知らずに既婚者と交際した場合と慰謝料の支払義務

 

 当事務所には男女間のトラブルに関するご相談も多く寄せられますが、その中でも比較的多くあるのは、交際相手が既婚者であることを知らずに交際してしまい、交際相手の配偶者から慰謝料の請求をされているというケースです。

 

 では、そのようなケースで、結果的に不貞行為をしてしまった者は慰謝料の支払義務を負うのか、というのが今回のテーマです。

 

「故意」又は「過失」があれば責任を負う

 不貞行為に基づいて慰謝料の支払義務を負うのは、交際相手が既婚者であることを知りながら交際した場合(故意)、既婚者であることは知らなかったが知ることができる状況だったにも関わらず交際した場合(過失)の2つの場合です。

 

 故意については分かりやすいところですが、今回のメインテーマのように交際相手が既婚者であることを隠して交際に至り、紛争になったケースの場合には、多くの場合過失を巡って争いになります。

 

どのような場合に過失が認められるのか?

 過失の有無は具体的な事情によって異なるため、これがあれば過失がある、過失はないと明確に決まっているものではありませんが、過失の有無に関係する事情としてはたとえば下記のようなものがあります。

 

 ①交際期間や会う頻度 

 交際期間や会う頻度が長ければ、それだけ得られる情報量が増えるため、既婚者であることを知りやすい状況だったという方向につながりやすい事情と言えます。

 

 ただし、交際相手が巧みに情報を隠すというケースもありますので、これのみで過失があるという結果につながるわけではありません。

 

 ②家族関係・親類との接触 

 たとえば、交際相手に子どもがいる場合だと、子どもがいない場合に比べれば既婚者である可能性が高いため、子どもの存在を知っていることは過失を肯定する方向の事情になり得ます(ただ、これも交際相手の説明次第であるため、これだけで過失ありとまでいえない点は①と同じです)。

 

 また、単なる交際の域を超え、将来の結婚まで約束している悪質なケースがありますが、そのようなレベルの交際であるにも関わらず交際相手が合理的な理由もなく自分の両親への挨拶を頑なに拒むような場合、既婚者であることを窺わせる事情として過失を肯定する方向に働きます。

 

 ③出会いの場や知り合ったきっかけ 

 同じ職場の場合、日常的な接触の中で既婚者であることを推知できる可能性があるため、過失を肯定する方向につながります。

 

 もっとも、同じ職場といっても、会社規模が大きく勤務する部門も異なるようなケースであれば必ずしも家族関係を知り得るとは限りませんので、この点も具体的に見ていく必要があります。

 

 また、いわゆる婚活サイトで知り合った場合だと、出会いの場それ自体が将来の結婚を前提にしたものである以上、交際相手が既婚者であると認識するのは困難であった(=過失がない)という方向につながりやすいと思いますので、知り合ったきっかけも重要です。

 

 ④相手の言動や行動 

 交際相手が交際前、あるいは交際中にどのような言動や行動をしていたかは、故意の有無のみならず過失の認定にも影響します。

 

 当職が過去に経験した事案では、交際相手が積極的に離婚した旨をアピールして独身であることを信じ込ませていたというケースがありましたが、そのような言動や行動があった場合には過失が否定される方向につながりやすいと思われます。

 

 他方、交際相手が婚姻関係について曖昧な態度をとっていたり説明を拒否したような場合には過失を肯定する方向につながりやすいと思います。

 

 【最終的には総合判断】 

 以上、過失の認定に影響しうる事情をいくつか例示しましたが、先ほども述べたとおりどれか一つでも当てはまれば即過失の有無が決まるというものではなく、それぞれの事案に応じて様々な事情を総合し、交際当時あるいは交際開始後に既婚者であると知り得る状況があったかどうかによって過失の有無が判断されることになります。

 

 そのため、慰謝料を請求する側、される側のどちらの立場であっても、上記のようなファクターを一つずつ見ていき、さらに個々の事情についてどこまで立証できるかも含めて丁寧に検討していく必要があります。

 

既婚者でないことを確認しなかったことが過失といえるか?

