養育費の一括請求はできるのか?

 

 離婚の際、あるいは離婚後に養育費の合意をする際、養育費を一括で支払ってほしいという希望が出ることがあります。

 

 今回は、このような養育費の一括請求が可能かどうか、という点についてお話しします。

 

一方の意思だけで養育費の一括請求は難しいが、合意があれば問題なく可能

 

 養育費は一定の時期ごとに発生する定期金としての性質を有しているため、権利者側が一括で支払ってほしいと請求しても、裁判所が判断する審判や判決では、一定期間ごとに支払いをするよう命じられることが一般的です。

 

東京高裁昭和31年6月26日決定

「元来未成熟の子に対する養育費は、その子を監護、教育してゆくのに必要とするものであるから、毎月その月分を支給するのが通常の在り方であつて、これを一回にまとめて支給したからといつてその間における扶養義務者の扶養義務が終局的に打切となるものでもなく、また遠い将来にわたる養育費を現在において予測計算することも甚だしく困難であるから、余程の事情がない限りこれを、一度に支払うことを命ずべきでない。」

 

 なお、【長崎家裁昭和55年1月24日審判】は、①養育費の義務者が外国人であり、時期は未定だが将来母国に帰国する予定であること、②子どもが自分の子であることは認めているが、自分が子どもを引き取らない限りは子どもを自分の戸籍に入籍させるを拒否している、といった事情から、相手方が将来にわたって養育料の定期的給付義務の履行を期待し得る蓋然性は乏しいと指摘し、このような場合には一括払いを認める特段の事情があるとして一括での支払いを命じています。

 

 そのため、これに近いようなケース、例えば義務者が子どもとの親子関係を争い、裁判所で親子関係が認められた後も認めずに養育費の支払いを拒否しているような場合などであれば、養育費の履行を期待しうる蓋然税は乏しいとして例外的に一括払いが命じられる可能性はあるのではないかと考えます。

 

 もっとも、ここでお話ししたことは、あくまで審判や判決など裁判所が支払いを命じる場合ですので、当事者双方が合意すれば養育費を一括で支払ってもらうことは問題なく可能です。

 

養育費の一括払いを合意するときの金額はどうやって決める?

 

 合意によって養育費を一括払いする場合、次の問題は、いくらを支払ってもらうかです。

 

 この点は当事者間で協議するほかありませんが、一応の方法として、合意時点における双方の収入と子どもの人数と年齢をもとに、いわゆる「簡易算定表」に当てはめ、これによって算出された月額に子どもが成長するまでの月数分を乗じるという方法が考えられます。

 

 なお、このような場合、本来であれば将来受け取るべき金額を前もって受け取ることになりますので、単純に【月額×支払月数】で計算するのではなく、将来受け取るべき分について中間利息を控除するなどして金額を減らすことを検討事項にすることもあります(先ほど紹介した長崎家裁の審判ではそのような計算をしています。)。

 

 もっとも、一括払いを検討する場合には、そのような減額計算をするかどうかも含めて当事者が話し合いによって決めるものであり、協議の結果合意に至った以上、中間利息の控除計算等をしないまま金額を決めたからといって、それがただちに不当であり合意が当然に無効になるとは言い切れませんので、支払う側は注意が必要と思われます。

 

 中間利息を控除する計算等をした場合、支払総額で考えると、毎月定期金で受け取った場合に比べて受け取れる金額がその分少なくなりますが、他方で養育費が途中で支払われなくなるリスクを避けられますので、一括払いの合意をするときに減額の有無が問題になったときは、総額を重視するか(→定期金払い)、不払いリスクを重視するか(→一括払い)によってとるべき結論が変わることになります(そのほかにも、贈与税が課されるかどうかの事前検討も必要です)。

 

 いずれにしても、養育費の合意をするときは、そのような支払方法の問題のほか、そもそもの金額の妥当性や支払いの終期なども問題となることがありますので、協議が難航しそうなときや実際に難航したときは専門家へのご相談をお勧めします。

 

 弁護士 平本丈之亮

 

親権者が再婚し、子どもが再婚相手と養子縁組した場合、養育費の支払義務はいつからなくなるのか?

 

 離婚後に親権者(養育費の権利者)が再婚し、子どもを再婚相手と養子縁組させた場合、事情の変更にあたり義務者の養育費の支払義務がなくなったり減額されたりすることがあります。

 

 では、そのような事情変更が生じた場合、養育費の減免はいったいいつから生じるのでしょうか?

