退職後の競業禁止義務を定めた合意の有効性

 

 勤務先の会社と競合する会社へ転職することや、競合する事業内容の事業を行う会社の設立などを禁止する義務を「競業避止義務」といいます。

 

 

原則:退職後に競業避止義務はない

 

 在職中、労働者は、労働契約上の信義則(労働契約法第3条4項)に基づいて会社に対する競業避止義務を負うとされており、就業規則の中にも競業避止義務が定められている例が多くあります。

 

 これに対して退職後は、元労働者に職業選択の自由があるため当然に競業避止義務はなく、元労働者に競業避止義務を課すには個別の合意が必要となります。

 

 

有効な競業避止義務に違反した場合のペナルティ

 

 有効な競業避止義務の合意があり、これに違反した場合、元労働者は以前の勤務先から損害賠償請求を受けたり競業行為の差し止めを求められることがあります。

 

 また、中には退職後の競業避止義務に違反したことを退職金の不支給や減額の事由として定めているところもあり、合意に違反して退職後に競業行為に及んだ場合、退職金が支給されなかったり減額されたりするほか、一旦支給された退職金の返還を求められるといったトラブルが発生することもあります(競業避止義務と退職金の関係については後述)。

 

 

競業避止義務の合意の有効性

 

 退職後の競業避止義務を定める合意は労働者の職業選択の自由を制約するものであり、内容によっては再就職や起業が難しくなるなど労働者に対して重大な影響を与えるものです。

 

 そのため退職後の競業避止義務の合意は、いかなる場合でも無条件に有効になるわけではなく、裁判例上、一定の縛りがかけられているのが実情です。

 

 

有効性はどう判断する?

 

 競業避止義務の合意が効力を有するかどうかは、まず、①労働者の自由意思による合意があったかどうかが問題となり、次に、②その合意が必要かつ合理的な内容かどうか、が問題となります。

 

【①労働者の自由意思】

 

 たとえば、労働契約書や就業規則には何も記載がないにもかかわらず、退職する際に突然、競業を禁止する内容を含む誓約書を示し、これに署名することが退職金の支払条件であるといった話をしたり、労働者を狭い個室に呼び出し、数名がかりで取り囲んで会社側が事前に用意した誓約書にその場ですぐ署名するよう執拗に求めるといったように、拒絶しがたい状況の中でサインさせたような場合、自由意思に基づく合意がなかったとして競業避止義務の合意そのものが否定される可能性があります。

 

【②合意の必要性・合理性】

 

 たとえ労働者の自由意思による合意があっても、労働者が負う競業避止義務による不利益の程度や使用者の受ける利益の程度、競業避止義務が課される期間、労働者への代償措置の有無等の事情に照らして必要かつ合理的な範囲を逸脱したものである場合は、そのような合意は公序良俗に反して無効となるというのが過去の裁判例の傾向です。

 

 なお、競業避止義務の効力については、合意全体が無効となる場合だけではなく、競業が禁止される内容を合理的な範囲に制限する(=一定限度で有効とする)というケースもあります(福岡高裁令和2年11月11日判決など)。

 

 競業避止義務の必要性・合理性を検討するための判断要素をより具体的に列挙すると以下のとおりですが、このうちのどれか一つだけで有効・無効が決まるわけではなく、これらの事情を総合的に考慮したうえで有効性が判断されることには注意を要します。 

 

必要性・合理性の判断要素

競業禁止の目的や必要性の有無、程度

・競業避止義務を課す会社側に保護に値する正当な利益(特別なノウハウや営業秘密など)があるかどうか、保護すべき利益の重要性はどの程度か 

元従業員の立場・職務内容

・在職中、その労働者が競業避止義務によって守るべき会社の利益にアクセス可能な地位や職務にあったかどうか

禁止される競業行為の範囲

・再就職や起業自体が禁止されるか、会社の既存顧客に対する営業行為だけが禁止されるのか

・禁止される業務内容や職種に限定があるかどうか 等

競業が禁止される期間

・期間が短いほど職業選択の自由への制約が少ないため有効とされやすい

地域の限定の有無や範囲の広さ

・会社の商圏から離れた地域まで禁止対象となっていると、会社が守るべき利益は乏しいとして無効となりやすい。ただし、ノウハウなどの保護が目的の場合は地域を限定しても目的が達成できないことから、守るべき利益次第ではこの点は有効性の判断に影響しないこともありうる

