飲酒運転による地方公務員の懲戒免職と退職金の不支給処分について

 

 飲酒運転に対する社会の目は非常に厳しく、昨今では民間企業か公務員かを問わず懲戒処分により職を失う例が数多く見られます。

 

 飲酒運転による懲戒解雇や懲戒免職はその処分自体の有効性についても争われることがありますが、関連する問題として、就業規則や条例上、懲戒処分による失職が退職金の不支給事由となっており、失職と連動して退職金についても不支給になったというケースがあり、今回はこのような紛争のうち地方公務員の退職金の不支給処分について取り上げたいと思います。

 

免職=不支給とは限らない

 

 地方公共団体では条例によって懲戒免職処分を受けた職員に退職金の全部又は一部を支給しないと定められていることが通例です。

 

 たとえば盛岡市においても、条例で懲戒免職処分となった者には退職金の全部又は一部を支給しない処分を行うことができると定められていますが、退職金について処分を決める際はこの条例と細則である施行規則により、退職者の職務・責任・勤務状況、非違行為の内容・程度・経緯、非違行為後の退職者の言動、非違行為が公務の遂行に及ぼす支障の程度や公務に対する信頼に及ぼす影響といった事情を勘案することとされています。

 

 このように、条例では懲戒免職処分となっても退職金の全額が不支給にならないことがある旨規定されているものの、実際上は全額不支給とすることを原則とする自治体もあり、懲戒免職処分を受けた側としては当然に退職金も諦めなければならないものと考えがちです。

 

 しかし、退職金には賃金の後払い的性格や退職後の生活保障的性格もあると考えられているため、たとえ飲酒運転による懲戒免職処分が有効であっても、ただちに退職金の全額不支給まで正当化されるとは限りません。

 

 最近の裁判例でも以下のように懲戒免職処分後の退職金の不支給処分が取り消されたケースが複数存在することから、退職金の不支給処分が正当かどうかについては懲戒免職処分とは別に検討していく必要があります。

 

不支給が取り消された事例

 

長野地裁令和3年6月18日判決

実走行距離が比較的短く被害が軽微であったことや酒気帯び運転が公務の遂行に及ぼした支障の程度が重大であったとまではいえないこと、約33年8か月にわたる勤務態度が全体として特に劣っていたものではないこと、事故後直ちに事故を報告して謝罪と反省の態度を示していることなどの事情があることから、長期間にわたる勤続に対する報償や賃金の後払的性格、生活保障的性格を有する退職手当のすべてを奪ってもやむを得ないとするには均衡を欠いて重きに失するとし、退職手当の全部不支給処分は裁量権の範囲を超えるものと判断して取り消しを命じた。

 

※控訴審の東京高裁令和4年1月14日判決も原審の判断を是認。

広島地裁令和3年10月26日判決

酒気帯び運転で事故を起こしたことは非違行為の程度として重く退職手当が相応に減額されることはやむを得ないといえるが、飲酒運転になることを確定的に認識しながら意図的に運転に及んだとまではいえず悪質とまでは言い難いこと、勤続31年の間に懲戒処分を受けたことはなく勤務成績は良好であり、公務に対する貢献の度合いは相応に高かったこと、釈放後可及的速やかに被害者に謝罪して保険会社を通じ損害を填補する手筈を整え、所属先の事情聴取にも直ちに応じて免職処分を受けることも受け入れ一貫して反省の態度を示していることなどを指摘し、長年の功労を全て没却する程度に重大な背信行為に当たるとまで評価できないとして、退職手当の不支給処分はは裁量権の範囲を逸脱・濫用したものとして取り消しを命じた。

福岡高裁令和3年10月15日判決

免職処分を受けて退職するまで懲戒処分を受けることなく長年勤務を続けてきたことや本件非違行為が酒気帯び運転の中で特段に悪質性が高いとはいえないこと等の事情を考慮すれば長年の貢献が無になったとまではいえないこと、処分を受けた本人が当時57歳であって再就職は必ずしも容易でないと考えられることも考慮すると退職手当を全く受け取れないことによる生活への影響は大きいものと考えられること等から、退職手当の不支給処分は裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものといえるとし、処分の取り消しを命じた。 

 

 過去の裁判例をみると退職金の不支給処分が裁量権の濫用となるかどうかは退職者の職務・責任・勤務状況、非違行為の内容・程度・経緯、非違行為後の退職者の言動、非違行為が公務の遂行に及ぼす支障の程度や公務に対する信頼に及ぼす影響などの各事情を個別に検討する必要があることが分かります。

 

 もっとも、上記長野地裁判決によると、不支給処分が裁量を逸脱ないし濫用したかどうかは、非違行為がこれまでの勤続に対する報償をなくし退職手当の賃金の後払的性格や生活保障的性格を奪ってもやむを得ないといえるかという観点から慎重に検討するのが相当としており、実際に不支給処分が取り消されている事例もあるため事情次第では不支給処分について争う余地はあるといえます。

 

 懲戒免職処分に伴う退職金の不支給処分に関する紛争は行政機関を相手方とするため審査請求や取消訴訟など手続面でも複雑になりがちですので、不服申立を検討しているときは弁護士への相談を推奨します。

 

弁護士 平本丈之亮