 

考え方は大きく分けると3つあるが、決め手はない

 この点については、大きく分けると①免除の請求をした時点、②養子縁組をした時点、③変更の審判の時点、の3つの考え方があります。

 

 もっとも、いつの時点から養育費の減免を認めるかは、裁判所が当事者間に生じた諸事情、調整すべき利害、公平を総合考慮して、事案に応じて、その合理的な裁量によって定めることができるとされていますので(東京高裁平成30年3月19日決定)、具体的な判断も以下のように分かれています。

 

東京高裁平成30年3月19日決定

①養子縁組によって再婚相手が子どもの扶養を引き受けたとの事情の変更は、養子縁組という専ら権利者側に生じた事由であること

 

②養育費を定めたときに基礎とした事情から養育費支払義務の有無に大きな影響を及ぼす変更があったことは権利者にとって一見して明らかといえ、権利者において、養子縁組以降は養育費の支払を受けられない事態を想定することは十分可能であったこと

 

③他方、義務者は、養子縁組の事実を知らなかった時期までは養育費減額の調停や審判の申立てをすることは現実的には不可能であったから、養子縁組の日から養子縁組を知った日までの養育費の支払義務を負わせることはそもそも相当ではないこと

 

④また、それ以後の期間についても、権利者は、養子縁組によって再婚相手が子どもの扶養を引き受けたことを認識していたことに照らすと、義務者が減額の調停や審判を申し立てなかったとしても、義務者の養育費支払義務が変更事由発生時に遡って消失することを制限すべき程に不当であるとはいえない。

 

→養子縁組した時点に遡って養育費の支払義務がなくなったとした。

 

東京高裁令和2年3月4日決定

①義務者は調停申立ての前月まで養育費を支払っており、支払済みの毎月の養育費は合計720万円に上る上、権利者は子どもの留学に伴う授業料も支払っているため、このような状況の下で既に支払われ費消された過去の養育費につきその法的根拠を失わせて多額の返還義務を生じさせることは、義務者に不測の損害を被らせるものであること

 

②義務者は、権利者の再婚後間もなく、権利者から再婚した旨と養子縁組を行うつもりであるとの報告を受けており、これにより義務者は、以後、子どもに養子縁組がされる可能性があることを認識できたといえ、自ら調査することにより養子縁組の有無を確認することが可能な状況にあったこと

 

③②のように、義務者は権利者の再婚や子どもの養子縁組の可能性を認識しながら、養子縁組につき調査、確認をし、より早期に養育費支払義務の免除を求める調停や審判の申立てを行うことなく720万円にも上る養育費を支払い続けたわけであるから、むしろ義務者は、養子縁組の成立時期等について重きを置いていたわけではなく、実際に調停を申し立てるまでは子どもらの福祉の充実の観点から養育費を支払い続けたものと評価することも可能であること

 

→調停申立時から支払義務がないとした。

 

東京高裁平成28年12月6日決定

・養育費額を変更すべき客観的な事情が発生し、当事者の一方がその変更を求めたにもかかわらず、他方がこれを承諾しない限り養育費額が変更されないというのは合理的ということはできないから、家事審判事件において養育費額を変更すべき事情があると判断される場合、養育費の増額請求または減額請求を行う者がその相手に対してその旨の意思を表明した時から養育費額を変更するのが相当である

 

→養子縁組を知り、養育費の支払いを打ち切った時点から支払義務がなくなったとした。

 

まとめ

 このように、養子縁組をしたことによっていつから支払義務がなくなるかはケースバイケースですが、上記のとおり具体的に請求した時点から減免を認める裁判例がありますので、養子縁組をしたことを理由に減免を請求したいのであれば、養子縁組の事実を知ったあと早期に手続に着手することをお勧めします。

 

 他方、養子縁組した側についても、今回紹介した裁判例では過去の受領分を遡って返還することが否定されたものがあるものの、そもそもどの時点から支払義務がなくなるかは裁判所の判断次第であり、場合によって過去分の返還が必要になる可能性もありますので、養子縁組をした際にはきちんと元配偶者に伝えた方が無難です。

 

弁護士 平本丈之亮

婚姻費用の金額は明確に取り決めをした方が良いというお話

 

 夫婦関係が悪化して別居をする場合などに、夫婦の一方から相手に対して、当面の生活費として婚姻費用の支払いを請求することがあります。

 

 婚姻費用については、いわゆる簡易算定表によって双方の収入や家族構成に応じたある程度相場がありますので、きちんとした手順を踏めば多くの場合請求できますが、別居の時点で明確な取り決めをしないと、調停の申立などをするまでの間、婚姻費用を支払ってもらえないことがあります。

 

 また、一応、夫婦間で話し合ったものの、内容をきちんと詰めずに口頭だけで済ませてしまった場合、相手が自発的に支払わないと後になって合意の成立が否定されてしまうことがあり得ます。

 

東京地裁令和2年11月5日判決

 例えば、過去に夫が妻に一定額の支払いをしていたことを根拠に婚姻費用についての約束があったとして、民事裁判で不払い期間の分や将来の分の支払いを求めたケースにおいて、東京地裁令和2年11月5日判決は「婚姻費用の分担額について,夫婦の協議または家庭裁判所の調停・審判により支払義務が具体的に確定していない場合,不適法な訴えとして却下すべきものと解するのが相当である。」と述べた上で、本件では「夫婦の資産、収入などを踏まえて具体的に婚姻費用分担金の金額について真摯な協議をしていた事情を認めることはできない。被告が上記支払をしていたのは、原告や原告の両親との円満な生活のために、単に支払うことができる金額の支払をしていただけにすぎないともいえる。」として婚姻費用の合意を否定し、民事裁判での支払請求を却下しました。

