではなく(論者によってまちまちですが)概ね数年程度が限界と考えられているようです(ちなみに過去の裁判例では、支払期間を3年間としたものがあります(横浜地裁川崎支部昭和43年7月22日判決))。

 

 以上のような金銭給付以外でも、たとえば、相手方所有の不動産に居住権を設定する、不動産の所有権を移転させる、清算的財産分与として支払いを命じる額に一定額を加算するなどという内容が認められることもあります。

 

 扶養的財産分与は例外的なものであることや考慮要素が複雑であることから、認められるかどうかの判断が難しい分野ですので、請求をお考えの場合には一度弁護士へご相談いただくことをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

財産分与と税金の話

 

 離婚問題を取り扱っていると避けて通れないのが財産分与ですが、それに関連するものとして問題になることがあるのが税金関係です。

 

 最近では財産分与と税金の問題についてもご存じの方が多い印象ですが、知らないと落とし穴もあるところですので、今回はこの問題について取り上げたいと思います。

 

お金と不動産では取り扱いが違う

 離婚時に財産分与を行った場合の課税関係については、大きく分けると、分与した財産がお金の場合と不動産の場合とに分けられます。

 

お金の分与

 【お金の場合、原則として税金はかからない】 

 財産分与として離婚後に金銭を分与した場合には、原則として税金(贈与税)はかかりません。

 

 離婚の際に「解決金」という名目で金銭を支払うこともありますが、離婚事件において合意する場合には基本的には財産分与(ないし慰謝料(←非課税)あるいはそれらが合わさったもの)として取り扱われますので、贈与税はかからないと言われています(この点が気になるのであれば、明確に「財産分与として」という名目にしておくことをお勧めします)。

 

 もっとも、このような取り扱いには例外もあり、以下の場合には贈与税が課せられます(相続税法基本通達9-8但し書き)。

 

①課税を免れる目的で、財産分与という名目で金銭を渡した場合

 →渡した金額全額が贈与として扱われ、課税される

②分与した金銭が、婚姻中の夫婦の協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮してもなお過当であると認められる場合

 →過当と認められる部分が贈与として扱われ、課税される(※)

  ※全額ではなく、あくまで過当な部分のみ

 

 【離婚前のお金の分与には注意が必要】 

 これに対して、離婚する前に金銭を分与した場合には、たとえ「財産分与」という名目であっても財産分与とはみなされず、単なる贈与となります。

 

 この場合、婚姻期間20年以上の夫婦間で行った居住用不動産取得資金の贈与の特例(2000万円の特別控除)が適用されない限り、110万円の基礎控除を超える部分について贈与税が課税されます。

 

 離婚前の金銭の分与についてこの特例の適用を受けるには、婚姻期間20年以上の夫婦であること、居住用不動産の取得資金の贈与であること、贈与を受けた年の翌年3月15日までに住宅を取得して実際に居住すること、その後も居住し続ける見込みがあること、といった各条件のほか、税務署への申告が必要です。

 

不動産の分与

 【不動産の場合、分与者側に譲渡所得税と住民税がかかる場合がある】 

 離婚時に不動産を分与した場合には、分与した側に譲渡所得税と住民税が課税される可能性があります(分与された側ではありません)。

 

 一般的な感覚だともらった側が課税されるのではないかと思いがちですが、譲渡所得税と住民税の場面では分与した者が不動産を時価で譲渡したとみなされることから、分与者側に課税の問題が生じます。

 

 もっとも、譲渡所得税が課税されるのは、分与したときの時価が取得費と譲渡費用とを超えた場合(値上がりした場合)ですので、不動産の時価が取得時の価格より値下がりしている場合には課税されません。

 

 また、分与時の不動産の時価が取得費と譲渡費用を超えてしまうケースでも、居住用不動産を財産分与するときは3000万円まで非課税とする特例の適用を受けられる可能性があります(対象が居住用不動産であることや確定申告が必要であること、先に離婚届を出してから財産分与を行う必要があるなどいくつか注意点があります)。

