兄弟姉妹を除く相続人には一定の範囲で遺留分が認められていますが、一部の相続人や相続人以外の第三者に財産が生前贈与されてしまったために相続開始時の遺産が少なく、それを前提に計算すると遺留分が非常に少なくなってしまうというケースがあります。
このような生前贈与には第三者に対する贈与も問題となりますが一部の相続人に対する贈与も多く見られるところであり、このような恩恵を受けていなかった相続人からすれば、相続開始時の少ない財産を基礎に計算されたのでは納得がいかず、過去の生前贈与は全額加算して遺留分を計算してほしいと望むことになります。
他方、生前贈与を受けた側としても、たとえば何十年も前になされた贈与を加算して遺留分を計算すべきと言われても、もう財産は残っていないし今更持ち出されても困るという気持ちであることも多くあります。
相続人や第三者に対する生前贈与については、これを加算して計算するかどうかによって基礎財産が変わり、ひいては遺留分の侵害として請求できるもの自体が大きく変わる可能性があるため、遺留分を考える上では、生前贈与をどこまで考慮すべきかが重要な問題となります。
このうち、第三者に対する生前贈与は、原則として1年以内のものに限って加算され、1年よりも前の贈与については、当事者双方が生前贈与のときに遺留分権利者を害することを知り、かつ、将来も財産が増加せず相続開始時も遺留分を侵害することを予見していた場合に限って加算されることになっていますが(改正後民法第1044条1項、改正前民法1030条)、相続人に対する生前贈与については昨年の相続法改正によって規律が大きく変わりました。
そこで今回は、一部の相続人に対する生前贈与が遺留分の計算にどのように影響するのかについて、昨年の相続法改正の内容を踏まえてお話ししたいと思います。
改正法施行前(~令和元年6月30日)
以前の法律の下では、相続人に対する生前贈与が行われると、それが特別受益(※)に該当するときは、特段の事情がない限り、何年前のものでも基礎財産に加算するとされていました(最高裁平成10年3月24日判決)。
※①婚姻若しくは養子縁組のための贈与
②生計の資本として受けた贈与
改正法施行後(令和元年7月1日~)
これに対して改正法では、昔の話をいつまでも持ち出すのはさすがに酷であろうという考えを推し進め、相続人に対する特別受益については、原則として相続開始前10年分に限り基礎財産に加算することになりました(改正後民法1044条3項、同条1項本文)。
もっとも、被相続人と一部の相続人が他の相続人の権利を侵害することが分かっていたときにまで、10年以上前の話だからとして加算しないのはおかしいため、たとえば、唯一の財産である不動産を一部の相続人に贈与してしまい、将来の相続開始時にも財産が増える見込みがまったくなかったことが明らかだったような場合には、例外的に10年以上前のものでも基礎財産に加算されることになっています(改正後民法1044条3項、同条1項但書)。
遺留分権利者にも特別受益がある場合
この場合には、遺留分を侵害している相続人と同じく、原則として10年以内の特別受益に限り、基礎財産に加算して遺留分を計算します。
ただし、遺留分の計算の前提となる基礎財産を確定する上では、上記の通り原則10年分の生前贈与に限定されますが、この基礎財産をもとにして具体的な遺留分侵害額を計算する場面では、10年以上前に受けた生前贈与も全額控除されるため、具体的な計算をする際にはこの点を区別する必要があります(遺留分侵害額の計算方法を定める民法1046条2項1号では、基礎財産から控除すべき特別受益(903条第1項)について10年という制限がかけられていないため)。
【事案】 相続人 X(子)とY(子)の2人 遺贈① 第三者Aに甲土地(800万円) 遺贈② Yに乙土地(2400万円) 生前贈与 Xに丙土地(800万円・15年前) 他の遺産 なし 相続債務 なし →Xが、Yに対し遺留分侵害額請求をした。 【遺留分算定の基礎となる財産の額】 800万(遺贈①)+2400万(遺贈②) =3200万円 ※Xへの生前贈与は15年前のものであるため基礎財産に加算しない。 【Xが侵害された遺留分額の計算】 3200万(基礎財産) ×2分の1(このケースでの総体的遺留分) ×2分の1(X自身の個別的遺留分) -800万(X自身が受けた特別受益) =0円(→Xの遺留分侵害額請求は認められない)。 ※15年前のXへの贈与は基礎財産には加算しないが、侵害額計算では全額控除する。 ※総体的遺留分は相続人の構成によって3分の1の場合(直系尊属のみが相続人の場合)と2分の1の場合(それ以外)がある。
以上の通り、改正前の法律と改正後の法律とでは、相続人に対する特別受益の取り扱いは大きく変わりました。
相続人に対する特別受益について原則10年以内というルールができた一方で、実際に遺留分を請求する際には第三者への贈与の取り扱いや不動産等の財産評価、贈与財産の滅失毀損時の取り扱いなど複雑な判断が必要となることが多いため、遺留分の問題は弁護士への相談をお勧めします。
弁護士 平本丈之亮