 

 このケースにおいて、もしも毎月の婚姻費用についてきちんと書面で取り交わしをしていたのであれば、当事者間で合意が成立していたとして支払請求が認められた可能性があります。

 

 このように、当事者間での合意内容が口頭だけにとどまっていると、不払いが発生した場合に結局は調停等の手続から始めなければならなくなり、手続の着手が遅れれば遅れるほど、最終的に支払ってもらえる額が少なくなる可能性があります。

 

 口頭での合意であっても相手が自発的に支払ってくれるのであれば特に問題はありませんが、今回裁判例をご紹介したとおり、ひとたび不払いが生じた場合は裁判では回収できない場合がありますし、だからといって改めて調停を申し立てても、それまでの期間の分は回収できなかったり、調停等で従前の合意金額が維持されるとは限りません(このことは離婚後の養育費でも同じと思われます)。

 

 したがって、当事者間で婚姻費用について取り決めをするときには、きちんと書面で明確にしておくのが無難です。

 

弁護士 平本丈之亮

婚姻費用の減額請求が認められた結果、もらい過ぎた分について分割清算を命じられた事例

 

 一度取り決めをした婚姻費用であっても、その後、取り決めをした当時に予期できなかった事情変更が生じたことによって以前の金額を維持するのが不当になったときは、後になって婚姻費用の金額が変更されることがあります。

 このこと自体は比較的知られた話ではありますが、権利者の収入増加や義務者の収入減少などの事情変更が生じ、義務者から減額の申し入れがあったにも関わらずそのまま支払いを受け続けていると、裁判所で将来の分について減額されるほかに、その間もらいすぎていた分について、遡って返さなくてはならなくなる場合があることはあまり知られていません。

 そこで今回は、婚姻費用の減額請求が認められ、払い過ぎとなった過去の分について遡って清算を命じられた裁判例を紹介したいと思います。

 

福岡高裁平成29年7月12日付決定

  この事案は、以前の裁判所の審判で婚姻費用の支払いが命じられ、その際には権利者が障害基礎年金を受給していたことが計算の前提になっていたところ、その後に権利者が就職して給料をもらえるようになったため、義務者が婚姻費用の減額を申し立てたというケースです。

 このケースにおいて、裁判所は、権利者の就職による給与収入の発生は婚姻費用の減額を認める事情の変更にあたるとして義務者からの婚姻費用減額を認め、減額の効力は、減額審判の申立時まで遡ると判断しました。

 そして、婚姻費用の減額の効果が裁判所への審判申立の時まで遡った結果、審判の申立から審判までの間に権利者が受け取っていた婚姻費用の一部が過払いとなったため、権利者はその過払い分を返還する必要があるとし、ただ、一括での返還は権利者にとっても酷であるため分割での返済を命じています。

 

「上記のとおり、平成○年○月分に遡って抗告人の婚姻費用分担額を減額することとなるので、抗告人が相手方に対して前件審判に従って支払った同月分以降の婚姻費用の一部(月額2万円)は,過払となり、その精算を要する。
 現時点で、過払額は、平成○年○月分から同○年○月分までの○○万円となる。したがって,その返還を相手方に命じるのが相当である。
 ただし、即時に全額を支払うこととするのは、前件審判を前提として生活費を支出してきた相手方に酷であり、相手方において、今後,過払分を返還しながら生活を成り立たせていく必要がある点に配慮すべきである。このような事情に,減額後の婚姻費用額その他一切の事情を併せ考慮して,平成○年○月以降,月額2万円ずつを毎月末日限り支払うよう命じることとする。」

※注 抗告人=義務者 相手方=権利者

 

養育費の減額に伴う過払金の清算

 上記裁判例は離婚前の夫婦の婚姻費用に関する判断ですが、同様の問題は離婚後の養育費の場面でも起こりえます。

 養育費については、双方の収入の増減のほか、権利者が再婚して子どもと再婚相手を養子縁組させるという事情変更がまま見られますが、このような比較的明確な事情変更が生じ、義務者から具体的な減額等の申出があったにもかかわらず従前の金額をそのまま受け取っていると、あとで一部の返還を命じられる可能性があります。

 ただし、この点について判断した広島高裁令和元年11月27日付決定では、事情変更による養育費の過払い分について、家事審判手続の問題として清算を命じることはできず、不当利得として一般の民事訴訟で解決すべきであるとしています。

 広島高裁の枠組みに従うと、このような過払い金については、判決で分割払いを命じることはできないと思われるため、権利者側の負担はより大きなものになる可能性があります。

 

広島高裁令和元年11月27日付決定

「以上によれば、平成○○年○月分から審理終結日までに支払期が到来した・・・までの養育費は、・・・○○万円の過払が生じている。
この過払金については、相手方が抗告人に返還すべきものであるが、過払金の返還は、民事訴訟事項である不当利得の問題であるから、家事事件についての本決定において、その返還を命ずることはできない。
なお、この過払金については、裁判所の裁量判断で、将来の養育費の前払として扱うことも不可能ではないが、養育費の性質上、現実の支払がなされることが原則であり、また、本件で前払として扱った場合、長期間、養育費の全部又は一部の支払がなされない事態が生ずることから、将来の養育費の前払として扱うことはしない。」