代償措置の有無・内容

・職業選択の自由を制限するための対価とみうるものが労働者に提供されていると有効となりやすい

 

競業避止義務の合意を無効とした近時の裁判例

 

 最近の裁判例でも、上記のような事情を総合的に考慮して競業避止義務を定めた合意の有効性を判断し、結論として無効と判断したものがあります。

東京地裁令和4年5月13日判決

【競業避止義務の内容】

①禁止行為

・会社との取引に関係ある事業者への就職

・会社の客先に関係ある事業者への就職

・会社と取引及び競合関係にある事業者への就職

・会社と取引及び競合関係にある事業の開業・設立

 

②禁止期間:退職後1年間

 

③禁止される競業行為の範囲

転職先の業種、職種の限定はない。

 

④競業が禁止される地域の限定

地域の定めはない。

 

⑤代償措置

手当、退職金その他退職後の競業禁止に対する代償措置は講じられていない。

 

会社の事業内容】

主にシステムエンジニアを企業に派遣・紹介する株式会社であり、具体的な作業については各派遣先・常駐先・紹介先会社の指示に従う

 

在職時の労働者の職務】

システムの設計、開発、テスト等

 

在職時の労働者の地位】

システムエンジニア

 

【裁判所の判断】

会社は主にシステムエンジニアを企業に派遣・紹介する株式会社であり、具体的な作業には各派遣先・常駐先・紹介先会社の指示に従うものとされていた。

 

・システムエンジニアの従事する業務内容に照らせば、会社がシステム開発、システム運営その他に関する独自のノウハウを有するものとはいえないし、元従業員がそのようなノウハウの提供を受けたと認めるに足りる証拠もない。

 

→会社が退職後の競業避止義務を定める目的・利益は明らかとはいえない。

 

合意により会社が達しようとする目的は明らかではないことに比べ、元労働者が禁じられる転職等の範囲は広範であり、その代償措置も講じられていないことからすると、競業禁止義務の期間が1年間にとどまることを考慮しても、競業避止義務を定めた合意は、その制限が必要かつ合理的な範囲を超える場合に当たるものとして公序良俗に反し、無効。

 

競業避止義務違反を退職金の不支給や減額の事由とする場合

 

 競業避止義務に違反した場合は主に損害賠償や競業行為の差し止めが問題になりますが、そのほかにも、競業避止義務に違反したことを退職金の不支給や減額の条件としている場合もあります。

 

 この点について、名古屋高裁平成2年8月31日判決は、就業規則に退職後6か月以内に同業他社に就職した場合は退職金を支給しないという条項があったケースについて、このような定めは退職従業員の職業選択の自由に重大な制限を加える結果となる極めて厳しいものであるから、退職金を支給しないことが許容されるのは労働の対償を失わせることが相当であると考えられるような顕著な背信性がある場合に限る、と判示しています。

 

 以上のように、退職後の競業避止義務違反と退職金の支給とを連動させた場合には、先ほど述べたような諸要素からの判断だけではなく、+αの条件として顕著な背信性があることが必要とされる可能性があります。

 

 

事業者側の注意点

 

 競業避止義務自体は事業者の持つ独自のノウハウなどを守るために有用ですが、あまりにも広すぎたり期間が長すぎたりするようなものは無効とされてしまいますので、自社の利益と労働者の利益とをバランスよく考える必要があります。 

 

 競業避止義務に関する合意の効力については多くの裁判例があり、そのような過去の裁判例を参考にすることで有効と判断されやすい内容とすることが可能ですので、退職労働者に対して競業避止義務を課すことを検討しているときは過去の裁判例をもとにした事前のリサーチが有効と思われます。

 

労働者側の注意点

 

 他方、退職した労働者側としては、競業避止義務が有効とされた場合、再就職や起業に制約を受けることになるほか、あとになってから損害賠償請求や差止請求などを受けるリスクが生じることから、安易にそのような記載のある書面にサインすることは禁物です。

 

 もっとも、ここでご説明した通り競業避止義務について合意してしまったとしても、内容によっては無効とされることもあります。

 

 実際に相談を受けていると、競業避止義務の合意を盾に損害賠償請求を受けているものの、内容をみると期間が長すぎたり範囲が広すぎる、代償措置も全く講じられていないなど問題の多い合意内容となっていることがありますので、そのようなトラブルが起きたときは弁護士に相談して対応を協議することをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮 