 この種のトラブルでは、既婚者であることを戸籍等で確認するべき義務があったのにそれを怠ったのが過失であるという形で争われることがあります。

 

 しかし、一般的には相手方の身分関係を確認する義務があるとまでは考えられておらず、具体的事実関係から離れ、身分関係の確認をしなかったことのみで即座に過失があると判断される可能性は非常に低いと思います。

 

 ただし、相手が既婚者であることを窺わせる具体的事情があったのであれば、その時点で身分関係を確認すべき義務が生じ、それを怠ってその後も交際関係を継続したときは過失があったと判断されることがあります。

 

 たとえば、相手がメール等で女性に明日の食事についてリクエストをしていたとか、子どもの行事についてのやりとりをしていた、あるいは指輪を見つけたといった場合であれば、既婚者であることを窺わせる事情があったとして、そのような事情が判明した時点で相手の身分関係を確認すべき義務があったとされる可能性はあります。

 

 そのため、そのような兆候があった場合、自衛手段としては身分関係をきちんと確認するか、それができないのであればただちに交際関係を解消する必要があります。

 

相手に口頭で確認すれば過失なしと言えるのか?

 なお、上記とは別の問題として、単に交際相手に既婚者ではないことを口頭で確認しておけばそれで過失がないと言えるのかという点がありますが、これも交際相手の態度や言動、それまでの交際状況などによって異なり一概には言えません。

 

 要するに、客観的にみて疑いが濃い状況であれば、それを払拭するために調査すべき程度も高くなりますし、疑おうと思えば疑えないこともないといった程度であれば、調査すべき度合いも高くはないと言えます。

 

 もっとも、どこまで調査すればよかったのかというのは、結局のところ後から判断されるものであり交際当時に的確に判断することは非常に難しいため、少なくとも交際相手に口頭で確認するだけでは危険な場合があります。

 

 そのため、いったん疑いが生じたのであれば、共通の知人がいるのであればその人に確認したり、メールやSNSのメッセージの提示を求めるなど交際相手の説明について裏付調査をした方が良いですし、場合によっては、それこそ公的身分証明書の提示まで求めることまで考えておく必要があると思います。

 

 なお、疑いがあるなら調査はした方が良いというお話をすると、交際関係の破綻を恐れて確認を求めることができないというお話も出てきますが、そのような事情は不貞行為の被害者たる配偶者にとっては関係のないことであり、疑わしい事情が判明した以上、交際破綻を恐れて確認できなかったという事情があるとしても、それ自体は過失を否定する事情にはならないものと考えます。

 

 既婚者であることを隠して交際に至った場合、配偶者から慰謝料請求を受ける可能性があり、ひとたびトラブルが発生した場合には感情もあいまって大きな紛争になることがあります。

 

 このようなケースでもっとも悪いのは当然ながら婚姻関係を隠した者であり、別途、離婚や慰謝料請求などが検討されるべきですが、そのことと配偶者との間の慰謝料の問題とは法的には別に対処する必要がありますので、トラブルが生じた場合には弁護士へご相談いただきたいと思います。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2020年5月28日 | カテゴリー : 男女問題 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所

不貞行為に基づく慰謝料請求でLINEデータの証拠能力と信用性が争われた事例

 

 不貞行為に基づいて慰謝料請求をする場合、もっとも頭を悩ませるのが証拠の確保ですが、最近ではメールやSNSでのメッセージのやりとりが証拠として提出される例が多くなっています。

 

 しかし、このようなものを証拠として使用する場合、相手から証拠の収集方法に不正があり証拠としては使えない(証拠能力)とクレームがつく場合があり、また、デジタルデータは改ざんが容易であり、このデータも改ざんされたものであって証拠として信用できない(信用性)、という反論がなされることもあります。

 

 そこで今回は、不貞行為の慰謝料請求について、LINEデータの証拠能力と信用性が問題となった最近の裁判例を一つご紹介したいと思います(なお、本件で問題となったのは、スマートフォンアプリのLINEのトーク履歴ではなく、ログイン機能のあるPC版のLINEでのやりとりに関するものです)。