※抗告人:義務者 相手方:権利者

 

 以上のように、婚姻費用や養育費の定めも絶対ではなく、事情の変更があった場合には金額が変わりうるものです。

 法的安定性を保つ観点から、金額の変更には予想できない事情変更が必要であるという一般的な縛りはあるものの、明らかな減額事由が生じたにもかかわらずそのまま受け取り続けていると、今回ご紹介した裁判例のようにあとから過払い分の清算を求められることがありますので、そのような事情が生じたり相手から具体的な減額の申し入れがあった場合には、弁護士に対応をご相談いただくことをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

 

婚姻費用の増額請求に対して相手が一部支払いをしていた場合、過去の差額分の請求が認められるのか問題となった事例

 

 婚姻費用について取り決めをした場合でも、その当時に想定していなかった事情の変更があった場合には、後日、増額の請求が可能なことがあります。 

 増額請求の手順については、まずは協議によって行うことが考えられますが、当事者間で折り合いがつかなかったり初めから話し合いができない事情があるときは、調停や審判といった裁判所の手続を経ることになります。

 そして、どの時点から増額の効果が生じるのかという点については、実務的には請求の意思が明確になった時点(調停申立時や内容証明郵便等で請求したとき)からと判断されることが多いように思われ、相手がまったく増額に応じなかったというシンプルなケースであれば、請求の意思が明確になった時点に遡って増額分(差額分)の支払いをまとめて認めてもらえる可能性があります。

 

 では、権利者が婚姻費用の増額を請求したところ、相手方がまったく応じないのではなく一部のみを支払って場合、過去の不足分については増額請求時に遡って支払いを命じてもらえるのでしょうか?

 今回は、この点について判断した裁判例をひとつご紹介します。

 

東京高裁令和2年10月2日決定

 上記裁判例では、以下のような事情から、そのケースでは過去の差額分の請求を婚姻費用としては認めず、過去の分は財産分与の場面で考慮すべき問題であると判断しました。

 

「相手方は、・・・婚姻費用分担金の増額を請求していた・・・確かに請求の事実は認められるものの、抗告人はこれに対して請求全額ではないものの一部を支払い、これに対して相手方が不足分の請求を直ちにしていることを認めるに足りる資料がないことを考慮すれば、不足分の清算の要否は手続の迅速性が要請される婚姻費用分担審判や扶養料の審判においてではなく離婚に伴う財産分与の判断に委ねるのが相当と解される・・・」

 

 上記裁判例では、増額請求に対する相手方の一部支払いについて明確に不服を申し立てていなかったという権利者側のスタンス等から、そのような場合には、過去の差額分(不足分)は婚姻費用として遡って請求を認めるのではなく、財産分与の場面における清算の要否の問題として考慮するのが妥当という判断を下しています。

 もっとも、この点については様々な考えがあり得るところであり、最初に増額請求をしている事実がある以上、たとえ差額分(不足分)について権利者が明確に請求していなかったとしても、そのような差額分(不足分)は財産分与の問題ではなく婚姻費用として遡って請求を認めるべき、という考え方も十分に成り立ち得るところです。

 いずれの見解が妥当かは判断が難しいところですが、増額請求に対して一部支払いがなされているときに不服を述べないと、見方によっては権利者側が不足分の発生について容認していたと見る余地もありますので、少なくともこのような裁判例があることを踏まえると、増額請求に対して相手が一部しか増額分を払わないときには、後日不利益を受けることのないように不足分について明確に請求しておくのが無難と思われます。

 

 弁護士 平本丈之亮 

 

 

過去の婚姻費用を遡って請求することはできるのか?

 

 別居や離婚を考えたときに検討するものの一つとして婚姻費用がありますが、諸事情からすぐに請求できなかったり支払いがなされないまま時間がたってしまったというケースがあり、そのような場合にいつの分から請求できるのか、あるいは過去に支払われなかった分を遡ってどこまで請求できるのかというご質問を受けることがあります。

 

 そこで今回は、この点についてお話ししたいと思います。

 

婚姻費用について具体的な取り決めがあった場合

 

 この場合には既に婚姻費用の支払いを求める権利が具体的に発生している以上、単なる未払いの問題として過去の分を遡って請求することが可能です。

 

 もっとも、婚姻費用はそれぞれの支払期限(毎月末払いであれば各月の末日の経過)から5年が経過すると時効によって消滅していくため、あまりに古いものについては請求できないことになります。

 

 

婚姻費用について具体的な取り決めがなかった場合

 

 以上に対して、相手と婚姻費用について取り決めがなかった場合には、いつまで遡ってもらえるのか(始期)の問題が生じます。

 

 この点は裁判所の裁量的判断に属するため明確に決まるものではありませんが、実務上は請求の意思が明確になった時点から認められることが多いと思います。

 

【婚姻費用の調停を申し立てた場合】

 

 この場合、裁判所では、調停申立時点で請求の意思が明確になったとして、その時点まで遡って請求を認める傾向にあります。

 