懲戒解雇相当などの退職金不支給事由があるものの、退職金の一部支給が認められた3つのケース

 

 職場を懲戒解雇された場合、労働者は職を失うという重大な不利益を受けることになりますが、そのほかにも、就業規則上、懲戒解雇に相当する事情の存在が退職金の不支給事由として規定されていることが一般的であり、それに基づき退職金が支給されないということがあります。

 

不支給事由あり≠退職金不支給

 

 もっとも、今日において退職金は単なる会社からの恩典ではなく、労働の対価(賃金)の後払いとしての性質を有するというのが一般的な考え方であり、退職金の不支給事由が存在することのみによって過去の労働の対価を一切失わせることは労働者にとって酷な場合もあります。

 

 そのため裁判例においては、退職金を不支給とするには不支給事由が就業規則等に定められていることは当然の前提として、そのような不支給事由が存在するだけでは足りず、その労働者にそれまでの勤続の功を抹消又は減殺するほどの著しい背信行為があったことが必要であると考えられており、また、仮に背信行為があったとしても全額を不支給とするのではなく、退職金の何割かの支払いを命じるケースが存在します。

 

 そこで今回は、懲戒解雇や退職金の不支給を検討している事業者、あるいは懲戒解雇やそれに相当する事情を理由として退職金を不支給とされた労働者の方向けの参考として、懲戒解雇に相当する事情があったにもかかわらず、退職金の支給が一部認められた最近の裁判例を3つほどご紹介したいと思います。

 

一部支給を認めた裁判例

 

東京地裁令和3年6月2日判決

【非違行為の内容】

・自らが懇意にする外国人女性ホステスの就労ビザ更新のため、職務を利用して取引先に在職証明書の偽造を依頼して作成させた(処分事由①)。

 

・職務を利用して取引先に9回にわたりクラブへの同行を要望し費用を取引先に支払わせるなどした(処分事由②)。

 

【裁判所の判断】

・処分事由①は会社の社会的評価を毀損しかねないものであって情状は悪い。

 

・原告には処分事由②も認められ、被告の業務内容(不動産の賃貸借及び売買、交換のあっせん等を目的とする株式会社)及び被告における原告の地位(施設管理の責任者として、建物管理、原状回復工事及び修繕工事の新規発注先を設定するために必要な申請を行ったり、既存の発注先から新規発注先に業務の発注を変更したりする権限を有していた。)等に照らすと、労働者のそれまでの勤続の功を一定程度減殺する悪質性があることは否定できない。

 

・他方、処分事由①にかかる行為について、作成された内容虚偽の在留資格証明書は実際に提出されることはなかった。

 

・処分事由②は半年間にわたり約55万円の飲食費の饗応を受けたという内容であり、その期間は比較的短期間であり、その金額が非常に高額のものであるとまではいえない。

 

→労働者のそれまでの勤続の功を全て抹消するほどの著しい背信行為があったとまではいうことはできないとして、退職金不支給条項は退職金の5割を超えて不支給とする点で一部無効であると判断し、5割の支給を認めた。

高松地裁丸亀支部令和2年10月19日判決

【非違行為の内容】

郵便局職員が、約3年間、取集郵便物に貼付された未消印切手(1万8619円分)を窃取していた。

 

【裁判所の判断】

・懲戒解雇理由とされた切手窃取行為は被告の企業秩序の維持の観点からみて重大な非違行為であり、その態様も悪質であって、原告の勤続の功労を大きく減殺するものといわざるを得ない。

 

・一方で窃取切手の金額(1万8619円)は比較的少額であり、本件懲戒解雇の後ではあるものの原告はこれと延滞金を被告に弁償している。

 

・原告は長年被告又は被告が使用者の地位を承継した法人等において勤務してきており、本件退職手当には賃金の後払いや退職後の生活保障としての性質もある。

 

・本件懲戒解雇に至るまで原告が被告から懲戒処分を受けたことはない。

 

→上記事情を考慮すると、原告の行為をもってそれまでの勤続の功を全て抹消するほどの著しい背信行為とはいい難いというべきであるとして不支給規定の適用を限定的に行い、仮に懲戒解雇がなければそのわずか6日後に原告が定年退職をすることは確実であったと考えられること等の一切の事情を総合的に考慮し、原告が定年退職をしたと仮定した場合の退職金の額の3割の支給を認めた。