 

 【離婚前の不動産の分与は?】 

 これに対して、離婚する前に不動産を分与した場合には、譲渡所得税や住民税ではなく贈与税の問題が生じます。

 

 ただし、離婚前に居住用不動産を分与したときは、お金と同じように贈与税の特別控除の制度がありますので、要件をみたせば2000万円の特別控除と110万円の基礎控除の合計額までは贈与税がかかりません。

 

 【その他の税金(不動産の場合)】  

 その他、不動産を財産分与した場合には、名義変更に際して登録免許税がかかります(固定資産評価額×2%)。

 

 これに対して、不動産取得税については、夫婦共有財産の清算を目的として行われたものは基本的には課税されないようですが、それに当てはまらないケース(婚姻前に取得した不動産や相続で取得した不動産を分与した場合、慰謝料代わりや将来の扶養のために分与した場合)には課税されることがあるようですので、気になる方は自治体に確認しておいた方が良いと思います。

 

 以上のように、財産分与については様々な税金が問題となりますが、基本的にはお金のやりとりであれば問題は少ないと言えます。

 

 不動産を財産分与の対象とする場合は、これまで述べたとおり離婚後の分与・離婚前の分与のいずれのパターンでも税金の問題が生じる可能性がありますので、そのようなケースでは税理士さんへも相談することをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

 

婚姻費用の払い過ぎと財産分与の関係

 

 離婚の際の財産分与において時として問題となるのが、別居中に支払われた婚姻費用の清算です。

 

 具体的には、いわゆる標準算定方式(簡易算定表のもとになった計算方式)で計算された標準的な婚姻費用と、別居中に実際に支払われていた婚姻費用に差があった場合に、その差額を財産分与として支払われるべき額から差し引くべきだ、という主張がされる場合があります。

 

 では、果たしてそのような主張が通るのか?というのが今回のテーマです。

 

相場より高く払っても原則として考慮されない

 

 この点については高裁レベルでの裁判例があり、別居中にたとえ相場より高い婚姻費用を払っていたとしても、基本的には財産分与でその差額分を差し引くことはできない、とされています。

 

 すなわち、大阪高裁平成21年9月4日決定は、別居中の夫婦について、「当事者が自発的に、あるいは合意に基づいて婚姻費用分担をしている場合に、その額が当事者双方の収入や生活状況にかんがみて、著しく相当性を欠くような場合であれば格別、そうでない場合には、当事者が自発的に、あるいは合意に基づいて送金した額が、審判をする際の基準として有用ないわゆる標準的算定方式(判例タイムズ1111号285頁以下)に基づいて算定した額を上回るからといって、超過分を財産分与の前渡しとして評価することは相当ではない。」と判断しています。

 

 要するに、一旦支払った婚姻費用について、後になって実は払い過ぎだったから差額は財産分与の前渡しであり、その分を財産分与から差し引きたいという主張をしても、その差額が「著しく相当性を欠く場合」でない限り、そのような主張は認められないということです。

 

 この決定は理由についてあまり明確に述べていませんが、離婚を前提としない扶養義務・夫婦扶助義務の履行である婚姻費用の支払いを、離婚を前提とした財産関係の清算が主である財産分与の前渡しと評価することは通常困難と思われますし、標準算定方式が社会一般に広く浸透している以上、支払いをする側としては最初から相場を意識した金額で交渉することも十分可能であり、それにもかかわらず自発的にあるいは合意に基づいて相場を超える金額を支払ってきたのに、後から遡ってそれを否定することは信義に反するのではないか、また、このような処理を認めると婚姻費用を受け取った側に不意打ちになるのではないか、といった価値判断が働いているのかなと推測しています。

 