  しかし、最終的にどの時点まで遡るかは裁判所の判断次第ですから、個別の事情(相手方の収入や資産、申立がなされるまでに時間を要した場合にはその理由など)によっては、申立以前に遡って支払いを命じられる可能性もあります。

 

 たとえば、婚姻費用そのもののケースではありませんが、医学部に進学した子どもが医師の父親に扶養料の請求をしたというケースで、父親が再婚後に子どもとの交流を拒否するようになり、手紙で面会の申入れをしたことに対しても、今後一切連絡してこないようにと応答したなどといった事情を指摘し、扶養料の請求の始期を裁判所への申立や協議の申し入れのときではなく、医学部への進学の月まで遡らせたという裁判例があります(大阪高裁平成29年12月15日決定)。

 

【内容証明郵便などで請求していた場合】

 

 調停の申立以前に請求していた場合にはそこまで遡って請求できるケースもあり、実際にも内容証明郵便で支払いの意思を示したところまで遡って請求できるとした裁判例もあります(東京家裁平成27年8月13日決定)。

 

 そのほか、個別の事情如何では請求時より前に遡る可能性があることは先ほど述べたとおりです。

 

 

離婚成立まで具体的な請求をしていなかった場合

 

 上記2パターンのほか、そもそも離婚が成立するまで婚姻費用について請求しないままだったというケースもありますが、このようなときに、離婚が成立してから過去の婚姻費用を遡って請求することは容易ではないと思われます(養育費は当然ながら請求可能ですが、請求時以降に限定される可能性があるのは婚姻費用と同じです)。

 

 これと異なり、裁判所への申立後に離婚が成立したという逆のパターンについては、最高裁令和2年1月23日決定において離婚成立までの分の婚姻費用の請求も可能と判断されましたので、とりあえずは離婚成立前に請求しておけば、請求から離婚までの分は救済される可能性があります。

 

 この最高裁決定は婚姻費用の請求を裁判所に申し立てた後に離婚が成立したケースに関するものであり、請求しないまま離婚が成立した場合について判断したものではありません。

 

 そのため、離婚まで請求していなかった場合にまで遡って請求できるかどうかは解釈問題となりますが、離婚が成立しているのであれば、どこかのタイミングで婚姻費用を請求できたことが多いと思いますので、離婚成立まで請求しなかった場合にまで、後になってから過去分の請求を遡って認めるのは個人的には難しいのではないかなと考えています。

 

財産分与の場面で清算することもある

 

 なお、上記のように離婚成立までに過去の未払分の婚姻費用を請求していなかった場合でも、離婚成立の際に財産分与について解決が未了だったのであれば、後の財産分与の請求において過去の婚姻費用分を加算するよう求めることができることもあり、その場合、過去のお互いの収入を参考に本来支払われるべきであった婚姻費用相当額を計算し、その全部ないし一部を本来の財産分与額に上乗せするという形で処理します。

 

 ただし、どこまで上乗せすることが許されるのかについて明確な定めがあるわけではなく、この点も最終的には個別の事情を踏まえた裁判所の裁量判断になりますし、離婚の際に今後は互いに請求しないという清算条項を付していた場合にはこのような形で追加請求することもできなくなります。

 

 このように、過去の未払婚姻費用が当然に加算されるとまではいえませんし、財産分与の場面では過去の婚姻費用はあくまで財産分与額を決める際の一つの考慮要素にすぎないことから、そもそも分与すべき財産が存在しないと請求できません。

 

 そのため、未払いの婚姻費用がある場合、基本的には婚姻費用それ自体を早期に直接請求する形を取っておく方が無難です。

 

弁護士 平本 丈之亮

 

夫に認知した子どもがいることは、婚姻費用や養育費の計算に影響するのか?

 

 夫の不貞行為によって子どもが生まれ、認知するケースがありますが、では、このようなケースで(元)妻が婚姻費用や養育費を請求した場合、夫側に認知した子どもがいることは婚姻費用や夫婦間の子どもの養育費の計算において影響するのでしょうか?

 

認知した子がいると婚姻費用や養育費に影響する

 

 認知した子どもを夫婦間の子どもと同じように扱った場合、その分扶養すべき者が増えるため婚姻費用や夫婦間の子どもに対する養育費は減ることになります。

 

 なお、このようなケースのうち、認知した子が不貞行為によって生まれたような場合、夫婦間の子どもを養育する妻の側から、夫がこのような主張をすることは信義則に反し許されない、すなわち、(元)妻からの婚姻費用や養育費の計算にするにあたっては認知した子どもはいないものとして計算すべきである、という考え方もあります(岐阜家裁中津川出張所平成27年10月16日審判 ※ただし抗告審である後記名古屋高裁決定により取り消し)。

 

 しかしながら、出生の経緯がどうあれ、同じ父親の子どもである以上、夫婦間の子どもかそうでないかによって扶養義務の程度に差を設けることは相当ではないと考えられます。

 

 近時の裁判例でもこのような考え方が採用されており(名古屋高裁平成28年2月19日決定、東京高裁令和元年11月12日決定など)、不倫相手の子どもがいても、その子どもがいるものとして婚姻費用や養育費を計算することが主流の考え方ではないかと思われます(もっとも、夫が認知しただけで実際に扶養義務を果たしていない場合も同じように考えるべきかは不明です)。

 

東京高裁令和元年11月12日決定

「その子の生活費を扶養義務を負う親が負担するのは当然であり、当該子がいることを考慮して婚姻費用分担額を定めることが信義則に違反するとはいえず、」

 

具体的な計算方法は?

