相続が発生した場合、様々な理由により相続を希望せず、家庭裁判所に対して相続放棄をすることがあります。
しかし、相続放棄をした後で、他の相続人から虚偽を告げられていたことが判明したり、脅されて相続放棄した場合(強迫)、勘違い(錯誤)によって相続放棄を取り消したいという場合がありますが、このような主張は認められるのでしょうか?
この点は民法に規定があり、たとえば詐欺によって相続放棄をしたようなケースでは、家庭裁判所に対して申述することによって相続放棄を取り消すことができるとされています(民法919条2項)。
【期間制限がある】
もっとも、一旦行った相続放棄をいつまでも取り消せるとすると権利関係が確定しないことになるため、相続放棄の取り消しには期間制限が課せられています。
たとえば騙されて相続放棄をしたのであれば、騙されたことを知った時から6か月以内か、相続放棄をしたときから10年以内に取消をする必要があります(民法919条3項)。
【取り消すには家庭裁判所への申述が必要】
相続放棄は家庭裁判所に対して「申述」をする必要がありますが、取り消す際にも同様に申述が必要となります(民法919条4項)。
通常の取消の場合には、詐欺行為や強迫行為を行った者に対して直接取消の意思表示を行いますが、相続放棄については家庭裁判所へ申述することによって効果が生じるため、取消についても家庭裁判所への手続きが必要になっています。
たとえば、被相続人に多額の負債があると勘違いして相続放棄してしまった場合、このような勘違い(錯誤)によって行った相続放棄については、従前、その法的効果が「取消」(=一応有効)ではなく「無効」(=初めから効力がない)であったために、無効である旨の申述ができるかどうかが問題とされていました。
この点に関し、福岡高裁平成16年11月30日決定(※)は、無効の申述を受理するような規定が存在しない(無効と取消は違う)ことや、相続放棄の効力について争いたいのであれば訴訟手続で争うことが可能である(なお、錯誤無効を認めた例として下記判決参照)ことなどを理由としてこれを認めませんでした。
※追記 ×11月20日 ○11月30日でしたので訂正します。
「相続放棄の申述に動機の錯誤がある場合、当該動機が家庭裁判所において表明されていたり、相続の放棄により事実上及び法律上影響を受ける者に対して表明されているときは、民法九五条により事法律行為の要素の錯誤として相続放棄は無効になると解するのが相当である。」
【民法改正の影響について】
このように、これまでは相続放棄に錯誤があった場合でも家庭裁判所への取消の申述という簡易な手段は使えずに別途訴訟で争うしかないという見解がありましたが、今般の民法の改正によって錯誤の法的効果が無効から取消に変更されたことにより、改正民法が適用される事案については錯誤があったケースでも相続放棄の取消の申述ができるという解釈も成り立ち得るのではないかと思われます(私見)。
しかし、たとえ錯誤を理由に相続放棄の取消の申述ができるようになったとしても、どのような勘違いであっても取消の申述が認められるわけではないと思われます。
もともと相続放棄をしようと考えて相続放棄をしている以上、その部分については内心と表示との間に何らの錯誤はありませんので、錯誤によって取消をしたいというケースの多くは先ほど述べたような多額の負債があると思ったというような事情、いわゆる相続放棄をする際の動機にかかわる部分と思われます。
そして、このような動機にかかわる部分に勘違いがあった場合、その動機が表示されている場合に限って取消が可能であるとされています(民法95条1項2号、同2項)。
そのため、単に自分で勘違いしただけで、相続放棄をする動機については一切外部に表示されていないようなケースだと、おそらく錯誤を理由とした相続放棄の取消は認められないと思われます(先ほど紹介した福岡高裁判決も、動機が家庭裁判所か相続放棄によって事実上及び法律上影響を受ける者に表明されている必要があると述べています)。
また、錯誤による取消は重大な過失がある場合にも認められないため、同居していたなど近しい親族の相続のケースだと、調査をすれば容易に勘違いに気付けたはずであるとして取消が認められない可能性もあると思われます。
このように、一旦行った相続放棄が取り消せる場合はあるものの、詐欺や強迫など他者からの違法な働きかけがあったことが明白なケースであればともかく、そのような働きかけがあったという証拠が乏しいケースや何らかの勘違いによって相続放棄したケースでは取消が認められないことがあり得ます。
相続放棄については3か月という期間制限があり、短い期間で決断しなければならないため判断が難しい場合もあると思いますが、調査に時間がかかるときは相続放棄をするかどうか検討する期間を延長するための制度(熟慮期間延長の申請)もありますので、迷ったときはそのような制度を利用して慎重に調査をしたり法律相談を利用するなどして慎重に判断していただきたいと思います。
弁護士 平本丈之亮