 もっとも、過去の婚姻費用の支払状況は財産分与の額や方法を決める際の事情の一つになるとはされていますので、相場を超えた婚姻費用の支払いがあったという事実が絶対に考慮されないということではなく、この決定も述べているとおり、「著しく相当性を欠く場合」であれば、差額の全部あるいは一部が財産分与から差し引かれる可能性はあります。

 

 しかしながら、この決定が単に過大である(=相当性を欠く)というだけでは足りず、あえて「著しく」と厳しく限定していることからすると、このような事情が考慮されるのは、非常に極端で稀なケースが想定されているように思われます。

 

 したがって、婚姻費用を支払う側としては、後々の財産分与の場面ではこのような事情があっても考慮されない可能性が高いということを念頭に置いて、金額を決める際、あらかじめ相場に近い支払額に落ち着くよう粘り強く交渉することが現実的な対策となります。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

財産分与の対象になるもの、ならないもの(保険)

 

 前回のコラム(→「財産分与の対象になるもの、ならないもの・預貯金~離婚⑥・財産分与その2~」)では、預貯金が財産分与の対象になるかどうかについてご説明しました。

 

 今回は、保険契約についてのお話です。

 

掛け捨て保険→対象にならない

 

 まず、解約してもお金が返ってこない掛け捨て保険については、そもそも資産性がないため基本的には財産分与の対象にはなりません。

 

【Q 別居前に保険金が発生している場合は?】

 A 内容次第では対象となる可能性あり

 

 

 もっとも、掛け捨て保険であっても、別居時点で既に保険金を請求する権利が発生している場合は財産分与の対象になる可能性があります

 

 過去に裁判所で問題となった事案では、以下のように交通事故に関する損害保険金が財産分与の対象かどうかが争われたものがあります。

 

大阪地裁昭和62年11月16日判決

 自賠責保険金に相当する部分

 →○対象

大阪高裁平成17年6月9日決定

①傷害慰謝料・後遺障害慰謝料に対応する部分 

→×対象外

 

②逸失利益(※)に対応する部分

→○対象(症状固定から離婚調停成立日までの部分のみ)

 

※「逸失利益」=後遺障害によって労働能力の全部ないし一部が失われた場合に、事故がなければ将来得られるはずだった収入を補償するもの

 

 自賠責保険では慰謝料も支払いの対象であるため、大阪地裁判決の方が財産分与の対象を広く認めているようですが、個人的には被害者の精神的苦痛に対する慰謝料を夫婦で築き上げた財産と考えることには無理があり、大阪高裁の決定の方に説得力を感じます。

 

 なお、上記裁判例は、交通事故の相手方が加入していた保険から支払われた保険金が財産分与の対象となるかが争われた事案であり、夫婦のどちらかが加入していた保険の保険金について判断したものではありません。

 

 もっとも、最近では自動車保険の特約として人身傷害補償保険に加入しているケースが非常に多く、この保険では逸失利益も一定限度で支払いの対象となります。

 

 そのため、夫婦の一方が別居する前に事故に遭い、自分の自動車保険に付いていたこの保険を利用して保険金の支払いを受けた場合には、上記裁判例に照らして逸失利益の一部が財産分与の対象となる可能性もあるとのではないかと考えます(私見)。

 

解約返戻金のある保険→ケースによる

 

 以上に対して、解約返戻金が発生するタイプの保険契約(生命保険・学資保険など)については、夫婦の寄与があるとみられる限り財産分与の対象となります。

 

 このようなタイプの保険については、通常、別居時に解約した場合に返還される解約返戻金の試算書をとり、その金額を財産分与の対象とします。

 

【Q 結婚前から加入している保険は?】

 A 結婚までの分を差し引いて計算する

 

 

 では、結婚前から保険に加入し、その後、離婚するまで保険を継続していた場合、財産分与の場面ではどのように取り扱われるでしょうか。

 

 結婚前から加入していた保険の場合、夫婦が築き上げた部分(夫婦共有財産)とそうでない部分(特有財産)が混在しています。

 