 

東京地裁平成30年3月27日判決

 この裁判は配偶者の一方が不貞相手に対して慰謝料請求をした事案ですが、その中で提出されたLINEデータについて、①不正に取得されたものであるから証拠として使用できない(証拠能力)、②使用できるとしても中身が改ざんされたものであるため証拠として信用できない(信用性)、という形で争われました。

 

証拠能力に関する判断

 

 【証拠能力に関する判断基準】 

 この判決では、まず、民事訴訟において使用できる証拠の範囲(証拠能力)について、以下のように判示しています。

 

「民事訴訟に関しては,証拠能力の制限に関する一般的な規定は存在しない。この点,訴訟手続を通じた実体的真実の発見及びそれに基づく私権の実現が民事訴訟の重要な目的の一つであるとしても,同時に,民事訴訟の場面においても信義則が適用されることからすれば(民事訴訟法2条),訴訟手続において用いようとする証拠が,著しく反社会的な手段によって収集されたものであるなど,それを証拠として用いることが訴訟上の信義則に照らしておよそ許容できないような事情がある場合には,当該証拠の証拠能力が否定されると解すべきである。」

 

 【証拠能力に関する被告の主張と裁判所の判断】 

 

 1 住居侵入 

 まず、被告は、原告は持っていた鍵を使って別荘に無断で侵入してLINEデータを取得したとして、この証拠は住居侵入罪を犯して不正に入手したものであるため証拠能力がないと主張しましたが、裁判所は以下の事情からこの主張を退けました。

 

①原告がLINEデータを入手したのは別居を開始した約2か月後であるものの,その時点ではまだ別荘の鍵を所持しており,それを使用して入ったこと

 

②別荘は,婚姻後に配偶者が購入し,以後,配偶者とその家族が使用してきたものであること

 

③別荘は平成25年の贈与を原因として、平成26年に親名義に名義変更されているが,実際に名義変更がなされたのはLINEデータの入手後であること

 

④別荘は,平成25年の贈与日以降も配偶者及びその家族が使用し続けていたこと

 

→①~④からすると,原告に建造物侵入の故意があったかどうかも定かではなく,また,別荘への立入方法が著しく反社会的であると評価できるものではない。

 

 2 不正ログイン 

 次に、被告は、原告が無断でIDとパスワードを入力してログインし、LINEデータを不正に取得したと主張し、配偶者もその主張に沿う供述をしましたが、裁判所は以下の事情を示してこの主張も退けました。

 

 ・配偶者の供述内容 

①別荘に置いてあるパソコンは自分専用のものであり,パソコンにログインするためにはパスワードが必要であるが,それは誰にも教えていない

 

②LINEデータはアカウント内にのみ保存してパソコンのハードディスクには保存しておらず,このデータにアクセスするためには,アカウントのIDとパスワードを入力してログインする必要がある

 

③アカウントのIDはGmailアドレスと同一のためGmailアドレスを知っている者であればIDを知り得るが,パスワードは誰にも教えておらず,このパスワードはパソコンにログインするためのパスワードとは別のものである(ただし、いずれも,家族で共用している他のパスワードから推測することは可能)

 

④原告が立ち入った当時、建物内にあるパソコンとアカウントがいずれもログイン状態にあったことはない

 

 ・裁判所の判断 

①仮に、配偶者の言うとおりであったとすれば、原告はLINEデータを取得するためにPCとアカウントそれぞれに設定されていた二重のパスワードをいずれも探し当ててログインしたことになるが,いくら配偶者が他に似たようなパスワードを使っていて、原告がそれを知っていたとしても,そのような行為を成し遂げる可能性は相当に低い

 

②そもそもアカウントのパスワードを探知できるのであれば、自分のパソコンを使用するなどして配偶者のアカウントにログインできるのであって、別荘で行う必要性はない

 

③原告はLINEデータ入手の翌日、代理人弁護士に対し、昨夜別荘に行ったところ運良くログインしたままのPCがあったので中を見てみたこと、旅行中に証拠隠滅されたLINEのやり取りがフォルダに分けられ保存されていたこと、そのデータとともに、女性と別荘で過ごしたかも知れない写真があったためこれも一緒に送る、といった趣旨のメールを送信している