 

 以上のように、義務者に認知した子がいる場合、婚姻費用や夫婦間の子どもの養育費の計算に影響を与えますが、このようなケースはいわゆる簡易算定表が想定している事態ではないため、単純に算定表を当てはめることはできずに手計算が必要となります。

 

 この計算は複雑であり、また、婚姻費用と養育費では計算方法が異なりますので、この点は別のコラムでご説明します。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

婚姻費用の計算において、特有財産からの収入(果実)は考慮されるのか?

 

 婚姻費用については、双方の収入によって金額を算定する標準算定方式が浸透しています。

 

 そのため、婚姻費用を計算する場合には双方の収入をどこまで考慮するかが重要な課題となりますが、この点について、結婚前から保有していたり相続・贈与によって取得した「特有財産」からの収入(不動産収入や株式配当金などの果実)を婚姻費用の計算においてどう扱うべきかが問題となることがあります。

 

 この点は過去にいくつかの裁判例が存在しますが、近時も高裁決定が出ているところですので、今回はそのような裁判例を紹介したうえで、婚姻費用と特有財産の関係についてお話したいと思います。

 

裁判例

 

東京高裁昭和42年5月23日決定

「申立人主張の如き妻の特有財産の収入が原則として分担額決定の資料とすべきではないという理由または慣行はない。」

東京高裁昭和57年7月26日決定

「申立人と相手方は、婚姻から別居に至るまでの間、就中○○○のマンションに住んでいた当時、専ら相手方が勤務先から得る給与所得によつて家庭生活を営み、相手方の相続財産またはこれを貸与して得た賃料収入は、直接生計の資とはされていなかつたものである。従つて、相手方と別居した申立人としては、従前と同等の生活を保持することが出来れば足りると解するのが相当であるから、その婚姻費用の分担額を決定するに際し考慮すべき収入は、主として相手方の給与所得であるということになる。
 以上の通りであるから、相手方が相続によりかなりの特有財産(その貸与による賃料収入を含む)を有していることも、また、相手方が右相続により相当多額の公租公課を負担していることも、いずれも、本件において相手方が申立人に対して負担すべき婚姻費用の額を定めるについて特段の影響を及ぼすものではないというべきである。」

大阪高裁平成30年7月12日決定

「相手方は、相手方の配当金や不動産所得に関し、「抗告人との婚姻前から得ていた特有財産から生じた法定果実であり、共有財産ではない」から、婚姻費用分担額を定めるに当たって基礎とすべき相手方の収入を役員報酬に限るべきである旨主張する。
 しかし、相手方の特有財産からの収入であっても、これが双方の婚姻中の生活費の原資となっているのであれば、婚姻費用分担額の算定に当たって基礎とすべき収入とみるべきである。」

東京家裁令和元年9月6日決定

「そもそも婚姻費用分担義務は、いわゆる生活保持義務として自己と同程度の生活を保持させるものであることを前提に、当事者双方の収入に基づき婚姻費用を算定しており、仮に株式の一部が申立人の特有財産であったとしても、本件において、特有財産からの収入をその他の継続的に発生する収入と別異に取り扱う理由は見当たらない。」

 

※上記判断部分は抗告審の東京高裁令和元年12月19日決定でも是認されています。

 

 以上のように過去の裁判例では、婚姻費用の計算において、特有財産からの収入(果実)を特段の制限なく収入として算入するもの(東京高裁昭和42年5月23日決定、東京家裁令和元年9月6日決定)と、婚姻中の生活の原資になっている場合には婚姻費用の計算において収入に算入するもの(東京高裁昭和57年7月26日決定、大阪高裁平成30年7月12日決定)に分かれています。

 

 婚姻費用について定める民法760条は「夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する。」と規定し、婚姻費用の算定について互いの資産を考慮することを明らかにしているほか、「収入」についても特段限定はされておらず、また、婚姻費用分担義務が生活保持義務(=自分の生活を保持するのと同程度の生活を保持させる義務)であることからすると、個人的にはこのような特有財産からの収入も当然に収入に算入されるべきように思われます。

 

 婚姻中の生活の原資にあてられていた場合には特有財産からの収入も婚姻費用の計算において考慮(算入)するとした裁判例が何故そのような限定を施すのかはいまいち判然としませんが、財産分与の場面では特有財産が対象外であることとの整合性を図る趣旨なのかなと想像しています。

 

 いずれにしても、特有財産からの収入が生活の原資にあてられていたかどうかがポイントになるという裁判例がある以上、このような収入が婚姻費用の計算において問題となる場合には、権利者側であれ義務者側であれ、この収入が実際上どのように使われていたのかについて積極的に主張立証していく必要があると思われます。