 そもそも財産分与は夫婦が築き上げた財産を清算することが目的ですので、このようなケースでは結婚前までの部分を取り除くことが必要です。

 

 具体的には、別居時点での解約返戻金から、結婚時点での解約返戻金を差し引く方法がシンプルなやり方ですが、実際には結婚時点での解約返戻金が分からない場合もあります。

 

 そのような場合には、①別居時点の解約返戻金から、結婚までに払い込んだ保険料額を差し引く方法や、②【別居時点の解約返戻金】×【結婚から別居までの期間】÷【保険加入期間】という計算式によって分与対象額を計算する方法などがあり、どのような計算方法を採るかは事案毎に裁判所が判断することになります。

 

【Q 特有財産から保険料を払っていた場合は?】

 A 対象外だが特有財産から払ったとの立証が必要

 

 

 相続や親族からの贈与などで得たお金(=特有財産)を使って保険料を支払った場合、解約返戻金の元になった保険料の原資が共有財産ではない以上、財産分与の対象にはならないと思われます。

 

 ただし、このような保険を財産分与の対象から外すためには、保険料の原資が特有財産であることの立証が必要であるため、お金の流れに関する客観的な証拠が残っているかによって判断が分かれることになります。

 

番外編:契約者や受取人を変更する約束をした場合

 離婚の際、当事者の合意によって保険契約者や受取人を変更することがあります(学資保険など解約するより契約を続けた方が有利なケース)。

 

 では、離婚時にそのような変更の約束をしたにも関わらず、契約の名義人や受取人の変更をせず、元の契約者が解約返戻金を受け取ったり保険金を受領してしまった場合、どうなるでしょうか。

 

 このような場合、離婚協議書などに変更を約束したことが明確に書いてあれば、約束を破ったことを理由に損害賠償請求を行うことが考えられますが、口約束だけで約束した事実を立証できない場合、相手に責任を追及することは困難となる場合があります。

 

 したがって、離婚の際に保険契約の名義や受取人の変更をする予定がある場合は、そのような約束があったことをきちんと証明できるよう、協議書などでその点を明確に記載しておくことが必要です。

 

弁護士 平本丈之亮

 

財産分与の対象になるもの、ならないもの(預貯金)

 

 前回のコラム(「財産分与の対象かどうかの基準は?~離婚・財産分与~」)で、財産分与の対象になるかどうかは、夫婦が築き上げた財産といえるかどうかで決まる、という一般的なお話をしました。

 

 これを踏まえ、今回からは具体的な財産(預金や不動産など)ごとに、財産分与の対象となる場合とならない場合について説明していきたいと思います。

 

 第1回目は、預貯金です。

 

夫婦名義の預貯金

 まず、もっとも多いのは、夫婦のどちらか、あるいはそれぞれの名義でまとまった預貯金があるケースです。

 

いつの時点の残高が対象か?

 

 共有財産か特有財産かが不明な場合、その財産は共有財産と推定されますので、夫婦の一方名義の預貯金については、特有財産であることが明確でない限り財産分与の対象となります。

 

 そして、前回のコラムでも述べたとおり、財産分与の基準時は原則として別居時ですから、財産分与をするときは別居時の預貯金残高を対象とすることが多いと思われます(なお、別居後も夫婦の協力関係が継続していたような特殊なケースや離婚まで同居を継続するケースでは、夫婦間の経済的協力関係が終了したと思われる時点の残高を対象にすることがあります)。

 

別居直前に預金の持ち出しがあった場合は?