東京地裁平成29年10月23日判決

【非違行為の内容】

事故前日に断続的に飲酒をし、就寝の際、医師から飲酒時の服用を禁止されていた精神安定剤等を服用したため、当日の朝ふらつき感を覚え、発熱まであり欠勤するに至ったにもかかわらず更に飲酒を続け、高濃度のアルコールを身体に保有する状態で自動車を運転した結果、運転を誤って営業中のスーパーマーケットの玄関付近に自車を衝突させ、店舗に修理費162万円を要するほどの損傷を与えるなどした。

 

【裁判所の判断】

・被告(鉄道利用運送事業、貨物自動車運送事業、海上運送事業、利用航空運送事業等を営む会社)が企業としての社会的責任を果たし、名誉、信用ないし社会的評価を維持するため飲酒運転について厳罰をもって臨み、原則として解雇事由としていることは必要的かつ合目的的であるといえる。

 

・本件酒気帯び運転はその態様が悪質でありその行為に至る経緯に酌量の余地はなく、結果も重大である。

 

・原告は現行犯逮捕され、実名で新聞報道がされるなどしており、その社会的影響も軽視することはできない。

 

・他方、懲戒解雇処分における解雇事由は、私生活上の非行に係るものである。

 

・原告は本件酒気帯び運転まで26年以上の長期にわたり懲戒処分等を受けることなく真面目に勤務してきた。

 

・本件酒気帯び運転や本件事故について素直に認め本件店舗に直接謝罪をするとともに、自ら加入していた自動車保険を利用して被害弁償をして示談し宥恕されている。

 

・被告に対しても謝罪し自ら退職願を提出している。

 

・原告が被告の従業員であったことまでは報道されておらず、被告の名誉、信用ないし社会的評価の低下は間接的なものにとどまる。

 

・これらの事情に加えて、被告は原告の持病の治療や父親の看護等を慮って懲戒委員会の開催を遅らせるとともに、処分決定までの間、原告を無給の休職とすることなく、自宅待機を命じ基準内賃金等を支払っていた。

 

→上記事情を総合すると、本件酒気帯び運転が原告のそれまでの勤続の功労を全て抹消するものとは認め難いものの大幅に減殺するものといえ、その減殺の程度は5割と認めるのが相当として、自己都合退職した場合の退職金額の5割の支給を認めた。

 

参考(否定例)

 

 以上の3つは退職金の支給を認めた裁判例ですが、最後に参考として、退職金の支給を否定した裁判例についても一つご紹介したいと思います。

 

大阪地裁令和元年10月29日判決

【非違行為の内容】

約1年半の間、当時の就業場所(郵便局)において10回にわたり1000円切手合計780枚、78万円分を横領した(原告は当時資産管理業務の補助社員として切手、はがき、収入印紙等の在庫管理等を行っていた)。

 

【裁判所の判断】

・本件横領行為は、正に原告が当時従事していた被告の中心業務の1つの根幹に関わる最もあってはならない不正かつ犯罪行為であり、出来心の範ちゅうを明らかに超えた被告に対する直接かつ強度の背信行為であって極めて強い非難に値する。

 

・被害額も多額に上る。

 

・その後の隠ぺいの態様も悪質性が高い(切手点検に同席し点検用紙にあたかも在庫数が符合しているかのようにチェックを入れたり、原告自ら在庫数を査数して在庫数が符合しているかのようにチェックを入れる、あるいは不足分を水増しした枚数を点検者に口頭報告していた)。

 

・動機に酌むべき点も見当たらない(金券ショップに持ち込んで換金し競馬や風俗店での遊興費にあてていた)。

 

→退職手当は賃金の後払い的な性質をも併せ持つこと、被害は回復されていること、原告は約24年8か月余りの間、本件横領行為及び過去の注意処分のほかは大過なく職務を務めていたこと,本件横領行為を行った郵便局在勤中にお歳暮の販売額に関するランキングで5位以上であったこと、被告による事情聴取に応じて最終的には非を認めて始末書や手記を提出し、本件横領行為の態様、隠ぺい工作、動機等についても明らかにしていることを十分に考慮したとしても、原告による本件横領行為は原告の従前の勤続の功を抹消するほど著しい背信行為といわざるを得ないとして請求を棄却。

 

不支給となるかは総合判断

 