 

④約1週間前に配偶者と被告が別荘を訪れていることがうかがわれ,失念等の原因からアカウントにログインしたままの状態であった可能性は否定できないこと

 

→①~④からすれば,不正ログインによってLINEデータを入手したとは認められず,その入手方法が著しく反社会的であると認めるに足りる事情もない。

 

【証拠能力に関する判断のまとめ】

 このように、裁判所は、住居侵入、不正ログインの主張についていずれも認めず、結果として問題となったLINEデータの証拠能力を認めました。

 

 このうち住居侵入については、住居侵入の故意があったとまでは言い切れないのではないか(本人の認識)という点や、原告が以前に渡された鍵を使って入ったという事情(立入の態様)を考慮して、立ち入りは著しく反社会的な方法ではないと判断しています。 

 

 また、不正ログインについては、二重のパスワードを突破することができる可能性は低いことや、パスワードを知っていればわざわざ別荘に入る必要がないこと、データ入手後の弁護士へのメール内容といった事情を総合し、不正ログインがあったとは言えないという事実認定がなされています。

 

 以上のとおり、本件は具体的な事実関係をもとに証拠能力が認められましたが、仮に住居侵入や不正ログインがあったという認定だった場合、証拠能力が否定された可能性があった事案と思われます。

 

信用性に関する判断

 

 次に,証拠としての信用性について、裁判所は以下のように判断してLINEデータが被告と配偶者とのやりとりであることを認め、記載内容の正確性についても認めました。

 

 ・被告の主張 

①LINEデータがテキストデータであり、ねつ造ないし改ざんが可能である

 

②LINEデータの一部はやり取りの相手が「Unknown」となっており、その相手が被告かどうかも疑わしい

 

 ・裁判所の判断 

①被告は,平成26年のある時期から毎日のようにLINEのやり取りをするようになったと供述しているが,LINEデータはその期間に対応していて、やりとりもほぼ毎日であること(供述と証拠の整合性)

 

②被告自身,細かい部分はともかくLINEデータにあるようなやり取りをしたことはあった旨供述していること

 

③やり取りの相手が「Unknown」となっている部分においても、いたる所で被告の名前に相当する名称が記載されていること

 

④LINEデータには、原告が知り得ない被告の子の名前や愛称、被告の知り合いの名前が記載されていること

 

⑤LINEデータが約3か月半に及ぶ期間のほぼ毎日の膨大なやり取りのデータである(A4用紙で147頁分)ことからすれば、一から作成することはもとより、つじつまを合わせながら原告に都合が良いように改変することも極めて困難であること

 

⑥被告が具体的な改変箇所を一箇所も指摘していないこと

 

→①~④の事情からすれば、LINEデータは原告の配偶者と被告との間のやりとりと認められ、⑤⑥の事情からすればLINEデータの正確性は担保されていると認められる

 

証拠収集は慎重に行う必要がある

 本判決では、民事訴訟における証拠能力が制限される場合について一般的な基準を示していますが、その判断内容自体は特段目新しいものではなく、住居侵入や不正アクセス禁止法違反など刑事上罰せられるような行為によって取得した証拠については証拠能力が否定される可能性があります。

 

 不正アクセスの点について、本件ではLINEデータの取得時にパソコンとアカウントがログイン状態にあったかどうか(=IDとパスワードを入力してログインしたかどうか)が争点となりましたが、この判決は具体的な事実関係から不正ログインの主張を排斥したものにすぎませんので、事案が異なれば証拠能力が認められるとは限りません。

 

 少なくとも、今回ご紹介したように、実際の裁判で集めた証拠の証拠能力が問題とされるケースがあることは事実ですので、慰謝料請求などを考えて証拠を集める場合にはやり方を工夫する必要があります。

 

弁護士 平本丈之亮

 

2020年5月21日 | カテゴリー : 慰謝料, 男女問題 | 投稿者 : 川上・吉江法律事務所