 

 これもよく見られるケースですが、別居直前に夫婦の一方が無断で他方の預貯金を持ち出していた場合、これを持ち戻し、別居時の残高に加算して分与額を計算することになります。

 

 その上で、持ち出した額が本来分与されるべき金額に満たないのであれば、基本的には不足分の支払いを受ける形で清算することになります。

 

 これに対して、持ち出した額が本来分与されるべき金額を超えていたような場合だと、その超過分を返還しなければならなくなる場合がありますので注意が必要です(東京高裁平成7年4月27日判決では、妻が財産分与の申立をしたところ、判決で妻が持ち出した財産は相当な分与額を超えているという認定がなされ、夫側は財産分与を申し立てていなかったにもかかわらず、妻から夫に超過分を支払うように命じられており、いわばやぶ蛇な結果となっています)。

 

結婚前の貯蓄の取り扱い

 

 夫婦の一方が結婚前に貯蓄していた場合に、別居時の残高から結婚時点での残高を差し引くべきだ、という主張がなされる場合があります。

 

 この点は、まず、結婚前からの貯蓄を結婚生活と分離して保管していたようなケース(定期預金など)であれば、特有財産として財産分与の対象から除かれます。

 

 これに対して、貯蓄用の口座を結婚後にそのまま生活口座として使用したり、貯蓄を生活口座に移し、その後、その口座で頻繁に入出金を繰り返していたようなケースでは、特有財産である貯蓄と共有財産である収入等が混ざり合ってしまい、どこからどこまでが特有財産であるか特定することが困難であるため、別居時の残高全体が財産分与の対象とされる可能性があります(=別居時の残高から結婚時の残高は差し引かない)。

 

 ただ、このような考え方を採る場合でも、実質的な結婚期間が短いときは、別居時の残高の中に特有財産である貯蓄がまだ残っていると評価できる場合もあり得ることから、別居時の残高全体を財産分与の対象としつつ、夫婦の寄与度に差をつけて貯蓄部分をある程度考慮するという考え方もあります(たとえば、夫名義の預貯金について、通常であれば分与割合を夫:妻=50:50とすべきところを、婚姻期間が短く、預貯金の中に夫の結婚前の貯蓄が多分に残っていることを考慮し、70:30にするなどが考えられます)。

 

 また、結婚前から別居時までのお金の流れを通帳や取引履歴をもとに丁寧にたどっていくことによって、預金の一部を特有財産であると認めてもらえるケースもあります。

 

 

親からの相続や贈与によるものが含まれているときは?

 

 ほかに良く問題となるのは、預貯金の中に相続によって取得したものや、贈与によって取得したものが含まれている場合があります。

 

 原資が相続や贈与によるものであることが証拠上明らかであれば、その部分は特有財産として財産分与の対象にはなりません。

 

 ただ、この点も、贈与などの入金先が生活口座であり、別居までに入出金が頻繁に繰り返されて相当期間が経過しているような場合だと、結婚前の貯蓄と同じように特有財産部分と共有財産部分を区別できず、別居時の残高全体が財産分与の対象とされてしまう可能性があると思われます。

 

子ども名義の預貯金・・・ケースバイケース

 これもよく問題となりますが、子ども自身が小遣いやお年玉などを自分で預貯金口座に貯めていた場合や、親が祖父母から子ども宛に渡された小遣いやお年玉などを子ども名義の口座に入金したような場合には、その部分は子ども自身の財産であるため、財産分与の対象にはなりません。

 

 これに対して、親が自分の収入の中から子ども名義の口座に入金して貯蓄していたような場合だと、原則として財産分与の対象となります。

 

 例外的に、親から子どもに対する贈与といえるようなものだった場合は財産分与の対象にならないこともありますが、この点の判断はなかなか難しく、口座の残高、入金の趣旨・目的、口座の管理状況、子どもの年齢などを総合的に検討して実質的に判断していくことになります。

 

 例えば、普段、子ども自身が通帳を管理してキャッシュカードでお金を下ろして小遣いとして使っており、問題となる口座への入金額や別居時の残高も少額であれば、親の収入が原資であっても、それは子どもが自由に処分して良いという趣旨で贈与したものと言えますので、財産分与の対象にはなりません。

 