 以上のように、退職金不支給事由に該当する事情があっても、裁判所はそれだけでは不支給を正当化せず、非違行為の悪質性、非違行為と職務との関連性(私生活上の行状にとどまるものか職務に関連するものかどうか)、勤務先の事業内容、動機、非違行為が勤務先に与えた損害の有無・程度、非違行為が社会に与えた影響の有無・程度、本人の過去の懲戒歴の有無や内容、退職までの残存期間、不支給事由発生後の状況(被害弁償や謝罪の有無など)、といった様々な事情を総合的に判断して不支給とすべきかどうか、あるいは一部の支給を認めるかどうかを検討しています。

 

 このように、退職金の不支給事由として懲戒解雇に相当する事情が規定され、これに該当しても退職金の支給が認められることはありますが、この点は様々な事情を総合的に検討して判断する必要がありますので、実際に不支給とされた場合にはご自分だけで判断するのではなく弁護士にご相談いただければと思います。

 

 他方、企業側としても、不支給としたことで裁判になり、弁護士への委任費用など本来不必要なコストを負担せざるを得ないことがありますので、果たして不支給とすべきか、それとも一部のみでも支給すべきかどうかについては事前に弁護士にご相談なさることをお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

 

特例有限会社の取締役の解任と損害賠償請求

 

 以前のコラムで、取締役の解任に「正当な理由」がない場合、株式会社は取締役に対して損害賠償責任を負うことをお話ししました(会社法339条2項)。

 

 ところで、会社の中には、純粋な株式会社のほかに、平成18年の会社法施行を機に生まれた「特例有限会社」というものがあります。

 

 特例有限会社とは、会社法施行前に有限会社であった会社について、会社法の施行後も従前の例によるものとされる会社をいいますが、一般の株式会社と異なって決算公告の義務がないほか、取締役の法定任期に関する会社法332条の適用も除外されているため(会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律18条)、定款において取締役の任期が定められていない場合、取締役には任期がありません。

 

 そこで今回は、このような特例有限会社において取締役が解任された場合に、会社法339条2項の適用があるかどうかについてお話しします。

 

任期の定めがない場合

 

 会社法339条2項は旧商法257条1項但書の流れを汲む規定であるところ、同条項但書は「任期ノ定アル場合ニ於テ」として取締役に任期がある場合を前提としていました。

 

 そのため、会社法339条2項が旧商法257条1項但書と同様に取締役の任期がある場合を前提にした規定であるとすれば、任期の定めのない特例有限会社については(類推)適用することはできないことになり、他方、会社法339条2項には「任期ノ定アル場合ニ於テ」といった限定がないことを重視すれば、特定有限会社の取締役にも同条項を(類推)適用できる余地があります。

 

 しかし、この点について当職が調べた範囲では、任期のない特例有限会社の取締役については、会社法339条2項を(類推)適用を否定した裁判例しかないようでした。

 

東京地裁平成30年4月25日判決

「会社法339条2項において「任期ノ定アル場合ニ於テ」に相当する文言が付加されなかったことについては、旧商法が取締役の任期について、定款において定められるべき事項とされ、旧商法256条がその上限等を定めるという建前となっていたことから、任期の定めのない取締役が存在する余地を残していたのに対し、会社法は取締役の任期を法定した上で定款または株主総会の決議によってその任期を変更することを許容する建前となっており(会社法332条参照)、任期の定めのない取締役を想定することができなくなったことによるものと解される。以上によれば、会社法339条2項所定の損害賠償請求権に関しても取締役の任期が定まっていることが当然の前提とされており、定まった任期のない取締役については同条項の適用はないものと解するのが相当である。」

東京地裁平成29年8月23日判決

「会社法339条2項において「任期ノ定アル場合ニ於テ」に相当する文言が付加されなかったことについては、旧商法が取締役の任期について、定款において定められるべき事項とされ、旧商法256条がその上限等を定めるという建前となっていたことから、任期の定めのない取締役が存在する余地を残していたのに対し、会社法は取締役の任期を法定した上で定款または株主総会の決議によってその任期を変更することを許容する建前となっており(会社法332条参照)、任期の定めのない取締役を想定することができなくなったことによるものと解される。以上によれば、会社法339条2項所定の損害賠償請求権に関しても取締役の任期が定まっていることが当然の前提とされており、定まった任期のない取締役については同条項の適用はないものと解するのが相当である。そして、会社法下の特例有限会社については、法定任期に関する会社法332条の適用が除外されており(会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(以下「整備法」という。)18条)、特例有限会社の定款において取締役の任期が定められていない場合には当該会社の取締役には定まった任期がないということになる。」