 

弁護士 平本丈之亮

 

無職の妻からの婚姻費用の請求について潜在的稼働能力の有無が問題となった2つの事例

 

 婚姻費用や養育費を計算する場合、基本的には当事者の実際の収入をもとに計算します。

 

 もっとも、様々な事情によって無職の状態にある場合でも、実際には収入を得られるだけの能力があるはず(潜在的稼働能力)として、一定の収入があるとみなして金額を算定する場合があります。

 

 今回は、このような潜在的稼働能力による婚姻費用の算定が問題となった事例を2つご紹介します。

 

過去の勤務実績や退職理由から潜在的稼働能力をもとに婚姻費用を算定したケース(大阪高裁平成30年10月11日決定)

 このケースでは、婚姻費用を請求した無職の妻について以下の事情があるとして、妻の収入を退職の前年に得られていた収入をもとに計算しました。

 

①妻は教員免許を有していること

 

②妻は数年前に手術を受け、就労に制約を受ける旨の診断を受けているが、手術後に2つの高校の英語科の非常勤講師として勤務し、約250万円の収入を得ていたこと

 

③妻の退職理由は転居であり、手術後の就労制限を理由とするものとは認められないこと

 

 この裁判例では、妻の勤務実績と、退職理由が手術後の就労制限ではなく転居であるという点に着目して、退職する前年の収入をもとに婚姻費用を計算しています。

子どもが幼少で幼稚園や保育園にも通っていないという事情から潜在的稼働能力を否定したケース(東京高裁平成30年4月20日決定)

 原審は、妻に以下の事情があることを指摘して妻の潜在的稼働能力を肯定し、賃金センサスの女子短時間労働者の年収額程度の稼働能力を前提に婚姻費用の金額を定めました。

 

①妻が歯科衛生士の資格を持ち歯科医院で10年以上の勤務経験があること

 

②長男及び長女は幼少であるものの長男は幼稚園に通園していること

 

③妻は平日や休日に在宅していることの多い母親の補助を受けられる状況にあること

 

 これに対して、高裁は、長男は満5歳であるものの長女は3歳に達したばかりであり,幼稚園にも保育園にも入園しておらずその予定もないという事情を重視して、妻の潜在的稼働能力を否定し妻の収入を0として計算しました。

 ただし、高裁決定においても、この判断は「長女が幼少であり,原審申立人(※注 妻)が稼働できない状態にあることを前提とするものであるから、将来,長女が幼稚園等に通園を始めるなどして,原審申立人が稼働することができるようになった場合には、その時点において、婚姻費用の減額を必要とする事情が生じたものとして、婚姻費用の額が見直されるべきものであることを付言する。」と述べ、将来的には潜在的稼働能力による金額変更の可能性を認めています。

 

 以上のとおり、当事者に無職者がいる場合の潜在的稼働能力は、無職者の家族関係や過去の勤務実績、保有する資格や退職理由などの諸事情から判断されることになります(子どもが幼少の場合は潜在的稼働能力が否定されやすい傾向にあるとはいえますが、両親等の同居家族の存在やサポート体制によっては必ずしもそう言い切れないところです)。

 

 潜在的稼働能力が肯定された場合の収入認定についてもまちまちであり、今回ご紹介したように直近の収入を基礎とするケースもあれば、統計上の平均的な収入を基礎とするケースもあります。

 

 今回は権利者が妻である場合を例にお話ししましたが、潜在的稼働能力が問題となるのは義務者の場合も同じであり、義務者となるのも夫とは限りません(夫が子どもを引き取るケース)。

 

 このように、別居中にいずれかが無職になってしまった場合には妥当な婚姻費用を計算することが難しくなることがありますので、そのような事情があるときは一度弁護士への相談をご検討ください。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

有責配偶者からの婚姻費用の請求は認められるのか?

 

 別居に至った場合、配偶者の一方から婚姻費用の請求がなされることがあります。

 婚姻費用の請求は権利であり、通常、これを行使することに何ら問題はありませんが、別居に至った原因が不貞行為など婚姻費用を請求してきた側にあった場合、これを認めて良いのか疑問が生じます。

 そこで今回は、いわゆる有責配偶者から婚姻費用の請求があった場合にこれが認められるかどうかについて、最近の裁判例を2つほどご紹介したいと思います。

 

東京高裁平成31年1月31日決定

 妻が夫に対して婚姻費用の請求をした事案において、裁判所は概要以下のような理由から婚姻費用の請求を否定しています(夫と子どもが同居、妻は単身で居住)。

 

①夫婦は互いに協力し扶助しなければならず、別居した場合でも他方に自己と同程度の生活を保障するいわゆる生活保持義務を負い、夫婦の婚姻関係が破綻している場合においても同様であるが、婚姻費用の分担を請求することが当事者間の信義に反し又は権利の濫用として許されない場合がある。