 しかし、子どもの年齢が幼く、通帳などは親が管理して子どもは一切タッチしておらず、残高も子どものものというには高額である、というようなケースであれば、形式的には子ども名義であっても実質的には親に帰属する共有財産として財産分与の対象になり得ることになります。

 

両親など親族名義の預貯金・・・ケースバイケース

 これも、結局は夫婦の共有財産といえるかどうかの問題ですが、口座の開設者が誰であるか、口座の管理をしていたのは誰か、その口座の残高の原資は何か、などの点から実質的に判断することになります。

 

 たとえば、夫の母親名義の預貯金口座があるときに、その口座を開設したのは夫で、通帳や印鑑・カードを持っていたのも夫、入出金も夫が行って母親はタッチしておらず、原資も夫の収入である、という場合であれば、母親名義の預金であっても財産分与の対象となります。

 

 これに対して、母親が開設して自分で通帳等を管理していた口座に夫が送金していたような場合には、共有財産を減らす目的で別居直前に多額の預貯金をまとめて送金したなどの事情がない限りは、基本的には夫から母親に対する贈与にすぎず、財産分与の対象にはならないものと思われます。

 

 いかがだったでしょうか?

 

 ひとくちに預貯金といっても、その内容によって財産分与の対象になるかどうかは様々です。財産分与で預金の取り扱いが問題になるケースでは、どの時点の残高を基準にするのかや特有財産かどうかを巡って争いになることが多く、適正な解決には法的知識が要求されますので、当事者同士での解決が難しい場合には専門家への依頼をご検討いただければと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

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財産分与の対象かどうかの基準は?

 

 離婚を検討する場合に問題となることが多い分野として財産分与があります。

 

 財産分与の対象となる財産は、簡単に言ってしまえば、夫婦が共同で築き上げた財産ですが、いざ実際に協議を進めようとしたところ、そもそもどういう財産が対象になるか判断がつかない、あるいは、財産分与の対象にするかどうかで揉めてしまった、として相談に来られる方がいらっしゃいます。

 

 そこで、今回は、財産分与の対象になる財産とはどのようなものか、という点について基本的な考え方を説明したいと思います。

 

 なお、財産分与には、正確には「清算的財産分与」「慰謝料的財産分与」「扶養的財産分与」の3つがありますが、後2者が問題になることは多くないため、ここでは一般的な意味での財産分与である「清算的財産分与」についてのみ取り上げます。

 

財産分与の対象=(実質的)共有財産

 財産分与は、夫婦が婚姻期間中に協力して築き上げた財産(=「共有財産」・「実質的共有財産」)について、夫婦それぞれの貢献度に応じて離婚後に分配するという制度です。

 

 ちなみに、「共有財産」は名実ともに夫婦の共有名義の財産、「実質的共有財産」は夫婦の一方名義だが、夫婦が協力して形成した財産を意味します。

 

 これに対して、財産分与の対象にならない財産のことを一般的に「特有財産」といいます。

 

 以上のような基本的な考え方から、財産分与の対象になる財産かどうかについては、以下のように考えられています。

 

夫婦が協力して築いたものだけが対象となる

 

 財産分与の対象となる財産は夫婦が協力して築き上げた財産ですが、これをより具体的にいうと、以下のとおりになります。

 

①結婚中に、相続や贈与など夫婦の協力とは無関係に得た財産 → ×対象外

 

②夫婦名義の財産だが、第三者の資金が原資であるもの → ×対象外

 

③第三者名義の財産だが、夫婦の収入・資産が原資であるもの → ○対象

 

 ②や③でよく問題となるのは、子どものお年玉や祖父母からの小遣いが夫婦名義の預金に混入しているケースや親から住宅ローンの頭金を出してもらったケース、子どもあるいは親族名義の預金(いわゆる名義預金)がある場合の取り扱いです。

 

対象は原則として結婚~別居までに形成されたもの

 

 財産分与は夫婦の協力関係が前提ですから、夫婦の協力関係が生じる前に取得した財産や、夫婦の協力関係が失われた後に取得した財産は対象外となります。

 