 

「前記説示のとおり会社法339条2項は、任期の定めのある取締役の任期に対する期待を保護するために設けられた規定であり、任期の定めのない場合について、同項を類推適用する基礎を欠く。」

秋田地裁平成21年9月8日判決

「会社法339条2項は、取締役の解任について株式会社が正当事由のあることを立証できない場合に、株式会社に対し、解任されなければ残存任期中に得られたであろう取締役の利益(所得)の喪失の損害賠償責任を認める特別の法定責任を定めた規定であり、具体的な任期があることが損害賠償請求権発生の要件と解される。
 この点、商法(平成17年法律第87号による改正前のもの。以下、同法による改正前の商法を単に「旧商法」という。)257条1項但書では、「任期ノ定アル場合ニ於テ」とされており、任期の定めがあることが損害賠償請求権発生の要件であることが法文上明らかであったところ、上記会社法339条2項ではこれに対応する文言はない。
 しかしながら、これは、旧商法下では、株式会社の取締役について任期が定められない場合があり得た(旧商法256条参照)ものの、会社法下では、そもそも取締役等につき具体的な任期がないという場合は想定されなくなった(会社法332条等参照)ために、敢えて任期の定めがあるという文言が置かれなかったにすぎないと解される。
 したがって、上記会社法339条2項は、具体的な任期があることを損害賠償請求権発生の当然の前提としていると解するのが相当である。」

 

 なお、上記2つの東京地裁判決では、会社法のほかに民法651条2項の規定によっても報酬相当額の損害賠償請求が可能という原告の主張に対して、民法651条2項による損害賠償責任の範囲は委任が解除されたこと自体から生じる損害ではなく解除が不利な時期であったことから生じる損害に限られるとして、報酬相当額の喪失は解除自体によって生じる損害であるからここでいう損害には入らないと判断しています。

 

任期の定めがある場合

 

 以上に対して、同じ特例有限会社であっても、定款で取締役の任期に関する規定があるときは会社法339条2項の適用があると思われます。

 

 ややイレギュラーなケースですが、東京高裁平成29年2月16日決定は、定款に取締役の任期の定めがある特例有限会社について、会社が定款変更によって当初の任期を短縮したために取締役が退任したところ、当該取締役が定款変更前の残任期分の報酬相当額を損害額(=被保全権利)として会社の預金債権等に対して仮差押命令の申立てをした事案に関し会社法339条2項の類推適用を認め、執行裁判所が発令した仮差押命令に対する会社側の保全異議の申立を退けています。

 

 このように、上記高裁決定は、定款に取締役の任期について定めのある特例有限会社について、定款変更による任期短縮によって取締役が地位を喪失した場合に会社法339条2項の類推適用を認めた事案ですが、この判断は、任期の定めのある特例有限会社における任期途中の解任に同条項の適用があることを前提にしたものです。

 

 

 以上、特例有限会社における取締役の解任と会社法339条2項の関係について、裁判例を中心にお話しました。

 

 有限会社の設立ができなくなったことから、今後、このような問題は次第になくなっていくことになりますが、今なお相当数の特例有限会社が存在すると思われますので参考になれば幸いです。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2021年7月14日 | カテゴリー : 企業法務 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

定款変更による取締役の任期短縮とその後の再任拒否による損害賠償請求

 

 前回のコラムで、会社が取締役を含む役員等を任期途中で解任した場合、「正当な理由」がない限り、取締役等は会社に損害賠償請求ができるというお話をしました(会社法339条2項)。

 

 このように、任期途中の取締役の解任には損害賠償請求のリスクがあるため、「正当な理由」が認められるかどうか怪しいケースでは任期満了まで待つことが無難な対応となりますが、そのような対応ではなく、定款変更によって取締役の任期を短縮し、その後、その取締役を再任しないことで解任と同じ結果をもたらそうとする場合がみられます。

 

