職場を懲戒解雇された場合、労働者は職を失うという重大な不利益を受けることになりますが、そのほかにも、就業規則上、懲戒解雇に相当する事情の存在が退職金の不支給事由として規定されていることが一般的であり、それに基づき退職金が支給されないということがあります。
不支給事由あり≠退職金不支給
もっとも、今日において退職金は単なる会社からの恩典ではなく、労働の対価(賃金)の後払いとしての性質を有するというのが一般的な考え方であり、退職金の不支給事由が存在することのみによって過去の労働の対価を一切失わせることは労働者にとって酷な場合もあります。
そのため裁判例においては、退職金を不支給とするには不支給事由が就業規則等に定められていることは当然の前提として、そのような不支給事由が存在するだけでは足りず、その労働者にそれまでの勤続の功を抹消又は減殺するほどの著しい背信行為があったことが必要であると考えられており、また、仮に背信行為があったとしても全額を不支給とするのではなく、退職金の何割かの支払いを命じるケースが存在します。
そこで今回は、懲戒解雇や退職金の不支給を検討している事業者、あるいは懲戒解雇やそれに相当する事情を理由として退職金を不支給とされた労働者の方向けの参考として、懲戒解雇に相当する事情があったにもかかわらず、退職金の支給が一部認められた最近の裁判例を3つほどご紹介したいと思います。
一部支給を認めた裁判例
参考(否定例)
以上の3つは退職金の支給を認めた裁判例ですが、最後に参考として、退職金の支給を否定した裁判例についても一つご紹介したいと思います。
不支給となるかは総合判断
以上のように、退職金不支給事由に該当する事情があっても、裁判所はそれだけでは不支給を正当化せず、非違行為の悪質性、非違行為と職務との関連性(私生活上の行状にとどまるものか職務に関連するものかどうか)、勤務先の事業内容、動機、非違行為が勤務先に与えた損害の有無・程度、非違行為が社会に与えた影響の有無・程度、本人の過去の懲戒歴の有無や内容、退職までの残存期間、不支給事由発生後の状況(被害弁償や謝罪の有無など)、といった様々な事情を総合的に判断して不支給とすべきかどうか、あるいは一部の支給を認めるかどうかを検討しています。
このように、退職金の不支給事由として懲戒解雇に相当する事情が規定され、これに該当しても退職金の支給が認められることはありますが、この点は様々な事情を総合的に検討して判断する必要がありますので、実際に不支給とされた場合にはご自分だけで判断するのではなく弁護士にご相談いただければと思います。
他方、企業側としても、不支給としたことで裁判になり、弁護士への委任費用など本来不必要なコストを負担せざるを得ないことがありますので、果たして不支給とすべきか、それとも一部のみでも支給すべきかどうかについては事前に弁護士にご相談なさることをお勧めします。
弁護士 平本丈之亮