有責配偶者からの婚姻費用の請求は認められるのか?

 

 別居に至った場合、配偶者の一方から婚姻費用の請求がなされることがあります。

 婚姻費用の請求は権利であり、通常、これを行使することに何ら問題はありませんが、別居に至った原因が不貞行為など婚姻費用を請求してきた側にあった場合、これを認めて良いのか疑問が生じます。

 そこで今回は、いわゆる有責配偶者から婚姻費用の請求があった場合にこれが認められるかどうかについて、最近の裁判例を2つほどご紹介したいと思います。

 

東京高裁平成31年1月31日決定

 妻が夫に対して婚姻費用の請求をした事案において、裁判所は概要以下のような理由から婚姻費用の請求を否定しています(夫と子どもが同居、妻は単身で居住)。

 

①夫婦は互いに協力し扶助しなければならず、別居した場合でも他方に自己と同程度の生活を保障するいわゆる生活保持義務を負い、夫婦の婚姻関係が破綻している場合においても同様であるが、婚姻費用の分担を請求することが当事者間の信義に反し又は権利の濫用として許されない場合がある。

②本件において夫婦が別居に至った経過は、酔って帰宅した妻が子どもの首を絞め、壁に押し付けて両肩をつかむなどの暴力をふるい、これを注意した夫ともみ合いつかみ合いとなり、包丁を持ち出して夫に向けて振り回し負傷させるなどの暴力行為に及び、それを見た子どもが玄関から裸足で飛び出したことから、危険を感じた夫が子どもとともに家を出て別居するに至ったというものである。

③妻は、上記暴力行為以前から、子どもを叩く、蹴るなどしており、このような度重なる暴力によって子どもの心身に大きな傷を負わせていたことがうかがわれ、その上、酔って生命に危険が生じかねない暴力行為に及んだものであって、このような暴力が子どもに与えた心理的影響は相当に深刻であったとみられる。

④児童相談所は、子どもについて一時保護の措置をとり、夫は妻と別居して家庭裁判所により子どもの監護者に定められ、その監護をすることとなった。

⑤婚姻関係の悪化の経過の根底には、妻の子どもに対する暴力とこれによる子どもの心身への深刻な影響が存在するのであって、必ずしも夫に対して直接に婚姻関係を損ねるような行為に及んだものではない面はあるが、別居と婚姻関係の深刻な悪化については妻の責任によるところが極めて大きい。

⑥妻には330万円余りの年収があるところ、夫が住宅ローンの返済をしている住居に別居後も引き続き居住していることによって住居費を免れており、相応の生活水準の生計を賄うに十分な状態にある。

⑦夫は会社を経営し約900万円の収入があるが、妻が居住している住宅の住宅ローンを支払っており、さらに、子どもを養育して賃借した住居の賃料及び共益費、私立学校に通学する学費や学習塾の費用などを負担している。

⑧以上のお互いの経済的状況に照らせば、別居及び婚姻関係の悪化について極めて大きな責在がある妻が、夫に対し、夫と同程度の生活水準を求めて婚姻費用の分担を請求することは信義に反し、又は権利の濫用として許されない。

 このケースでは、妻の子どもに対する暴力行為があり、これが夫婦関係を悪化させたという経緯があることや、妻にもそれなりの収入があり、かつ、夫が別居後に妻の住居費を負担していること、夫が子どもの生活費や学費を負担していることなどから、妻からの婚姻費用の請求を認めませんでした。

 なお、裁判所は、妻が子どもの世話のほとんどを担い、子どもの問題行動に悩み、注意しても一向に治まらなかったことから暴力に及んだものであって、相当に鬱屈した精神状態であったことがうかがわれると指摘し、他方、夫側にも育児を妻に任せたり2年ほど子どもを無視する、妻とも話をしない状態となっていたとして相応の非があったと述べ、妻のおかれていた事情にも一定の理解を示しています。

 しかし,このような双方の責任とを比較すると、夫側の非はごく小さな比重のものにとどまると述べ、上記のような結論に至っています。

 

大阪高裁平成28年3月17日決定

 本件は、不貞行為があったとされた妻から夫に対する婚姻費用請求について、以下のように述べて妻の分を否定し、子どもの分のみの分担を命じたものです。

 

「夫婦は、互いに生活保持義務としての婚姻費用分担義務を負う。この義務は、夫婦が別居しあるいは婚姻関係が破綻している場合にも影響を受けるものではないが、別居ないし破綻について専ら又は主として責任がある配偶者の婚姻費用分担請求は、信義則あるいは権利濫用の見地からして、子の生活費に関わる部分(養育費)に限って認められると解するのが相当である。」

 

 なお、妻は、手続の中で不貞行為の存在を争ったようですが、不貞相手と目される男性とのSNSの通信内容から、「単なる友人あるいは長女の習い事の先生との間の会話とは到底思われないやりとりがなされていることが認められるのであって、これによれば不貞行為は十分推認されるから、相手方の主張は採用できない。」として排斥されています。

 このケースでは不貞行為の立証が成功したため、有責配偶者である妻の分の請求は排斥されていますが、夫が高収入であったことが影響し、審理期間中の12ヶ月分の婚姻費用から既払い額を控除した額として200万円近くを遡って支払う決定がなされています(+将来にわたって子どもの養育分の支払い)。

 ここまで高額になるケースはそこまで多くはないかもしれませんが、不貞行為など請求者の有責性を理由に婚姻費用の排斥を求める場合には、立証に失敗する可能性があるほか、相手方が監護する子どもの分については支払いは免れないことから、過去に遡ってまとめて支払いを命じられるリスクがあることに注意が必要です。

 

 以上のように、婚姻費用を請求する側に有責性がある場合、信義則違反あるいは権利の濫用として婚姻費用が否定されることがあります。

 もっとも、婚姻費用が否定されるのは、別居に至った原因がもっぱら又は主として権利者側にのみあると立証できた場合に限られますし、否定されるのも配偶者の部分に限られます(配偶者の部分についても、全額を否定するのではなく一部は認めるという裁判例もあります)ので、実際に婚姻費用を請求された場合にどう対応すべきかは難しい判断が要求されます。

 相手の有責性を立証できなければ過去の分に遡って支払いを命じられるというリスクもあり、この問題については慎重な対応が求められますので、迷った場合には弁護士への相談をご検討ください。  

 

弁護士 平本丈之亮