懲戒解雇相当などの退職金不支給事由があるものの、退職金の一部支給が認められた3つのケース

 

 職場を懲戒解雇された場合、労働者は職を失うという重大な不利益を受けることになりますが、そのほかにも、就業規則上、懲戒解雇に相当する事情の存在が退職金の不支給事由として規定されていることが一般的であり、それに基づき退職金が支給されないということがあります。

 

不支給事由あり≠退職金不支給

 

 もっとも、今日において退職金は単なる会社からの恩典ではなく、労働の対価(賃金)の後払いとしての性質を有するというのが一般的な考え方であり、退職金の不支給事由が存在することのみによって過去の労働の対価を一切失わせることは労働者にとって酷な場合もあります。

 

 そのため裁判例においては、退職金を不支給とするには不支給事由が就業規則等に定められていることは当然の前提として、そのような不支給事由が存在するだけでは足りず、その労働者にそれまでの勤続の功を抹消又は減殺するほどの著しい背信行為があったことが必要であると考えられており、また、仮に背信行為があったとしても全額を不支給とするのではなく、退職金の何割かの支払いを命じるケースが存在します。

 

 そこで今回は、懲戒解雇や退職金の不支給を検討している事業者、あるいは懲戒解雇やそれに相当する事情を理由として退職金を不支給とされた労働者の方向けの参考として、懲戒解雇に相当する事情があったにもかかわらず、退職金の支給が一部認められた最近の裁判例を3つほどご紹介したいと思います。

 

一部支給を認めた裁判例

 

東京地裁令和3年6月2日判決

【非違行為の内容】

・自らが懇意にする外国人女性ホステスの就労ビザ更新のため、職務を利用して取引先に在職証明書の偽造を依頼して作成させた(処分事由①)。

 

・職務を利用して取引先に9回にわたりクラブへの同行を要望し費用を取引先に支払わせるなどした(処分事由②)。

 

【裁判所の判断】

・処分事由①は会社の社会的評価を毀損しかねないものであって情状は悪い。

 

・原告には処分事由②も認められ、被告の業務内容(不動産の賃貸借及び売買、交換のあっせん等を目的とする株式会社)及び被告における原告の地位(施設管理の責任者として、建物管理、原状回復工事及び修繕工事の新規発注先を設定するために必要な申請を行ったり、既存の発注先から新規発注先に業務の発注を変更したりする権限を有していた。)等に照らすと、労働者のそれまでの勤続の功を一定程度減殺する悪質性があることは否定できない。

 

・他方、処分事由①にかかる行為について、作成された内容虚偽の在留資格証明書は実際に提出されることはなかった。

 

・処分事由②は半年間にわたり約55万円の飲食費の饗応を受けたという内容であり、その期間は比較的短期間であり、その金額が非常に高額のものであるとまではいえない。

 

→労働者のそれまでの勤続の功を全て抹消するほどの著しい背信行為があったとまではいうことはできないとして、退職金不支給条項は退職金の5割を超えて不支給とする点で一部無効であると判断し、5割の支給を認めた。

高松地裁丸亀支部令和2年10月19日判決

【非違行為の内容】

郵便局職員が、約3年間、取集郵便物に貼付された未消印切手(1万8619円分)を窃取していた。

 

【裁判所の判断】

・懲戒解雇理由とされた切手窃取行為は被告の企業秩序の維持の観点からみて重大な非違行為であり、その態様も悪質であって、原告の勤続の功労を大きく減殺するものといわざるを得ない。

 

・一方で窃取切手の金額(1万8619円)は比較的少額であり、本件懲戒解雇の後ではあるものの原告はこれと延滞金を被告に弁償している。

 

・原告は長年被告又は被告が使用者の地位を承継した法人等において勤務してきており、本件退職手当には賃金の後払いや退職後の生活保障としての性質もある。

 

・本件懲戒解雇に至るまで原告が被告から懲戒処分を受けたことはない。

 

→上記事情を考慮すると、原告の行為をもってそれまでの勤続の功を全て抹消するほどの著しい背信行為とはいい難いというべきであるとして不支給規定の適用を限定的に行い、仮に懲戒解雇がなければそのわずか6日後に原告が定年退職をすることは確実であったと考えられること等の一切の事情を総合的に考慮し、原告が定年退職をしたと仮定した場合の退職金の額の3割の支給を認めた。

東京地裁平成29年10月23日判決

【非違行為の内容】

事故前日に断続的に飲酒をし、就寝の際、医師から飲酒時の服用を禁止されていた精神安定剤等を服用したため、当日の朝ふらつき感を覚え、発熱まであり欠勤するに至ったにもかかわらず更に飲酒を続け、高濃度のアルコールを身体に保有する状態で自動車を運転した結果、運転を誤って営業中のスーパーマーケットの玄関付近に自車を衝突させ、店舗に修理費162万円を要するほどの損傷を与えるなどした。

 

