以前、訪問販売での契約を解約する方法として「クーリング・オフ」制度をご説明しました(訪問販売での契約を解消したい場合 ~クーリング・オフ~)。
クーリング・オフは、解約の理由を問うことなく自由に行使できるため、消費者トラブルを扱う現場で広く用いられている解決手段です。
しかし、便利な反面、クーリング・オフは行使できる期間が決まっており、訪問販売であれば、契約書等の書面を交付されてから8日間と大変短く、期間を過ぎてしまってから相談に来られる方も多くいらっしゃいます。
そこで、いったん期間を過ぎてしまえば、それ以降、一切クーリング・オフはできなくなるのか、というのが今回取り上げるテーマです。
クーリング・オフの期間は、法律で交付することが義務づけられている書面(=「法定書面」・・・典型的には契約書。それ以外だと申込書面)を交付したときから進行するため、法定書面が交付されていない限りいつまででも行使することが可能です。
よくあるパターンとして、訪問販売業者が見積書だけを交付したが正式な契約書を渡していないということがありますが、このようなケースでは法定書面の交付がないため、口頭で合意してから8日を経過してしまってもクーリング・オフが可能です。
そもそも法定書面の交付が義務づけられている理由は、訪問販売が不意打ち的な勧誘方法であるため、消費者が取引条件をよく確認・理解できないまま契約したり、契約内容が曖昧なまま契約したりする例が多く、契約内容や解約などを巡ってトラブルが発生しやすいことから、消費者に契約について冷静に判断する機会を与えてそのようなトラブルを防止し、消費者を保護することにあります。
そのような趣旨に照らすと、一応書面は渡したものの、法定書面の記載事項(法律で決まっていますが、具体的には以下のようなもの(※)があります。)に不備があるという場合には、契約トラブルを防ぐという法律の目的が達成できないため、行使期間が経過してからのクーリング・オフも可能であるとされています。
※法定書面の記載事項の例
①事業者名・住所 ②担当者の氏名 ③商品名および商品の商標または製造者名
④商品の型式 ⑤商品若しくは権利又は役務の種類 ⑥商品・権利の代金、役務の対価
⑦代金・対価の支払方法・支払時期 ⑧商品の引渡時期・権利の移転時期・役務の提供時期
⑨クーリング・オフの要件および効果(赤枠・赤字・8ポイント以上の活字)
⑩契約の申込み・締結の年月日
法定書面の記載事項に不備があることを理由にクーリング・オフを認めた裁判例はいくつかありますが、ここでは、最近の裁判例として、訪問リフォームの契約について、契約から約3ヶ月後のクーリング・オフを認めた大阪地裁の判決を紹介します。
【法定書面の記載事項は厳格に(=細かく)書く必要がある】
まず、裁判所は、一般論として、法定書面の「記載事項の記載があるか否かは、厳格に解釈すべきであ」るとしたうえで、「商品若しくは権利又は役務の種類」という記載事項の解釈として、「内容が複雑な権利又は役務については、その属性に鑑み、記載可能なものをできるだけ詳細に記載する必要がある。」と述べました。
そして、問題となった契約書に「ペンキ塗装工事 ニッペファインウレタン 2工程 一式」との記載があった点について、工事内容は外廻りのペンキ塗装であり、工事範囲は自宅の玄関ドア、入口ドア、ガレージドア、勝手口ドア、破風、雨樋などであったところ、そのような外廻りのペンキ塗装工事の具体的な内容は契約書の記載からは明確ではなく、この契約書や、契約書以外に交付された打ち合わせシートや約款に記載された内容だけでは「商品若しくは権利又は役務の種類」の記載があったとはいえない、と判示しました。
【他の書面で補うときは法定書面との一体性と同時交付が必要】
また、業者側は、契約書・打ち合わせシート・約款の記載だけでは足りないとしても、それ以外にも見積書を交付しているため、これも併せれば全体として不備はないはずであると主張しました。
しかし、裁判所は、一つの書面に書ききれない場合は「別紙による」と記載したうえで、足りない部分を別の書面で補うことは可能だが、その場合、法定書面を補うための書面は、「法定書面との一体性が明らかになるような形で、かつ、法定書面と同時に交付する必要がある」として、業者が主張する見積書が契約締結の約1ヶ月半前に交付されたものであることや(×同時交付)、見積書の中に問題となった契約以外の他の見積書が含まれており、他の見積と誤認・混同する可能性が否定できないこと(×法定書面との一体性)を理由に、このような主張も認めませんでした。
さらに、このケースでは、契約書とは別に、工事内容を細かく記載した確認書も交付されていましたが、契約書の中にこの確認書に関する記載がなかったため、確認書による補完も認めませんでした(×法定書面との一体性)。
上記大阪地裁の控訴審は原審の判断を維持しましたが、その中で以下のとおり判示し、書面に不備があるときに、業者側が口頭で説明しても書面の不備が補われたということはできないと指摘しています。
「特商法5条1項が法定書面の交付を義務づけたのは、訪問販売においては、購入者等が取引条件を確認しないまま取引行為をしてしまったり、取引条件が曖昧であったりして、後日、両当事者間の紛争を惹起するおそれがあるからであって、このような後日の紛争防止という同条項の趣旨に照らせば、購入者等に交付された法定書面それ自体によって契約内容等が明らかになることが必要というべきであり、書面交付時の口頭説明によって補われれば足りると解するのは相当ではない。」
このように、たとえ期間が過ぎていたとしても、契約書の交付がない、あるいは不備があるようなケースであれば、クーリング・オフが認められる可能性はあります。
もっとも、契約書などの法定書面に不備があるかどうかの判断は、そもそもどのような事項が法定記載事項になっているかという知識が必要ですし、それぞれの記載事項としてどの程度のことが書いてあれば十分なのか、複数の書面が交付されている場合に一体性の要件を満たしているかどうかなどを一般の方が判断することは難しいと思われます。
したがって、期間が過ぎてしまったがクーリング・オフできるかどうか分からないという場合には、最寄りの消費生活センターなどに相談なさることをお勧めします。
弁護士 平本 丈之亮