 会社法339条2項は、法文上、取締役等の「解任」の場合を想定した規定であり、定款変更による任期短縮のケースを直接規律するものではありませんが、定款変更による任期短縮とその後の再任拒否を組み合わせた場合は任期途中で解任したのとまったく同じ結果となることから、そのようなケースでは解任と同じく取締役を保護する必要性があるのではないか、つまり、このような任期短縮を内容とする定款変更と再任拒否がなされた場合、取締役は会社に対して損害賠償請求ができるのではないのかが問題となります。

 

会社法339条2項の類推適用によって損害賠償請求できる可能性がある

 

 結論からいえば、このような場合、退任した取締役は任期途中で取締役を解任した場合と同様に損害賠償請求ができる可能性があり、実際の裁判例においても定款変更による取締役の任期短縮には会社法339条2項の類推適用を認めうるとしています。

 

東京地裁平成27年6月29日判決

会社法三三九条二項は、株主総会の決議によって解任された取締役は、その解任について正当な理由がある場合を除き、会社に対し、解任によって生じた損害の賠償を請求することができる旨定めているところ、その趣旨は、取締役の任期途中に任期を短縮する旨の定款変更がなされて本来の任期前に取締役から退任させられ、その後、取締役として再任されることがなかった者についても同様に当てはまるというべきであるから、そのような取締役は、会社が当該取締役を再任しなかったことについて正当な理由がある場合を除き、会社に対し、会社法三三九条二項の類推適用により、再任されなかったことによって生じた損害の賠償を請求することができると解すべきである。
 これを本件についてみると、原告らは、本件定款変更によって本来の任期よりも前に取締役から退任させられ、取締役として再任されることもなかったのであるから、被告が原告らを再任しなかったことについて正当な理由がある場合を除き、被告に対し、損害賠償を請求することができることとなる。」

 

※結論としては、取締役に再任しなかったことに「正当な理由」はないとして損害賠償請求を認容(ただし、原告が本来の残任期である約5年5ヶ月間の報酬相当額を請求したことに対し、裁判所は、その間、会社の経営状況や退任した取締役の職務内容に変化がまったくないとは考えがたく、当初予定されていた月額報酬をそのまま受領し続けることができたと推認することは困難であるとして、損害を2年分に限定した)。

 

名古屋地裁令和元年10月31日判決

「取締役の任期途中において、その任期を短縮する旨の定款変更がなされた場合、その変更後の定款は在任中の取締役に対して当然に適用されると解することが相当であり、その変更後の任期により任期が満了した者については、取締役から退任する。
 そして、会社法339条2項は、株主総会の決議によって解任された取締役は、その解任について「正当な理由」がある場合を除き、会社に対し、解任によって生じた損害の賠償を請求することができる旨定めているところ、取締役の任期途中に任期を短縮する旨の定款変更がなされて本来の任期前に取締役から退任させられ、その後、取締役として再任されることがなかった者について、その趣旨が同様に当てはまるか否かは、なお議論の余地があるものの、本件定款変更による取締役の任期の短縮には、原告を被告の取締役から退任させることがその目的に含まれていたということができるから、本件においては、会社法339条2項が類推適用されるとする余地もあり、」

 

※結論的には、取締役に再任しなかったことについて「正当な理由」があるとして損害賠償請求は棄却。

東京高裁平成29年2月16日決定

「会社法339条2項は、取締役を解任された者は、その解任について正当な理由がある場合を除き、株式会社に対し、解任によって生じた損害の賠償を請求することができると定めているところ、上記事情に照らせば、本件においても、同項を類推適用することができるものと解するのが相当であり、この場合における正当な理由の有無は、任期の短縮及び取締役としての不再任について判断されるべきである。」

 

※法律上は取締役の任期について規定のない特例有限原会社について定款で取締役の任期を定め、その後に再度の定款変更による任期短縮によって退任した取締役が、定款変更前の残任期分の報酬相当額を損害額(=被保全権利)として会社の預金債権等に対して仮差押命令の申立てをしたところ認容されたため、会社が保全異議の申立をし、原審裁判所が仮差押決定を認可したケースの抗告審。

本件では、定款変更による任期短縮が取締役を会社から排除するために講じたものであるという事情に照らし、定款変更による任期短縮が実質的にみて取締役の解任と同視すべきものということができることを根拠に類推適用を認めている。

 

 このように、取締役の解任による損害賠償請求のリスクを避けるために定款変更を活用しようとしても、上記の通り会社法339条2項の類推適用によって、結局は再任しないことに「正当な理由」がなければ損害賠償請求を負う可能性が残ります。

 