【裁判所の判断】

・被告(鉄道利用運送事業、貨物自動車運送事業、海上運送事業、利用航空運送事業等を営む会社)が企業としての社会的責任を果たし、名誉、信用ないし社会的評価を維持するため飲酒運転について厳罰をもって臨み、原則として解雇事由としていることは必要的かつ合目的的であるといえる。

 

・本件酒気帯び運転はその態様が悪質でありその行為に至る経緯に酌量の余地はなく、結果も重大である。

 

・原告は現行犯逮捕され、実名で新聞報道がされるなどしており、その社会的影響も軽視することはできない。

 

・他方、懲戒解雇処分における解雇事由は、私生活上の非行に係るものである。

 

・原告は本件酒気帯び運転まで26年以上の長期にわたり懲戒処分等を受けることなく真面目に勤務してきた。

 

・本件酒気帯び運転や本件事故について素直に認め本件店舗に直接謝罪をするとともに、自ら加入していた自動車保険を利用して被害弁償をして示談し宥恕されている。

 

・被告に対しても謝罪し自ら退職願を提出している。

 

・原告が被告の従業員であったことまでは報道されておらず、被告の名誉、信用ないし社会的評価の低下は間接的なものにとどまる。

 

・これらの事情に加えて、被告は原告の持病の治療や父親の看護等を慮って懲戒委員会の開催を遅らせるとともに、処分決定までの間、原告を無給の休職とすることなく、自宅待機を命じ基準内賃金等を支払っていた。

 

→上記事情を総合すると、本件酒気帯び運転が原告のそれまでの勤続の功労を全て抹消するものとは認め難いものの大幅に減殺するものといえ、その減殺の程度は5割と認めるのが相当として、自己都合退職した場合の退職金額の5割の支給を認めた。

 

参考(否定例)

 

 以上の3つは退職金の支給を認めた裁判例ですが、最後に参考として、退職金の支給を否定した裁判例についても一つご紹介したいと思います。

 

大阪地裁令和元年10月29日判決

【非違行為の内容】

約1年半の間、当時の就業場所(郵便局)において10回にわたり1000円切手合計780枚、78万円分を横領した(原告は当時資産管理業務の補助社員として切手、はがき、収入印紙等の在庫管理等を行っていた)。

 

【裁判所の判断】

・本件横領行為は、正に原告が当時従事していた被告の中心業務の1つの根幹に関わる最もあってはならない不正かつ犯罪行為であり、出来心の範ちゅうを明らかに超えた被告に対する直接かつ強度の背信行為であって極めて強い非難に値する。

 

・被害額も多額に上る。

 

・その後の隠ぺいの態様も悪質性が高い(切手点検に同席し点検用紙にあたかも在庫数が符合しているかのようにチェックを入れたり、原告自ら在庫数を査数して在庫数が符合しているかのようにチェックを入れる、あるいは不足分を水増しした枚数を点検者に口頭報告していた)。

 

・動機に酌むべき点も見当たらない(金券ショップに持ち込んで換金し競馬や風俗店での遊興費にあてていた)。

 

→退職手当は賃金の後払い的な性質をも併せ持つこと、被害は回復されていること、原告は約24年8か月余りの間、本件横領行為及び過去の注意処分のほかは大過なく職務を務めていたこと,本件横領行為を行った郵便局在勤中にお歳暮の販売額に関するランキングで5位以上であったこと、被告による事情聴取に応じて最終的には非を認めて始末書や手記を提出し、本件横領行為の態様、隠ぺい工作、動機等についても明らかにしていることを十分に考慮したとしても、原告による本件横領行為は原告の従前の勤続の功を抹消するほど著しい背信行為といわざるを得ないとして請求を棄却。

 

不支給となるかは総合判断

 

 以上のように、退職金不支給事由に該当する事情があっても、裁判所はそれだけでは不支給を正当化せず、非違行為の悪質性、非違行為と職務との関連性(私生活上の行状にとどまるものか職務に関連するものかどうか)、勤務先の事業内容、動機、非違行為が勤務先に与えた損害の有無・程度、非違行為が社会に与えた影響の有無・程度、本人の過去の懲戒歴の有無や内容、退職までの残存期間、不支給事由発生後の状況(被害弁償や謝罪の有無など)、といった様々な事情を総合的に判断して不支給とすべきかどうか、あるいは一部の支給を認めるかどうかを検討しています。

 

 このように、退職金の不支給事由として懲戒解雇に相当する事情が規定され、これに該当しても退職金の支給が認められることはありますが、この点は様々な事情を総合的に検討して判断する必要がありますので、実際に不支給とされた場合にはご自分だけで判断するのではなく弁護士にご相談いただければと思います。

 

 他方、企業側としても、不支給としたことで裁判になり、弁護士への委任費用など本来不必要なコストを負担せざるを得ないことがありますので、果たして不支給とすべきか、それとも一部のみでも支給すべきかどうかについては事前に弁護士にご相談なさることをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