勤務先の会社と競合する会社へ転職することや、競合する事業内容の事業を行う会社の設立などを禁止する義務を「競業避止義務」といいます。
原則:退職後に競業避止義務はない
在職中、労働者は、労働契約上の信義則(労働契約法第3条4項)に基づいて会社に対する競業避止義務を負うとされており、就業規則の中にも競業避止義務が定められている例が多くあります。
これに対して退職後は、元労働者に職業選択の自由があるため当然に競業避止義務はなく、元労働者に競業避止義務を課すには個別の合意が必要となります。
有効な競業避止義務に違反した場合のペナルティ
有効な競業避止義務の合意があり、これに違反した場合、元労働者は以前の勤務先から損害賠償請求を受けたり競業行為の差し止めを求められることがあります。
また、中には退職後の競業避止義務に違反したことを退職金の不支給や減額の事由として定めているところもあり、合意に違反して退職後に競業行為に及んだ場合、退職金が支給されなかったり減額されたりするほか、一旦支給された退職金の返還を求められるといったトラブルが発生することもあります(競業避止義務と退職金の関係については後述)。
競業避止義務の合意の有効性
退職後の競業避止義務を定める合意は労働者の職業選択の自由を制約するものであり、内容によっては再就職や起業が難しくなるなど労働者に対して重大な影響を与えるものです。
そのため退職後の競業避止義務の合意は、いかなる場合でも無条件に有効になるわけではなく、裁判例上、一定の縛りがかけられているのが実情です。
有効性はどう判断する?
競業避止義務の合意が効力を有するかどうかは、まず、①労働者の自由意思による合意があったかどうかが問題となり、次に、②その合意が必要かつ合理的な内容かどうか、が問題となります。
【①労働者の自由意思】
たとえば、労働契約書や就業規則には何も記載がないにもかかわらず、退職する際に突然、競業を禁止する内容を含む誓約書を示し、これに署名することが退職金の支払条件であるといった話をしたり、労働者を狭い個室に呼び出し、数名がかりで取り囲んで会社側が事前に用意した誓約書にその場ですぐ署名するよう執拗に求めるといったように、拒絶しがたい状況の中でサインさせたような場合、自由意思に基づく合意がなかったとして競業避止義務の合意そのものが否定される可能性があります。
【②合意の必要性・合理性】
たとえ労働者の自由意思による合意があっても、労働者が負う競業避止義務による不利益の程度や使用者の受ける利益の程度、競業避止義務が課される期間、労働者への代償措置の有無等の事情に照らして必要かつ合理的な範囲を逸脱したものである場合は、そのような合意は公序良俗に反して無効となるというのが過去の裁判例の傾向です。
なお、競業避止義務の効力については、合意全体が無効となる場合だけではなく、競業が禁止される内容を合理的な範囲に制限する(=一定限度で有効とする)というケースもあります(福岡高裁令和2年11月11日判決など)。
競業避止義務の必要性・合理性を検討するための判断要素をより具体的に列挙すると以下のとおりですが、このうちのどれか一つだけで有効・無効が決まるわけではなく、これらの事情を総合的に考慮したうえで有効性が判断されることには注意を要します。
競業避止義務の合意を無効とした近時の裁判例
最近の裁判例でも、上記のような事情を総合的に考慮して競業避止義務を定めた合意の有効性を判断し、結論として無効と判断したものがあります。
競業避止義務違反を退職金の不支給や減額の事由とする場合
競業避止義務に違反した場合は主に損害賠償や競業行為の差し止めが問題になりますが、そのほかにも、競業避止義務に違反したことを退職金の不支給や減額の条件としている場合もあります。
この点について、名古屋高裁平成2年8月31日判決は、就業規則に退職後6か月以内に同業他社に就職した場合は退職金を支給しないという条項があったケースについて、このような定めは退職従業員の職業選択の自由に重大な制限を加える結果となる極めて厳しいものであるから、退職金を支給しないことが許容されるのは労働の対償を失わせることが相当であると考えられるような顕著な背信性がある場合に限る、と判示しています。
以上のように、退職後の競業避止義務違反と退職金の支給とを連動させた場合には、先ほど述べたような諸要素からの判断だけではなく、+αの条件として顕著な背信性があることが必要とされる可能性があります。
事業者側の注意点
競業避止義務自体は事業者の持つ独自のノウハウなどを守るために有用ですが、あまりにも広すぎたり期間が長すぎたりするようなものは無効とされてしまいますので、自社の利益と労働者の利益とをバランスよく考える必要があります。
競業避止義務に関する合意の効力については多くの裁判例があり、そのような過去の裁判例を参考にすることで有効と判断されやすい内容とすることが可能ですので、退職労働者に対して競業避止義務を課すことを検討しているときは過去の裁判例をもとにした事前のリサーチが有効と思われます。
労働者側の注意点
他方、退職した労働者側としては、競業避止義務が有効とされた場合、再就職や起業に制約を受けることになるほか、あとになってから損害賠償請求や差止請求などを受けるリスクが生じることから、安易にそのような記載のある書面にサインすることは禁物です。
もっとも、ここでご説明した通り競業避止義務について合意してしまったとしても、内容によっては無効とされることもあります。
実際に相談を受けていると、競業避止義務の合意を盾に損害賠償請求を受けているものの、内容をみると期間が長すぎたり範囲が広すぎる、代償措置も全く講じられていないなど問題の多い合意内容となっていることがありますので、そのようなトラブルが起きたときは弁護士に相談して対応を協議することをお勧めします。
弁護士 平本丈之亮