 特定の取締役の排除を目的とした脱法的な定款変更ではなく、他の必要性からそのような定款変更を行うことはあり得るつころですが、その場合にはあらかじめ退任対象となる取締役と協議し、必要に応じて代償措置を講じるなど十分に検討することが肝要と思われます。

 

弁護士 平本丈之亮

 

 

2021年7月13日 | カテゴリー : 企業法務 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

取締役等の解任と損害賠償請求の話

 

 会社法では、取締役を含む役員(取締役、会計参与、監査役)や会計監査人は、いつでも株主総会の決議によって解任できるとされています(会社法339条1項)。

 

 もっとも、このような自由な解任権を会社に与えることは、他方で取締役を含む役員等の任期に対する期待を害することにも繋がります。

 

 そこで、会社法は、会社の解任権と役員等の利益の調和を図るため、「正当な理由」のない解任がなされた場合、会社法339条2項によって役員等が会社に対して損害賠償を請求することができるとしています。

 

 

請求できる損害の範囲は?

 

【役員報酬】

 

 会社法339条2項における損害として典型的なものは、解任されなければ得られていたはずの残存任期分の役員報酬相当額です。

 

 

【退職慰労金など】

 

 これに対して、たとえば退職慰労金や役員賞与については、全てのケースで必ず支給されるというものではないことから、支払いを受ける可能性が高い場合に損害に含まれます。

 

 たとえば東京地裁平成27年6月22日判決は、定款に役員の退職慰労金について具体的な金額が定められていないことから、役員に対する退職慰労金は株主総会決議がなされた時以降に具体的な請求権として発生するものであるとして、退職慰労金は損害に含まれないと判断しています。

 

 他方、東京地裁平成29年1月26日判決では、一人株主の了解を得て退職一時金の金額が具体的に決まっていたケースにおいて、退職一時金が損害に含まれるものと判断しています。

 

 

【弁護士費用】

 

 会社に対して損害賠償を請求する際に生じる弁護士費用相当額については、会社法339条2項が解任がなければ得られたであろう利益の喪失を填補するものであるという趣旨に鑑み、「「解任がなければ当該役員が残存任期中及び任期終了時に得ていたであろう利益の喪失による損害」には含まれず、同項による補償の対象には含まれないと解するのが相当である。」と判示した裁判例があります(東京地裁平成29年1月26日判決)。

 

 

「正当な理由」があれば損害賠償責任は負わない

 

 以上のような役員等からの請求に対して、同条項では、取締役等の解任に「正当な理由」がある場合、会社は損害賠償責任を負わないと規定しています。

 

 ここでいう「正当な理由」の意味については、たとえば東京地裁令和2年3月2日判決では、「役員等に、職務執行上の法令定款違反行為があった場合、心身の故障のため職務執行に支障がある場合又は職務への著しい不適任となるべき事情がある場合等、株式会社が役員等に対し取締役としての責務の遂行を期待することが客観的に難しい状況がある場合をいう」とされています。

 

 これをおおまかに分類すると、一般的には以下のような事由がこれにあたると考えられますが、このうち①のような比較的明確な事由以外は、具体的にどのような事情があれば「正当な理由」があるといえるかが事案によってケースバイケースであるため、実際に問題が生じたときは解任に至った具体的な事実関係が非常に重要となります。

 

正当な理由の例

 ①職務遂行上の不正行為や法令・定款違反行為

 

 ②心身の故障

 

 ③職務への著しい不適任(著しい能力の欠如)

 

 ④独断的な職務遂行

 

(⑤経営判断の失敗(争いあり))

 

【「正当な理由」は会社が立証する必要がある】

 

 なお、このような「正当な理由」は、取締役等を解任する会社がその存在を立証する必要があります。

 

 

 以上のように、会社が任期途中で取締役等を解任した場合、後日、損害賠償請求を受ける可能性がありますので、会社が解任を検討するときは、訴訟に耐えうるだけの材料を質・量ともに揃えられるかどうかを事前に必ず検討し、危ういときは任期満了まで待つことも必要な対応となります。

 

 これに対して解任された側としては、解任に「正当な理由」がないと考えるときは損害賠償請求をするかどうかを検討することになりますが、上記の通り「正当な理由」の判断は難しいところですので、必要に応じて弁護士へのご相談をお勧めします。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2021年7月12日 | カテゴリー : 企業法務 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所