 これをより具体的にいえば、概ね以下のようになります。

 

①別居後に取得した財産 → △原則対象外

 

②結婚前に取得した財産 → △原則対象外

 

 ①に関しては、同居と別居を繰り返していたケースや、いわゆる家庭内別居でいつの時点で夫婦の協力関係が失われたかが判然としないケース、当初は単身赴任で協力関係があったが次第に夫婦関係が冷めていき、最終的に破たんしたケースなどにおいて、いつの時点での財産が財産分与の対象になるかが争いになる場合があります。

 

 結局は個々の事情次第ではありますが、たとえ別居したとしても、その後も引き続き夫婦の協力関係が続いていたといえる場合には、その協力関係が失われた時点までに取得した財産は財産分与の対象になります。

 

 同様に、②のように結婚前に取得した財産であっても、実質的にみて夫婦の協力関係によって形成されたものは、夫婦が協力した限度で財産分与の対象になります。

 

 そのため、たとえば結婚前に夫が住宅を購入していたり生命保険に加入していたが、結婚後は住宅ローンの支払いや掛金の支払いについて妻が協力していたと評価できる場合や、夫が結婚前から勤めていた会社の退職金などについては、妻が貢献したといえる限度で財産分与の対象になり得ます。

 

(実質的)共有財産か特有財産か不明な場合=夫婦共有財産

 以上のとおり、財産分与の対象となるかどうかは夫婦が協力して得た財産と評価できるかどうかにかかっているため、財産分与の協議の場面ではしばしばこの点を巡って争いになります。

 

 別居した時期などはある程度客観的に明確になりますが、財産形成の原資が何であったかを明らかにするのは意外に難しい場合があります。

 

 というのも、夫婦がうまくいっている間は財産取得の原資についていちいち資料を残していないことも多く、離婚に至るまでに長い婚姻期間がある場合はそもそも古すぎて資料自体が残っていないこともあるからです。

 

 このように、調査をしても財産形成の原資が何であったかが不明な場合、民法762条2項ではその財産は夫婦共有財産と推定するとされているため、争いとなっている財産が特有財産であることを立証できない場合、その財産は財産分与の対象になります。

 

適正な財産分与には専門的知識の活用が有効

 財産分与については、財産の種類や名義が誰のものかという形式的なことよりも、実質的にみて夫婦の協力によって築き上げたものといえるかどうかや、どこからどこまでの範囲について夫婦の貢献があったいえるのかという視点で整理していくことが肝要です。

 

 しかし、ご本人が財産分与の対象財産になるかどうかを判断することは簡単ではなく、誤った知識を前提に協議等を行った結果、不必要にこじれてしまうケースもあります。

 

 たとえば、夫婦の協力関係が終了した時点はどこかという視点(基準時)を考慮せず、単純に離婚する時点での財産を半分にしてほしいという主張がなされることがありますが、長期間の別居を経たケースではそのような主張は誤りである可能性が高く、知らずに過大な要求をしてしまい協議や調停が紛糾するケースがあります。

 

 また、一度離婚の申出があったものの、そのまましばらく同居を継続して生活状況にも何ら変化がなかったにもかかわらず、過去に離婚を申し出た時点での財産を分与すべきであるという主張がなされることもあります。

 

 しかし、財産分与の基準時はあくまで夫婦の経済的協力関係が終了した時点がどこかという観点から決めるものであり、夫婦関係の破綻とは必ずしも一致しないため、不相当に過小な提案となっているが故に協議が紛糾する場合もあります。

 

 このように、財産分与については専門的な知識が要求されることがあり、正しい知識をもとに交渉することで無益な紛争に至らず解決できるケースもありますので、財産分与を巡って協議が難航していたりその可能性があるような場合には、一度弁護士への相談をご検討いただきたいと思います。

 

 弁護士 平本丈之亮

 

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