特例有限会社の取締役の解任と損害賠償請求

 

 以前のコラムで、取締役の解任に「正当な理由」がない場合、株式会社は取締役に対して損害賠償責任を負うことをお話ししました(会社法339条2項)。

 

 ところで、会社の中には、純粋な株式会社のほかに、平成18年の会社法施行を機に生まれた「特例有限会社」というものがあります。

 

 特例有限会社とは、会社法施行前に有限会社であった会社について、会社法の施行後も従前の例によるものとされる会社をいいますが、一般の株式会社と異なって決算公告の義務がないほか、取締役の法定任期に関する会社法332条の適用も除外されているため(会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律18条)、定款において取締役の任期が定められていない場合、取締役には任期がありません。

 

 そこで今回は、このような特例有限会社において取締役が解任された場合に、会社法339条2項の適用があるかどうかについてお話しします。

 

任期の定めがない場合

 

 会社法339条2項は旧商法257条1項但書の流れを汲む規定であるところ、同条項但書は「任期ノ定アル場合ニ於テ」として取締役に任期がある場合を前提としていました。

 

 そのため、会社法339条2項が旧商法257条1項但書と同様に取締役の任期がある場合を前提にした規定であるとすれば、任期の定めのない特例有限会社については(類推)適用することはできないことになり、他方、会社法339条2項には「任期ノ定アル場合ニ於テ」といった限定がないことを重視すれば、特定有限会社の取締役にも同条項を(類推)適用できる余地があります。

 

 しかし、この点について当職が調べた範囲では、任期のない特例有限会社の取締役については、会社法339条2項を(類推)適用を否定した裁判例しかないようでした。

 

東京地裁平成30年4月25日判決

「会社法339条2項において「任期ノ定アル場合ニ於テ」に相当する文言が付加されなかったことについては、旧商法が取締役の任期について、定款において定められるべき事項とされ、旧商法256条がその上限等を定めるという建前となっていたことから、任期の定めのない取締役が存在する余地を残していたのに対し、会社法は取締役の任期を法定した上で定款または株主総会の決議によってその任期を変更することを許容する建前となっており(会社法332条参照)、任期の定めのない取締役を想定することができなくなったことによるものと解される。以上によれば、会社法339条2項所定の損害賠償請求権に関しても取締役の任期が定まっていることが当然の前提とされており、定まった任期のない取締役については同条項の適用はないものと解するのが相当である。」

東京地裁平成29年8月23日判決

「会社法339条2項において「任期ノ定アル場合ニ於テ」に相当する文言が付加されなかったことについては、旧商法が取締役の任期について、定款において定められるべき事項とされ、旧商法256条がその上限等を定めるという建前となっていたことから、任期の定めのない取締役が存在する余地を残していたのに対し、会社法は取締役の任期を法定した上で定款または株主総会の決議によってその任期を変更することを許容する建前となっており(会社法332条参照)、任期の定めのない取締役を想定することができなくなったことによるものと解される。以上によれば、会社法339条2項所定の損害賠償請求権に関しても取締役の任期が定まっていることが当然の前提とされており、定まった任期のない取締役については同条項の適用はないものと解するのが相当である。そして、会社法下の特例有限会社については、法定任期に関する会社法332条の適用が除外されており(会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(以下「整備法」という。)18条)、特例有限会社の定款において取締役の任期が定められていない場合には当該会社の取締役には定まった任期がないということになる。」

 

「前記説示のとおり会社法339条2項は、任期の定めのある取締役の任期に対する期待を保護するために設けられた規定であり、任期の定めのない場合について、同項を類推適用する基礎を欠く。」

秋田地裁平成21年9月8日判決

「会社法339条2項は、取締役の解任について株式会社が正当事由のあることを立証できない場合に、株式会社に対し、解任されなければ残存任期中に得られたであろう取締役の利益(所得)の喪失の損害賠償責任を認める特別の法定責任を定めた規定であり、具体的な任期があることが損害賠償請求権発生の要件と解される。
 この点、商法(平成17年法律第87号による改正前のもの。以下、同法による改正前の商法を単に「旧商法」という。)257条1項但書では、「任期ノ定アル場合ニ於テ」とされており、任期の定めがあることが損害賠償請求権発生の要件であることが法文上明らかであったところ、上記会社法339条2項ではこれに対応する文言はない。
 しかしながら、これは、旧商法下では、株式会社の取締役について任期が定められない場合があり得た(旧商法256条参照)ものの、会社法下では、そもそも取締役等につき具体的な任期がないという場合は想定されなくなった(会社法332条等参照)ために、敢えて任期の定めがあるという文言が置かれなかったにすぎないと解される。
 したがって、上記会社法339条2項は、具体的な任期があることを損害賠償請求権発生の当然の前提としていると解するのが相当である。」

 

 なお、上記2つの東京地裁判決では、会社法のほかに民法651条2項の規定によっても報酬相当額の損害賠償請求が可能という原告の主張に対して、民法651条2項による損害賠償責任の範囲は委任が解除されたこと自体から生じる損害ではなく解除が不利な時期であったことから生じる損害に限られるとして、報酬相当額の喪失は解除自体によって生じる損害であるからここでいう損害には入らないと判断しています。

 

任期の定めがある場合

 

 以上に対して、同じ特例有限会社であっても、定款で取締役の任期に関する規定があるときは会社法339条2項の適用があると思われます。

 

 ややイレギュラーなケースですが、東京高裁平成29年2月16日決定は、定款に取締役の任期の定めがある特例有限会社について、会社が定款変更によって当初の任期を短縮したために取締役が退任したところ、当該取締役が定款変更前の残任期分の報酬相当額を損害額(=被保全権利)として会社の預金債権等に対して仮差押命令の申立てをした事案に関し会社法339条2項の類推適用を認め、執行裁判所が発令した仮差押命令に対する会社側の保全異議の申立を退けています。

 

 このように、上記高裁決定は、定款に取締役の任期について定めのある特例有限会社について、定款変更による任期短縮によって取締役が地位を喪失した場合に会社法339条2項の類推適用を認めた事案ですが、この判断は、任期の定めのある特例有限会社における任期途中の解任に同条項の適用があることを前提にしたものです。

 

 

 以上、特例有限会社における取締役の解任と会社法339条2項の関係について、裁判例を中心にお話しました。

 

 有限会社の設立ができなくなったことから、今後、このような問題は次第になくなっていくことになりますが、今なお相当数の特例有限会社が存在すると思われますので参考になれば幸いです。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2021年7月14日 | カテゴリー : 企業法務 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所