②本件において夫婦が別居に至った経過は、酔って帰宅した妻が子どもの首を絞め、壁に押し付けて両肩をつかむなどの暴力をふるい、これを注意した夫ともみ合いつかみ合いとなり、包丁を持ち出して夫に向けて振り回し負傷させるなどの暴力行為に及び、それを見た子どもが玄関から裸足で飛び出したことから、危険を感じた夫が子どもとともに家を出て別居するに至ったというものである。

③妻は、上記暴力行為以前から、子どもを叩く、蹴るなどしており、このような度重なる暴力によって子どもの心身に大きな傷を負わせていたことがうかがわれ、その上、酔って生命に危険が生じかねない暴力行為に及んだものであって、このような暴力が子どもに与えた心理的影響は相当に深刻であったとみられる。

④児童相談所は、子どもについて一時保護の措置をとり、夫は妻と別居して家庭裁判所により子どもの監護者に定められ、その監護をすることとなった。

⑤婚姻関係の悪化の経過の根底には、妻の子どもに対する暴力とこれによる子どもの心身への深刻な影響が存在するのであって、必ずしも夫に対して直接に婚姻関係を損ねるような行為に及んだものではない面はあるが、別居と婚姻関係の深刻な悪化については妻の責任によるところが極めて大きい。

⑥妻には330万円余りの年収があるところ、夫が住宅ローンの返済をしている住居に別居後も引き続き居住していることによって住居費を免れており、相応の生活水準の生計を賄うに十分な状態にある。

⑦夫は会社を経営し約900万円の収入があるが、妻が居住している住宅の住宅ローンを支払っており、さらに、子どもを養育して賃借した住居の賃料及び共益費、私立学校に通学する学費や学習塾の費用などを負担している。

⑧以上のお互いの経済的状況に照らせば、別居及び婚姻関係の悪化について極めて大きな責在がある妻が、夫に対し、夫と同程度の生活水準を求めて婚姻費用の分担を請求することは信義に反し、又は権利の濫用として許されない。

 このケースでは、妻の子どもに対する暴力行為があり、これが夫婦関係を悪化させたという経緯があることや、妻にもそれなりの収入があり、かつ、夫が別居後に妻の住居費を負担していること、夫が子どもの生活費や学費を負担していることなどから、妻からの婚姻費用の請求を認めませんでした。

 なお、裁判所は、妻が子どもの世話のほとんどを担い、子どもの問題行動に悩み、注意しても一向に治まらなかったことから暴力に及んだものであって、相当に鬱屈した精神状態であったことがうかがわれると指摘し、他方、夫側にも育児を妻に任せたり2年ほど子どもを無視する、妻とも話をしない状態となっていたとして相応の非があったと述べ、妻のおかれていた事情にも一定の理解を示しています。

 しかし,このような双方の責任とを比較すると、夫側の非はごく小さな比重のものにとどまると述べ、上記のような結論に至っています。

 

大阪高裁平成28年3月17日決定

 本件は、不貞行為があったとされた妻から夫に対する婚姻費用請求について、以下のように述べて妻の分を否定し、子どもの分のみの分担を命じたものです。

 

「夫婦は、互いに生活保持義務としての婚姻費用分担義務を負う。この義務は、夫婦が別居しあるいは婚姻関係が破綻している場合にも影響を受けるものではないが、別居ないし破綻について専ら又は主として責任がある配偶者の婚姻費用分担請求は、信義則あるいは権利濫用の見地からして、子の生活費に関わる部分(養育費)に限って認められると解するのが相当である。」

 

 なお、妻は、手続の中で不貞行為の存在を争ったようですが、不貞相手と目される男性とのSNSの通信内容から、「単なる友人あるいは長女の習い事の先生との間の会話とは到底思われないやりとりがなされていることが認められるのであって、これによれば不貞行為は十分推認されるから、相手方の主張は採用できない。」として排斥されています。

 このケースでは不貞行為の立証が成功したため、有責配偶者である妻の分の請求は排斥されていますが、夫が高収入であったことが影響し、審理期間中の12ヶ月分の婚姻費用から既払い額を控除した額として200万円近くを遡って支払う決定がなされています(+将来にわたって子どもの養育分の支払い)。

 ここまで高額になるケースはそこまで多くはないかもしれませんが、不貞行為など請求者の有責性を理由に婚姻費用の排斥を求める場合には、立証に失敗する可能性があるほか、相手方が監護する子どもの分については支払いは免れないことから、過去に遡ってまとめて支払いを命じられるリスクがあることに注意が必要です。

 

 以上のように、婚姻費用を請求する側に有責性がある場合、信義則違反あるいは権利の濫用として婚姻費用が否定されることがあります。

 もっとも、婚姻費用が否定されるのは、別居に至った原因がもっぱら又は主として権利者側にのみあると立証できた場合に限られますし、否定されるのも配偶者の部分に限られます(配偶者の部分についても、全額を否定するのではなく一部は認めるという裁判例もあります)ので、実際に婚姻費用を請求された場合にどう対応すべきかは難しい判断が要求されます。

 相手の有責性を立証できなければ過去の分に遡って支払いを命じられるというリスクもあり、この問題については慎重な対応が求められますので、迷った場合には弁護士への相談をご検討ください。  

 

弁護士 平本丈之亮